カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2022No.2
すべての人をプレイヤーに
2022/09/15
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月20日から24日までフランス・カンヌで開催されました。3年ぶりにリアルでの開催となった世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、クリエイターの目にどう映ったのか。受賞者、プレゼンター、審査員など、さまざまな立場でカンヌに関わったクリエイターたちが、それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。
第2回は、Dentsu Lab Tokyoのクリエーティブ・ディレクター、田中直基さん。田中さんが立ち上げカンヌを魅了した、難病ALSのアーティストによる世界初のライブパフォーマンスは、3分を超えるスタンディング・オベーションで称賛されました。田中さんはプロジェクトの狙いを、「新しい視点の発見により社会をアップデートする」こと、と語ります。その真意とは?
難病と向き合うアーティストたち
──カンヌで披露した、難病ALSの二人のアーティストによる世界初のライブパフォーマンスが話題になっています。
田中:カンヌの会場とアーティストの拠点を通信回線で結んでライブ演奏を実現しました。アーティストの名は、MASAとPONE。彼らはそれぞれ人生のある時期にALSという難病を発症し、今は体を動かすことができません。唯一自由に動かすことができる“目”を使って、作曲や楽曲制作といった音楽活動を続けています。
ALSとは
筋萎縮性側索硬化症。手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく難病。筋力の低下を引き起こすが、意識や五感、知能の働きは正常のまま。発症してからの平均余命は3~5年といわれ、世界で35万人、日本には約1万人の患者がいる。現在、治癒のための有効な治療法は確立されていない。
MASA/武藤将胤(むとうまさたね)
EYE VDJ/コミュニケーション・クリエイター/WITH ALS代表理事
元広告代理店のプランナー。2013年にALSを発症。EYE VDJ MASAのアーティスト名でアイトラッキングでの楽曲制作やDJ/VJのライブパフォーマンスなどの音楽活動を行う一方、ALSの認知と患者支援を目的とした組織「WITH ALS」を立ち上げる。
PONE(Guilhem Gallart)
コンポーザー 73 Beats所属
フランスの伝説的なヒップホップグループ「Fonky Familiy」の共同創設者。2015年にALSを発症。アイトラッキングを用いて作曲家として活動する。19年には目だけで制作したフルアルバムを作曲し、再び音楽界で脚光を浴びている。
「ALL PLAYERS WELCOME」と名付けられた今回のプロジェクトは、さまざまなバックグラウンドを持つ方とともに、その視点やクリエイティビティの力を借りて、誰もが表現できるツールや環境をつくることを目的としています。その第1弾として、MASAとPONEとチームを組みました。二人の協力を得ながら、目の動きだけで演奏可能なツールを開発し、約7分間のライブパフォーマンスをカンヌで披露しました。
──目の動きだけで演奏可能なツールとは?
田中:今回、Dentsu Lab Tokyoは、二人のアーティストに加え、BASSDRUM(ベースドラム)、 invisi(インビジ)などの協業チームとともに三つの演奏ツールを開発しました。いずれも従来のツールをベースに、目の動きだけで操作可能なUI(ユーザーインターフェース)を設計しました。
まず、「EYE XY PAD」。X軸とY軸の座標に音やエフェクトのパラメーターをあらかじめ設定しておき、目の動きだけでリアルタイムで自由に、そして、これまでに聞いたことのない音色を奏でながら演奏することができます。
次に、「EYE MIDI PAD」。これまでの演奏ツールは健常者ベースで作られているので、視線入力だけでは細かすぎるなど難しい操作がありました。今回、まるでMIDIコントローラーを使うように、リアルタイムでより容易なトラック操作を可能としました。
そして、「SHOOTING PAD」。今回カンヌと東京を結んでライブを行ったので、どうしても通信の遅延が発生してしまいます。そこで、UIそのものをモーションコントロールすることで、音声の再生タイミングを逆算しながら、遅延の問題を解消しています。
これらの演奏ツールは、「All PlayersTool Lab」というサイトに格納してあり、無償で誰でも自由にダウンロードして使えるようになっています。
ただ、僕らがテクノロジーでどうこうするみたいなことは、最後の最後、プロジェクト全体から見れば一部分に過ぎないと思っています。それより大切なのは、さまざまなバックグラウンドを持つ彼らと同じ側に立って、同じ目線で、同じチームになることです。「なんか大変そうだな」とか、「やってあげよう」みたいな状態ではぜったいにいいものはつくれないんです。今回も、何度も悩んだり、悔しがったり、ときには口論になったりしました。それがいちばん大切です。
クリエイティビティとは、まだ社会が気づいていない新しい視点の発見
──そもそも、なぜセミナーの場でライブパフォーマンスをしようと?
田中:今回のセミナーの話をいただいたときに最初に思ったのは、カンヌの場でスピーチだけをするのは、あまり得意でもないし、面白くもならないなと。であれば、スピーチに加えて、クリエイティビティに関する僕らの仮説に基づいたデモンストレーションを、カンヌのステージでやってみたいと考えたんです。
実は、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちと仕事をするのは、これが初めてではないんです。東京2020大会のパラリンピック開会式の演出を手掛けたり、「PARA-SPORTS LAB」というプロジェクトを通して触覚を利用したブラインドサッカーの観戦デバイスの開発などに関わってきました。
ここでちょっと盲目のギタリストの話をします。パラリンピックの開会式でも演奏した田川ヒロアキさんという、生まれつき目が見えないギタリストの方がいるんですけど、彼の弾き方がすごくすてきで面白いんです。普通左手はギターのネックを下から持つんですけど、彼の場合は、どうやって弾くか自分で発見したらしいんですけど、まるでピアノを弾くように、右手も左手も上から弾くっていう弾き方をしていて。その弾き方にも、その音色にも、布袋寅泰さんも感動してらっしゃいました。これは田川さん独自の視点、クリエイティビティだと思うんです。
「クリエイティブ」とか「クリエイティビティ」って、平たくいうと、まだ僕らが気づいていない新しい視点の発見なんじゃないかと思うんです。対象を新しい視点から見ることで、世の中の常識や人々の価値観や行動が変わり、結果として社会が良くなっていく。それこそが「クリエイティビティ」ではないかと。
僕らの物の見方が凝り固まっているときも、さまざまなバックグラウンドを持っている人たちは僕らとは違う世界の見方をしている。だったら、彼らの力を借りることで、世界をもっと良くできるんじゃないか。彼らが持っている視点やクリエイティビティこそが、社会をアップデートするために今必要なんじゃないか。この仮説を証明したいと思い、カンヌの場でのライブパフォーマンスに挑みました。
カンヌは出会いとチャンスの場
──今回のライブパフォーマンスに対する反響はいかがでしたか?
田中:パフォーマンス終了後、会場の皆さんから3分を超えるスタンディング・オベーションをいただきました。いろんな国の人から「一緒に仕事しようぜ」とか、「本当に感動した」とか、「同じ電通グループの一員として誇りに思えた」といった声をかけていただきました。
MASAはリアルタイムでの演奏をやりたくても今までやれる方法がなかったので、今回ライブができたことにとても感動していました。「DJはやってきたけど、まさか自分がライブで自由に音を奏でられるとは思ってなかった」「本当に人生で最高の出来事だった」といった言葉をもらいました。
帰国する前に、カンヌから電車で5〜6時間の場所にあるPONEの家を訪ねました。直接会って「ありがとう」を言いたかったんです。PONEはアーティスト気質なところもあってか、MASAほど感動した様子を見せませんでした。でも、やっぱり興奮していて。さっそく次のプロジェクトについて話し合いました。まだ言えませんが、本当に実現したらとてもエキサイティングなプロジェクトです。
帰国後、ALSと似た難病の小学4年生の息子さんのお母さんから連絡をいただきました。「カンヌのライブパフォーマンスをニュースで見て感動しました」「息子は音楽にすごい興味があって、音楽クラブに入りたいと言っています」「皆さんの力で息子に音楽をやらせていただけませんか?」――そんな内容でした。僕は「ぜひ協力させてください」と返事をしました。
──田中さんにとってカンヌとはどのような場でしたか?
田中:本番の直前まで準備に追われていたし、英語でプレゼンするのも大変だったんですけど、カンヌでのプレゼンテーションを終えた今、明らかな手応えを感じています。本当に世界中から反響があったので、Dentsu Lab Tokyoとしてはもちろん国内の仕事も継続してやっていきたいけれど、海外の仕事も増やしていきたいなと思うきっかけになりました。
特にテクノロジーを起点にする僕らの場合、コピーやCMといった広告とは違って、言語の壁を越えやすい。多分に通用する手応えを感じているので、海外のイベントやクライアントの仕事に積極的に挑戦していきたいと思っています。
カンヌは、新しい課題を見つけたり、新しい解決法を、国境や言語を超えて、みんなでシェアして、アップデートして、「じゃあ一緒にやろうぜ」みたいな、そういう場だなっていう感じが、すごく僕はしました。
たくさんの協業チームとともに実現しました。この場を借りて改めて感謝申し上げます。
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