カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2022No.3
カンヌはこれからも必要なのか
2022/10/27
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月20日から24日までフランス・カンヌで開催されました。3年ぶりにリアルでの開催となった世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、クリエイターの目にどう映ったのか。受賞者、プレゼンター、審査員など、さまざまな立場でカンヌに関わったクリエイターたちが、それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。
第3回は、電通のクリエイティブ集団「zero」に所属する嶋野裕介さん、尾上永晃さん、村山二朗さんによる座談会。現地に派遣された3人のクリエイターに、さまざまな角度から最新のカンヌ事情について語っていただきました。
ここ数年で、いちばんおもしろいカンヌ
──今年のカンヌは3年ぶりのリアル開催となりました。
尾上:雰囲気はいつもと変わらないというか。マスクをするように促す紙があちこち貼ってはあったものの、誰もしていなかったですね。ミュージックデー(要はお祭りですね)をやっていて、街中に音楽が鳴り響いて、みんな踊ったり、酒を飲んだりで。
嶋野:空港のPCR検査が例年と違うぐらいで、あとはそんなに変わってなかったですね。リアルの良さは、圧倒的に議論ができることだと思います。こんな時代に現地に行く人は、ものすごく意識が高いか、行く必要があって派遣されている。そういう人たちと現地で会って議論をすると、自分の価値観を揺さぶられるような経験ができる。
村山:今回、僕たち3人はカンヌライオンズの日本の国内レップである日本経済新聞社さんのご協力もいただき、現地に派遣されました。日本経済新聞社さんが主催する現地セミナーにも3人それぞれを登壇させていただきました。
現地にいる間、日々広告の話ができたことは、個人的にはすごく楽しく刺激的でした。リアルならではの偶然の出会いもありましたし。現地滞在中に、電通インターナショナルのグローバルチームと会話する機会があったのですが、海外では今こういうふうになっているとか、日本にいてはなかなか手に入らない情報にアクセスできたのも良かったです。
尾上:現地のマルシェ(市場)でフルーツやチーズ、野菜を買って、みんなで調理して食べたりしたのですが、日本とは全然違う場所で生活していると、世界って広いな、いろんな価値観があるんだな、いろんな生活があるんだなって思えたんです。その上でいろんな国の受賞作品を見たり、いろんな人がいるなって思うと、僕らが今やっている仕事はすごく狭くて、もっといろんなやり方、いろんな課題がある、そんなことを生活と一緒に感じることができました。
日本で画面越しにカンヌを見てもリアリティがないと思うのですが、現地で生活しながら見るとグッとくるというか、体験になるってことを実感しました。なので、もし皆さんカンヌに行く機会があれば、ぜひマルシェに行っていただきたいなと思います(笑)。
──印象に残った作品は?
嶋野:たくさんあるんですけど……そうですね……「FLUTWEIN」というドイツのキャンペーンは印象に残っています。水害に遭ったドイツの酒造メーカーが、普通なら廃棄するしかない泥だらけのワインを、SNSの力を使って、泥を含めてこのワインをビンテージとして買ってもらおうというキャンペーンを仕掛けたんです。めちゃくちゃそれが話題になって、ビジュアルも含めて世界から称賛された結果、すごく売れて。災害は日本も多いですし、日本にとっても参考になる事例かなと思いました。
Cannes Lions International Festival of Creativity 2022
尾上:ここ数年、ソーシャルグッドやパーパスといった、社会に資することをやろうという流れが大きくある中で、意外な良いことって感じで僕がすごく好きだったのが、電通インドが手掛けたVICE World Newsの「The Unfiltered History Tour」という作品です。大英博物館の収蔵品にインスタグラムのフィルターをかざすと説明が出てくるんですが、その内容が、「この美術品はどこから略奪されてきたか」といったような負の歴史で。勝者の歴史である収蔵品の裏側に負の歴史が隠されているよね、というメッセージになっているんです。
最近は、たとえばジェンダーギャップを埋めることによりジェンダー間のバランスをとろうとする動きなどがありますが、「The Unfiltered History Tour」は、歴史においてもバランスをとることが必要だよねっていうことを問いかけている。
Cannes Lions International Festival of Creativity 2022
村山:改めて感じたのが、世界はキャンペーンのリザルト(結果)が全然違うことです。例えば、Doleの「Piñatex」というキャンペーン。パイナップルの収穫時に大量のゴミとなる葉っぱを、素材開発のベンチャーと提携して新しい繊維に加工しているのですが、その繊維を使ってNikeやHugo bossなど、もう名だたるブランドが商品化していて、実施の幅が全然違う。それで売り上げも立っている。リザルトの部分が圧倒的にわかりやすくて、インパクトが強いなって感じました。
Cannes Lions International Festival of Creativity 2022
嶋野:今年のカンヌは、最近行った中では個人的にいちばん楽しかったです。なぜかと言うと、グランプリのかぶりが非常に少なかったんですね。グランプリが全部違っていて、いろんなカテゴリーがそれぞれに進化を遂げていて。それがはっきり見えたので、全部見るとめちゃくちゃ勉強になるという意味では、個人的にはすごく楽しい年でした。
海外との差を感じた「リザルト」
嶋野:先日、とある企業のPR部門のカンヌ研修にゲスト参加したんですが、カンヌについてちゃんと学ぼうという意識を持たれていて。カンヌで賞を「取れた」「取れなかった」っていう、そういうレベルの話じゃなくて、「どの技を日本に持ち込めるか」とか、「何を今学ぶべきか」ということを組織全体で真剣に考えていました。そこが、まず素晴らしいなと思いました。他方、電通は「カンヌ離れ」というか、興味を持つ人が減ったような肌感覚があります。なぜなんだろう?
村山:「カンヌ」っていう言葉に変な偏見があるような気が個人的にはしています。カンヌで賞を取ることは「本業とは違うじゃないか」という冷めた部分があるのかもしれない。
尾上:何か無理をしないとカンヌで賞を取れないというイメージがあって、日本からカンヌに作品を出す人が減っているんですよね、多分。
嶋野:ああ、そうかもしれないね。
尾上:カンヌが日常の仕事の延長線上にはないと感じて、冷めているっていうのもあるんじゃないかなと思いますね。ただ、僕も狙っていたときは全然取れなくて、取れたのはいずれもそういうことを忘れて国内で話題になることを目指した仕事でした。だから、実は日常の仕事の延長線上にあるという気もします。
村山:今、世界は本業でどんどん賞を取っている。
尾上:狙って賞を取るのが難しい時代ですね。2010年頃は、当時黎明期だったデジタルで先輩方が鬼のように賞を取っていました。でも、今はそういうブルーオーシャンというか確変が起きそうな部分が見えづらい気がします。メタバースなのか、NFTなのか、はたまた……。デジタルクラフト部門はそのあたりがいろいろ出てきていておもしろかったです。
狙って取れなくなったもう一つの理由は、賞取りを目的に、エントリーする条件を満たすためだけに小さな媒体にちょっと出稿するような手法が問題視されるようになったこと。その反動や、時代的にオーセンティックであることが重視される流れで、今はリザルト(結果)がすごく大事になっている。結果を出すには、それなりに時間が必要になる。賞だけを狙った、せいぜい3カ月くらいのプロジェクトではリザルトは見込めない。審査をやったときも、そういうのはがんがん落とされていました。
村山:リザルトということでは、コロナビールで有名なCorona Méxicoの「Plastic Fishing Tournament」というキャンペーンが印象に残っています。海に捨てられているゴミの獲得量を漁師が競うという割とシンプルな設計なんですけど、びっくりしたのは回収したゴミがトン単位なんです。それも1カ国じゃなくて、いろんな国で回収している。日本とはリザルトの規模がまったく違っていました。僕らはそれをどうやったらいいんだろうかと考えさせられました。
Cannes Lions International Festival of Creativity 2022
若い人にこそ、カンヌに行ってほしい
──今後のカンヌに対して、何か要望はありますか?
嶋野:カンヌは広告の技と成功事例の宝庫なので、そこでプロとしてちゃんと勉強して、新しい事例を知っておかなければと思っています。その意味では、これからもずっと学びの場であり続けてほしいです。
個人的には、グランプリは見なくてもいいとさえ思っています。グランプリは、もう技としての終着点に達してしまっているので、現場の若い人は、むしろ一つでも多くブロンズを見た方が本当に良いと思うんです。僕は研修で講師をするときは、なるべくブロンズやシルバーを中心に説明するようにしています。これからカンヌを見る人も、そういうふうに意識した方がいいと思います。
尾上:ちょっと前までのカンヌだと、「スクリーニング」といって、大きな部屋でショートリストに残らなかったCMも含めて全部を流していて、みんなで見ることができました。つまらないCMにはブーイングがあったりして、結構楽しかったんです。でも、それが全部セミナーに変わってしまって、今なくなってしまったんですよね。今年のスクリーニングも、会場の片隅に椅子が四つ置いてある程度になっていて、もったいないなと思いました。同じものをみんなで見て、それに対して反応があるというのは、体験としても貴重で、復活させてほしいなと思いますね。LIAというアワードのフィルムの審査を先日したのですが、やっぱりみんなで映像を見て笑ったりするのって、いろんな壁を超えてシンプルに強いものがわかって良いなと思いました。
少々話は変わりますが、普段の仕事に生かすと言う点では、「カンヌ的発想法」というのはお得だなと思います。カンヌを学ぶと、カンヌを学んでいない人に比べて思考法が一つ増える。普通に仕事をしていると日常の最適化になってくるわけで、何か話題にさせようという時に、じゃあTikToKを使おうかとか、ソーシャルメディアで何かやろうとか、すごく狭い話になってくる。でも、カンヌを学んでいると、別にビジネス自体から変えてもいいんだとか、そういった発想ができる。企画をする人間にとっては、企画するルートは多いほどいい。その意味では、カンヌは見ておいた方が良いですね。
村山:セミナーについていうと、以前はクリエイティブ産業的にここでしか見れないセミナーがあった印象なんですけど、それがだんだん企業のセールストークの場になっているセミナーが増えている気がしていて。もうちょっとわくわくするセミナーが増えるといいのかなと思います。
それから、入場パスを普通に買うと50万円くらいするのですが、できればもうちょっと安くしてくれれば、もっとみんなが行きやすくなるんじゃないかと思います。大勢の人が行った方がいいと思うので。
尾上:特に、若い人が行った方がいいと思いますね。僕は3年目ぐらいで行った時がいちばん刺激的で、がんばる原動力になったりもしました。毎日興奮して、同期や先輩たちといろんなケースについて話したのは財産です。
最近、広告に対して若手がなかなかモチベーションを保ちづらい状況が続いていると思うんですよね。そんな中で、世界にはこんなものやあんなものがあるというのを現地で感じると、全然やる気も変わってくると思います。
それと、クライアントの方もぜひ! 日頃の仕事でも、学びたいと考えている人は多いと感じるので、一緒に学んで、一緒に意識を変えていける、そんなふうになるといいなと思います。
そして、最後にぜひ言っておきたいのですが、東という同僚がいまして、彼は6か国語ぐらい話すのですが、元々ジャーナリスト志望なんです。彼が以前カンヌに行ったとき、受賞式後に赤じゅうたんの階段を降りて来た受賞者に突撃取材を敢行して、自分だけのジャーナルをつくって、自分で刷って、周囲に配っていました。まさに、世界でいちばん詳しくて早いカンヌライオンズのジャーナルです。あんなに前のめりで取材する人は世界中でも類を見ないと思う。だから、電通は毎年カンヌに東を派遣するべきです(笑)。
村山:受賞式の時、歴代の受賞作品がスクリーン上に投影されたんですけど、改めてクリエイティブの歴史を思ったんですね。概念が変わるというか。「データ」とか「テクノロジー」とか、そういうキーワードが変わっていく場だったりするんですよね、カンヌは。
今は「ソーシャルグッド」という言葉が独り歩きしているけれど、それまでの概念を一変させるクリエイティブの進化や価値が、カンヌという場を通してちゃんと伝わるといいなと思います。それはクライアントも求めていることですよね。今回、現地に行ってみて、そんなことを思ったりしました。