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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.7

未来のビジネスを共創するBridgestone Innovation Gallery

2022/08/12

博物館連載タイトル

企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について紹介していく。


日本の自動車産業をけん引してきたブリヂストン。世界でも指折りのタイヤメーカーとして名をはせている同社は、その歴史と未来へのイノベーションを紹介する場としてBridgestone Innovation Galleryを運営している。本稿では、Bridgestone Innovation Galleryを通して、企業ミュージアムをビジネスにつなげる工夫やさまざまなステークホルダーとの関わり方について考察する。

取材と文:浅井佑太(電通PRコンサルティング)

7年間の構想から生まれた新たな施設

東京都小平市、西武国分寺線「小川駅」の東口を出ると真っすぐに伸びる道がある。その名も「BS中央通り」。「BS」とは「Bridge Stone」の頭文字を取ったものだ。「ブリヂストン」と名の付く建物が立ち並ぶその通りを歩くと見えてくるのが今回の目的地Bridgestone Innovation Gallery(以下:ブリヂストン イノベーション ギャラリー)だ。2020年11月に一般公開が開始されたばかりのこのミュージアムは、ブリヂストンの歴史や事業活動、さらには未来に向けた活動を紹介している。

ブリヂストン イノベーション ギャラリー外観(筆者撮影)
ブリヂストン イノベーション ギャラリー外観(筆者撮影)

ブリヂストン イノベーション ギャラリーは、単独の施設ではない。「Bridgestone Innovation Park(以下:ブリヂストン イノベーション パーク)」という複合施設内の一部となっている。ブリヂストン イノベーション パークは、さまざまなステークホルダーに、同社のこれまでの歩みや2050年を見据えたビジョンに共感してもらうことから始め、“共議”“共研”へと関係を深め、さらに新たな価値を共に創造する“共創”へと進化させていく複合施設である。

2022年4月には、社外パートナーたちとアイデアを膨らませ、実際に形にすることができる「B-Innovation(ビー イノベーション)」とテストコース「B-Mobility(ビー モビリティ)」の二つの新施設を開設し、ブリヂストン イノベーション パークが本格稼働した。つまり、ブリヂストン イノベーション ギャラリーで生んだビジョンへの共感を、「B-Innovation」で形にし、「B-Mobility」でテストする、そして共創へとつなげていくという流れである。「ビジネス」の創造にも利用されるというのは、他の企業ミュージアムとは異なる点だ。構想期間は約7年、投資金額は約300億円と企業としての力の入れ具合が感じられる。

技術センターへ行くまでに必ず通らなければならない場所

今回は、ブリヂストン イノベーション ギャラリーの森英信館長にご案内いただいた。森氏は1991年入社以来、海外部にてサプライチェーンマネジメントやマーケティングを担当。2020年開館時より館長となり、自らもガイドツアーを行っている。技術畑出身ではなく海外駐在などの幅広い業務の経験者を館長に任命するという人選も、ビジネスが創造されるこのミュージアムならではの特徴かもしれない。

森英信館長と、全長4mの世界最大級のタイヤ(筆者撮影)
森英信館長と、全長4メートルの世界最大級のタイヤ(筆者撮影)

ブリヂストン イノベーション ギャラリーは、1. WHO WE ARE/2. WHAT WE OFFER/3. HOW WE CREATE/4. WHERE WE GOの四つのエリアに分かれている。一つ目の「WHO WE ARE」は、ブリヂストン創業時からの歩みやDNAを感じられるエリアである。まず初めに目に飛び込んでくるのは創業当時の企業ロゴだろう。石で橋を造る際に最も大事な場所にある要石(キーストーン)をモチーフにしたデザインに、「BS」と書かれたシンプルなロゴである。その他、創業当時のタイヤのレプリカなども展示されている。

「WHO WE ARE」ゾーンに入ると、創業当時の企業ロゴも見える(筆者撮影)
「WHO WE ARE」ゾーンに入ると、創業当時の企業ロゴも見える(筆者撮影)

同社の歴史の中でも特筆すべき点はいくつかあるが、そのうちの一つが1962年の技術センター竣工だ。それまで技術開発部門は創業の地である久留米市と東京の2カ所に分かれていたが、東京工場の建設計画に関連して、総合的研究機関として技術センターが新設された。

その技術センターが建設された場所こそが、東京都小平市である。創業の地に企業ミュージアムを構える企業は多いが、ブリヂストンが小平市に企業ミュージアムを造った理由はここにある。技術センターは現存しており、グローバルに活躍する同社の中心として機能し、世界中のデータがこの小平市に集まるという。また、「技術センターへの導線として、必ずここを通るように設計している」と森館長。技術センターには多くの社外パートナーが訪れるが、必ずブリヂストン イノベーション ギャラリーを通ってもらうことによって、同社の歴史に共感するだけでなく、ソリューションの豊富さに気付き新たなイノベーションを生むきっかけとなっている。

知的好奇心をくすぐるタイヤのクイズは子どもにも大人気

二つ目のエリアは「WHAT WE OFFER」である。このエリアでは、ブリヂストンのコア事業である「タイヤ」に焦点を当て、その成分であるゴムの成り立ちや、タイヤの役割について紹介している。

「WHAT WE OFFER」エリアに入るとまず目に飛び込んでくるのが、形や大きさが異なるさまざまなタイヤである。そのタイヤがどんな自動車に使われているかがクイズになっており、表側には正解となる自動車の輪郭だけがイラストで描かれている。

クイズに使用されているタイヤの表側(筆者撮影)
クイズに使用されているタイヤの表側(筆者撮影)

そのイラストとタイヤの大きさや表面の溝からどの自動車で使われるかを想像し、裏側をのぞくと答えが分かるという仕組みだ。使用用途によってタイヤの大きさ、溝の形状や深さ、色までも異なる。例えば工場内で使用するタイヤでは、床に色が付いてしまうのを避けるために白色のタイヤが使われている。同社の細やかな技術とタイヤの無限の可能性を感じられるエリアとなっている。

クイズに使用されているタイヤの裏側(筆者撮影)
クイズに使用されているタイヤの裏側(筆者撮影)

これまでビジネス側面のことばかり書いてきたが、ブリヂストン イノベーション ギャラリーはさまざまなオーディエンスをターゲットにしている。特にこの「WHAT WE OFFER」エリアでは、子どもの知的好奇心をくすぐるような展示物が多い。どのような層が普段このミュージアムに足を運ぶのか森館長に尋ねたところ、「校外学習や社会見学でもよく使われている」とのことだった。

「あらかじめ先生方からどんな校外学習が良いのかをヒアリングし、実行しているので満足度はとても高いです。例えば、タイヤの一生が分かるようなワークシートを開発し、謎解き感覚で学習できるようにしています」。大人から子どもまで楽しめることが分かった。

タイヤメーカーからソリューションカンパニーへ

三つ目のエリアは「HOW WE CREATE」。ここでは、幅広い分野で課題解決を目指すブリヂストンの多様なイノベーションが分かる展示がある。例えば、使用済みのタイヤを熱分解して作る再生カーボンブラックなどだ。同社のビジョンは「2050年 サステナブルなソリューションカンパニーとして社会価値・顧客価値を持続的に提供している会社へ」である。そこには、「タイヤ」という文字は一つもない。タイヤはコア事業ではあるものの、同社はこれまでの経験や技術を生かした新たなソリューションを生み出す企業へと進化し続けている。

技術センターへ訪れる際にさまざまな社外パートナーがこのエリアを体験し、「ブリヂストンはこんなこともできるんだ」と驚かれるという。このエリアで紹介されている技術やソリューションへの共感から共同プロジェクトにつながることもあるそうだ。

PR活動の起点としての企業ミュージアム

最後のエリアは「WHERE WE GO」だ。ここでは、イノベーションの先に広がる新しい未来が感じられる。具体的には、月面用のタイヤや、走行中に給電ができるタイヤ、さらには空気のいらないタイヤまで展示されている。このように「未来」をリアルに共有することができれば、社員のモチベーションにもつながるはずだ。

月面ローバ用のタイヤ。ゴムではなく金属で作られている(筆者撮影)
月面ローバ用のタイヤ。ゴムではなく金属で作られている(筆者撮影)

「ステークホルダーの中には社員も含まれます。コロナ禍での開館になってしまったため、実際に足を運んでもらうことは少ないですが、オンラインでのガイドツアーも行っています。日本の社員はもちろん、世界中のグループ会社の研修にも使ってもらっています。時差の関係で、アメリカなどの社員たちにはまだリアルタイムで説明できていないですが、タイやインドネシアなどアジアの関連会社の方々には100%生中継でブリヂストンの心を伝えています」

森館長いわく、録画ではなく生中継でガイドツアーを行うことが大事とのこと。忙しい社員に興味を持ってもらうには、「あなたのためにやっている」ことを伝えるためにリアルタイムである必要がある。それが功を奏し、営業職から「ブリヂストンについて取引先にも知ってほしいのでガイドツアーをしてほしい」という依頼もあったという。ブリヂストン イノベーション ギャラリーがブリヂストンにおけるPR活動の起点の一つとなっていることが分かるエピソードだ。

市や大学など地域社会との連携も活発

四つのエリアにてミュージアムの見学は終了だ。ただ、ブリヂストンの魅力はミュージアムの外でも感じられる。先述した校外学習以外にも、地域貢献活動を行っている。例えば、ブリヂストン イノベーション ギャラリーを出てすぐ右手にはきれいに舗装された道がある。これは「Bridgestone Parkway」と呼ばれる全長450メートルの歩道で、地域の方々に、安心・安全、より快適に楽しく通行していただけるよう、ブリヂストンの土地を活用し、小平市・東京都とブリヂストンが連携して整備したものである。また、ミュージアムのすぐ近くに位置する武蔵野美術大学とは、産学連携プロジェクトとして展示企画を行うなど、小平市や地域社会との連携も積極的に取り組んでいる。

Bridgestone Parkway(筆者撮影)
Bridgestone Parkway(筆者撮影)

企業ミュージアムには有料で運営しているところもあるが、ブリヂストン イノベーション ギャラリーは無料で楽しむことができる。その理由は、「ブリヂストンのファンになってほしい。そして地域に貢献したいから」と森館長。1962年からこの地で企業活動を続けている同社にとって、小平市の存在がいかに大きいかが分かった。

最後に

ここまでブリヂストン イノベーション ギャラリーと何度も書いてきたが、企業ミュージアムなのになぜ「Museum」ではなく「Gallery」という単語が使われているのだろうか。森館長いわく、その理由は、「Museum」は過去を紹介するものだが、ブリヂストン イノベーション ギャラリーは過去だけでなく未来への活動も紹介する場所だから。

2019年までは同じ場所に「ブリヂストンTODAY」という企業ミュージアムが存在していた。その名の通り、ブリヂストンの過去から現在までを紹介するミュージアムである。しかしブリヂストン イノベーション ギャラリーは、「ブリヂストンTODAY」とは異なり、同社の過去から現在、そして未来への活動を紹介している。名は体を表すとは、まさにこのことだ。この場所からさまざまなイノベーションが生まれることを期待したい。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

ブリヂストンの社名の由来は、創業者である石橋正二郎氏の「石橋」にちなんだという。石の橋だから、ブリッヂストーン。ここまでは、よくある蘊蓄(うんちく)だ。1906年3月に17歳で家業の仕立物業を引き継ぎ、足袋(たび)の専業を始めた石橋氏。その後、足袋にゴム底を貼り付けた「地下足袋」事業で成功を収める。ブリヂストンのルーツは地下足袋でゴムを扱い始めたことにさかのぼる。

もう、この段階でハリウッド映画を見ているようだ。考えてみれば、ゴムというものはなんとも不思議なものだ。輪ゴムからタイヤに至るまで、われわれの生活には欠かせない。そして、その最大の魅力は「柔軟である」ということだ。石でも、木でもない。鉄でもない。ゴムならではの柔軟さが社会を支えている。

編集後記としては、いささかふざけていると捉えられるかもしれないが、あえて言わせてもらう。「石橋さん」という固い名前をもつ人が、ゴムのもつ「柔らかな」魅力に気がついた。これこそが、イノベーションというものの本質ではないだろうか。

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