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経営課題にクリエイティビティをどう生かすべきか?~野中郁次郎氏×佐々木康晴氏対談No.1

いま、必要なのは「客観」ではなく「相互主観」

2022/08/29

電通は広告領域で長年培ってきたクリエイターの能力と経験をビジネス領域に拡張し、経営課題にクリエイティビティを活用するためのソリューション開発や知見の発信に注力しています。

経営課題にクリエイティビティをどう生かすべきか?

この命題を解き明かすべく、経営学者の野中郁次郎一橋大学名誉教授と電通CCO(チーフ・クリエーティブ・オフィサー)の佐々木康晴氏が「これからの経営に必要な創造的発想と、クリエイティブの可能性」をテーマに対談を行いました。

経営課題にクリエイティビティをどう生かすべきか?

日本型イノベーションから生まれた「SECIモデル」

佐々木:昨今、デジタルの浸透や生活者意識の変容に伴い、企業と人のつながり方がどんどん変わってきています。私たちクリエイターの仕事も従来の広告コミュニケーションにとどまらず、体験づくりやプロダクト/サービスづくり、組織づくり、コミュニティづくり、そして経営戦略の立案へと多様に広がり、企業の成長やイノベーションをともに育むパートナーとしての役割が求められています。

そのために僕らは多様な専門性を持ったチームをつくり、経営層のモヤモヤを言語化して新しいコンセプトやアイデアを生み出し、それらを実際に形にして実行する、ということをやっているわけです。

野中先生が提唱された、知的創造活動に注目した、ナレッジ・マネジメントの枠組みである「SECIモデル」は、まさに私たちクリエイターが日々実践している活動に近しいものがあるのではないかと感じました。このSECIモデルはどのような経緯で誕生したのでしょうか?

野中郁次郎

野中:私は企業で9年間働いたのち、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院に進学しました。そこではマネジメントを専門に研究していたのですが、社会科学部門の中から一つを第二専門として学ばなければならなかったので、消去法で社会学を選んだんです。ところが、当時のバークレーの社会学には全米トップクラスの先生がいて、そこでコンセプトや理論のつくり方を徹底的にたたき込まれたんです。

帰国後、バークレーの大学院で出会った竹内弘高氏(経営学者)らと、富士ゼロックスやホンダなど日本企業の開発事例を研究しました。これらの研究成果をもとにつくり上げたのが「SECIモデル」です。

【SECIモデル】
個人の暗黙知を形式知に変換し,組織全体で知識を創造し続けるためのスパイラル状のプロセス。

(1)現実を感知したり相手の視点に立って暗黙知を獲得する「共同化:Socialization」
(2)対話などで本質をつかみ、喩えや仮説で形式知にする「表出化:Externalization」
(3)あらゆる知を自在に組合わせて体系的な集合知を生み出す「連結化:Combination」
(4)理論や物語りを実践し、組織知を身体化し、自己変革する「内面化:Internalization」

4つのフェーズをスパイラルさせることで組織全体の底上げを図る。

野中郁次郎

互いの主観がぶつかり合ってこそ、新しい価値が生まれる

佐々木:SECIモデルのフェーズの中でも、特に重要なプロセスはどこでしょうか?

野中:やはり最初の「共同化」、すなわち共感(エンパシー)からすべては始まります。似たような言葉に同感(シンパシー)がありますが、シンパシーは他者が感じていることを客観的に捉えて判断することで、エンパシーは無意識のうちに他者にシンクロナイズすることを意味します。このエンパシーで最も大切なのは、一人ではなくペアであるということです。異なる存在である「私とあなた」がお互いの主観を妥協なくぶつけ合うことによる相互作用、哲学者フッサールが言うところの「相互主観」で、新たな意味や価値を創造していくことができるのです。

佐々木:なるほど。世の中にはSECIモデルのような開発手法を実践している企業はたくさんあると思うのですが、必ずしもうまくいかないケースがあるのは、もしかすると共同化のプロセスに問題があるのかもしれないと思いました。

 佐々木康晴

野中:近ごろの企業経営の問題は、ある種の「分析まひ症候群」に陥っているところにあります。最初に客観的な分析ありきという発想が定着している。他社のコンセプトを持ってきて、自社の現実に当てはめたり、要するに主体的に意味をつくることが苦手なんですね。しかし、新しい意味をつくらないとコンセプトとは言いません。

SECIモデルは、最初に「共感」から始まるわけですが、それは、客観的な意見を交わすことではありません。先ほど述べたように、「相互主観」が大事です。

佐々木:われわれも忖度なしで主観をぶつけ合いながらプロジェクトを進める時もあれば、ファシリテーター的な立場でみんなの意見を聞き、文句が出ない方向にまとめる時もあります。後者のほうがもちろん合意形成はしやすいわけですが、前者の方がワクワクする強いコンセプトが生まれることが多いですね。

野中:この場合の主観とは要するに感性で、経験の質が大事なんです。経験と質や量が貧困では、主観をぶつけ合っても貧困な言葉しか出てきません。そして、真剣勝負で徹底的に議論すること。自分がアイデアを考える主体だぞ!と追い込まれた極限の状態をつくる。これはクリエイティブチームが置かれている環境に近いと思うのですが、いかがでしょうか?

佐々木:まさにそうですね、電通のクリエイティブチームは、みんな多様な専門性や好奇心があって、強くて深い経験を持っているメンバーが多いんです。そして、僕らがアイデアを考える時は、全員が当事者意識を持って、クライアントやユーザーの気持ちになりきってエンパシーを持ち、これ以上は誰にも思いつけないぞというぐらい徹底的にやります。クリエイターたちは自分では意識していないかもしれませんが、アイデアを出す前の共同化の段階から価値を発揮しているのですね。

一人一人の磨かれた感性を武器に主観的に意見をぶつけ合う。イノベーションの根源とも言える本質的なポイントを教えていただきました。次回も、共同化のポイントについて、さらに突っ込んでお話をお聞きします。

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