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右脳と左脳で考える、広告会社とコンサル会社の未来No.3

鍵は社員の幸せにあり。トヨタ・コニック・アルファと描く「幸せ経営」とは。

2022/08/30

「働く幸せ」とはどういうことだろう?

そんな大きな問いに真っ向から向き合うプロジェクト「幸せクリニック」が、トヨタ・コニック・アルファ※でスタートしています。

今、企業経営において重要なテーマになっている「人的資本価値」。働く人を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すための経営を行っていく、という考え方です。「幸せクリニック」は、この人的資本価値を高める最先端の事例ともいえる取り組みで、全国のトヨタ販売店社員の「幸せな働き方」の支援を目指して立ち上げられました。

プロジェクトを通して現場の従業員と向き合い、幸せについて本気で考えることでみえてきた、これからの「幸せ経営」とは?メンバーであるトヨタ・コニック・アルファの西内 律子氏、渡邉 弘毅氏、田中 聡志氏、電通コンサルティングの魚住 高志氏が焚火を囲んで、語り合います。

※=トヨタ・コニック・アルファとは、リテール領域のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進により、デジタルコミュニケーション分野の研究機関として、新たな「仕組み」と「ビジネス」の創造に取り組む会社。

 

数字の先にある新しい「幸せのものさし」をつくる
 

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(左から)西内 律子氏、魚住高志氏

魚住:はじめに、このプロジェクト「幸せクリニック」が発足した経緯や背景についていろいろお話をさせてください。

このプロジェクトが始まる前、私はCRMやカスタマーサクセスといった領域に取り組んでいました。CRMは企業とお客さまの中長期的な関係値を築くことが目的ですが、どうしても企業は短期的な収益を追い求めてしまうことが多く、本来の考え方と企業の姿勢にギャップがあるなと思っていました。

一方、会社の価値は投資家だけじゃなく、取引先、従業員、顧客からの評価も受けて決まっていく「マルチステークホルダー」という経営の在り方が始まっていて、中長期的な視点で「良い会社の定義を変える」取り組みを行っている企業もたくさんありました。

トヨタ・コニック・アルファさんがやろうとされていることも、まさにこのマルチステークホルダーの時代に、「良い会社の定義を変える」支援をすることだと思いました。私自身、企業と従業員と顧客の新たな関係値づくりに取り組みたいと思っていたこともあり、このプロジェクトにご一緒することになりました。

西内さんは、この「幸せクリニック」プロジェクトの背景や経緯をどうお考えになっていますか。

西内:このプロジェクトの原点であり、一番の根底になってるのは、トヨタフィロソフィーにある「幸せを量産する」であると思っています。この言葉には、トヨタ創業時から大切にしてきた、商品の先にいるお客さま、携わっている従業員の方、仕事に関わるすべての人の幸せをつくっていくという想いが込められていると思っています。

その「幸せを量産する」ための新しい経営指標として、販売台数や売り上げのような数字ではない、その先の「幸せのものさし」をつくろう、ということから始まりました。

ものさしを考えていく中で、「幸せの形は多様である」という一つの考え方をメンバーから聞いた時に、これはすごく広がりのある一大テーマになっていくな、と思いました。企業精神や社の在り方にもつながりますし、お客さまの多様な幸せと向き合うことで、お客さまとのより深みのあるエンゲージメントを模索していけるのでは、と。そんな広がりを感じてプロジェクトとして確立しました。

魚住:「多様性」はこのプロジェクトの重要なテーマですよね。私は油断するとつい平均値をとろうとしてしまうのですが、渡邉さんや田中さんから「個人を見てほしい」と言われてハッとしました。このプロジェクトの思想は一人一人の多様な幸せを見て、それを広くフィードバックすること。それを絶対忘れてはいけない、とよくおっしゃっていますよね。

そんな経緯でスタートした「幸せクリニック」。改めて役割と全体概要について、お話しくださいますか。

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渡邉 弘毅氏

渡邉:私やあなたの幸せを探求し、組織やプロダクトに幸せを注入する。幸せのボトルネックになっている原因があれば突き詰めて切除する、ということです。名前を「クリニック」としたのは、きちんと探求して、取り除くことまで実現することをミッションに据えたからなのです。

このプロジェクトを始めた時、幸せを探求するといっても「車が提供できる幸せって決まっている」と言われることが少なからずあったのです。でも本当にそうなのかな、って。時代によってお客さまや従業員が感じる幸せは変わっていくと思うし、企業として新しいことを生み出す時に、中心に据えるべきなのは人の幸せだと思うんですよね。

それと、幸せの探求を顧客満足度(NPSやCustomer Satisfaction)や従業員満足度(Employee Satisfaction)といったマーケティングセオリーや指標にはめて評価するところから始めると、人が本当に求めていることや、逆に嫌だと思うことにたどりつけないのだと思います。

だから、もう自信を持ってわれわれは、人の幸せって何だろう?不幸せって何だろう?ということに真っ向から向き合って理解していく。そこに向き合える人間じゃないと100年、200年先の企業の新しい役割は見つけられないんじゃないかと思うんです。

魚住:指標化すると、どうしても人はランク付けしたり指標を比較したくなります。もっと本質的な根っこにあるところを探りにいくというのが、このプロジェクトの役割、ということですね。

お客さまの幸せは、従業員の幸せの先にある

魚住:このプロジェクトは、全国のトヨタ販売店の皆さんの「幸せな働き方」の支援を目指して立ち上げられましたが、販売店にはどのような課題があるのでしょうか。

西内:一つあるのは「お客さまの幸せと、従業員の幸せの両立」ということです。お客さまの幸せ第一というのは皆さん意識していらっしゃるのですが、従業員である自分たちの幸せは横に置いてしまう。そうではなくて、従業員が幸せに働けるからこそ、お客さまの幸せが生まれるのだと思います。もっと従業員が幸せに働けることを重視しなければなりません。

田中:実際に販売店で働く皆さんのお話を聞いていて、従業員が幸せである状態が結果として、お客さまを幸せにすることにつながるっていう順番なのだと感じました。最初はお客さまの幸せ側から入ったプロジェクトですが、まずは従業員の方々が幸せになるっていうところにフォーカスして取り組んでいきたいですね。

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(左から)田中 聡志氏、西内 律子氏

西内:もう一つは、数字目標が置かれ、どんどん数に追われてしまい、一人一人のお客さまとの多様性ある質の高いエンゲージメントを強める時間を持つのが難しくなってしまうこと。販売台数や売り上げを目標にすると、どうしても売るまでがピークになってしまう。そうではなくて、どれだけその車を使っていただいて、幸福な体験が生まれるかということが大切だと思います。この「幸せのクリニック」で、新しい指標づくりやサービスの提供によって少しでもサポートできれば、と思っています。

魚住:お客さまとの関係性が深まることが、従業員の方の働く幸せにもつながるということですね。

西内:そうですね。でも、それとは別に、その会社で働いていることがうれしい・楽しいっていう、基本的なところも大事にしなければいけないと思います。今回改めていろいろと見返していて、トヨタが60年以上前から「社員の教育」や「従業員の豊かな生活環境を整える」ことを大切にし、「経営は人である」と掲げていたことを知って驚きました。この想いを素直に受け継ぎ、大切にしたい、と強く感じました。


「働く幸せ」のキーワードは、自立・フラット・つながり

魚住:先ほど田中さんからもありましたが、このプロジェクトでトヨタ販売店の現場で働く従業員の方に直接お話を聞いて回りました。たくさんのヒントがあったと思いますが、こんな幸せな働き方をしている人がいた、という印象に残った人や言葉はありますか?

渡邉:僕は二人いて。一人目が、入社10年目前後の方です。買ってくださったお客さまが安心安全な状態にあるか、毎月全てのお客さまに連絡をしているそうです。会社からいわれているわけではないのですが、自分で考えて自分で行動していると。後輩たちにもすべきことだと伝えて、共感した後輩たちが自分と同じようにお客さまと向き合っている姿を見ると、後輩に響いてくれて幸せだな、と感じるとおっしゃっていました。

あともう一人は経営層の方です。その方は「現場が経営するんだ」とおっしゃっていて。だから、会社から販売台数のことは一切いわないんですよね。従業員に任せている。従業員がちゃんとお客さまに向き合って考えることで、目標数値はおのずと出てくると。販売台数や従業員満足度指標とは違い、数値化できないものを追い求めることが、結果として成果につながっているとおっしゃっていました。

魚住:共通して見えてきたキーワードは「自立」といえますね。自立した従業員がいて、そういった自立した従業員を育て、それを見守る経営者としての器の大きさがあって。それによって幸せな働き方、幸せな経営が成り立つということかもしれないですね。

西内:「満足度」といってしまうと、会社から従業員への一方通行になってしまう感じがします。従業員も会社の方に働きかけるし、会社の方も従業員に働きかけるし…そんなある意味、相互に依存しながらも自立した幸せな関係が築けることがいいんだと思います。

魚住:自立した幸せな関係に通じるところですが、自分の考えをちゃんと受け入れてもらえる心理的安全性があるかどうかも、幸せな働き方にとって重要だと感じました。

渡邉:「フラット」であることは重要ですよね。訪問した販売店でも社長、取締役、一般社員がいる中で、全員フラットな関係が築けている。「スーパーフルフラット経営」だっておっしゃってましたよね。

田中:従業員同士だけでなく、お客さまとの関係でもいえることだと思います。販売店が抱える課題にもありましたが「滅私奉公型のお客さまのために」ではなく、「お客さまと持ちつ持たれつの関係である」とおっしゃっていたのがすごいなと。それもまた一つ、大事な要素ですよね。

もう一つのキーワードとして「つながりを感じる」ことも大事だと思いました。お客さまに囲まれて、お店のスタッフに囲まれて、そのつながりを感じられることが幸せだっておっしゃっていたのが印象深くて。誰かが困っていたら手を差し伸べたり、差し伸べられたりできるつながりが感じられることも大事だと思います。

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販売店ヒアリングを通して見えてきた新しいマネジメントモデル

第三者視点からの「問い」が、幸せ経営への第一歩。

魚住:販売店の皆さんへのヒアリングから見えてきた「幸せな働き方」を、今後、販売店の支援にどうつなげていくのか、お考えを教えてください。

田中:僕たちがやることは、価値観をひっくり返すことなのかな?と思います。普通の資本主義的な会社って、お金を資本に何かを売ってお金を増やすというゴールがあると思うのですが、僕たちは、幸せを起点に車を通じて、また幸せを増やす。そういう図式をつくっていくべきだと思います。販売店の皆さんに、具体的に何をどのように支援できるかまではたどりつけていないんですが、この図式にのっとったものに取り組んでいきたいと思います。

魚住:販売店の成功事例をモデル化して、他の販売店の皆さんに広げていく、ということができるといいですよね。

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田中:まずは、きっかけがつくれればと思います。これまでの考え方からの変わり目にいるかもしれないですよ、という「問い」を、ある意味第三者である僕たちが出していくことが大事だなと。これが正解だと押し付けるのではなく、気づき・きっかけをつくっていくのが第一歩目かもしれません。

魚住:そうですね。われわれ電通グループは、今まではエンドユーザーの皆さまに目線を向けて、一人一人の声を聞いて、インサイトを発見してきました。それをこのプロジェクトでは従業員一人一人に向けていくということが、私たちのバリューが発揮できるところだと思っています。これまでさまざまな幸せの感じ方をチーム内でインプットしてきましたが、他の販売店でも再現するために、次は働く幸せの言語化が必要だと思っています。

西内:それも量産化の一つの形なんだと思います。言語化して、さらに仕組み化することが重要かもしれない。悩まれている販売店の皆さんの発想がどんどん活性化するような、そんな仕組みをお渡しすることができるといいなと思います。

魚住:今回お話しさせていただいた場所は有限会社きたもっくが運営されているタキビバというところで、たき火を囲んで話しています。この「場」も販売店に向けて活用/提供されていくんですよね? 

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きたもっくは浅間北麓の地域資源の価値化と、キャンプ場等の場づくりを軸にした循環型地域未来創造事業を実践しています。タキビバは、目的を持った集団がその活力を再生するための場づくりをテーマにした宿泊型ミーティング施設です。四半世紀のキャンプ場の蓄積から学んだ“たき火”の社会的効用を活用し、人と人の関係を再構築、本音で話したくなる場を提供しています。
きたもっくについてhttps://kitamoc.com/ タキビバについてhttps://takiviva.net/

田中:はい。「場」の支援というのも、価値観を変容させるトリガーに活用できるんじゃないかと考えています。このタキビバは、たき火を「本音で語り合い関係をつくる場」として提供しています。

僕も前にここに伺って経験したのですが、この場で会話をすると、おのおのが考えていることを立場の壁を越えて話しやすい。まさにフラットに会話できるんです。発言せずに終わるというのが、いい意味で許されない環境というか。

渡邉:きたもっくさんは、たき火を囲むさまを「目的を持った集団」といっています。ただ雑談するのではなく、会社の今後の可能性や、具体的に何をしたらいいかとか、ちゃんと目的を持って集まって1泊2日を過ごすと、ものすごいプラスに働く。ご飯をつくったり、仕事以外の非効率的な共同作業とかもやるんです。そうして人間的なつながりができて、またさらに本音でしゃべって、見えてきたことを会社に持ち帰って実現していく。そんな「場」を提供されているタキビバからは学ぶことがすごく多いので、今後もぜひ、一緒にいろいろとやりたいなと思っています。


「幸せクリニック」が描く、今後の想い

魚住:最後に今後の想いを教えてください。

田中:販売店の特徴って、日本各地に地場の会社として存在していることだと思います。場所の固有性を生かした、ローカルゆえの働く幸せをつくっていって、その総和が「幸せの量産」になっていく、そんなことができたらいいなと思います。

渡邉:いろいろな方に話を聞いて、若い人もみんな、想いがあるんだなって改めて気付きました。でも、その想いをそのまま仕事にできる環境って少ない。なかなか想いを形に変えられない。大きい会社ほど、そのジレンマがあると思うんですよね。インプットだけじゃなく、ちゃんとアウトプットしていける、想いをそのまま仕事にできる、そこにまた幸せを感じる。そんなことをやっていきたいです。

西内:何より「幸せの量産」をどう実現するかを自分なりに問うていきたいです。多様な幸せをお届けできるような経営のスタイルや、企業価値の指標づくりを模索していきたいです。

私は「襷(たすき)」という概念が好きで。前の世代から引き継がれたものを次の世代に、今の時代に合わせる形でつないでいきたいと思います。この「幸せクリニック」が、そんな現在と未来をつなぐ結節点みたいになるといいなと思っています。

魚住:お客さまの先にいる社会とか、顧客とかの幸せを描くっていうのが、そもそもマーケティング、もっというと広告の役割だと思っています。われわれはマーケティングカンパニーとして、そのポテンシャルを今一度、一緒につくっていくことができたらと思っています。

西内:そうですね。電通グループに入っていただくことで、トヨタ目線だけじゃなく、世の中目線、生活者の目線を持つことができると思っています。トヨタ・コニック・アルファには多種多様なバックグラウンドの人がいますが、さらに電通コンサルティングや電通デジタルといった違う会社の方たちとどんどん数珠つなぎに連携していって、一緒に「幸せの量産」を実現できたらなと思います。

魚住:はい!本日はありがとうございました。

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幸せクリニックのメンバー

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