SDGs達成のヒントを探るNo.17
持続可能な世界をつくる“エシカル”な精神とは?
2022/11/24
SDGsの達成やサステナブル社会の実現のためのヒントを探る、本連載。今回は、一般社団法人エシカル協会で代表理事を務める末吉里花氏にインタビューしました。
「エシカルという言葉の認知度は高まっていても、その重要性はまだまだ知られていない」と言う末吉氏。これからのサステナブル社会において、なぜエシカルが大事なのか。エシカルに対する生活者の意識や行動の現状、エシカル協会の取り組み、企業がエシカルを取り入れていくためのヒントなどをお聞きしました。
エシカルは、SDGsを達成するために欠かせない考え方
──そもそもエシカルとは何でしょうか。また、エシカルとSDGsの関係性についても教えてください。
末吉:エシカルは直訳すると「倫理的な」という意味で、一般的には、人間が本来持っている良心から発生した社会規範のことをいいます。しかし、私たちが普及活動を行っているエシカルは、一般的な定義は根底にありながら、特に「人、地球環境、社会、地域に配慮した考え方や行動」のことを指しています。
また、エシカルという言葉は形容詞なので、そのあとにいろいろな名詞を組み合わせることで、言葉の意味はさらに多様になります。エシカルファッションやエシカル金融など、いろいろありますが、代表的なのは、人、地球環境、社会、地域に配慮した消費のあり方や消費行動を指す「エシカル消費」です。
そして、エシカルはSDGsを達成する直接の手段にもなり得ると思います。例えば、エシカル消費は、SDGsの12番目の目標である「つくる責任、つかう責任」にダイレクトにつながりますよね。12番目の目標だけでなく、生活者や企業がエシカル消費を実践していくことが、SDGsの17すべての目標達成につながるということも十分考えられます。
──末吉さんがエシカルに興味を持たれたきっかけを教えてください。
末吉:TBS系「世界ふしぎ発見!」というテレビ番組で、世界各地を取材してリポートする“ミステリーハンター”を務めたことが大きなきっかけです。私はミステリーハンターの秘境担当として、旅行ではなかなか行けないところにたくさん連れて行ってもらいました。その中で、立場の弱い人たちと対話をしたり、地球温暖化の影響を目の当たりにしたりする機会も多くあって、「この世界は一握りの権力者や利益のために、美しい自然や立場の弱い人たちが犠牲になっている」と実感したんです。
中でも私の人生のターニングポイントになったのが、2004年に番組の取材でキリマンジャロに登頂したこと。100年前と比べて1~2割の大きさになってしまった頂上の氷河を見て、ものすごくショックを受けました。この世界はつながっていて、地球は一つである。日本での私たちの暮らしが、目の前の氷河に悪い影響を与えているのかもしれない。そう考えると居ても立ってもいられなくなって、キリマンジャロの頂上で「これからの人生は環境や社会の課題を解決するための活動をライフワークとしてやっていこう」と決心しました。
──2015年にエシカル協会を設立された当時と今では、「エシカル」を取り巻く状況は、どのように変化していますか?
末吉:エシカル協会を立ち上げた2015年は、SDGsが採択された年でもありました。しかし当時、私たちはほとんど仕事がなかったんです。エシカルについて、企業の人たちに話しても「それって利益になるの?」とか「ボランティア的な話でしょう?」と言われることもあり、なかなか理解が得られませんでした。
風向きが変わったのは、ここ2、3年のこと。大きなきっかけとなったのが、2020年に菅元首相がカーボンニュートラルを宣言したことでした。これまでグローバルの動きが進んでもなかなか動かなかった日本ですが、国のトップが宣言したことで、多くの企業が動かざるを得ない状況になりました。積極的にSDGsに取り組む企業が増えただけでなく、社会課題を解決するためのNPOやNGOが立ち上がったり、メディアが話題として取り上げたり、学校教育の中でもエシカル消費やSDGsが教えられ始めたこともあり、アクションを起こす若者たちも増えてきました。風向きが変わったのには複合的な理由があると考えています。
また、生活者のエシカルに対する興味・関心や認知度もここ数年で変化しています。2016年12月に全国の15~65歳の一般消費者2,500人を対象に実施された「倫理的消費(エシカル消費)に関する消費者意識調査」では、「倫理的消費」や「エシカル」に対する認知度は全体の1割以下で、関心度は全体の約4割でした。
しかし、エシカル協会が2019年4月~2021年9月の期間、全国の10~60代の男女6,040人を対象に実施した「日本におけるエシカル消費動向調査」では、エシカル消費の認知度は約5割で、興味があると答えた人は全体の約7割。エシカル協会の立ち上げ当初と比べると、エシカルに対する人々の興味・関心や認知度は確かに高まってきています。とはいえ、今回のエシカル協会の調査でも、エシカルな商品を実際に購入したことがある人は全体の約3割と、実践できている人はまだ少ないのが現状です。
「なぜ大切なのか?」も含めて、エシカルを広く伝える
──エシカル協会が現在行っている具体的な取り組みを教えてください。
末吉:エシカル協会の活動は大きく3つあります。1つ目は、エシカルの考え方やエシカル消費の重要性や魅力を知る機会を提供すること。私たちは「エシカル・コンシェルジュ講座」を開催し、さまざまな分野で課題解決に取り組む人たちから学べる機会をつくったり、日本全国の自治体や企業、教育現場など多様な立場の人たちに向けて講演を行っています。
末吉:2つ目は、法人会員制度を設け、エシカルに関心のある企業の人たちが交流する機会をつくることです。そして3つ目は、生活者の声を、日本の政策や法律などをつくる人たちに届けること。ひとことで言えば、政策提言です。私は最近、いくつかの政府政策検討委員として政策に関わる機会をいただいているので、なるべく多くの生活者の声を反映できるよう対話を重ね、委員会の中でみんなの声を代表して発言をするようにしています。私たちはこのように社会の仕組みそのものを変えることにつながるエシカルなアクションを「エンゲージド・エシカル」と呼んでいて、今後少しずつ広めていきたいと思っています。
──企業側も、今後ますますエシカルを意識したものづくりやサービスの提供を実践していかなければなりません。企業に対してエシカル協会ができるのはどんなことでしょうか。
末吉:エシカル協会では今後、企業向けのエシカル講座を展開していきたいと考えています。そもそも、企業で働く人たちも一人の生活者です。まずは「企業」という枠からいったん離れて、一生活者としてできることを考え、アクションを起こしてみることが大切だと思います。そうすることで、うまくいくことやいかないこと、現在の社会のシステムや仕組みが抱える課題など、さまざまなことが見えてくるはずです。それが結果的に、企業の中でできることのアイデアにつながると私は考えています。
企業は“ルールテイカー”ではなく“ルールメーカー”になることが求められる
──企業がエシカルをうまく取り入れている、海外の事例があれば教えてください。
末吉:EUやアメリカの企業では今、リサイクルよりもリペアやリユースが注目されています。もちろんリサイクルは大事ではありますが、日本では官民ともにリサイクルに偏重しがちだと感じています。全体の量を減らすにはリユースやリペアも欠かすことができません。例えばEUでは、サーキュラーエコノミーの大きな柱として、「消費者が修理する権利」が担保されています。現在、製品のデザイン設計の段階から、分解が簡単にできたり、個人で修理をして長く使い続けられる製品にするためのルールづくりがされ始めているところです。一方アメリカでは、政府がルールづくりをするというよりも、企業が積極的にアクションを起こし始めています。
中でもアメリカのアウトドアブランド「パタゴニア」では、昔から「新品よりもずっといい」というリペアを推進するキャンペーンを顧客に向けて行ってきました。私もパタゴニアのファンで、持っている服に穴があいたりほつれたりしたら、お店に持って行くことがあるのですが、新品のようにきれいにお直しをしてくれます。さらに驚くのが、新しい服を買おうとすると「末吉さん、似たような服、持っていましたよね?」と言われたりして、なかなか買わせてもらえないこと(笑)。それでもビジネスが成り立っていることがすごいですよね。
また、毎年11月末に実施されるアメリカ発祥のビッグセールイベントであるブラックフライデーに合わせて、「Don’t Buy This Jacket」という広告を打ち出したこともありました。ものをただ売るだけではなく、長く使い続けることの大切さを生活者に広めてきたパタゴニアは、社会に責任ある企業のあり方を体現していて、とてもいい事例だと思っています。
末吉:さらにパタゴニアは、顧客に対してあらゆる情報を開示している点も素晴らしいと感じています。企業の中には、「うちはSDGsの目標の〇番と〇番をやっています」とアピールするところもありますが、それだけでは不十分だと感じます。もちろんやっていることは伝えた方がいいのですが、そもそも何もかも完璧にできている企業はありません。できていないことも「いつまでに達成します」と目標と併せて正直に伝えた方が、生活者も「この企業が変われるように応援したい」と思うでしょうし、信頼を得ることにもつながるはずです。企業がSDGsの達成に貢献していくためには、まずは生活者に対していいことも悪いことも含めて伝え、コミュニケーションをとっていくことが、とても大切だと考えています。
私はよく、企業の皆さんに対して「企業は生活者の教育者になれる」という話をしています。「教育」というとすごく上から目線に聞こえるかもしれませんが、企業は、自社の製品やサービスを通じて、生活者と一緒にエシカルな価値観を育んでいくことができるんです。これは企業が持っている大きな力だと思うので、これからもっともっと生かしてほしいと思っています。
──とはいえ、企業は利益を出すことについても考えなければなりません。企業がまずできることは何でしょうか。
末吉:確かに、企業が自社の利益を考えることはとても重要です。利益のことを考えるとエシカルな商品やサービスを提供するのが難しい、一歩踏み出してみたけれど難航しているという企業も多いと思います。しかし、例えばですが今後、使い捨てのプラスチックが製造禁止というルールができたら、それだけをつくり続けてきた企業は大きな打撃を受けてしまいます。もちろんプラスチックだけではなく、今後さまざまな分野で新しいルールがつくられていくと考えられます。そうなると、利益だけを優先して安いものをつくり続けることは、最終的に大きなリスクを抱えることになるでしょう。
一方で、エシカルな商品だからといって、ものの値段がすべて高くなっていくのは、多くの生活者にとって困ります。最終的な理想は、エシカルな商品がそこまで高くない値段で購入できるような社会になり、どんな人にも手にできるようになること。そのためにはまず、企業は先行投資になるかもしれませんが、自社のビジネスを試行錯誤しながら、より社会に責任ある事業に変えていくしかないと思います。
また、これからは企業間連携も必要だと感じています。例えば日本では、企業が自社の製品を選んでもらえるようにさまざまな工夫をした結果、たくさんの種類のプラスチックをつくり出しました。これにより、結果的にリサイクルがしづらくなってしまったんですよね。そのためこれからは、例えば、同じ業界で同じ規格の容器を使って一緒にリユース・リサイクルに取り組むなど、競合であっても同じ業界の人たちが連携することが重要だと思います。そう考えると、企業は何もしないでルールに乗っかるよりも、自分たちでルールをつくっていくほうが絶対に得。企業は今後、“ルールテイカー”ではなく、“ルールメーカー”になることが求められるのではないでしょうか。
エシカルな暮らし方が“幸せのものさし”になる世界をつくりたい
──最後に、末吉さんの今後の展望を教えてください。
末吉:エシカル協会の大きなミッションは、エシカルな暮らし方が“幸せのものさし”になった、持続可能な世界を実現させることです。今はまだ、お金、地位、権力などが、幸せのものさしとなっている傾向があるように思いますが、一人一人の心に根差したエシカルな精神を幸せのものさしに変えていけるよう、今後も活動を続けていきます。
また私は、自分の幸せを実現しながら、世界全体の幸せも考えられる人たちを増やしていきたいと思っています。もちろんこれは人間だけではなく、地球上のすべての生き物も含めた幸せのことです。私は自分を幸せにすることを内向きの矢印、社会全体をエシカルにしていくことを外向きの矢印と呼んでいますが、両方の矢印を大切にしながらエシカルな世界をつくっていきたいと考えています。
TeamSDGsは、SDGsに関わるさまざまなステークホルダーと連携し、SDGsに対する情報発信、ソリューションの企画・開発などを行っています。