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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.17

カップヌードルミュージアムに見る創業者精神の伝承と意義

2022/12/08

シリーズタイトル

企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について紹介していく。


「チキンラーメン」や「カップヌードル」を発明し、インスタントラーメンで世界の食文化を変えた、日清食品創業者・安藤百福(あんどう ももふく)(以下、敬称略)。この偉大な功績を顕彰し、日清食品ホールディングスと、安藤百福が私財を投じて設立した財団(安藤スポーツ・食文化振興財団)がその軌跡と発明・発見の楽しさを次世代に伝えるべく、カップヌードルミュージアム 大阪池田(正式名称:安藤百福発明記念館 大阪池田)を運営している。本稿では、創業者精神の伝承を起点とし、中長期的なファンづくりを行う同ミュージアムの取り組みについて掘り下げていきたい。

取材と文:國見泰洋(電通PRコンサルティング)

インスタントラーメン発祥の地に立つ体験型食育ミュージアム

「カップヌードルミュージアム 大阪池田」がある大阪府池田市は、日清食品創業者である安藤百福が、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発明した街だ。日清食品の創業40年となる1999年に創業者の功績を顕彰し、インスタントラーメンの歴史と発明・発見の大切さを次世代に伝えるために、この発祥の地に「体験型食育ミュージアム」として設立された。

カップヌードルミュージアム 大阪池田(画像提供:日清食品ホールディングス)
カップヌードルミュージアム 大阪池田(画像提供:日清食品ホールディングス)

ミュージアムのメインターゲットは次世代を担う子どもたち。オープン以来、来館者数はほぼ右肩上がりで推移し、2021年3月時点では累計で1000万人を超えるほどの人気ぶりだ。2018年度は年間約91万人が来館しており、2021〜2022年の間は新型コロナウイルス感染拡大のため臨時休館したことがあったが2年間で約21万人が訪れている。

現在は、延べ床面積3423平方メートルと広大な敷地となっているが、設立当初は半分以下の広さで展示室だけしかなく、2階のセミナールームでチキンラーメンの手作り体験を予約制で開催していた。2004年、2015年と2回にわたって拡張工事を行い、常設の体験スペースが増設されるなど、コンテンツの充実を図っている。

2011年にはより多くの方に創業者の思いやカップヌードルについて知ってほしいとの思いから「カップヌードルミュージアム 横浜」を設立。さらに2021年には「カップヌードルミュージアム 香港」を設立し、国内外問わず多くの人に知られている。2021年時点では国内企業ミュージアム来館者数ランキングにおいて、横浜が1位に、大阪池田が3位にランクイン(※)。日本一の知名度を持つ企業ミュージアムと言えるだろう。

※参考:「レジャーランド&レクパーク総覧2021」

世界の食文化を変えた「チキンラーメン」

日本で誕生したインスタントラーメン。世界ラーメン協会の発表によると今では世界で年間1182億食が消費されている。2005年にはスペースシャトルで宇宙へと旅立ち、野口聡一宇宙飛行士が人類で初めて国際宇宙ステーションで食べるなど、まさにユニバーサルな食べ物となっている。

終戦後、食糧難となった日本では、おなかをすかせて栄養失調のために行き倒れになる人が後を絶たなかったという。当時、大阪駅近くの闇市で寒空の下、1杯のラーメンを食べるために並ぶ行列を目にした安藤百福は、日本人が麺類好きであり、そこに大きな需要が隠れていると考えた。それから10年ほどの時がたち、事業に失敗して財産の大半を失った安藤は、闇市のラーメン屋台に並んだ人々の姿を思い出し、「いつでも手軽に食べられて、家庭に常備できるラーメンがあれば、どれほど喜ばれるだろう」と、まだこの世に存在していないインスタントラーメンの開発を決意した。

自宅の裏庭に立てた研究小屋で開発を始めるが、麺作りの経験が全くなかった安藤百福は、山のような試作品を作っては捨てるという、気の遠くなるような作業をくり返しながら、たった一人で開発を続けていった。そして、麺の乾燥法で行き詰まっていたある日、夕食のために妻が天ぷらを揚げている様子を見た安藤は「麺を油で揚げて乾燥させる」という着想を得て、インスタントラーメンの基本となる製造技術「瞬間油熱乾燥法」を生み出した。そこからさらなる開発を進め、1958年8月25日に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売された。

この偉大なる発明が中古の製麺機、麺揚げ用の大きな中華鍋を除いては、どこの家庭にでもあるようなありふれた調理道具を用いて生み出されたものだ、という部分が、実に興味深い。

発売当時のチキンラーメン(画像提供:日清食品ホールディングス)
発売当時のチキンラーメン(画像提供:日清食品ホールディングス)


発明・発見の楽しさを追体験する学びの場

「発明はひらめきから。ひらめきは執念から。執念なきものに発明はない」安藤百福はこのような言葉を残している。若い頃から実業家として「何か人の役に立つことはないか」「世の中を明るくする仕事はないか」という信念の下にさまざまな事業を手掛けてきた。チキンラーメンという偉大な発明も48歳という、当時でいう定年間際の年齢で成し遂げた。

開設当時は珍しかった体験型のミュージアム。「見たものはすぐに忘れてしまう。しかし身をもって楽しく体験したことは一生忘れない。だからこそ体験型のミュージアムをつくる意義がある」安藤百福の息子で当時日清食品社長であった安藤宏基氏の強い思いが、展示物やアトラクションにも反映されている。

カップヌードルミュージアム 大阪池田は、創業者の発明・発見を追体験できる場となっていて、コンテンツは「展示型」と「体験型」の二つに分類されている。日清食品の歴代商品約800種類が壁を覆い尽くす「インスタントラーメン・トンネル」や、安藤百福が残した毎年の年頭所感、数々の勲章や愛用した品々を紹介する「安藤百福の軌跡」などの展示。カップヌードルの誕生秘話を大型スクリーンに投影したアニメーションで紹介する「カップヌードルドラマシアター」や、世界で一つだけのカップヌードルを作ることができる「マイカップヌードルファクトリー」といった体験型アトラクションなど、合計10種類近くのコンテンツが用意されている。

楽しめるのは子どもたちだけではない。例えば、「安藤百福とインスタントラーメン物語」の展示では、発明のエピソードや発展の歴史、知的財産の大切さなどについてグラフィカルに紹介されているが、その中には百福の語録がちりばめられており、ビジネスパーソンや中高年の方の心を刺激するような仕掛けも工夫されている。特に日清食品グループの社員からは「仕事を戯れ(たわむれ)化せよ」という言葉の人気が高いという。

「安藤百福とインスタントラーメン物語」で紹介されている語録(画像提供:日清食品ホールディングス)
「安藤百福とインスタントラーメン物語」で紹介されている語録(画像提供:日清食品ホールディングス)

ベンチャー精神を伝承するコンテンツ設計

中でも注目すべきは、ミュージアムのコンセプトの一つでもある「チキンラーメン」が生まれた研究小屋だ。この研究小屋は、開発の原点を知ってもらうためにあえて“粗末”な状態までリアルに再現されている。ここには、大事なのは設備やお金でなく、アイデアを実現しようとする情熱や執念を持つことだという強い思いが込められている。

世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が誕生した研究小屋(画像提供:日清食品ホールディングス)
世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が誕生した研究小屋(画像提供:日清食品ホールディングス)

再現するに当たり、安藤百福へのヒアリングをもとにラフスケッチを作成、調理道具はもちろんのこと、水道の蛇口など当時の池田市で使われていた物を用いて徹底的にこだわったという。また、本格オープンの前には地元住民を招待。当時を懐かしむ人も多く、中にはチキンラーメンの試作品を食べたことがある人もいたそうだ。

「チキンラーメンファクトリー」も欠かすことのできないアトラクションだ。研究小屋では開発と思想の原点を学び、チキンラーメンファクトリーでは発明のプロセスを楽しみながら追体験してもらっている。

チキンラーメンを手作りできる工房「チキンラーメンファクトリー」(画像提供:日清食品ホールディングス)
チキンラーメンを手作りできる工房「チキンラーメンファクトリー」(画像提供:日清食品ホールディングス)

どのようなプロセス・時間配分で作れば子どもたちが楽しんでできるかと試行錯誤を繰り返し、何カ月ものシミュレーションを経てチキンラーメンファクトリーは立ち上げられた。特に「品質」「安全性」にこだわり、市場で売られているものと同じレベルを目指して何度も試作を行ったそうだ。

「体験型」というエンターテインメント性がある一方で、同ミュージアムのコンテンツには単純な商品への理解だけでなく、その裏側に秘められた創業者の創造的思考やベンチャー精神を学ぶための仕掛けが施されていることが分かる。

次世代につなぐ、ファンづくりの循環機能

企業ミュージアムは、日清食品グループにとってどのような意義や役割があるのだろうか。カップヌードルミュージアム館長の清藤勝彦氏にお話を伺った。

「次世代を担う子どもたちに“発明・発見の楽しさ”を知ってもらうということが第一です。そして、インターナルな側面として、創業者の思いを脈々と受け継ぐ場としての役割があります。原体験を提供する場だとよく言うのですが、子どもにとって初めて触れるものは猛烈に体や記憶に染み込み、その体験は思い出として残ります。その最初の即席麺がチキンラーメンやカップヌードルだったとすれば、長らくブランドを愛してもらえる効果が期待できるのではないでしょうか」

清藤勝彦館長(著者撮影)
清藤勝彦館長(著者撮影)

体験して刻み込まれた記憶は大人になっても残る。そして、10年後、20年後に子どもを連れてくることで、世代を超えて日清食品のファンとなってもらう。同ミュージアムはそうした中長期的なファンづくりの循環機能を担っている。また、インスタントラーメンという産業・食品自体への理解と安心感を伝える場でもあると清藤氏は語る。「即席麺の製造工程を見てもらう社会学習の側面があるほか、産業の仕組みと根本を理解していただく、そして原材料など商品について知っていただくことで、安全性への理解にもつながります」

創業者精神へ原点回帰できる場所

同ミュージアムは社外へメッセージを発信する一方で、その思いを社員に継承するためにインターナルコミュニケーションの場としても活用されている。

「日清食品グループでは創業者精神を大事にしています。創業者精神は昔話ではありません。社員が心を一つにして企業を進化させるための、現在進行形の行動指針です。創業者が会社を起こした時に、世の中に何を提供しようとしたか、人々にどんな喜びを与えようとしたかを継承し続けています」と清藤氏は語る。

近年ではパーパス経営が注目され、自社の存在意義を明確にする動きが加速している。日清食品グループは安藤百福の精神が途切れることのない仕組みを当時から作り、社員のエンゲージメントを高め続けているため、その先駆けとも言える存在だろう。

例えば、社員研修の一環でスタッフとして来館者と接することもある。その中で、開発のプロセスや創業者の思い、インスタントラーメンとは何かを来館者に説明することで、創業者精神や自社ブランドへの理解を深めることにもつなげている。人数が多い場合は大阪池田だけでなく、横浜と人数を分けて実施するそうだ。また、近年は中途採用者が増えていることもあり、まだミュージアムを訪れたことがない社員向けに定期的な研修機会を設けることで、創業者の理念を教育・再確認する場としても活用されている。

その他にもユニークな取り組みが行われており、チキンラーメン60周年の際には、全社員が大阪池田と横浜を順番に訪れてチキンラーメンを手作りする機会を設けた。創業者の語録を身に付けるために、オリジナルのすごろくを作って学ぶ場として活用したこともあるという。「建てることは大きな投資ですが、ミュージアムがあるということは、外向けだけでなく中の社員たちにとっても創業者精神を学ぶための重要なロケーションになっています」

池田市にとっての重要な観光資源

カップヌードルミュージアム 大阪池田は、地元池田市にとっても重要な観光資源としての役割を果たしている。池田市で行われるツアーのスタンプラリースポットとしての活用や、「ひよこちゃん」が企業キャラクターとして初の観光大使に任命されたことなどが主な例だ。

また、池田市ではチキンラーメンを通じたまちおこしを行っており、「大阪池田チキチキ探検隊」というプロジェクトが発足されている。これは日清食品からのオファーではなく地元飲食店の店主たちが有志を募り、チキンラーメンを活用した創作メニューを提供したことから始まった。今では、阪急電鉄宝塚本線の池田駅と石橋阪大前駅の駅前を中心に市内約50店の飲食店で、さまざまな創作メニューが提供されている。

その他、大阪や地域のツアーの中で観光スポットとして組み込まれることが多いため、海外からの来館者も多数いる。来館者が100万人を超えた年には、全体の15〜20%が外国人だったそうだ。近年ではアプリを活用し、韓国語・中国語・英語など3カ国語の音声ガイドでもサポートしている。

取材を終えて

企業の存在意義は「創業者精神」に宿る。清藤氏が述べるように、まさに創業者精神とは昔話でなく、いつも社員が目指すべき現在進行形の行動指針だ。この精神が枯れてしまわないために、どのような形で継承していくかは企業によって違う。

同ミュージアムを訪問し、その細部に安藤百福の強い思いを感じることができた。偉大な発明を成し遂げたからだけではなく、何事も諦めないそのベンチャー精神が、来館者だけでなく、社員、そして地域の方々に愛され続ける理由の一つではないだろうか。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

お客さまに「体験していただく」というのは、古くて新しいPR手法の一つだ。「試食」「試着」「お試しサンプル」「1カ月無料購読」……枚挙にいとまがない。しかし、多くのそれが、直接的・刹那(せつな)的に、売り上げを伸ばすことを目的としているのに対して、カップヌードルミュージアムは、中長期的な将来を見据えてのファンづくりを目的としている。いわば、「思い出づくり」の場を提供しているのだ。

楽しい思い出とともに、食というものを学ぶことができる。日清食品という会社やブランドの思いといったものに触れることができる。将来、子どもや孫ができたとき、自身の思い出を頼りにふとまた訪れたくなる。そんな仕掛けがもう、満載だ。

デジタル技術が進むと、どうしても「リアルな体験」は減っていく。でも、人の心の深いところに響くのは、やはりリアルな体験を味わうことでの「感動」ではないだろうか。思い返してみれば、「カップヌードル」という商品も、銀座の歩行者天国でフォークを使って食べてもらう、という「新体験」から始まっている。

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