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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.18

セイコーミュージアムが伝える「時代の一歩先」

2022/12/19

シリーズタイトル

企業ミュージアムには、企業の歩みや製品を展示するだけではなく、企業が属する産業そのものの魅力を紹介する一面もある。セイコーミュージアム銀座は、特に後者の印象が強い。人類が時間という概念を発見してから、どのようにそれを可視化していったか、可視化する装置としての時計がどのように進化していったのか、その変遷を垣間見ることができる。本稿では、セイコーミュージアムから発信される日本の時計産業史ともいえるセイコーの歴史、製品だけではなく「時」という目に見えないものを展示するミュージアムの存在意義などを伺った。

取材と文:岡内礼奈(電通PRコンサルティング)

「セイコーミュージアム 銀座」のファサード。両側には時計の歯車で構成された並木のシルエットをデザイン。建物右手に大型振り子時計「ロンド・ラ・トゥール」(写真提供:セイコーミュージアム 銀座 )
「セイコーミュージアム 銀座」のファサード。両側には時計の歯車で構成された並木のシルエットをデザイン。建物右手に大型振り子時計「ロンド・ラ・トゥール」(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)

セイコーミュージアムの概要

「セイコーミュージアム 銀座」は、1981年、セイコー創業100周年記念事業として墨田区太平町の精工舎内に「セイコー時計資料館」という名称で設立された。当初は、資料の収集や保存、研究にウエートが置かれており、社内や取引先向けの限定公開だった。2012年にはセイコーブランドを広く発信する目的で「セイコーミュージアム」と名称を変え、一般公開。さらに創業者服部金太郎(以下、敬称略)(1860〜1934)の生誕160周年を迎えた2020年8月には、創業の地銀座へ移転した。

展示や学習・教育といった機能をより充実させ、バランスのとれたミュージアム活動が行われている。セイコーグループのコーポレートブランディング部の管轄で、スタッフはミュージアム運営部門とアーカイブズ部門、合わせて14人で編成されている。銀座という好立地にありながら、入場料は無料。この点からも間口を広げ、広くミュージアムの存在を知ってもらい、時について考え、時計の魅力を感じてもらいたいという意思が強く感じられる。

取材に対応していただいた相澤隆館長(左)、宮寺昇副館長(右)(筆者撮影)
取材に対応していただいた相澤隆館長(左)、宮寺昇副館長(右)(筆者撮影)

銀座移転による二つの変化

銀座とセイコーには、深いつながりがある。というのも、銀座は、創業者服部金太郎の生誕の地であり、セイコーの前身である服部時計店の創業の地でもあるからだ。現在も、ミュージアムの近隣には、セイコーハウス銀座(和光本店)、セイコードリームスクエアなど旗艦店が立ち並び、銀座という場所は、過去から現在に至るまでセイコーグループの情報発信基地といっても過言ではない。

館長の相澤氏によると、銀座へ移転したことで望ましい変化が幾つかあったという。まず、来館者層の変化。以前の所在地では、来館者のほとんどが、取引先や一部の時計愛好家に限られていた。しかし交通の便がよく、また国内外の観光客にとってランドマーク的な場所である銀座への移転により、女性や家族連れなど、これまでターゲットとしつつも来館してもらいにくかった層が大幅に増えたという。

次に、セイコーハウス銀座や旗艦店など、関連する施設間でシナジー効果が発生している点。セイコーハウス銀座を訪れ、古い時計に興味を持った顧客が店員からの紹介でミュージアムを訪れる。それとは逆に、ミュージアムでセイコーの歴史に触れ、最新の製品を購入したいという来館者に旗艦店を案内するなど、施設間で人の行き来が生じるようになったそうだ。副館長の宮寺氏は、銀座へ移転したメリットについて「銀座エリアでまとまった情報発信ができることは強みです。ミュージアムの周知はなかなか難しいのですが、さまざまな形で好循環が生じています」と述べている。

フロアごとに異なる魅力的なコンセプト

一般的にミュージアムというと、広い敷地に建つ低層階の建物をイメージしやすいが、本ミュージアムはビルの地下1階から地上5階までをミュージアムとして活用している。階の移動によって流れの途切れが生じてしまうというデメリットを逆手に取り、フロアごとに異なる印象のデザインコンセプトが設定されている。そのため実際に訪れると、エレベーターから降りた際の印象の違いを楽しむことができる。地下1階「極限の時間」/1階「はじまりの時間」/2階「常に時代の一歩先を行く」/3階「自然が伝える時間から人がつくる時間」/4階「精巧な時間」/5階「いろいろな時間」といったテーマ設定がされ、延べ床面積654平方メートルの館内には、常時約500点の時計が展示されている。

各階フロアデザイン。左上から時計回りに2階、3階、4階、5階(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
各階フロアデザイン。左上から時計回りに2階、3階、4階、5階(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
社員研修でも重視される2階「服部金太郎ルーム」。じゅうたんや壁にはブランドを象徴する特別なカラー「グランドセイコーブルー」を効果的に使用。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
社員研修でも重視される2階「服部金太郎ルーム」。じゅうたんや壁にはブランドを象徴する特別なカラー「グランドセイコーブルー」を効果的に使用。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)

本ミュージアムの存在意義について、一つは創業者の精神と足跡を伝承することだという。その意義を象徴するフロアが「常に時代の一歩先を行く」と題された2階のフロア。服部金太郎の人柄やパーソナリティー、それにまつわるエピソードを中心に展示している。インターナルブランディングも意識された構成となっており、グループ企業の新入社員研修がここで行われる際は、まず2階の金太郎ルームから巡る。その理由は、「常に時代の一歩先を行く」という、いまなお受け継がれている創業者の精神をしっかりと記憶にとどめてもらいたいという思いからだ。創業者、服部金太郎はどういう人物だったのだろうか。

「常に時代の一歩先へ」を追求した服部金太郎

創業者服部金太郎、精工舎(1897年頃)(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
創業者服部金太郎、精工舎(1897年頃)(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)

1860(万延元)年、江戸末期、現在の銀座5丁目に生まれた金太郎は、1881(明治14)年、21歳の時に服部時計店を創業。当時は西洋から入ってきた時計の卸・小売りを行っていた。日本ではまだ珍しかった毎月決まったタイミングに代金を支払う商慣習を取り入れ信頼を得、良い商品を多く仕入れられたことで事業がうまくいった。しかし本当にやりたかったのは自身で時計を製造すること。1892年には従業員わずか十数人の「精工舎」を創業。まずは見よう見まねで時計の組み立てから始め、「ぼんぼん時計」と呼ばれる掛け時計の製造に成功した。その後素晴らしい時計職人との出会いを通じ、精度の高い製品を大量に製造できるようになり事業を拡大していった。

日本初となる目覚まし時計や腕時計「ローレル」などを世に送り出し、時計の普及に大きく貢献。技術の高さはもちろんのこと、創業者金太郎の先見性や誠実な人柄も相まって事業の成功が遂げられたことに違いないだろう。展示されているエピソードの数々から、そう強く感じられた。

世界に衝撃を与えた「クオーツ」革命

4階「精巧な時間」。天井や壁のグリッドは奥に行くほど細かくなっており、精度や技術の高まりを表現。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
4階「精巧な時間」。天井や壁のグリッドは奥に行くほど細かくなっており、精度や技術の高まりを表現。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)

「セイコーの歴史は精度との闘い」と、相澤館長。「精巧な時間」と題された4階では1881年の創業から1969年の世界初クオーツ腕時計の開発に至る歴史が解説されている。高度成長期以降、人々の生活が豊かになるにつれ時計の需要も加速。より精度の高い時計が求められるようになった。新たな部品の製造、設計の研究などセイコー内で最高の精度を追求する姿勢が顕著になった。そして、1960年、世界に誇れる「最高峰の腕時計をつくる」という志のもと、部品精度・組立技術・調整技術のすべてを注ぎ込み「グランドセイコー」が誕生。世界最高峰の機械式時計と称された。

さらに1969年、世界初のクオーツ腕時計「セイコークオーツアストロン35SQ」を発売。そもそもクオーツとは石英と呼ばれる鉱物の名前である。石英の中でも、結晶化して透明に透き通っているものが水晶であるが、水晶に一定の電圧をかけると従来の機械式をはるかに超えた正確な振動を起こし、時計としての精度を飛躍的に高めたのである。このクオーツの登場は世界の時計産業に衝撃を与えた。その結果、機械式・クオーツ式双方においてセイコーは世界水準となった。

また、クオーツの特許技術を惜しみなく公開したことにより世界的普及に貢献、今ではスマートフォンやパソコンをはじめとし、広範囲で技術が活用されている。そのような功績がたたえられ、世界的に権威あるIEEE(米国電気電子学会)の「革新企業賞」(2002)や「マイルストーン賞」(2004)を受賞したほか、日本機械学会の機械遺産(2014)にも認定されている。相澤館長はミュージアムの存在意義について、「このように広く産業界に貢献した事実についても、この場所を通じて伝えていきたいです」と述べている。

2014年、機械遺産に認定された(左から)「ローレル(1913年)」「(初代)グランドセイコー(1960年)」「セイコー クオーツアストロン(1969年)」。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
2014年、機械遺産に認定された(左から)「ローレル(1913年)」「(初代)グランドセイコー(1960年)」「セイコー クオーツアストロン(1969年)」。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)

時と時計の変遷をたどる

最後に紹介するのは、「自然が伝える時間から人がつくる時間」と題された3階のフロア。時や時計の成り立ちを学べるとあって、時計好きのみならず歴史好きからも高い評価を受けている。紀元前5000年頃、エジプト人が作った人類最古の時計といわれる「日時計」、その後「水時計」、「燃焼時計」など、自然現象から時を可視化した時代。このフロアでは、時計というものではなく、「時」という目に見えない概念をも展示しているのである。そこから「鉄枠塔時計」、16世紀前半には「振り子式塔時計」へと人間の手により、精度を高め発展していった世界の時計の変遷を、実物を見ながらたどることができる。

また3階では、日本でも有数のコレクションを誇る、西洋文化が取り入れられる以前に日本で独自に発展した「和時計」も展示されている。

3階「自然が伝える時間から人がつくる時間」。他フロアよりも照明が落とされており、より一層重厚な雰囲気。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)
3階「自然が伝える時間から人がつくる時間」。他フロアよりも照明が落とされており、より一層重厚な雰囲気。(写真提供:セイコーミュージアム 銀座)

子どもたちに時計の魅力を伝える活動

先述の通り、本ミュージアムでは学習・教育面にも力を入れている。「時計は嗜好(しこう)品というイメージが強くなっています。特にお子さまの中で時計に興味がない方が増えているというのは課題です」と相澤館長。確かに若者の腕時計離れの傾向は顕在化している。スマホの登場により今や財布も時計も持たない若者は多い。そこで少しでも時計に関心を持ってもらいたいという思いから、ミュージアムでは定期的に子ども向けのワークショップを複数実施している。

中でも人気なのが「親子でウオッチをつくろう」という企画。時計の歴史や仕組みを学びながら、親子でオリジナルの時計を組み立てる体験ができるとあって、募集開始から数時間で予約枠が埋まることも多い状況となっている。参加者アンケートでは「時計に興味を持ちました」という子どもからの感想や、「学びの機会にもなり、子どもと一緒に貴重な経験をさせてもらいました」といった保護者からの感想が多くあり、このようなアンケートの声が、運営メンバーの励みになっているという。

「親子でウオッチをつくろう」ワークショップの様子(筆者撮影)
「親子でウオッチをつくろう」ワークショップの様子(筆者撮影)

セイコーブランドの価値向上を目指して

館長と副館長に、今後のミュージアムの取り組みについて伺った。宮寺副館長は、「引き続きセイコーブランド価値向上につながる活動、これまで時計にあまり興味がなかった層にも興味を持ってもらえるようなワークショップをはじめとした活動を継続してまいります」と語っている。また相澤館長からは次のような抱負を伺った。「お客さまからの要望も踏まえ、グランドセイコーの展示拡充や、コロナ禍の状況をみてガイド付きの館内ツアーを実施したい。また、インターナルブランディングの視点から、創業者の精神をグループ社員全員に根付かせていきたいと考えています」。さまざまな取り組みを通じ、セイコーが追究するるテクノロジーの進化のみならず、多様化する「時の価値」について考えていく場を今後も提供していくであろう。 

銀座から世界に伝える時代の一歩先

長年、日本の時計産業の発展に大きく貢献してきたセイコー。セイコーの歴史は日本の時計産業の歴史といっても過言ではない。機械式・クオーツ式時計共に世界水準にまで至った偉業、その源には、「常に時代の一歩先を行く」という創業者の精神が脈々と受け継がれてきたという企業文化がある。セイコーミュージアムは「時と時計の博物館」として、常にその存在をアップデートしながら、これからもこの企業文化を銀座から世界に発信する場となっていくに違いない。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

「時は、金なり」といわれるが、時はロマンだと思う。アスリートは、コンマ何秒という世界に人生をかける。一方で、何百年、何千年という時間をかけて磨かれる文化というものもある。いずれも、カチッカチッという時計の針に導かれて、のことだ。

可視化、ということがあらゆる分野でのテーマとなっている。「あなたのおっしゃるその価値を、目に見える形で示してください」ということだ。時計というものは、目に見えない時間というものの価値を示してくれるものなのかもしれない。

映画やドラマで定番なのが「タイムスリップ」ものだ。タイムマシンといわれるだけで、なんだかワクワクしてしまう。あの時こうしていたらとか、この先の人生どうなってしまうのだろう、と考えるだけでドキドキが止まらない。
人生に、1分1秒とて無駄な時間などはない。そんなことを、改めて考えさせられた。

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