北米に見るリテールメディアの成長と変容
2023/01/31
リテールメディアとは、リテール(小売店)が運営するメディアのこと。店舗に設置されたサイネージ広告やECサイト上のオンライン広告が代表的です。連載第1回では、リテールメディアの概要を解説しました。第2回は、リテールメディアの最前線に身を置く3人による座談会。北米で急成長するリテールメディアの概況から、リテールメディアの本質とは何かについてまで、最新の知見をもとに意見を交わしました。(座談会は2022年12月8日実施)
<目次>
▼リテールメディアの本質とは
▼重要顧客の体験価値を高める
▼まだ誰も正解を持っていない
リテールメディアの本質とは
八木:アメリカでリテールメディアが活況を呈しています。Walmartがリテールメディア広告費を発表するようになり、他社も追随する動きが広がっています。
今日は、2022年9月にセブン‐イレブン・ジャパンでリテールメディア推進部を立ち上げた杉浦さん、自身もメーカーのマーケティング責任者としてご活躍され、現在はIBAカンパニーを立ち上げて、アメリカや日本のリテールの最新状況や技術の知見で企業をサポートしている射場さん、そして、電通グループの一員としてリテールメディア事業立ち上げを支援している電通コンサルティングの八木とで、「リテールメディアは何をもたらすか」「リテールメディアはどこに向かっていくか」について議論していきたいと思います。
杉浦:セブン‐イレブン・ジャパンの杉浦です。22年9月に「リテールメディア推進部」というリテールメディアの推進に特化した組織を立ち上げました。以来、組織として走りながら、「リテールメディアとは何か」について考え続けています。その答えが出たとき、日本なりのリテールメディアの一つの姿が見えてくると思っています。
射場:私はIBAカンパニーを立ち上げて12年ほどになるのですが、その間ずっとアメリカのマーケティング情報や技術を追いかけて、日本の企業をサポートしています。
アメリカでは、ここ数年、メーカー、リテール、業界に関係する方々を中心に、リテールメディアは強い関心を持って語られています。21年までは「リテールメディア=広告スペースやデータをメーカーに提供」として語られている感が強かったのですが、22年になって、その存在や目的の説明の仕方や語る“視点”がそれまでとは変わったなと感じています。「リテールメディアは“メディア”である」「見てくれるお客さまに価値あるメディアになるべき」という大前提で語られるようになったという印象です。
八木:「リテールメディアは“メディア”である」であるということについて、もう少し解きほぐして教えていただけますか?
射場:19年から21年にかけて、リテールメディアは「リテールの収益アップを助ける、新しい広告媒体」という捉え方で語られていた感じがありました。22年中盤以降、リテールメディアが目指すべき姿として、「お客さまにとって魅力的な“メディア”になる」という言い方がされはじめました。「リテールメディアは収益性のためにも役立つ。ただし、自社の大切なお客さまに愛してもらい、ロイヤリティを高めるのに活用し、結果、収益を上げる」というように業界全体の発言の方向性が、静かに変化してきたと感じています。
リテールメディアを考える参考になるかなと思うのですが、お客さまに愛されるというトピックスのとき、次の2つのキーワードがコンベンションなどで重要視されている印象があります。
1つは“Relevancy”。お客さまにとって身近だったり、「私のことをわかってくれている」「私が知りたい情報が何かを理解してくれている」とお客さまが感じられること。もう1つは“Discovery”。「私」にとって発見がある、思わず“Wow!”と声が出てしまうような驚きがあるということ。そうしたRelevancyとDiscoveryがある魅力的な店舗体験を創出する、その重要な一部として、リテールメディアに注目が集まっているのだと思います。
22年9月に実施されたリテール業界とブランド向けのコンベンション「GroceryShop」でも、リテールとメーカーが一緒に登壇して、リテールメディアを顧客にとって魅力的なものにするためにはどうすべきかについて論じるようなセッションが増えていました。リテールとメーカーがパートナーとして協力して、顧客を理解する努力をする、顧客にとって魅力的な店頭メディアをつくっていく。「お客さまのために協力し合う」という流れが生まれつつあると思います。
杉浦:その変化には何かトリガーがあったのでしょうか?
射場:おそらくですが、リテール側が押しつけ気味にメーカーに広告出稿を促したところで、消費者が見たいものにはならない。消費者は自分が接触するメディアを選べる。だからリテールメディアは、TikTokやYouTubeなどを含むあらゆるメディアと比較しても魅力的なメディアになる必要がある。競争相手は他のリテールのリテールメディアではなく、雑誌やテレビを含めたメディア全体であるということを実感したのかな、と想像しています。
八木:よくわかります。広告会社では「広告は消費者が見たいと思って見ているものではない」というところから教えられます。広告が消費者にとって意味があるものであろうとすると、消費者がどういうメディアで広告に接しているか理解しなければいけないし、広告の先に意味のある顧客体験が組み込まれることが重要で、それがうまく機能しているものが魅力的なメディアであると思います。
リテールメディアについても、今アメリカで起こっている議論を踏まえれば、「お客さまに対して新たな気づきを与えるメディア」と捉え直した方がいいと思います。
重要顧客の体験価値を高める
杉浦:とはいえ、観念と現実にはギャップがまだまだありますよね。「顧客体験」という言葉は最近よく使われていて、お客さまの体験価値を高めるためにはこうあるべきだと議論されることが多い。でも、議論を通して観念的にあるべき体験価値を導き出しても、お客さまがそれを求めていないというギャップが結構あります。
私たちがリテールメディア事業を立ち上げたとき、「顧客体験価値を高めるんだ」「広告を情報としてお客さまにお届けして、そこに商品やキャンペーンも踏まえた購買体験を一気通貫でやるんだ」と言っていたんですが、実際に運用まで入っていくと、広告は広告、購買は購買と分断されてしまうケースがほとんどで……ここのマッチングはもう少し時間がかかると思います。各業態が歩み寄って、みんなで考えていかないといけないでしょう。
射場:最近、アメリカでは、単に「顧客体験」ではなく、自社にとっての重要顧客「インポータントカスタマー」(Important Customer)の体験を重要視するようになってきています。ここでいう「インポータント」の意味は「深い関係性が築け、中長期的な収益性が高い」ということだと思います。すべての顧客を喜ばせようと思っても、複雑になるし、効果的なコミュニケーションや体験づくりも難しい。だから、自社や自社のブランドにとって重要なお客さまの思いや体験を理解し、それに応えようと。その重要なコンタクトポイントとしてリテールメディアがある。
面白いなと思ったことがあります。Walmartは、デジタル化を推進しているとき、ほとんど店舗改装をしていなかったんです。5000店舗くらいあるのに必要最低限な改装にとどめた。21年に顧客のデジタル利用が進んでから、ここ1年で1000店舗を改装したんです。リテールメディアをどう見せていくかということを含め、デジタルと店舗体験を融合した体験を向上させる改装を一気に進めたのです。23年も引き続き続けるとの発表があります。同様の改装を、GMS業界2番手のTargetも22年から進めています。
リテールメディアを単なる広告媒体と捉えず、店舗というステージ(買い物の場である舞台)を活用した店舗体験全体の中でどう位置づけるか、そうした視点で考えているのだと思います。
八木:先ほど射場さんから、アメリカでは、「リテールとメーカーがパートナーとして協力して、消費者にとって魅力的なメディアをつくっていく流れが生まれつつある」というお話がありましたが、リテールとメーカーは、かつてはPB(プライベートブランド)とNB(ナショナルブランド)という形で競争する側面も強かったと思います。今は一緒に売り場をつくっていくようなことを高い次元で実現しているようです。なぜ変わったのでしょう?
射場:「PBだけでもNBだけでも顧客ニーズはカバーできない」「リテールはメーカーに協力し、より魅力的なNBをつくってもらわないといけない」という考え方に変わってきているからだと思います。そのために顧客データを共有して協力し合うといった動きに関する話が22年9月の特化型リテールコンベンション「GroceryShop」あたりから出はじめました。
それに加えて、PBやNBではカバーできない“Discovery”(発見や驚きを伴う店舗体験)をつくるために、Z世代に向けた特徴あるD2CブランドやShop-in-shopも含めて、自社の顧客にとって魅力のあるMD(マーチャダイジング)を組むようになっているというのが今のトレンドだと思います。
PBとNBが敵対するという時代から変化して、お客さまに総合的に買い物を楽しんでもらえる場を提供するという流れになってきていると感じています。
杉浦:NBへのニーズは常に一定数あるし、NBをそろえないとPBも売れないということがわかってきたので、PBの価値を高める努力をしつつ、PBとNBの両方をそろえるようにしています。
射場:選ぶ楽しさって買い物の大切な部分ですよね。NBがあって、コスパの良いPBもあり、実物を見て選びたいレアなD2Cブランドやちょっと高級な品もある。そのときの気分やお財布の状況に合わせて選ぶ楽しさを体験してもらう。“自社の重要なお客さまにとってうれしいDiscovery”のためにMDをしていくことが重要だと思います。
まだ誰も正解を持っていない
杉浦:リテールメディアを推進していく上で、リテールメディアの定義をしていかないといけないと思いつつ、最近やってみて難しいと思うのは、リアル店舗を持っているリテールは店舗ごとに客層も違えば使われ方も違うことです。そうなると店舗ごとにメディアのありようも違ってきます。
全国のセブン‐イレブン全体で、毎日約2000万人のお客さまが来店されているのですが、店内にいる時間は3分くらいしかないんです。3分のメディアのありようは、30分いる店舗のありようとは全然違うと思います。「タイパ」という言葉が22年にはやりましたが、タイムパフォーマンスは本当によく考えないといけなくて。
例えば店頭にサイネージをつけたとして、6秒広告を流したとしても見てくれないかもしれない。そうなると、中身や流し方、つまりお客さまとのコミュニケーションのあり方というのは、コンビニ、スーパー、GMS、デパート、それぞれがそれぞれのありようを検討しないといけない。結果として、業種業態ごとに細分化されていくのではないか。
射場:そう思います。「アワーインポータントカスタマー」(Our Important Customer)という言い方をしますが、「アワー」の部分、「自社の」というところが重要なんだと思います。その人たちが店内に3分いるのか、30分いるのか、どれだけ頻繁に店舗に戻ってきてくれるかなどは、さまざまな違いを生みますよね。自社の顧客に愛されることが重要で、横を見て違う顧客を狙う他社をまねしても仕方がない、という考え方になってきているのだと思います。
八木:日本でも日本の事情に合わせた形で、リテールとメーカーが顧客のために必要なサービスや商品を展開していく動きを加速させるという事ですね。その時に、アメリカでの成功・失敗のケースをうまく活用すればよい。
杉浦:リテールメディア推進部を立ち上げたとき、「私たちはWalmartみたいになりたい」と情報を集めたのですが、顧客との向き合い方だけは、業種や業態によっても異なるため、自分たちで考えないといけないんだという結論に達しました。
射場:リテールメディアについては、まだ誰も正解を持っていないと思います。アメリカでリテールメディアが伸びてると言われているのですが、現在のところ、アメリカの市場調査会社eMarketerなどのあくまで予測ベースですが、77%くらいのシェアはAmazonで、6%くらいがWalmartです。なので流通各社の取り組みは、まだ初期の段階なんですよね。これから各社のシェアが伸びてくるのだと思います。各社がリテールメディアへの向き合い方も含めて、それぞれ試行錯誤していく中で、各社の、自社の顧客に向けての独自のリテールメディア戦略も変わっていきます。
杉浦:そうですよね。だから、今ここでこうやって語っていることが記事になるのが怖いんです(笑)。
射場:わかります。イベントで同じスピーカーが半年後に違うことを言っていたりする。これからリテールメディアはどんどん変化すると思います。私自身、数カ月後には今ここで話していることとまったく違うことを言っているかもしれません(笑)。
八木:そうやってゴールというか、実現したい未来に向かっていくんだと思います。
射場:そうですね。自社の顧客に対する考え方が今急激に変わっているのだと思います。顧客を絞るのか、広げるのか。インフレの影響でアメリカは無駄をしないというモードになっているので、今は最重要顧客に振り切っているんだと思います。やってみて、違うとなったらまた戻ってくる。そうやって進んでいくのだと思います。
八木:そういったことを試せるのがリテールメディアのいいところですよね。認知から購買までリテールの中で完結しているので、どのお客さまに何を提供すると喜んでもらえるのか、逆にうまくいかないのか、企業の収益につながるのか、つながらないのか、といったことを検証・改善しながら進むことができる。それがリテールメディアなんだろうなと思いました。
(第3回に続きます)