リテールメディアは日本で独自の進化を遂げる
2023/02/07
リテールメディアとは、リテール(小売店)が運営するメディアのこと。店舗に設置されたサイネージ広告やECサイト上のオンライン広告が代表的です。連載第1回では、リテールメディアの概要を解説しました。第2回に引き続き、第3回もリテールメディアの最前線に身を置く3人による座談会。北米で急成長したリテールメディアは、日本でどのような進化を遂げるのか。最新の知見をもとに意見を交わしました。(座談会は2022年12月8日実施)
<目次>
▼ROIからインサイトへ
▼フランチャイズの強みを生かす
▼データからは見えないものに価値がある
▼顧客理解に始まり、日本ならではのリテールメディアへ
ROIからインサイトへ
八木:前回に引き続き、セブン‐イレブン・ジャパンでリテールメディア事業を推進する杉浦さん、アメリカや日本のリテールの最新状況や技術に詳しいIBAカンパニーの射場さん、そして、リテールメディア事業立ち上げを支援している電通コンサルティングの八木とで、「リテールメディアは何をもたらすか」「リテールメディアはどこに向かっていくか」について議論をしていきたいと思います。
前回は、アメリカで急成長するリテールメディアの概況とリテールメディアの本質とは何かについてお話しいただきました。今回は、セブン‐イレブン・ジャパンのリテールメディアへの取り組みもご紹介いただきながら、日本のリテールメディアはどこに向かうのか、意見を交わしたいと思います。
まずは、メーカーがリテールメディアに出稿するメリットを考えてみましょう。2年前まではデータを用いてROI(投資収益率)を測れるのがメリットとされていたと思います。それに対して、今、インサイト発掘による顧客理解が新たなメリットとして言われはじめていますね。
射場:当然ですが、ROIに関しても期待はされています。顧客理解について言えば、より深く理解したいという意識は、リテールよりメーカーの方が高いのではないでしょうか。
メーカーは、定量・定性の消費者調査を含め、顧客を理解するために継続的にさまざまな努力をしてきています。顧客のデジタル化が進み、リテールパートナーと組むことにより、質の高い、店頭での購買にまでつながるデータを活用できるならば、それにより重要な顧客インサイトを得られるならば、それはメーカーにとって歓迎すべきことになると思います。
杉浦:メーカーは普段直接お客さまに接しているわけではないですよね。見えないから見ようとしてずっと努力されてきた。リテールは逆で、毎日見ていて、見すぎていて、見ていることを忘れているという状況なんです。それが今、改めてお互いが持っているものを重ねることで良いものができるんじゃないか、となってきた。
八木:メーカーから見たリテールメディアとは、データに基づいて広告出稿のROIを見ることができるベースはありながら、得られたデータからお客さまが本当は何を考えているかを知り、マーケティング活動をテストできるメディアということになるでしょうか。
射場:まだそこまで到達していないですが、目指す方向性かと思います。単にROIだけではなく、消費者や顧客をより深く理解できるというのは、メーカーにとって、リテールメディアならではの魅力になると思います。
アメリカでGoogleのメディア担当者と話していたとき、その方から「日本では、リテールメディアは広告だと思っているだろう。そうではなく、メディアだということを理解するべきだ。そして魅力的なメディアをつくり、効果的に運営することをもっと学び、考えるべきだ」と言われました。
フランチャイズの強みを生かす
八木:セブン‐イレブンは加盟店と一緒に地域とお客さまを見て、その地域とお客さまに合った店づくりや商品提供をしてきました。これは他のリテールではなかなかできないことで、そのノウハウ自体がリテールとメーカーの枠組みにとっても、とてもいい効果をもたらすのではないでしょうか。
杉浦:そこはまさにフランチャイズの強みだと思います。全国2万1000店のオーナーさんによる、それぞれの顧客に対するマーケティングが、毎日全国で走っている状態です。これだけの情報を本部として仮に全部集めて、それをメーカーさんと共有することできれば、お互いにwin-winになると思います。
射場:そうですよね。店舗がある地域や、地域に暮らす住民の方々によっても購買や行動の特性は全然違うと思います。そうした差異を深く理解しているという知見を活かして、メーカーとリテールが一緒に組んで、その地域のお客さまの気持ちに刺さるマーケティングを企画するということがあってもいいのではないでしょうか。
杉浦:例えば、地域の酒蔵が新商品をおすすめしたいとき、テレビCMはコストもかかるし、他にコンタクトポイントも見当たらないといった声を聞くことがあります。そんなとき、セブン‐イレブンの店舗がお客さまへの接点、つまりメディアとして、そのエリアだけに情報を流したり、観光客が訪れるタイミングで情報を流したりすることができれば、メディアとしてとても効果的なのではと考えています。
射場:確かに。どんな地酒がいいか、観光客の方は知りたいですもんね。
杉浦:知りたい人と、知らせたいけど伝えるすべがない人にとって、店舗が本当の意味でメディア化したら、プラットフォームとしてのリアル店舗がすごく活きると思います。
データからは見えないものに価値がある
八木:購買データから一人一人のお客さまの姿を想像し、お客さま自身も気づいていない本音、インサイトを抽出する。それがすべてのスタート地点になる。そこさえできたら、店頭のつくり方も、情報の出し方も、買ってもらい方も変わるんだなと思いました。
購買データからどのようにインサイトを抽出するかが、「セブン‐イレブンのリテールメディア」の価値を決めると言ってもいいかと思います。そのあたりの秘密をうかがうことはできますか?
杉浦:秘密は何もないですが……実は、お客さまのインサイトにいちばん気がついているのは、店舗の従業員さんなんですよね。従業員さんが「今、その商品切らしちゃってるんです」と言うとき、まさにお客さまのインサイトを声にしていると思います。
でも、それは購買データには出ないんです。売れたものだけが出る。本当は幕の内弁当が食べたかったのに品切れだったから牛カルビを買われた。そうすると購買データだけ見ると、そのお客さまは「牛カルビが好き」というデータになってしまう。「幕の内弁当が品切れしていなければ、そちらが売れた」というインサイトが店内で共有されているお店は、それをちゃんと発注に活かすことができる。
射場:そういう“買った”という購買データだけでは見えない、“買った、もしくは買わなかった理由”そのものこそ、メーカーが知りたいことなんです。
杉浦:今までは、リテール側だけで抱えてやってきました。
射場:そうした顧客の行動の理由やドライバーを、リテールメディアでのコミュニケーションやそのコンテンツへの反応と組み合わせて見てみると、リテールにとって多様な発見があるのではないでしょうか?メーカーにとってもそうした“気づき”をリテールパートナーに共有してもらえれば、貴重な情報になる。メーカー各社が、自社顧客の理解のために、費用をかけてリサーチしている領域だとも思いますし。
杉浦:そうですね。データの見方として足りていなかったと思うのは、例えば、店内の行動データは各店舗のみでとどまっており、本部内ではあまり重要視されていませんでした。
今、リテールメディアに向き合う中で、もう一回、本部も購買データだけではなく、お客さまのいろいろなありようをちゃんと見直さないといけないと思います。行動データを分析できるようになれば、今とは違うものが提供できる可能性も出てきます。
射場:お客さまは、さまざまな情報に日々触れ、常に変化している。変化しているので、「自分たちがお客さまを理解している」というのは、幻想かもしれないと考えた方がいいかもしれません。データで購買や行動をみるだけでなく、インサイトも活用して“なぜ”を理解しながら、変化を続けるお客さまの“今”を理解しないとけない。“なぜ”そういう行動や購買をしたのかがわからないと、大切なお客さまの“気持ちを動かす”ような商品やコミュニケーションはつくり出せないかと。
リテールメディアを顧客理解に活用するならば、「自分たちは、お客さまの“今”を理解できていない」という前提で作り、運営するべきかなとも思います。
杉浦:その通りだと思います。リテールメディアの定義はまだおぼつかなくても、このビジネスを推し進めるときにお客さまをもう一回、ちゃんと見ないといけない。そして、お客さまがどういう行動をしているか、リテール側が真剣に拾いに行かないといけない。コンビニの特性上お店が開いていれば、ある程度はお客さまは利用してくれるかもしれません。でも、リテールメディアを進めるためにはもう一回、お客さまをきちんと見ることが重要だと思います。
リテールやメーカーは気づいていないけれど、お客さまだけが知っている、そういうことが最近多くなってきている気がします。お客さまからしたら当たり前なことなのに、リテール側では「なぜそれが売れているんだ?」というものがあります。
お客さまからしたら「準備しておいてよ」となることを、リテールが知らないんですよね。SNSで見えてくる兆しもあると思うので、ソーシャルリスニングなどをもっとやるべきだと話しています。
射場:キーとなるような顧客インサイトを理解することが、直接的に収益につながるケースも増えていますよね。
杉浦:特に世代が若くなればなるほど、お客さまに教えてもらうことが多い。私は食べログを見てお店を探す世代ですが、今の人はInstagramやTikTokで探す。レーティングとかではないんですよね。
お客さまと向き合うということは、売る側が上から目線で取り組んでもだめで、お客さまから教えてもらうことだと実感する機会がこの数年で劇的に増えました。
射場:顧客インサイトを理解して、その他の行動や購買分析などと合わせてリテールメディアのコンテンツや運用に生かしていく。その過程で、メーカーと協力し、得られる知見もフィードバックしていく。そうしていくことで、リテールメディアが、リテールにとっても、メーカーにとっても、顧客にとっても魅力あるメディアになっていくのかなと思っています。
顧客理解に始まり、日本ならではのリテールメディアへ
八木:最後に、杉浦さんから見て、セブン‐イレブンのリテールメディアとは何だと思われますか?
杉浦:いろいろありますが、一言で言うならば「顧客理解」だと思います。「顧客体験価値」も大事なんでしょうけど、「顧客理解」。
私自身、「セブン‐イレブンにとってのリテールメディアとは、いろいろなステークホルダーの方にとっていい状態をつくることだ」と今まで言っていたんですが、そこに行きつくまでに踏まないといけないステップがいっぱいあって、その最初の入り口は、お客さまのことを本当に理解する「顧客理解」だと、今日みなさんと話をしてみて思いました。ここを当たり前のようにやりきらないと、次の話がちょっと難しい。
お客様とどう接するか、どう理解して、どう提供できるか、ということにもっともっと深く入ろうと思っています。
八木:アメリカはAmazonやWalmartのシェアが大きいですが、日本は乱立状態と言えます。セブン‐イレブンだけではカバーできない課題も出てくると思います。今後、業態をまたいだ取り組みの可能性は、杉浦さんの頭の中にあるのでしょうか?
杉浦:考えています。セブン‐イレブンだけで完結できることは少ないので。メーカー、自社グループ、地域……と三方良し、五方良しに広がっていくといいなと思っていますし、その入り口がセブン‐イレブンであるといいなと思っています。
八木:顧客理解を社会に還元するメディアでありたい、ということですね。
射場:リテールメディアにおいても、店舗ごとの地域性や顧客特性を反映できるようにするということは考えているんですか?
杉浦:はい。店舗のメディアは店舗ごとに意思をもって選択できる。本部としてはレギュレーションだけ管轄する。そんなふうに店舗と本部の持ち枠を融合することができればいいと思っています。
射場:店舗によって、コンテンツが選べるようになっているのもいいですよね。お店によって特性があると思うので。
杉浦:店舗ごとの出し分けができることが、メーカーさんのニーズにも合致すると思います。売り場のレイアウトや品ぞろえについて、「ワンフォーマットからの脱却」というのをやっています。店舗をそうやって変えるようにしているので、メディアのありようもそうなんでしょうね。その考え方をリテールメディアにも反映することができたら、結果、お客さまのためにもなると思います。
メーカーさんに対しては、まだリテールメディアのメリットを十分に伝えることができていないので、それを伝えることがまず最初のステップだと思います。
射場:私もメーカーさんから「リテールメディアは、今後どうなっていくんですか?」と聞かれることがあります。そこには大きな期待とともに、今後どう進んでいくのかわからないという不安が入り混じっているのだと感じました。
杉浦:そうですよね。私たちとしては、まずは「リテール側はこんなことを思っているよ」ということを伝えることができるといいなと思っています。本当の意味で「共につくりあげていく」という一歩目を踏み出せたらいいなと思っています。
(了)