為末大の「緩急自在」No.30
アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.30
2023/02/02
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。
──今回からは、新しいテーマでお話を伺いたいと思っています。
為末:楽しみです。よろしくお願いいたします。
──いつものように、風変わりなテーマを思いついてしまいました。それは「数字とは、どういうものだ?」という話なんです。競技によって「数字」の意味であるとか、重要性といったことは、もちろんあると思うのですが。特に陸上選手などは、コンマ何秒をいかに縮めるか、1センチでも高く跳べないか、というところで勝負されているので、「数字」へのこだわりは半端ないものだと想像します。
為末:確かにそうですね。陸上選手の価値は、半分以上が「数字」で決まるといってもいいと思います。しかもリレーなどを除けば、ほとんどが個人競技ですからね。ひたすら孤独に、数字と戦っています。
──それだけに、シビアですよね。チームプレイのように、「相手の陣形を崩した」とか「ムードメーカーとして活躍した」というようなことでは評価されないですものね。
為末:確かにシビアはシビアなんですが、その一方で、こんな面白い話もあるんです。フライングって、ありますよね?ピストルが鳴る前にスタートしてしまう、という。実はあれ、ピストルが鳴った後の0.1秒後までが、フライングだと見なされるんです。
──それは、知らなかった。
為末:理由としては、音に対する人間の反応速度の限界は0.13~0.2秒くらいで、どんなに優れたアスリートでも、0.1秒を切ることはできないからです。
──なるほど。ピストルが鳴ってから0.1秒以内にスタートできるはずがない。コラコラあなた、そろそろピストルが鳴るだろう、という勘を頼りに見切りスタートしましたね?というわけだ。
為末:面白いのは、だったら0.12秒あたりでも反応することはできないんですよね。ところが、0.1秒と決められている。キリがいいからなんでしょうね。要するに数字の設定自体が、厳格なようでいて曖昧(あいまい)だということ。しかも、その0.1秒を判定するのはスターティングブロックの中に仕込まれた圧力センサーなのですが、圧力があまり加わらない、体がビクッとなったという判定は目視でされている。どこからがビクッなのか、1ミリなのか、5ミリなのか、明確な数字による規定はない。
──とてつもないハイテク技術で、正確な数字を判定しているのだろう、と思ってました。
為末:全体を数字で表す、数字で管理する、なんてことはできないんですね。なので、ある部分は数字で判定するのですが、審判の印象に頼るといった曖昧な部分は残しておくんです。
──大相撲の判定だってそうですよね?ビデオ判定を用いたところで、すべてが数値化できるわけではない。だから「同体と見て、取り直し」というようなことが起こる。「ここは同体ということにして」ということだもの。それって、まさにこの連載のテーマであるところの「緩急自在」に通じる話ですよね?
為末:かもしれません(笑)。(#31へつづく)
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より
今回のテーマは「数字」。スポーツの世界では、勝負を決する基準であり、ある種、公平であり、残酷な一面もある存在。為末さんから、フライングについての話題をいただいた。0.1秒後までに動いたらフライングである、と。人間の身体的な限界、科学的な見解が0.13秒という中で、ある意味、0.03秒は余分を見ている。これは、もしかすると、今までの人間の限界、科学の限界をアスリートが超えてくることに備えているのではないだろうか。そんなふうに捉えると、トップアスリートは、人類の基準を作り続けている存在とも捉えることができる、ものすごい類いまれな人々である。
アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・荒堀源太(ラテ局)
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。