為末大の「緩急自在」No.32
アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.32
2023/02/16
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。
──「数字とは、なんだ?」というテーマでお話を伺ってまいりましたが、そのテーマでのインタビューは今回がラストとなります。よろしくお願いいたします。
為末:こちらこそ、よろしくお願いいたします。
──前回の最後に「定量的な分析」と「定性的な分析」は、どのような関係で、「どのようにタッグを組めばいいのでしょう?」というような疑問を提示させていただきました。広告会社ではよくあることなのですが、数字が得意なマーケターと芸術肌のクリエイターで、うまいことチームが組めたら最高だと思うんです。左脳と右脳がキレキレのダビンチみたいなチームが出来上がるわけですから。
為末:ご質問を伺って真っ先に思い出したのは、「アートは資本主義の行方を予言する」という本でした。印象に残っているのは「ゴッホの絵に、あれだけ高額な値段がつくのはなぜなのか。それは、ひとえにアート作品には有用性がないからだ」という説明なんです。
──有用性があるから、ではなく、有用性がないから?
為末:なんの役に立つのかがわかると、モノの値段には上限ができちゃう。服を洗う洗濯機なら、なんとなく、服を洗うのは大体このぐらいという相場がありますよね。だからとんでもない値段にはならない。対してアートの場合は「文脈」で売られているし、「文脈」で買われている。それがなくても困ることはないわけです。そうなると相場があるようでないので、値段はもう青天井です。もちろん下落することもありますが。
──ある人は30億円でその満足感を手に入れたいと思う。ある人は50億円出すと言う。といったようなことになる。高額とも言えるし、プライスレスとも言える。しかも、皆がいらないと言っても一人が50億出すと言えば50億ですからね。
為末:そこで重要になってくるのは、「ストーリーテラー」の存在ですね。絵画の例えでいうなら、画廊とかキュレーターみたいな役割の人です。
──その絵画の価値を「金額」ではなく「文脈」で語れる人、ということですね?
為末:ルーブル美術館とか、大英博物館では、美術品の陳列する順番が大変重要だといわれています。
──ここでは、この順番で作品を鑑賞してください、ということですね?それもある意味、ストーリーテラーの仕事だ。
為末:「価値観」という物差しを提示しているんですね。「定量vs.定性」も何が良いことかは「価値観」という基準で決まっている。博物館、美術館はその価値観を陳列しながら、コントロールする役割があるということのようです。アメリカではしばしばその価値観は「新しいもの」であるのに対して、ヨーロッパでは「本質的なこと」だったりする。
──広告業界でも「N1」という表現が、最近よく使われます。多数決や合議制などからは、いいものは生まれにくい。たった一人のアイデアにみんなが乗っかると、定量も定性もなくキャンペーンが動き出す、という経験をこれまでに何度もしました。
為末:いずれにせよ、日本人がとても苦手なことですよね。「ストーリーを語る」「一人のアイデアにみんなで乗っかる」みたいなことは、多くの人が尻込みしがちだから。
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より
数字の3回目。定量vs.定性ではなく、その上にある、「価値観」という第3軸の話になりました。緩急自在の「緩」と「急」を乗りこなし、まさに新たな軸を考える、為末さんらしい結びになりました。企業の事業活動においても、A案かB案か、プロコン(編集部注:2つの検討材料をロジカルに検討すること)がどうか?目的から考えると、どちらか?という話がよくありますが、その先に、AでもBでもないαの軸を出すことが、最善手になるかもしれない。そんな未知の可能性を、異なる角度から、異なる視点から、提案できるのが、アスリートかもしれません。アスリートと共創されたい際に、アスリートブレーンズを、ぜひよろしくお願いいたします。
アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・荒堀源太(ラテ局)
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。