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生活者にアクションを促すための広告表現とは?~第75回広告電通賞 SDGs特別賞を振り返って

2023/01/31

広告電通賞SDGs特別賞

2015年にSDGsが採択されてから今年で9年目。目標達成時期の2030年までの中間年を迎えました。SDGsの達成やサステナブルな社会の実現に向けて、企業のメッセージや取り組みを伝える広告は、どのように変化しているのでしょうか?

この記事では、第75回広告電通賞 SDGs特別賞の選考委員長・金田晃一氏と、選考委員・福田里香氏の対談をお届けします。両氏が応募作品について振り返りながら、昨今の広告コミュニケーションについて意見を交わしました。

広告電通賞SDGs特別賞

金田晃一氏:NTTデータ サステナビリティ経営推進部 シニア・スペシャリスト。サステナビリティ分野に20年以上携わり、現在はNTTデータで、ステークホルダーと連携しながら、サステナビリティ経営の推進に取り組んでいる。
福田里香氏:パナソニック ホールディングス CSR・企業市民活動担当室長。子どもたちへの学び支援や、無電化地域へ電気やあかりを届ける活動、環境保全に向け、サステナブルシーフードを社員食堂で提供するなど、持続可能な共生社会に向けたさまざまな活動を実施。企業市民活動の意義や目的も積極的に発信しながら、ブランド価値・企業価値向上に向け、CSR・企業市民活動に努めている。

社会の変化が「自分ごと」になり、広告コミュニケーションも変化している

──SDGsの達成やサステナブルな社会の実現に向けた、企業の広告コミュニケーションは、コロナ禍を経てどのように変化したと感じていますか?

金田:ここ数年、顕著な気候変動や新型コロナウイルスの流行、そしてウクライナ問題など、社会で大きな変化が起こり、私たちの生活や企業行動もさまざまな影響を受けるようになりました。社会の変化がより「自分ごと」になり、「私は私」「社会は社会」ではなく、「社会の中の私」「社会の中の企業」という感覚が高まっているように思います。

これは広告表現にも影響していて、「社会における企業の存在意義」、すなわちパーパスが盛んに発信されるようになりました。例えば、自社の強みを体現した製品やサービスを通じてサステナブルな社会創りに貢献します、というような本業を通じたアプローチがその一つです。

しかし本業だけに限らず、企業市民としての寄付や社員ボランティア活動を通じた発信、また、トップや一従業員が発するメッセージ、パートナーのNPO/NGOによる評価コメントの発信など、企業の存在意義を示すためのアプローチはさまざまです。企業と社会のつながり方に関する多様性が広告に反映されているようです。

福田:企業市民活動面からの発信では、活動の意義や目的も含め、活動内容について内外に発信しています。その際大切だと考えているのは、「発信して終わりではない」ということ。受け手側の心が動かないと本当の意味での発信にはならないと考えています。自己満足にならずに自分たちの想いを伝えるにはどうすればいいのか、日々模索しているところです。的確にお伝えし、共感が生まれることにより、ブランド価値・企業価値向上につながっていくのではと思います。

「可視化」「未来」「テクノロジー」。第75回の応募作品から見える3つのキーワード

──金田さんは広告電通賞のSDGs特別賞の選考委員を務めて3年目になります。これまでと比べて変化があったところや、作品の特徴を教えてください。

金田:広告電通賞にSDGs特別賞が創設された2020年の応募作品は、社会課題そのものを表出させるものが多く見られましたが、回を重ねるごとに、社会課題に対する具体的な解決策や行動変容を促すための広告に少しずつシフトしていると感じています。

社会課題を提示しながら、「私たちの製品やサービスによって社会課題を解決します」と、企業のサステナビリティもアピールする。社会価値と企業価値のバランスが取れた広告が増えてきた印象がありますね。また今回の応募作品の中で選考委員の評価が高かったものは、「可視化」「未来」「テクノロジー」の3つがキーワードになっていると感じました。

中でも、今回受賞したツムラの広告「違いを知ることからはじめよう。#わたしの生理のかたち」では、痛みという見えないものをさまざまな形で可視化した点が委員から評価されました。

広告電通賞SDGs特別賞
「違いを知ることからはじめよう。#わたしの生理のかたち」サイトは、こちら

福田:私もツムラの広告は、見えない痛みやつらさを多様なデザインによって可視化したところが面白いと感じました。またSDGsに関するイシューを取り上げているにもかかわらず、「SDGsの広告です」と全面的に押し出していないところもいいですよね。SDGsが私たちの生活の中で身近な存在になりつつあって、サステナビリティ広告も進化していると感じました。

金田:ツムラの広告は「形」で可視化しましたが、ミツカンのように、「数字」を使って課題を可視化した広告もありました。例えば料理のレシピには、分量に「3分の1」や「2分の1」という表記がありますが、それは食材の「3分の2」や「2分の1」が余るということでもあります。ミツカンはそこに着目し、残ってしまう食材を使ったレシピを「B面レシピ」として提案しました。可視化にもさまざまな表現方法があって面白いですよね。

ミツカン
「B面レシピ」サイトは、こちら

福田:ミツカンの広告は私もとても惹かれた広告の一つでした。分数表記はわかりやすくて面白いですし、大きな社会課題になっているフードロスの問題を、楽しく解決しようというスタンスもいいですよね。料理は日常のことなので、受け手側も気軽にやってみようかなと思え、行動変容につながります。

金田:コマツの広告は、最新のテクノロジーによって「こういう社会が来ます」と未来を可視化したところが印象的です。ゲームコントローラーなどで大きな重機をスムーズに操作できることを「実物で見せる」ことで説得力が生まれますよね。時を置かずして、このような光景が世界各地で見られるような期待を持たせてくれました。

コマツ
「コンセプトは未来の現場」サイトは、こちら

福田:私は、「大変で過酷な仕事をラクに継続できる仕事にする」という課題認識が明確なことに加え、それを実現するためのソリューションも具体的に見せているところが良いと感じました。さらに、ゲームコントローラーという子どもたちが慣れ親しんでいるもので見せて、「未来の働き手」に訴求しているところも素晴らしいですよね。

金田:コマツとは別のアプローチで未来を可視化したのがヤフーの広告です。SDGsを達成できた未来とできなかった未来を見せて、「どっちの未来がいい?」と選択させるような見せ方は、さすがと思いました。バックキャストして、「さて、今やるべきことは何?」と問いかける。SDGsに対する人々の意識を変えるきっかけにつながりますよね。

Yahoo! JAPAN「2100JAPAN」
Yahoo! JAPAN「2100JAPAN」。スペシャル企画ページでは、“SDGsが達成された2100年の世界”と“SDGsが達成されなかった2100年の世界”が、臨場感あふれる動画として体験できる。

福田:SDGs関連のワードを検索するとスマホがジャックされて「2100JAPAN」と題した動画にアクセスされるという、インパクトがあってヤフーらしい広告だと思いました。私は今回、「受け手側が日常の行動を変えるきっかけになるか?」ということを意識しながら選考していたのですが、その中でも「インパクトの大きさ」は一つのポイントになると考えています。

例えば、環境のためにアクションを起こしましょうと言われただけでは、具体的な課題を想像したり、自分ごととして捉えたりすることは難しいですよね。しかし、南極で氷がどんどん溶けている映像を見せられると、それだけで「大変なことが起こっているから何とかしなくては」という気持ちになるはずです。

逆にいうと、何かに衝撃を受けたり、「すごい!」と思ったりしなければ、人の行動はなかなか変わらない。そのため、心が突き動かされるインパクトのある広告は、日常の行動を変える大きなきっかけの一つになると思っています。

しかし大きなインパクトを与える広告には、リスクや怖さもあります。影響力が大きい分、間違った情報を伝えたり誤解を生むような表現をしたりすると、それが受け手側の行動にも影響してしまいます。そう考えると、広告を発信する側の責任は大きく、矜持が試される時代になってきているとも感じました。

「ユーモア」や「チャーミング」を取り入れた、心の琴線に触れるアプローチも必要

──今後、企業のサステナビリティ広告は、どのように変化していくでしょうか? 

金田:日本企業のサステナビリティ広告には、もっとユーモアがあってもいいんじゃないかと思うんです。今回の応募作品の中で、おもしろみが散りばめられていて和むなぁと思ったのが、日本ハムの「シャウエッセン断髪式」でした。

日本ハム
「シャウエッセン断髪式」サイトは、こちら

この広告では、フィルムパッケージの巾着部分をカットすることを「断髪式」と表現し、環境に配慮したパッケージに生まれ変わったことを、くすっと笑える形で伝えています。

ホームページの動画は、日本相撲協会に監修を依頼して断髪式の様子を本気で再現。記憶にも残りやすいので、スーパーに行くたびに「シャウエッセンを買おうかな」と思ったり、「他のメーカーの商品パッケージはどうなっているんだろう?」と比べてみるきっかけにもなりますよね。実際、スーパーでそうしてます(笑)。

SDGsはどうしてもシリアスに捉えられがちですが、そうなると広告の表現方法も限られてしまいます。シャウエッセンの広告のように、心の別次元にフックがかかるようなアプローチがもっと増えてもいいのではないでしょうか。

また、受け手側を参加させたり巻き込んだりするような広告も、日本の企業はまだまだ少ないのが現状です。グローバル企業の中には、巻き込むことによるリスクやハレーションを生むことがわかっていても、強烈な支持層がいるという安心感があれば、やってみようとチャレンジするところもありますね。このような広告上の行動様式自体が企業ブランドにすらなっているところもあります。

さらに「ユーモア」とは別の「チャーミング」もなかなか侮れないコンセプトだと感じています。これは、ソニーに再入社し、ソニーユニバーシティ1期生としてCSRに関する社内提案を考えていたとき、ある役員が講話の時間でフランクに話してくれたことなのですが、その役員は、チャーミングを「孫」の存在に例えて説明されていました。

例えば、休日に家族がそれぞれの部屋で過ごしているとしましょう。その家に、突然、孫が遊びにくると何が起きるか。それぞれの部屋にいた家族が1人、2人と部屋から出てきて、自然に孫のいる部屋に集まってきます。儀礼的にとか、仕方なくではなく、「何かしてあげたい」「一緒に遊びたい」と思わず会いに行ってしまう、と。

「ステークホルダーが放っておけない会社」とは。これはユーモアとはまた違った切り口ですよね。ここから敷衍(ふえん)して「チャーミングな広告とは?」についても、想いを巡らせているところです。

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