サステナビリティ広告が当たり前になりつつある時代に、企業は何を考えるべきか?
~第76回広告電通賞 SDGs特別賞を振り返る
2023/12/19
SDGsやサステナビリティをテーマにした広告は今や特別なものでなく、一般的になってきました。持続可能な社会の実現に向けて、世の中の意識も変化しています。
本記事では、第76回広告電通賞 SDGs特別賞の選考委員長・金田晃一氏と、選考委員・田中里沙氏が、今年の応募作品を振り返りながら、これからの広告コミュニケーションのあり方や、サステナビリティ広告の可能性について語り合いました。
キーワードは、「ノーマライゼーション」と「アクセス」
金田:今回の応募作品を見て、「ノーマライゼーション」と「アクセス」というキーワードが浮かびました。ここでのノーマライゼーションとは、「以前は特別と思われていたことが、ノーマル、つまり当たり前の状態になっていること」という意味です。
今回の応募作品の広告主体は、民間の大手消費財メーカーから地域密着型企業まで幅広く、形態も公共事業体やNPOなど、これまで以上に多様性に富んでいました。サステナビリティ広告は、限られた企業が作るものではなくなってきていることを実感しています。そのような背景もあり、これまで受賞は毎年1作品のみでしたが、今回はSDGs特別賞入賞作品の他に、優秀賞3作品が選出されました。
もう一つのキーワード「アクセス」は、多様な人からのアクセスを想定した発信、という意味です。今回のSDGs特別賞は、住宅・不動産のポータルサイトを運営するLIFULLの「LIFULL HOME’S 『FRIENDLY DOOR』」が受賞しました。「LIFULL HOME’S『FRIENDLY DOOR』」は、外国人や同性カップル、高齢者、障がい者など、これまで希望する住まいをなかなか借りられなかった「住宅弱者」の方たちが、理解ある全国の不動産会社を探せるサービスです。まさに多様な人々の住宅へのアクセスを促すもので、「誰一人取り残さない」ことを本業で表現しているところが選考で評価されました。
田中:このサービスは私も素晴らしいと思いました。一人の社員の問題意識が発端になって生まれたそうで、それが社内を動かし、業界や関連団体をも動かして、大きな共感の輪が広がっていったところも評価されるべきです。
金田:読者の中には、「これは事業であって、広告とは言えないのではないか?」と思う方がいるかもしれません。しかし、世界的な広告賞のカンヌライオンズを見ても、2011年に正式名称から「広告」の文字は消え、スタンダードな広告の形だけでなく、普段の取り組みやキャンペーンなども評価対象になっています。
田中:そうですね。今回、SDGs特別賞の選考委員を務めて、広告表現は進化していると改めて感じました。
金田:「アクセス」という点では、優秀賞に選ばれたACジャパンのCM「寛容ラップ」も評価が高い作品でした。このCMは、「たたくより、たたえ合おう。」という韻を踏んだコピーのもと、ラップを通じて相手を尊重し合う大切さを伝えています。さまざまな年齢層やジェンダーの人々が登場し、見ている側もそれぞれの立場で自分ごととして捉えることができます。CM内ではアンコンシャス・バイアスの指摘もありました。
広告は、共創の装置
田中:私は、広告というのは英知が結集された最高峰の表現手法だと思っています。広告は多くの人に気づきを与えてくれます。加えて、選考に参加しながら、広告は「共創の装置」であることも実感しました。
さまざまな不動産会社をつなげる「LIFULL HOME’S『FRIENDLY DOOR』」も共創の装置と言えます。他に、優秀賞を受賞したサントリーホールディングスの広告「ボトルは資源!」も同様です。ペットボトルに入った飲み物を提供するサントリーと、ペットボトルを捨てずに資源として扱う生活者で共創する、新たなサステナビリティの形と言えるでしょう。
金田:「ペットボトルはゴミではなく資源」という気づきを与えていますね。優秀賞のもう一作品は、福島民報社の広告ですが、こちらはどのように感じたか、改めてお話しいただけますか?
田中:「365日の防災欄」と題した、年間を通して行われる防災啓発アクションで、紙面やSNSなどを活用して災害へ備える重要性を毎日発信する取り組みを紹介しています。災害はいつ起こるかわからないから、災害に対する意識や暮らし方を変えていこう、と伝えています。発信を毎日続けるのは本当に大変なことなので、さまざまな人の共創の上に成り立っているのではないかと興味を抱きました。
金田:先ほど田中さんから、広告というのは英知が結集された最高峰の表現手法、という話がありましたが、今回選ばれた作品はどれも「みんなでサステナブルな社会をつくりましょう」と呼びかけるだけではなく、生活者の心を動かす工夫や、これまで気が付かなかったことを指摘する鋭さがありました。
サプライチェーンの川下にも目を向けて、生活者の共感が得られる内容に!
金田:ここまで受賞作を振り返りましたが、田中さんは、これからのサステナビリティ広告にはどのようなことが求められるとお考えですか?
田中:「すべての企業は、サステナブルな企業でなければいけない」とまで言われる時代なので、今後は広告表現においても、よりサステナビリティを意識する必要が出てくると思います。
加えて、外側に向けてメッセージを発信するだけでなく、多様な社員や協力会社などにも目を向けることも大切です。従業員が心を合わせて社会に向き合ったり、ソーシャルグッドや新しい価値をつくることへの意識を高めたりする視点も、これからの広告表現において重要ではないでしょうか。
金田:別の視点ですが、これまでの企業のサステナビリティでは、どちらかというと、サプライチェーンの「川上」が重視されてきました。例えば、環境破壊や人権侵害に関与していない原材料を調達する、というようなことです。しかし、これからは「川下」のバリューチェーンをより意識しなければならないと感じています。製品やサービスに付随して世の中に出ていく広告も川下に位置します。表現の自由を念頭に置きながらも、広告が人権侵害に加担している、あるいは、環境破壊を助長しているように受け取られるリスクについても考えていく必要がありますね。
熟慮して作られた広告でも、世の中の常識は変化し、受け止められ方も変化します。あるいは、国内では問題なくても海外では受け入れられない事象などもあると思います。例えば、EUのグリーンウォッシュ規制です。商品のサステナビリティに対して誤解を与えるような表現に、規制がかかる時代になってきました。
田中:グリーンウォッシュは本当に気を付けなければいけない点です。しかし、例えば、サプライチェーンの中でCO2の排出量がどれほどかということを正確に計測することは難しいのが現状です。そのため私は、「今は正しいと思って一歩を踏み出すので、皆さんに見て、知ってもらいたい」というスタンスの広告表現もありなのではないかと考えています。そして、もしチャレンジがいったん失敗した場合には、それを振り返り、整理、分析した上で伝えてもらえるといいと思います。失敗を伝えるような広告表現も、見る人がそこから学ぶことができるのであれば、社会的に意義があると思います。
金田:その広告にリカバリー策が入っていてもいいですよね。「想定外の結果に対しては、このように対処します」というように。持続可能性報告書を抜粋し、クリエイティブに味付けして、サステナビリティ広告として掲載する、というパターンです。「他の人たちが同じ轍(てつ)を踏まないように!」というメッセージと考えれば、プラスの価値を生み出す広告表現になるかもしれません。ですが、説明が過ぎますかね(笑)。
最後に、最近考えているのは、サステナビリティ広告をサステナビリティ研修の教材として活用することです。実は、海外のライバル企業の広告を題材に、社員向けに一度実施したことがあるのですが、「うちのパーパスに照らし合わせると、ここまでは尖(とが)れない」「このハレーションは意図的にやっているのか?」「ここは深読みするとこう解釈できる」「欧州ではこのテーマが旬な問題なのか!」などと議論が大変盛り上がりました。一歩先を行くサステナビリティ広告には、社会の変化の兆しが詰まっています。今後、SDGs特別賞の受賞作品などを題材に、日本各地で研修イベントなどを展開してはいかがでしょうか。