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「#剃るに自由を」に託した、貝印の思いとは?~第74回広告電通賞 SDGs特別賞受賞記念対談

2022/01/17

貝印

処理されていない脇毛を見せる女性の大胆なビジュアルと、「ムダかどうかは、自分で決める。」というキャッチコピーが話題になった貝印の企業広告「#剃るに自由を」。

同広告は、優れた広告コミュニケーションを顕彰する、第74回広告電通賞の「SDGs特別賞」に輝いた。“毛を剃(そ)ることは個人の自由”という、一見、カミソリを売る会社らしくない表現の真意はどこにあるのか?

貝印の広報宣伝部・齊藤淳一氏と、SDGs特別賞の選考委員長・金田晃一氏が対談。世の中に一石を投じた広告の狙い、さらにはSDGs達成に向けた広告の可能性について意見を交わした。

「毛を剃ることが当たり前」という固定観念を、あらためて考え直すきっかけに

齊藤:私たち貝印は創業100年を超える刃物メーカーです。現在、使い捨てカミソリのシェアは国内トップを誇っています。長年「体毛」と向き合ってきた私たちですが、以前から「女性は体毛を剃ってツルツルにするべき」「男性は剃らずに残しておくべき」といった偏った風潮があるのではないかと感じていました。

そこで、2020年に15歳から39歳の男女を対象に「剃毛(ていもう)・脱毛に関する意識調査」を実施しました。本調査から、男女共に9割以上の人が、体毛を剃ることをファッションやヘアスタイルのように自分自身で自由に決めたいと考えていることがわかりました。この結果を受け、剃毛や脱毛が当たり前とされている世の中の風潮に疑問を投げかけ、あらためて体毛について考えるきっかけになればと、「#剃るに自由を」というテーマで広告を制作することになりました。

さらに、今回の広告制作を後押しすることになったきっかけが大きく三つあります。一つ目は、海外を中心に「女性が脇毛を残すことがクール」という考え方が少しずつ広まっていることです。レディー・ガガがあえて脇毛を伸ばした画像をSNSにアップして、剃らない自由についてメッセージを発信したことも話題になりました。

二つ目は、外見のコンプレックスをあおるようなウェブ広告が増え、ますます過激化していること。この問題に対して「コンプレックス広告」の改善を求める署名活動が起こり、多くの署名が集まっています。このような広告に苦しめられている人が多数いることが浮き彫りになりました。

そして三つ目は個人的な考えでもあるのですが、「ムダ毛」という表現がネガティブだと感じていたことです。大切な体毛が「いらないもの」「汚いもの」として扱われるのがかわいそうだなと。体毛を剃ったり整えたりすることも、髪の毛を切るときのように「楽しい体験」にできないかと以前から考えていました。

金田:この広告は、SDGsの中でも主に目標5「ジェンダー平等」に対する社会的なインパクトが期待できるものだと思います。しかしその一方で、「#剃るに自由を」は、「剃らなくてもいい」というメッセージでもあり、普通に考えるとカミソリを販売する会社にとって、自社の利益を損ねかねない広告と見えるのですが、この広告を打ち出すことで自社にどのようなメリットがあると想定していたのでしょうか。

齊藤:一つは長期的な視点で考えた会社の利益です。最近は、価格の安さや性能の良さだけでは、お客さまに商品を購入していただけないことがあります。私たちのように比較的低価格帯の日用品を扱う企業も、その企業の考え方や哲学に共感してファンになってもらえないと、商品を手に取ってもらえません。そのため、商品の魅力をただ伝えるだけではなく、お客さまに寄り添って共感してもらうことが、結果的には自分たちの利益につながるはずだと考えました。

もう一つは、若者に対するブランド認知度の向上です。年齢が上がるにつれて認知度が高くなる貝印は、60代以上では、約95%の人に認知していただいています。その一方で20代の認知度は30%を下回っていることがこれまで課題となっていました。若者たちへアプローチするときにも、ただ商品をアピールするだけでは見向きもされません。広告では、彼らの関心ごとともうまくリンクさせることを意識していました。

齊藤淳一
貝印 広報宣伝部 齊藤淳一氏

創業の精神や自社の強みを意識した提案を行った

金田:製品やサービスの広告を打ち出す際、ジェンダー平等などの社会課題を絡めようとすると、社内で企画を通すのに苦労することがありますよね。今回の広告制作にあたり、社内でさまざまな議論があったと思いますが、齊藤さんはどのように社内に提案して、説得をしていったのか、伺ってもいいですか。

齊藤:社内に提案するときには、私たち貝印が大切にしている「野鍛冶(のかじ)の精神」につながる企画であるということを伝えました。貝印が創業した岐阜県関市は、もともと刀鍛冶職人が多く住んでいた町です。明治期の廃刀令によって刀をつくれなくなった職人たちは、「野鍛冶」として一般向けの鍬(くわ)や包丁をつくるようになりました。そこでは目の前のお客さまと対話をしながら一人一人の用途に合わせたものづくりが行われていました。貝印ではこの考え方を今も大切にしています。

今回の「#剃るに自由を」でも、剃毛や脱毛に関する価値観の押し付けに悩む人たちの声を集めて、「私たちにできることがあるのではないか」と提案の最初に伝えました。また貝印は、カミソリだけではなく、ハサミなどのグルーミングツールを幅広く扱っているところも強みです。他社にはない強みを生かせる、自分たちにしかできない企画であることも強調して提案するようにしました。

金田:私も社内で企画を通そうとするときには、まずは自社の企業理念や強みを意識し、「この会社だからこそ」といった正当性を意識するようにしています。「私たちの会社はそもそもどういう会社だろう?」というところから話を展開させることは一つのやり方でしょう。

今回、貝印では、他社とは異なる強みをあらためて示したことで、カミソリ以外の製品の売り上げや、ひいてはブランドの向上にもつながる、共有価値を見据えた企画として提案されたと理解しました。

齊藤:「なぜ」と聞かれたときに立ち返れるような、会社としてのポジショニングや考え方はとても大切だと考えています。ただ奇をてらっただけの企画では、社内もお客さまも納得できず、腹落ちしないものになってしまいます。

金田:「体毛に対してこんなふうに考えている人がいる」という声や、若年層への認知度が低いといったデータなども踏まえたわけですね。このように、提案の中にハードエビデンスがあることも、社内を「腹落ち」させるために大切なポイントだと思います。

金田晃一
第74回広告電通賞 SDGs特別賞の選考委員長・金田晃一氏

「誰も傷つけない」ことを意識して、コピーやビジュアルを制作

金田:今回、私たち選考委員が貝印の広告を評価したポイントは、大きく三つありました。一つ目は、躊躇(ちゅうちょ)しがちなイシューに取り組んだ上で、インパクトの高い広告になっていること。二つ目は、長期的な視点で利益を考えて制作されていること。そして三つ目は、リスクマネジメントがされていることです。

今回のように尖ったことにチャレンジしようとすると、どうしてもマイナスなリアクションが出てくることも予想されます。そのため、リアルのタレントやモデルではなく、バーチャルヒューマンMEME(メメ)を起用したことは、リスクマネジメントの観点から考えても、新しいと感じました。

齊藤:今は、著名人のプライベートや主義主張が、SNSなどですぐに広まってしまう時代です。今回の広告では、「#剃るに自由を」というコピーに込めた通り、「剃る」「剃らない」のどちらかはっきりとした主張ではなく、剃る自由もあれば剃らない自由もあっていいよね、とニュートラルな視点で伝えたかったんです。このような表現方法には、バーチャルヒューマンの起用が一番適しているのではないかと考えました。リアルの場で撮影するのが難しいコロナ禍でもスムーズに制作が進められた点にもメリットを感じました。

「ムダかどうかは、自分で決める。」などのコピーに関しては、制作チーム内で「誰も傷つけない」「誰も否定しない」ことを目標に、たくさんの案を出しました。たった一文字変わるだけでコピーの意味も変わってしまうため、言葉で伝えることの難しさをあらためて実感しました。結局、コピーが決定するまでに2カ月ほどの期間を要しました。

金田:今回の広告の反響で、印象に残っているものはありますか?

齊藤:一番印象に残っているのは、広告を出して数週間後にお客様相談室に届いた女性のお客さまからのメールです。そのお客さまは、女性の肌はツルツルであるべきという価値観の押し付けに悩まれていたそうですが、「広告を見て救われた、涙が出ました」と感謝の言葉を伝えてくださいました。こうした言葉をいただけると本当にこの広告を制作してよかったと思えます。そして予想外だったのは、ネガティブな意見が少なかったことです。もちろんゼロではありませんでしたが、予想以上に多くの人に賛同してもらえて、非常にうれしく思いました。

また、広告を出した後のブランド認知度調査では、20代の認知度が10%ほど上がったことがわかりました。人事から聞いた話によると、新卒採用で貝印に応募してくれた学生のほとんどが、広告を見て共感しましたと言ってくれていたようです。会社の考えに共感して「ここで働きたい」と思ってもらえることは、私たちにとって大きなメリットです。若年層へのアプローチという点でも、一つの成果を残せたのではと感じています。

目の前にいるお客さまの悩みに愚直に向き合う

齊藤:2021年11月に、「#剃るに自由を」の第2弾プロジェクトとして「FIRST SHAVE BOOK(ファーストシェイブブック)」という冊子を作成しました。初めて剃毛する小中学生向けに、体毛に関する正しい知識や剃り方を伝えるためのツールで、これもお客さまの声をきっかけに生まれました。

11月に渋谷で本冊子を紙カミソリ付きで無料配布し、現在は複数の学校から「冊子を生徒たちに配りたい」という要望もいただいています。今後、私たちが学校に出向いて出張授業をしたり、体毛についてレクチャーする特別授業をしたりできないかという話もあって、少しずつ活動が広がっています。

他にも男性に向けたコミュニケーションの展開も考えているところです。「#剃るに自由を」の広告の中でも、「ツルツルな男の子もステキだと思う」というコピーを入れましたが、そこに共感してくださる男性のお客さまも多くいらっしゃいました。最近ではメンズコスメなどもはやっていて、男性たちの外見に対する意識は高まっていると感じます。意識が高まるとともに、悩みも増えてくるはずなので、今後も私たちにできることを考えていきたいと思っています。

私たちが扱っているのは、毎日の生活で使用する「日用品」です。そのため、遠い先の未来よりも、今ある社会の悩みや目の前にある課題に愚直に向き合って解決する方法を模索していくのが、私たち貝印のスタイルだと考えています。今後もお客さま一人一人に寄り添ったコミュニケーションをしていきたいです。

金田:目の前のお客さまの声をしっかりと聞いて応えていく。まさに「野鍛冶の精神」ですね。貝印のスタイルは一見すると、未来起点で物事をバックキャストして考えていくSDGsとは相反するように感じます。しかしSDGsにおいては、社会課題の解決を起点にしたビジネスを創出していくことが非常に大切です。お客さまの声から社会課題を敏感に察知して、そこから「未来」を探る。これもSDGs達成につながる一つのアプローチだと思います。

そして日本企業の場合は、アクションを起こすまでに時間がかかる企業も多いですが、貝印は現在の課題に対して素早く行動しています。その一方で、時間のかかる調査もしっかり行い、ハードエビデンスを取るという「実直さ」もあります。両者がうまく融合していることが、強みでしょう。これから展開される広告やプロジェクトも引き続き楽しみです。


対談を終えて……

2015年にSDGsが採択されてから7年目に入りました。日本においても主要企業はすでにSDGsを理解するというフェーズを終え、実践のフェーズに入ってきています。しかし、生活者のSDGsに対する理解はまだこれからという部分もあります。そこで、企業が広告表現を通して生活者に行動変容を起こすきっかけをつくり、SDGsの達成に寄与していく。そのための優れた広告コミュニケーションを世の中に広く伝えることを目的に、2020年に広告電通賞のSDGs特別賞が創設されました。

今年は、企業人の他にも、クリエイティブディレクター、アートディレクター、会計士、NGO/NPO代表、社会起業家など、異なる専門性を持った総勢11人が選考委員を担当。「アイデア」「SDGsへの思い」「誠実さ」に加え、「広告コミュニケーションの新たなチャレンジ」などの視点から作品を評価しました。

昨年は、SDGs達成のために求められる行動を伝える「サステナビリティの解説」的な広告が多かったのに対し、今年は自社の製品やサービスを軸にサステナビリティを伝えようとする企業広告が増えているように感じました。その中で貝印の広告は、企業理念をベースに、自社の成長と社会課題の解決を同時に図っていこうという姿勢がしっかり表れていました。

「広告コミュニケーションの新たなチャレンジ」という点において、海外では、かなり扱いが難しい社会課題に対して「他がどうであれ、うちの会社はやる」というような、反発も想定内とした企業広告も登場し始めています。日本でこのような手法が広まるかどうかはわかりませんが、サステナブルな社会の実現に向けて広告は刻一刻と変化しています。次回のSDGs特別賞でも数多くの優れた広告に出合い、自分自身もSDGsと広告の役割について引き続き学んでいきたいと思います。

第74回広告電通賞 SDGs特別賞 選考委員長
金田晃一
 

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