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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.23

金融に向き合う空間 三井住友銀行「金融/知のランドスケープ」

2023/03/01

シリーズタイトル

現代社会で生きる人間であれば避けて通れないにもかかわらず、なんとなく手を伸ばしづらいテーマである「金融」。「金融」という目に見えない概念をどうすれば多くの人に興味を持ってもらえるものにできるのか。本稿では、三井住友銀行が運営する「金融」をテーマにしたミュージアム「金融/知のランドスケープ」を通して、金融と自分との関係をどう考えればいいのか、そのヒントをミュージアムがどうやって提供しているのかを見ていきたい。

取材と文:森 佑奈(電通PRコンサルティング)

日本人の金融知識

日本では、「子どもの前でお金の話はしない」としていた人が多い時代もあった。しかし、2022年4月から18歳が成人になり、金融に関する契約を18歳から行えるようになったこともあり、同タイミングで高校での金融教育が必修化された。つまり「子どもの前でお金の話」をするという時代に入ったのだ。また、2023(令和5)年度の税制改正大綱において2024年から少額投資非課税制度(NISA)を拡充する方針がまとまり、今まで以上に一般生活者も積極的に投資を行える制度が整いつつある。

だが、それら金融商品を運用する生活者側に知識が豊富にある状態かというと、疑問を持つ人も多いだろう。前述の通り、ようやく昨年金融教育が学校で始まった状況であり、金融広報中央委員会が3年おきに実施している「金融リテラシー調査」でも2016年、2019年、2022年と生活者の金融リテラシーに変化はないことが分かっている。一方で、同調査では「生活設計や家計管理等の『金融教育』は、学校で行うべきと思いますか」という設問に「金融教育を行うべきと思う」と答える人が71.8%と、多くの人が金融教育に対しニーズを感じていることが明らかになったほか、金融リテラシーの正誤問題で正答率が高い人は金融トラブルに遭いにくい傾向が見られるなど、さまざまな側面から金融知識・教育・リテラシーに対する必要性が浮き彫りになった。

そんな中、座学ではなくユニークな方法で「金融」に触れられる場所がある。それが三井住友銀行の「金融/知のランドスケープ」だ。

地球儀を回して考える

三井住友銀行といえば、1876年に創立した三井銀行とその19年後の1895年に創業した住友銀行がそれぞれ幾つかの銀行と合併し、2001年に両行が合併した日本有数のメガバンクだ。その三井住友銀行が運営する「金融/知のランドスケープ」は、三井住友銀行本店が所在する東京・大手町にある。本店と通りを一本挟んだ三井住友銀行東館、ライジング・スクエアの2階がミュージアムだ。2015年に三井住友銀行東館の竣工と同じタイミングでオープンした。

三井住友銀行東館  外観(三井住友銀行提供)
三井住友銀行東館 外観(三井住友銀行提供)

ここにミュージアムを設けることになったのは、三井住友銀行東館の建設を検討する際に、地域活性を目的とした施策を東館の中に設けようと考えたためだという。大型合併によってできた企業ゆえに、多くの企業ミュージアムのように創業者の思いや思想を前面に押し出したメッセージを発信しているわけではない。

ただし、場所は東京・大手町。日本でも屈指の金融街で、少し歩けば日本銀行の貨幣博物館があり、「金融/知のランドスケープ」の開館同年には同じ地区に三菱UFJ信託銀行信託博物館もオープンしている。他に銀行が有するミュージアムといえば、銀行がその地域で果たしてきた役割や歴史を展示するところが多い。しかし同行が選んだのは、より多くの人に開かれた金融の基礎教育の場を提供することだった。

ミュージアムに入る前の1階には、実際の地球の1,000万分の1サイズのデジタル地球儀「触れる地球」がある。これは、世界初のインタラクティブなデジタル地球儀で、リアルタイムの気象情報や地震・津波、渡り鳥などの地球移動、人口爆発や地球温暖化、PM2.5など、さまざまな地球の姿を映し出している。「触れる地球」という名前の通り、自分でこの「触れる地球」を触り、地球を動かすことによってさまざまな角度から地球を見ることができる。

触れる地球(三井住友銀行提供)
触れる地球(三井住友銀行提供)

なぜ金融のミュージアムの入り口に地球儀を設置するのか。三井住友銀行管理部の樋口由輝氏に伺った。

「私たちの社会や毎日の生活は、この地球という惑星の大きなシステムの連鎖の中で成り立っています。安全で安心な暮らしも、食料や水、エネルギーの持続可能性も、多様な生命の生態系を育む環境の問題も、常に地球目線で考えていくことが必要な時代に私たちは生きています。『金融/知のランドスケープ』とこれが入る『ライジング・スクエア』では、そうした今日的な課題をグローバルに捉え、その解決に向けた金融の役割を考えることをテーマとしています。そのために、地球と人間の関係をさまざまな視点から考えるツールとして、この『触れる地球』を設置しています。また、そういったリアルタイムの地球の変化や地球規模で連鎖する今日の社会課題の実態とその解決の可能性とともに、そこで行っている当行の活動も併せて紹介しています」

刻々と変動する地球と私たちの暮らしの関係に気付くことで、その後に体験する金融の世界がそこにどのような役割を果たしているのかという視点を持って臨むことができるようになる仕掛けだ。

自分と金融の新たな関係の発見ができる「モノリス」

「触れる地球」を体験し2階に上がると、映像や音声が流れる複数の柱のある空間に出る。これが「金融/知のランドスケープ」だ。この高さ3メートルの柱は「モノリス」と呼ばれ、「知の柱」を意味する。柱は8本あり、それぞれ500以上のコンテンツが表示される。ガイダンスの柱のほか、クリエイション、エコロジー、グローバル、ダイバーシティ、インフォメーション、ライフ、リビングという七つのカテゴリに分けられている。全てタッチパネル式になっており、下から上に人物の画像や大小振り分けられたコンテンツのタイトルが流れている。

「金融/知のランドスケープ全景」(筆者撮影)
「金融/知のランドスケープ全景」(筆者撮影)

一見すると「なぜこの人がここに?」という人物の画像もあり興味をそそられる。それぞれのモノリスのつくりは同じで、人物の画像をタッチすると、過去の人物であればその人の金融に対する考えや言葉が表示され、インタビューが可能な人物に関しては、テキストで質問が表示された後に、その人物の回答しているシーンが流れる。一方コンテンツのタイトルをタッチすると、その説明がテキストやイラストで表示される。

三井住友銀行は、この「金融/知のランドスケープ」を「自分と金融の新たな関係が発見できる場所」と位置付けている。「金融」そのものの知識を得るというよりも、それぞれのカテゴリを入り口にして自分と金融の「関係」を発見するというのが狙いだ。そのため、前述の人物の画像やコンテンツをタッチして見ていると、今見ていたコンテンツにひも付く別のコンテンツが幾つか示される。つまり、「課題A」と「課題B」が実はひも付いていることや、「歴史上のトピックC」と「現在の法律D」が同じ流れをくんで制定されていることなど、自分ではなかなか気付かない関連性を示唆してくれるのだ。

「関連を示すモノリス」(筆者撮影)
「関連を示すモノリス」(筆者撮影)


知識は持っているだけでは宝の持ち腐れになってしまう。しかし、ここで体験するように、仕入れた知識が実は別の事象とひも付いており、さらにそれが今までない発展を遂げているなど、関係性を認識して知識を見つめてみると、新しい疑問や別の事象とひも付けてみる思考が生まれてくるようになる。それぞれのカテゴリを入り口にして、金融だけではなく金融を含めた自分と社会の「関係」を考えるようになるのだ。

例えば何かの行動を起こす時に書籍を読むなど何かしらの方法で知識を仕入れたとしても、一人でやろうとするとかなりハードルが高い。それは視点が固定化されていたり、有する知識に偏りがあったりするなど、幾つかの理由が考えられる。これを解決するには、例えば他人と話すなど、別の視点や知識から事象とその関係を見ると比較的容易になることがある。それは、自分とその事象の関係をより大局から見られるようになるからだろう。それがこの「金融/知のランドスケープ」ではモノリスで明示されており、思考の補助線を多く引いてくれるのだ。しかもその操作は簡単で、感覚的に体験できるところも良い。

実業家もアーティストもマンガのキャラクターも

モノリスに流れてくる映像は、子どもや車椅子を使用している方も触りやすいように、床面から上に向かって流れている。金融をテーマにするミュージアムのため、小学校低学年ではコンテンツを理解しながら楽しむのはまだ難しいかもしれないが、それでも「銀行の仕事って何?」「お金の図鑑」「自然を生かして環境を守る」などのコンテンツは「KIDS」のタグが付けられ、難しい漢字には読み仮名が振られ、比較的平易な文章で構成されている。また、各界の著名な方々のインタビュー動画については音声で体験できるため、その本人の話を伺っているような臨場感があって面白い。

インタビュー動画には、写真家の石川直樹さん、小説家の朝吹真理子さん、アーティストの舘鼻則孝(たてはな のりたか)さんなど、一見すると「なぜこの人に金融のインタビューを?」という人物が登場している。もちろん経済学者や実業家など、金融により関連性のある方々のインタビューもある。

個人的に面白いと感じたのは前者のインタビューだ。例えば舘鼻則孝さんは、東京藝術大学の卒業制作で制作したヒールレスシューズがレディー・ガガの目に留まり、卒業した年の4月から2年ほど彼女の靴をデザインしていた。そのときに必要だったアイテムは数多くあるだろうが、その一つが資金、そして口座だったと話す。事業を始めるにしても、資金は現在の経済システムでは欠かせないアイテムだ。それを大学卒業後すぐに自前で用意するのが難しいというのは想像に難くなく、金融というシステムの力を借りて背中を押してもらったのだという。

こういった話はなかなか表に出てこない。なぜなら、あえて「金融」の話を作家やアーティストなどから聞こうという発想もなかなか出てこないからだ。しかし現代を生きる私たちは、金融というシステムを抜きにして生活を成り立たせることは難しい。その事実を理解するには一見金融とは関係のないような人たちの話を聞くことが有効なのだということにこのインタビューは気付かせてくれる。その事実が自分にも当てはまることであり、どんな人にも当てはまることを示してくれるのだ。

インタビューの登場人物はこの他にもさまざまだ。前述のような写真家や小説家、アーティストに加え、漫画「インベスターZ」の主人公・財前孝史や、落語家の林家たい平さんなど、話を聞いてみたくなる方が数多く登場する。

 

金融と聞くと、なんとなく自分とは距離があり、学ぶにはハードルが高いと感じてしまう人もいるだろう。そういう人にとっては、聞いたことのある名前の方や漫画のキャラクターが話をしてくれるとなったら、ぐっとそのハードルが下がり金融を知る入り口に立ちやすくなる。

これらの工夫があるおかげで、金融にある程度知識を持つ方が来館しても金融と自分の新たな関連を見つけることができるだろうし、金融初心者が金融について知りたいと思ったら最初に足を運ぶ場所としても適している仕立てになっている。

サステナビリティ活動としての金融経済教育

三井住友銀行を含むSMBCグループでは、金融経済教育をサステナビリティ活動の一つとして位置付けている。現代社会では、多重債務問題や金融犯罪など、「お金」にまつわるさまざまな問題が存在する。三井住友銀行では、子どもから大人まで幅広い世代を対象にした金融経済教育に取り組むことで、誰もが「お金」に対する正しい知識を身に付け、安心して暮らせる社会の実現を目指している。「金融/知のランドスケープ」もその金融経済教育の場として存在する。

社会のために「金融」は何を創造してきたか、「金融」が約束する未来とはどのようなものなのか、そうした問いについて考えるきっかけを提供するのも「金融/知のランドスケープ」の役割だ。今後ますます重要性が高まる金融リテラシー。その入り口として「金融/知のランドスケープ」を訪ねるのもいいかもしれない。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

喜劇王チャップリンの名セリフに「人生に必要なのは、勇気と想像力、そしてsome money(少々のお金)だ」というものがある。まさにこのミュージアムを表した言葉といえるが、ポイントは「some」というワードだと思う。

「ほんの少しの」「ほどほどの」「そこそこの」「それなりの」……人によって、その解釈はちがうはずだ。

でも、こう考えてみたらどうだろう。人生に欠かせない勇気と想像力を持ちつづけるための「some money」。その額などは、問題ではない。ネギ1本を買うにも、事業を立ち上げるにも、宇宙へ行くにも、「some money」は欠かせない。
このミュージアムを体験することで、ふとそんなことを考えた。

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