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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.25

挑戦体験を繰り返し、日常へ ~ヤンマーミュージアム

2023/04/07

シリーズタイトル

「ものづくりへの熱い思い」「挑戦を促進するカルチャーがある」「創業者の精神が今も残る」など、企業ミュージアムを巡る話で見かけることの多いフレーズがある。今回訪問したミュージアムでは、創業者のチャレンジ精神を大げさなものとして奉るのではなく、日々の仕事の中で根付かせてまさにカルチャーにしているのだろう、そしてそれを本当に未来につなげようとしているのだろうと感じた。本稿では、大地、海、都市それぞれのフィールドでエンジン事業やエネルギーシステム事業などを展開するヤンマーの「ヤンマーミュージアム」を通して、企業の精神やカルチャーを、ミュージアムの体験を通じて伝えるにはどのような仕立てや工夫が必要なのか、そのヒントを見ていきたい。

森佑奈(電通PRコンサルティング)

ヤンマーミュージアム外観(写真提供:ヤンマーミュージアム)
ヤンマーミュージアム外観(写真提供:ヤンマーミュージアム)

農業の機械化で人々の仕事を楽に

ヤンマーミュージアムは、滋賀県長浜市の琵琶湖畔にある。JR北陸本線長浜駅より徒歩10分程度の、琵琶湖から北陸本線を挟んだ旧長浜工場の跡地の一部がミュージアムになっている。長浜は、江戸時代には大通寺の門前町や北国(ほっこく)街道の宿場としても栄え、現在でもその街並みを生かした、町屋や黒壁の残る観光地だ。また、新橋~横浜間に日本初の鉄道が開通してからたった10年後の1882(明治15)年に、東海道線の全線開通より先に長浜駅を起点とした鉄道が開通し、鉄道の要所して栄えた街でもある。

ヤンマーの創業者、山岡孫吉(以下敬称略)はそんな現在の長浜の土地で貧しい農家の子どもとして、1888(明治21)年に生を受けた。「陸蒸気(おかじょうき、蒸気機関車)」が長浜を走り始めてから6年後のことだ。

ヤンマーミュージアムを運営するヤンマーホールディングス株式会社は、以前はヤンマー株式会社、そしてその前はヤンマーディーゼル株式会社といった。名前から分かる通り、元々ディーゼルエンジンの開発・製造がヤンマーの屋台骨であり、孫吉がディーゼルエンジンの安全性・経済性・耐久性に優れた点に魅了され、小型ディーゼルエンジンを開発・製造したことにヤンマーの事業としての起点がある。

孫吉が子どもの頃は、日本ではエンジンを搭載して動くものは身の回りにほとんどなかった時代だ。孫吉はたまたま日本でも相当早い段階で蒸気機関車が走る土地で育った。大量の人や物資を一度にものすごいパワーとスピードで運ぶ機関車を見ては、そのエネルギーが人々の暮らしを違う次元へ連れて行ってくれる可能性を感じていたことは想像に難くない。

孫吉は農業の機械化により農家の人々の仕事を少しでも楽にしたいと考えていた。そのため、小型ディーゼルエンジンを開発する前は、石油エンジンを使った動力もみすり機、動力精米機、動力ポンプなどを次々に作り出していた。その後、新たな事業のヒントを求めて訪ねたドイツでディーゼルエンジンに出会い、帰国後、小型ディーゼルエンジンの開発に打ち込み、1933(昭和8)年12月23日、ついに世界で初めてディーゼルエンジンを小型実用化した「ヤンマー 横形 水冷ディーゼルエンジンHB形」の開発に成功する。

ドイツで見たディーゼルエンジンは、高さ3.2メートル、重さ5.8トンもあり、普及させるには大き過ぎる物だった。それを小型化すれば、より多くの人たちに、さまざまなシーンで使用してもらえる動力となると考えての開発だった。HB形で小型化に成功したといっても、高さは95センチメートル、重さは500キログラムあり、人が一人で簡単に動かせる物ではなかったが、HB形を改良したS形は、設置して使用する全自動もみすり機などに搭載し、人々の暮らしを少しずつ変えていった。

このように試行錯誤を重ねながら「燃料報国」の精神で絶えずチャレンジを続けていた孫吉の思いは、現在もヤンマーのブランドステートメント「A SUSTAINABLE FUTURE」に受け継がれている。

「ヤンマー 横形 水冷ディーゼルエンジンHB形」 (写真手前)。一般社団法人日本機械学会により「機械遺産」に、また、経済産業省より「近代化産業遺産」に認定されているほか、国立科学博物館の未来技術遺産 に登録された。(写真提供:ヤンマーミュージアム)
「ヤンマー 横形 水冷ディーゼルエンジンHB形」(写真手前)。一般社団法人日本機械学会により「機械遺産」に、また、経済産業省より「近代化産業遺産」に認定されているほか、国立科学博物館の未来技術遺産 に登録された。(写真提供:ヤンマーミュージアム)

ヤンマーミュージアムは、2012年のヤンマー創業100周年記念事業の一環として建設が開始され、2013年3月にオープンした。当初は農業やものづくりを学ぶ展示が中心だったが、2019年10月に体験しながら学ぶことができるチャレンジミュージアムとしてリニューアルオープンした。その背景には、2015年に「A SUSTAINABLE FUTURE―テクノロジーで、新しい豊かさへ。」という新たなブランドステートメントを打ち出したことがある。

リニューアルに際しては、この精神を反映させるべく「やってみよう!わくわく未来チャレンジ」をコンセプトとして、自ら動き出すこと、諦めずに工夫することを、未来の社会を担う子どもたちが見て触れて体験しながら学ぶことができるように設計された。本稿では、この「A SUSTAINABLE FUTURE」と、その元となった創業者の「燃料報国」の精神をどうやってミュージアムとして表現しているかを、「来館者のターゲット設定」「再来場を促す仕掛け」「日常との接続性」という切り口で見ていく。

ターゲットは「小学校5年生の子どもを持つ家族」

ヤンマーミュージアムのリニューアルに際しては、来館者のターゲットを「小学校5年生の子どもを持つ家族」と設定した。リニューアル前は、前述の通り製品の展示や創業者の功績、同社の歴史紹介などに重点が置かれていたため、大人の研修旅行需要が多く、来館者の中心は大人だった。それをリニューアルに際し、創業者・山岡孫吉の「困っている人を助けたい」「新しい未来を創りたい」というチャレンジ精神を伝承し、ヤンマーが考える未来を体感する方法として適しているのは何かを考え、「小学校5年生」という年齢設定と、「体験型」という在り方になった。

「チャレンジ精神を育む」といっても、一朝一夕にできることではない。チャレンジしてみたい気持ちがあり、そこに失敗を許してくれる土壌があり、再度チャンスが与えられる環境がある、ということが重要である。チャレンジすることがポジティブな未来に続く可能性があることを1日もしくは数時間の体験で信じるきっかけをつかめるのは、何歳くらいまでだろうか。館内のコンテンツを体験しながらそれを実感できる年齢として、小学校5年生は適当なのだろう。

ターゲットが「小学校5年生」ではなく「小学校5年生の子どもを持つ家族」と設定されているところもポイントだ。滋賀県内の小学生は校外学習として来場する機会もあるとのことだが、プライベートで訪れる場合は小学生だけで訪れることは多くないだろうから、そうなるとその家族まで含めて考えるのが自然だろう。実際、来場者の約半数が大人であり、小中学生が4分の1程度、未就学児が残り4分の1程度だという。

ヤンマーミュージアムでは、至る所にこの「家族」を意識してつくられた工夫を感じた。例えば洗面台の高さ。小さな子どもが誰に助けを求めなくても手が洗える高さに洗面台があることは、「やってみたい」という気持ちを大きく後押ししてくれる。また、オムツの交換台や授乳室も用意されており、乳幼児とも一緒に来てOKだということが示されている。年長の子どもを考えると来訪したいけれども、設備を考えるとちゅうちょしてしまうという親の心情にも配慮してくれている。細かい点だが、再来場にもつながりやすい。

ミュージアムのメインとなる「チャレンジエリア」には、創業者のチャレンジストーリーをプロジェクションマッピングシアターで見てから入る。未就学児がこのストーリーをきちんと理解するのは難しいが、それでも「チャレンジすることで未来がわくわくするものになる」ということは感覚として分かるようなものになっており、ここでも小学校5年生の子どもを持つ“家族”というターゲット設定を感じる。

「チャレンジエリア」は大きく「CITY」「SEA」「LAND」の3つに分かれ、小学生以上や3歳以上など対象年齢設定がなされた体験コンテンツもあれば、年齢設定のないコンテンツもある。3歳以上という対象年齢設定がされたものでも、操作の難度を上げることによって難しくもできるため、さまざまな年齢の子どもが同じ体験を自分に適した内容でできるのも魅力だ。

ちなみに、この「CITY」「SEA」「LAND」は、ヤンマーが事業展開するフィールドを示している。CITYエリアにある「サステナブルエナジークライミング」では、ビルに見立てた壁を垂直に登り、その登ったエネルギーでビル自体に光をともすことができる。チャレンジと、ヤンマーが事業展開するエネルギーを結び付けたコンテンツになっている点がユニークである。

「サステナブルエナジークライミング」(写真提供:ヤンマーミュージアム)
「サステナブルエナジークライミング」(写真提供:ヤンマーミュージアム)

何度も来たくなる仕掛けはあらゆるところに

続いて「再来場を促す仕掛け」について見ていきたい。ヤンマーミュージアムでは、チケット購入時に受付で「ヤンマーカード」というカードをもらう。カードに印字されたQRコードを機械に読み込ませることによってミュージアム内にあるコンテンツを体験でき、体験の結果によって「ヤンマーポイント」が付与されるシステムだ。

その日に体験したポイントは、チャレンジエリアから見える「マイアース」と呼ばれる大型スクリーンに映し出して見られるため、その日体験した他の人との比較もでき、もっとチャレンジしてみようかなという気持ちにさせられる。また、ヤンマーカードはチャレンジエリア内の登録機でニックネームの登録ができ、次回以降も繰り返し使える。

ポイントは蓄積され1年間は有効だ。このヤンマーポイントは、チャレンジエリアだけのポイントというわけではない。ポイントをためるとそれに応じたランクが付与され、ミュージアム内のショップ・レストランでランクに応じた割引が適用される。チャレンジを繰り返すことによってメリットが受けられるのだ。割引が適用されるのは、同行する親もうれしい。

ミュージアムは2階建てになっており、1階のチャレンジエリアから2階に上がると、展示エリアや「チャレンジルーム」といったスペースがある。屋外には「ヤンマーテラス」があり、そこには「屋根の上のビオトープ」が設置されている。取材した2月は冬のビオトープで静かな印象だったが、これもビオトープの一つの姿であり、季節を変えて見てみたいと思わせてくれた。また、その手前には「おにやんまの湯」という足湯が用意されている。これは館内で発電時に発生した熱を再利用して沸かした湯を利用している。こうした休めるスペースが用意されているのも「また来たい」と思わせてくれる一つだ。

「屋根の上のビオトープ」(写真提供:ヤンマーミュージアム)
「屋根の上のビオトープ」(写真提供:ヤンマーミュージアム)

休めるスペースといえば、館内には入館料を払わなくても利用できるレストランも1階のエントランスに併設されている。このレストランのメニューの設計や料金の設定も「再来場を促す仕掛け」の一つになっていると感じた。

ヤンマーのトラクターの形がプレートになった「トラクタープレート(税込900円)」は子どもでなくても気分が盛り上がる。ランチタイムに利用する人もいるが、チャレンジをたくさんして少し小腹が減って、おやつ代わりにおむすびだけ食べるという使い方もできる。細かいことをいえば、おむすびの具は定番の具材から地域性や季節性を盛り込んだメニューもあって、遠方から来た人や季節を変えて来場した人も飽きることなく楽しませてくれる。カードやポイントといったチャレンジを促す仕掛けとビオトープやレストランなどの存在で、季節を変えて再度来訪したくなるような工夫も随所に見て取れる。

チャレンジの内容は日常と地続き

最後に、「日常との接続性」について見ていく。チャレンジエリアにある「お弁当チャレンジ」は、タッチパネルの画面上でお弁当箱にお弁当の中身を詰めていくというコンテンツだ。最初に年齢と性別を設定すると、必要な総エネルギーが表示され、煮る、蒸す、揚げるなどのさまざまな方法で調理されたお弁当のおかずをお弁当箱に詰めていく。

最後に栄養バランスや彩りなどで採点されるのだが、これをきっかけに、料理にはさまざまな調理方法があり、それによって得られるエネルギーが異なること、彩りも意識するとお弁当作りがわくわくするものになることなどが疑似体験できる。これは日常生活にも盛り込める内容で、例えば夕食を食べるときに「今日のシューマイは蒸したんだよ。シューマイは揚げることもできて、揚げるとエネルギーが大きくなってざくざくした食感になるよ」など、食への興味関心を高めるきっかけとなる。

「お弁当チャレンジ」(筆者撮影)
「お弁当チャレンジ」(筆者撮影)

このコンテンツは一例だが、ミュージアムで体験した「チャレンジ」がその場だけのもので終わるのではなく、日常生活と結びつくことで、日々の暮らしでもできると理解できる。「チャレンジ精神を育む」には、先に述べた通り、チャレンジしてみたい気持ちがあり、そこに失敗を許してくれる土壌があり、再度チャンスが与えられる環境があることが重要だが、それを日常でもやれるきっかけをつくってくれるコンテンツが、ヤンマーミュージアムには幾つも見られた。

企業のファンづくりと変化のきっかけをミュージアムから

企業がミュージアムを設立する目的はさまざまだが、創業者の精神を伝えていくというのは多くのミュージアムに共通している一つの目的だ。そしてそれを企業のカルチャーを交えながらミュージアム内でコンテンツに昇華させ、来場者に体感してもらうのは非常に難しい作業になる。

館内を案内してくださった館長の田村純一さんは、「ヤンマーは優しい会社であると外部の方からよく言われます。やりたいことをやらせてくれるんです。それで失敗したことを責めるということは聞いたことがない。失敗は恐れずにやってみなさい。そういう人間に育つようにみんなで協力しようという文化なんです。今年の社長の年初のあいさつもそのような内容でしたし、そういう仕組みも作ろうとしています」と話す。

ご案内いただいた、ヤンマーミュージアムの川瀬いずみ氏(左)と館長の田村純一氏(右)(筆者撮影)
ご案内いただいた、ヤンマーミュージアムの川瀬いずみ氏(左)と館長の田村純一氏(右)(筆者撮影)

館内のコンテンツだけでなく、施設のハード面でもその言葉通りの印象を抱いた。きっとそれがヤンマーのカルチャーなのだろうし、それが体現されているのがこのヤンマーミュージアムなのだと感じた。そして実際、私はヤンマーのファンになった。

企業ミュージアムの設立、運営には多くの資金や時間、人が必要になる。せっかくパワーをかけるのであれば、その企業のファンをつくり、何か変化のきっかけになれば、そのミュージアムは愛される場所になるのだろうと思う。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

ターゲットを「小学校5年生の子どもを持つ家族」と設定したところが、このミュージアムのユニークなところだ。どう考えても、ターゲットとしては狭すぎる。でも、それは創業者のチャレンジ精神を次世代に伝えたいからなのだ、と説明されると合点がいく。

宣伝や広報となると、どうしても老若男女、広いターゲットを設定してしまう。誰からも愛されるブランドにしたい、という思いからだ。でもそれは、ともすれば「よろしくね。皆さま、よろしくお願いしますね」ということを伝えているだけ、になりがちだ。

ヤンマーミュージアムには、明確な目的と理想がある。一見するとターゲットを狭めているように見えて、その思いは万人に届く。「チャレンジ」と言われると、どうしても精神論に行きついてしまう。が、そうではないのよ、一つ一つのモノづくりに魂を注ぐことで、世の中を少しでもよくしていきたいのよ。そんな思いを伝える相手として「小学校5年生の子どもを持つ家族」というターゲット設定は、とても共感できる。

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