電通×クリエイティブ×テクノロジー。dentsu prototyping hubの挑戦!No.5
AIが技術をフラット化する時代、クリエイティブの「コア」はどこに?
2023/04/10
企画力、グラフィック力、コピーライティング力、プロデュース力……さまざまな武器を持つ電通のクリエイターが、先端のテクノロジーを身につければ、一体何が生まれるのか——?
「dentsu prototyping hub」は、電通のクリエーティブ・テクノロジストたちが主催するワークショップです。多様化するクライアントの課題に対応するため、毎回、先端のデジタルツールの第一人者を講師に招き、学ぶ場となっています。
前編では、「Unreal Engine School」で講師を勤めてくださった鹿野護氏に、3Dゲーム開発環境である「Unreal Engine」(※)の紹介と、電通のクリエイターによる作品への感想を語ってもらいました。
今回はさらに踏み込んで、これからのクリエイティブ×テクノロジー、そして広告表現の未来について、dentsu prototyping hubを運営する斧涼之介がお話を伺います!
※Unreal Engine(アンリアルエンジン)
https://www.unrealengine.com/ja/
Epic Gamesが提供する、3Dゲーム開発のためのプラットフォーム。基本的に誰でも無料で利用でき、世界中で多くのヒットゲームの開発に用いられているのみならず、ゲーム以外でもインタラクティブな3Dコンテンツの制作ツールとして注目を集めている。制作にあたっては、有料・無料のさまざまな「アセット」(オブジェクトやキャラクターモデルといった素材コンテンツ)を利用できる。
<目次>
▼膨大かつ高品質なアセットが技術のフラット化をもたらす
▼AI時代に問われる「クリエイティブのコア」とは?
▼Unreal Engineは広告をどう変えていくのか?
▼鹿野氏の創作論。「知りたい」と「遊び」
膨大かつ高品質なアセットが技術のフラット化をもたらす
斧:前編に続いて鹿野さんにUnreal Engine(以下、UE)について伺っていきます!UEでのクリエイティブのスピード感については、膨大かつ高品質のアセットを使えることが大きいと思いますが、一方で「全て自分でオリジナルの素材を作るべきだ」という考え方もあると思います。鹿野さんはその点をどう捉えていますか?
鹿野:私もずっと「見えている世界は自分が作ったもので満たされているべきだ」と考えていたんですが、最近では考えが変わってきています。案件やプロジェクト次第でもありますが、世界を構成する要素を全てゼロから自分で作り込むよりも、もっと物語やメッセージやリサーチに時間やコストを割く方が良いなと思うことが増えてきました。例えば実写作品の撮影をするときだって、屋外に出て「この場所が良いな」と撮影しますよね。そこにあるものを全て自分で作る必要はない。
斧:既成のアセットを組み合わせる考え方は、実はプログラミングの世界では当たり前のことなんですよね。ゼロからコーディングするということはあまりなくて、誰もがGitHubを使って「巨人の肩に乗る」という感覚がある。ただ、僕もビジュアル表現については、自分の中で「目の前にある景色はゼロから作るべき」みたいな考えがありました。
鹿野:昔はWordやPowerPointだって、誰もが使えるツールじゃなかったのが、今では普及して多くの人が日常的に使っている。それと同じで、UEのようなツールも、アセットの充実やAIの進化で、専門知識がなくても扱えるようになりつつあるんだと思います。いわば技術のフラット化ですね。
斧:アセットを使うことで、自分があんなに本格的な3D作品を作れたことに、電通の受講生もみんな衝撃を受けていました。そのためか「今後もUEを使い続けたい」という継続意向も高かったです。
鹿野:以前、「湖ノ狼(うみのおおかみ)」という、オオカミのゲームを作ったんですよ。そのときマーケットプレイスですごくクオリティの高いオオカミのアセットを見つけて、水の中を泳がせようとしたんですが、ゆっくりと水中に入るとフリーズしてしまったんです。いろいろデバッグしても解決せずで、そこでふと思ったのが「このアセットを作った人がいるんだから、問い合わせてみよう」と。
そしたらすぐアセットの作者から対処方法と、バグを見つけたお礼の連絡をいただきまして、アセット作者とゲームクリエイターがいわば一緒に作品を改善するという体験をしたんです。「あ、今はこういう時代なんだ」と感じましたね。私が作った最近のゲーム作品は、スタッフがほとんどいなくて、エンドロールのクレジットにはアセットリストがたくさん出てきます(笑)。
斧:GitHubで行われていたようなことが、UEでも起きているんですね。隣にいるスタッフとかじゃなくて、世界中のみんなと一緒に作っていく感覚というか。
鹿野:ゲームに限らず、個人開発者たちがゆるやかにつながることで、少し前ならとても個人では作れなかったような規模の作品も、作れるようになっていると思います。そういう意味でも、ビジュアル含めて全部自分でゼロから作らなきゃいけないんだという感覚は薄れてきましたね。
AI時代に問われる「クリエイティブのコア」とは?
斧:アセットを作るのが得意だったり好きだったりする人はアセットを作るし、それを利用してゲームを作りたい人はゲームを作る、そういう状況が整いつつあるんですね。
鹿野:ただ、この「アセットを使う」というのも、実は準備段階かもしれません。素材を用意する手段は、かなりの部分がAIによる生成に置き換わるはずです。「森林が欲しい」とプロンプトを打つと森林が生成されて、それに対して「もうちょっと北欧風に」「和風に」と指示をして、どんどん森林が出来上がっていく。とはいえ、そういう状況になっても、著作権の問題から使用が制限されたり、アセットやビジュアルの自作にこだわる人は必ずいるでしょうが、クリエイティブな開発におけるプロセスには大きな変化が訪れるはずです。
斧:なるほど、思った以上に時代の変化が速い……!アセットが充実したり、AIが進化したりして、従来の人間が手を動かしていた領域を代替できるようになるたびに、「クリエイティブのコアはどこにあるのか?」が問われる時代になっていく気がします。
鹿野:昔は森林のステージが欲しいなと思ったら、木を1本1本手作りしていた。それが今は木や森林のアセットを探してきて、組み合わせることで、誰でもできるようになった。そして今度はAIに言えば作ってくれる段階になります。私は東北芸術工科大学でデザインを教えていますが、デザインやクリエイティブの本質はどこなのか、何を教えるべきなのか、今後は真剣に掘り下げていかないといけないですね。
斧:「誰でもできるようになった」という価値がある一方で、結局はゼロから作る仕組みを分かっている人ほど、アセットやAIもうまく扱えるでしょうから、そこの価値は変わらないかもしれない。僕個人としては、そういったアセットが「どうやって作られているのか」というコアな部分だけは学んだ上で、先人が作ってくれたアセットを入手し、必要に応じてテクスチャーやパラメーターをチューニングして、自分の望む表現を実現していきたいです。
鹿野:人間のクリエイティビティをどこに見出すかということでいうと、「リアルな人間を作る」というのはCGの世界でも最高難易度なんです。でも今は、UEの最新版に「MetaHuman」というフレームワークがあって、技術のフラット化により、専門的な知識がなくても、ある程度のところまでは作れてしまう。
そうなってくると、CGデザイナーが作るよりも、もしかしたらプロのスタイリストが作った方が、良いものができるようになっていくと思うんですよ。難しいCGの技術をすっ飛ばして、髪型やメイクなどに注力できる。アセットやAIでテクノロジーのハードルを取り払うことで、そこに残った「より本質的なクリエイティブ」のコラボレーションがどんどん発生していくんじゃないでしょうか。
Unreal Engineは広告をどう変えていくのか?
斧:今回、電通内にUEを広めることをやっているんですが、UEを広告業界で使うとしたら、どんな活用法が考えられますか?
鹿野:分かりやすい可能性としては、テレビ番組やMVなどでも多用される、モーショングラフィックス(※1)の制作にUEを使うことは増えると思います。UEに「Project Avalanche」というモーショングラフィックス用の機能が実装される予定のようなんですが、実現すれば、既存のUEの持つ強力な3D機能やUI、プログラムなどと組み合わせることができるようになるので、かなり可能性が広がるだろうと注目しています。
あとはCMの現場でもバーチャルプロダクション(※2)を使うことが増えていると思いますが、すでにUEが現場で活躍している領域ですね。
※1 モーショングラフィックス=
文字やイラストなど、静的なグラフィックスに動きや音を付ける手法。動画全盛の現在、ミュージックビデオから広告まであらゆる領域で需要が高まっている。Adobe After Effects等の映像制作ツールを用いて制作される。
※2 バーチャルプロダクション=
大型のLEDディスプレイなどに背景となる3DCG映像を映し出し、手前に人物やオブジェクトを配置して同時に撮影・合成する手法。CMのみならず、ハリウッドの大作映画などでもよく用いられる。
斧:バーチャルプロダクションも、すぐに処理が反映されるリアルタイム性が重要ですよね。
鹿野:そう思います。また、プロダクトプレイスメントのような広告はすでに多く実施されていますが、その発展形として、例えば表現の中に「リアルタイムに変容可能で、なおかつすごくリアリティのあるオブジェクト」を置けると、広告にはとても有用じゃないかなと。
斧:今伺った話はすぐにでも実現しそうな印象ですが、もっと長期的な視点で、UEがもっと進化することで新しい広告表現が生まれたりする可能性はありますか?
鹿野:将来的に、ビジュアル表現はどんどん「フィルター」化していくと思っています。例えば僕が “棒人間”を動かす映像を作ったとして、それを受け取る人たちが持っているフィルターに応じて、その棒人間がいろんなキャラクターや表現に変わるということが、AIによって当たり前になる。最近でもさまざまなフィルター的映像が実験的に公開され始めています。実写映像がアニメやCG調に変換されているような。
「Runway Gen-2」という技術デモも衝撃的でした。テキストや画像を使って全く新しい動画を生成するんですが、元のソースにする絵はなんでもよくて、「認識する側」がそれを変えていける。こうした技術の先には、伝える側と受け取る側がコラボレーションするような広告が増えていくと思うんですよ。
AIが全部の表現を変えてしまうのではなくて、50%は広告主が、広告のコアになるメッセージを発信する。そして残り50%は受け手側のフィルターによってカスタマイズされる。受け手が100人いれば100通りの表現が見られるんだけど、メッセージとしては同じものが伝わっていく、そういう広告ができるんじゃないかな。
ただ、目的に合わせて表現を作り出すためには、AIに情報を適切に伝えるための橋渡し的存在が必要だと考えています。テキストプロンプトや元素材を渡すだけでなく、適切にイメージや3D情報を組み合わせた複合的な指示が必要です。そういったケースで、UEのようなリアルタイム3Dツールはより重要になっていくのではないかなと思います。
将来的には作り手が操作するゲームエンジンという姿ではなく、情報の受け手が手元で受信するためのツールになるのかもしれませんが。
鹿野氏の創作論。「知りたい」と「遊び」
斧:最後に、鹿野さんの創作論も伺えればと思います。ご自身の作品を作られる中で、意識されていることはありますか?
鹿野:自分の場合、何かを知りたい、調べたいという好奇心が最大のモチベーションであり、何を作る場合でも、「知りたい」という初期衝動を大事にしています。
そして、調べたものを知った結果としてアーカイブするものが、私にとっての作品なんです。つまり、作品を完成させるためにリサーチをするのではなく、リサーチしたものをまとめたいので、作品として仕上げるという姿勢です。
斧:ある種、雑誌的ですね。鹿野さんが調べてきたものをアーカイブする手段が、本とか論文ではなく、ゲームや映像作品であると。
鹿野:「知りたい」をいったん区切る、儀式的な行為として形にしているんですね。以前「Full Color Bossa」という映像作品を作ったんですが、このときは「色」について興味を持ってすごく調べたんですよ。日本には詩的で文学的な「色の名前」がたくさんあるな、というところから始まり、海外ではどんな色にどんな名前が付いているんだろう?と。色に対する感度も、風土ごとに異なっているんじゃないかなと。中国ではどうなのか、アフリカではどうなのか、調べているうちに面白くなってきて。
そのリサーチ結果を元に、色の名前と色コードをかけ合わせて、スクリーンセーバー風にランダムに表示されるものを作りました。
斧:知りたい、調べたいの結果として作品が出力されるんですね。面白いなぁ。
鹿野:これはクライアントワークでも同じです。クライアントの仕事に興味を持ってリサーチをすることで、クライアントのことをより知って、それを成果物として納品し、社会に還元する。私は、クリエイターは、クライアントの営みに対していかに興味を持てるかが重要だと思うんですよ。そのマインドセットは常に持っておきたいですね。
斧:それは僕らの仕事にとっても本当に大事な要素ですね……。「大歳ノ島」の場合はどんなリサーチから始まったのでしょうか?
鹿野:もともとはゲーム作品を作ろう、とは全く思っていませんでした。以前から興味のあった民俗学の知識が、少しずつつながっていく感触を感じていて、それをまとめていくうちに、一つの島として表現できたら面白そう、となっていったんです。
入り口としては「お正月って不思議だな」という好奇心から入っています。なんでもないただの1日の境目なのに、なぜ全然違う世界に突入した気分になっちゃうのか。大みそかのあの1秒の違いって何?みたいな。
これは個人的な感覚なんですが、年を取っていくことって、死に近づいていくわけですから、すごく恐怖でもあるんですよね。それを「新しい世界に突入したんだ」「めでたいことなんだ」と変換することで、一番恐ろしいものを一番の「ハレ」にしているんじゃないかと考えたんです。
そんな感じで、毎年繰り返されている営みと、「縁起が良い、縁起が悪いってどういうことなんだろう」とルーツをたどって調べていくうちに、いろんな「縁起」の由来を知りました。例えばサケ漁の歴史。生きていくためにサケの命を奪って食べる営みが、「先祖が魂として帰ってくる」「誰がそのサケを捕るかはもう決まっている」みたいな民話や伝承となって、豊かなハレに変えている。
死にどんどん向かっていく恐怖、サケの命をいただく罪悪感、そうしたものをいかに生活の中で穏やかなものにするかという工夫が風土と結びついて、日本の本当の姿が見えてくる。
斧:そのリサーチ結果を本とかで伝えるのではなく、鹿野さんを通して「遊び」に変換された形で世に出すのが面白いと思います。
鹿野:まさに、今自分の中で最大のテーマが「遊び」なんです。人間にとっての遊びって、文化より前にあったという話もあるぐらいで、人間の本質なんじゃないかと思っています。モチベーションを考える上でも、「プレイアブル」とか「遊び心」といった概念が、もしかすると今、この社会にとってすごく重要なんじゃないかなと。
斧:今日のお話を伺って思ったんですが、今、電通のクリエイティブ領域がすごく広がっています。もはや広告だけをやっている会社ではないけれど、われわれの根底にある「人の気持ちをポジティブに動かす」という部分はブレずにあって、そこの価値をいかに広告以外の領域に広げていくかということをやっています。
クライアントが持っている価値や、伝えたいことを、人の気持ちを動かす「体験」や「遊び」に変換していくためには、新しいツールもどんどん取り入れていきたい。大変勇気をいただけたと思っています。ありがとうございました!