Transcentdance/匂いを可視化する
2023/05/24
さまざまな業界から企業やクリエイターが集う世界最大級のテクノロジーと音楽・映画の祭典「SXSW 2023」(サウス・バイ・サウスウエスト 2023)が、3月、米テキサス州で開催されました。電通と電通クリエーティブXは、インタラクティブ部門「Creative Industries Expo」(クリエイティブ・インダストリーズ・エキスポ)に参加。「Unnamed Sensations」(まだ名もなき新しい感覚)をコンセプトに創造した最先端の体験を、3つのプロトタイプ作品として出展しました。最先端テクノロジーとクリエイティビティの融合が可能にした「触覚」「食感」「嗅覚」といった感覚の拡張について、3回にわたりリポートします。
第2回は、匂いデータをダンスに変換するARコンテンツ「Transcentdance」(トランセントダンス)。「匂いを可視化する」とは? プロジェクトチームを代表して、電通クリエーティブXの田中翔太氏に聞きました。
「匂い」がAR上で踊る
──Transcentdance(トランセントダンス)とは?
「Transcend」(超越する)+「Scent」(匂い)+「Dance」の造語です。一言で言うなら、ダンスとして可視化された匂いを楽しむコンテンツ。体験者が匂いを選ぶと、その成分をセンサーが読み取り、AIが識別した匂いに応じて、リアルタイムでキャラクター化された「匂い」がAR上で踊ります。瞬間的な情報ゆえに可視化することが難しいとされている匂いに時間と空間の情報を付加し、動きのあるダンスと結びつけました。
きっかけは、普段の広告作業で匂いを表現するような場合、毎回とても難易度が高いと感じていたことでした。できれば匂いをもっと直接的に見えるように、伝わるようにできないか。そこで、SXSWに向けた社内の企画公募を機に企画を始めました。エンタテインメント分野において嗅覚情報はまだまだ活用されておらず、そこに可能性を感じてもいました。
──どのようなチーム編成でSXSWに挑みましたか?
電通クリエーティブXが企画制作を、Dentsu Craft Tokyoが実装を担当しました。匂いセンサーはレボーン社のものを使い、同社の官能評価士にも協力していただきました。匂いをダンス化する際には、振付師・ダンサーである黒田なつ子さんに協力していただきました。
匂いをダンスにすることを発案してから、完成までに約1年半かかりました。そのうちのほとんどを、コンセプトの設計や企画、匂いセンサーのリサーチなどに充て、実際の実装にかかった期間は2カ月ほどでした。
匂いを言語化、ダンスで表現
──アイデアを形にするにあたり苦労した点は?
匂いは刹那的な情報であり、言語化することが極めて難しいとされています。ですので、同じ匂いに対しても人それぞれで感じ方が変わってきます。そのような中で、いかに匂いのビジュアル化に納得感を持たせるかが課題でした。
まずは、ダンス化する匂いを6つに絞り、官能評価士にそれぞれの匂いを50以上のキーワード(「甘い」「爽やかな」など)の強弱を5段階評価でつけてもらい、匂いを言語化しました。その言語情報をもとに、実際の匂いを嗅いで、コンテンポラリーダンサーにダンスで表現してもらいました。このようにアナログで個別的な感覚も取り入れ、絶対的な答えではなく、解答の一つとして匂いを表現することができ、納得感を出すことができました。
──現地での反響はいかがでしたか?
匂いに興味を持ってくれる外国の方が多い印象でした。日本で実装しているときは、果たして匂いのビジュアル化に「納得感」を覚えてもらえるだろうかと気をもんでいましたが、いざ現地で来場者の方々に実際にTranscentdanceを体験していただくと、むしろ彼らの方から積極的に理解しようとしてくれました。
また、多くの方からビジネスのアイデアなどもいただくことができました。Transcentdanceの技術について、「自分が関わっているビジネスに使えそうだ」といった提案を数多くいただきました。日本の技術展に出展したときは、こちらからの一方的なプレゼンに終始した感もあり、SXSWでの双方向的なやり取りが新鮮でした。
テックの創造性は映画や音楽と同列
──現状の課題と今後の展望について教えてください。
課題の一つ目は、まだまだ表現できる匂いの幅が狭いということです。現状、6タイプのダンスを作っていますが、今後タイプ数を増やしつつ、ミックスできるようにしていくことで、さまざまな匂いを表現できるようにしていきたいです。ダンスの種類を増やすだけでなく、ダンサーを複数人にするなど、ダンスをストックしていきたいとも考えています。また、そこにAIを介在させていくことで、自動でダンスを生成できるようにしていきたいです。
課題の二つ目は、エンタメ性がまだまだ弱いということです。ARで匂いを楽しむ体験としては、現状は体験者とのインタラクション(相互作用)がなく、弱い印象です。匂いのエンタメ化はまだまだ途上なので、そこに切り込んでいけるように、インタラクション(相互作用)を足していきたいです。匂いを楽しめるようになることで、さまざまな分野に展開できると思っています。
例えば、教育分野において、エデュテイメントとして児童の匂い学習をサポートできるのではないか。あるいは医療分野において、アロマセラピーで使用する芳香に映像を連動させることでその効果を高め、心身の健康やリラクゼーション、ストレスの解消に寄与できないだろうか。また、嗅覚と視覚の融合は、空間デザインやアートなど、人間の感覚と密接に結びついた分野に新たな可能性をもたらすきっかけになるかもしれません。もちろん、匂いを用いた企業のプロモーションなど、マーケティング領域での活用も見込まれるでしょう。
──今後SXSWに参加する人や見に行く人に一言お願いします。
商品化されているものから、プロトタイプの技術までさまざまな展示があり、参加でも観覧でも刺激を受けられると思います。音楽や映画と同列にテックが扱われているのが新鮮で、テックの創造性や発展性を外国の方は感じているんだなと思いました。前向きな人も多く、そんな空気感が最高なので、ぜひ歩き回ってみてください。
スタッフリスト:
岡本 拓自(電通クリエーティブX)Executive Producer
猪瀬 豊茂(電通クリエーティブX)Chief Producer
澤村 充章(電通クリエーティブX)Producer
佐々木 麻里(電通クリエーティブX)Production Manager
田中 翔太(電通クリエーティブX)Planner
飯塚 朋未(電通クリエーティブX)Art Director
西野 志野(電通クリエーティブX)Art Director
村田 洋敏(Dentsu Craft Tokyo)Technical Director
佐藤 慧(Dentsu Craft Tokyo)Technical Director
朝倉 淳(Dentsu Craft Tokyo)Engineer
田辺 雄樹(Dentsu Craft Tokyo)Frontend Engineer
河野 杏(電通クリエーティブX)Copy Writer
ジョナサン ヒントン Copy Writer
黒田なつ子 Choreographer
センサー協力:Revorn Co., Ltd.
ウェブサイト:
https://transcent.dance