障害、性、言語、世代……が混ざりあうと、イベントはこうなる。
2023/06/06
障害、性、言語、世代……が混ざりあうと、イベントはこうなる。
ダイバーシティ(多様性)推進の動きが加速しています。
2023年3月15日。今後5年間の「障害者基本計画」(詳細はこちら)が閣議決定されました。2024年4月からは民間企業に「合理的配慮」を義務づける「改正障害者差別解消法」(詳細はこちら)が施行されるため、意識改革が避けては通れません。
とくに今回の改正では、アクセシビリティ(=利用のしやすさ)向上が強調され、より多種多様な人々に対する企業の合理的配慮が求められています。
このような背景から電通と電通ライブでは、そういった社会的な変化に対応した“誰も取り残されないイベント”の実現を目指す「みんなのイベント・ガイドライン」を一般公開しています。
そんな中、2022年11月東京・有明の東京ガーデンシアターで、日本財団が主催するイベント「True Colors Festival THE CONCERT 2022」(以降、TCC)が行われました。
2019年から日本で開催されてきた「True Colors Festival 超ダイバーシティ芸術祭」(以降、TCF)の集大成であり、障害、性、言語、世代などの枠を超えたアーティストたちとつくる世界最大規模のライブ・エンターテインメントです。
誰もが参加しやすいフェスティバル環境を目指す日本財団のポリシーを体現したこのイベント。これまでにないさまざまなアクセシビリティ施策も話題になりました。これから新たな「当たり前」となる合理的配慮の、実体験版として捉えられた側面があるからかもしれません。
今回は、TCCの舞台裏を支えた制作プロデューサーである電通ライブの山田直人氏と、田中倫氏にお話を伺い、これからの多様性社会、多様性を受け入れるイベントを考えます。
<目次>
▼ケイティ・ペリーも参加!「True Colors Festival THE CONCERT 2022」
▼「誰も取り残されない」イベントの理想形……の裏側
▼みんなで経験を重ねて、新しいスタンダードを生み出していこう
ケイティ・ペリーも参加!「True Colors Festival THE CONCERT 2022」
世界的スーパースターのケイティ・ペリーさんや、きゃりーぱみゅぱみゅさんなど超有名アーティストも参加し、12カ国約100名の演者が共演したTCC。
今回はTCFの集大成として行われましたが、もともとは日本財団が海外における障害者支援活動の一環として行ってきた「国際障害者芸術祭」が原型となっています。日本財団は、50年以上にわたり国内外の障害者支援を行っている公益財団法人です。
「国際障害者芸術祭」は、障害のあるアーティストにステージ上で表現をする機会をつくり、障害者やその家族も含む多くの人に鑑賞してもらうことで、障害に対する意識の変化や自立に向けた後押しをすることを目的として始まりました。
現在は、「障害」に引き続き重点を置きつつも、障害・性・世代・言語・国籍など多様な個性と背景を持つ人たちが共につくる「超ダイバーシティ芸術祭」として、さまざまな性的指向・性自認・性表現のあり方、国籍、言語、世代などを横断して、その人らしい色合いを出しながら共に生きる社会の可能性を発信するために実施されています。
「誰も取り残されない」イベントの理想形……の裏側
ここからは、「誰も取り残されない」イベントの実現を目指す「みんなのイベント・ガイドライン」の制作に携わる、電通パブリック・アカウント・センター シニアコンサルタントの野村朗子氏が進行役となり、電通ライブのお2人から、TCCでの体験談を伺いました。
野村:今回お2人は、TCCで大変貴重な体験をされたと思います。とくに、アクセシビリティ施策に関しては「これだけ盛り込んだ事例はない」とイベント関係者や観客の間では言われていますよね。得られたノウハウ、知見は非常に多かったのではないでしょうか。
山田:基本的には、日本財団の「誰もが参加しやすいフェスティバル環境を目指す」というアクセシビリティポリシーを計画に落としこんでいった形です。正直私たちも知らないことだらけで、カバーすべきアクセシビリティはこんなにあるものかと驚きました。
野村:東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の前後で、イベントでのアクセシビリティ施策も変化しましたが、今回ほどさまざまな施策を盛り込んだイベントはなかったのではないかと思います。非常にチャレンジングな経験をされましたね。
今年3月に閣議決定された「障害者基本計画(第5次計画)」では、人種や国籍、言語、世代、障害、性などすべてのインクルージョンの実現が追加され、政府は動きだしています。11の重点分野に、文化・芸術活動・スポーツ等の振興や国際社会での協力、連携の推進が掲げられました。
今回のイベントは、まさにその目標を体現していると感じます。そんなTCCの経験から、印象深いお話や、苦労された点などを、
●企画面:座席計画や導線計画など
●ハード面:宿泊施設や移動手段など
●ソフト面:イベントの見せ方など
に分けて伺えればと思います。
●企画面:座席計画や導線計画など
野村:まずは、企画面について教えてください。
山田:今回反響が大きかったのは、車椅子の方の座席計画です。通常、車椅子を利用される方は同伴者と座席が分かれてしまうことが多いのですが、今回は「車椅子+同伴者」や「車椅子×2」など、好みに合わせて券種を選べるようにしました。車椅子の方も同伴の方と一緒に鑑賞できると、大変好評でしたね。
野村:まだまだ事例が少ない中で、何か参考にしたものは?
山田:今回は何かを参考にしたというよりも、われわれ自身が互いに知恵を出し合いながら、イチから手探りで座席計画を作っていきました。
山田:また今回は、全席着席での鑑賞をお願いしました。スタンディングだと、車椅子の人はステージが見えにくいですから。
野村:お客様も巻き込んでみんなのイベントにしていく、これも新しいですね。
●ハード面:宿泊施設や移動手段など
野村:では、ハード面はどうでした?
田中:最も大変だったのは、イベントのスケジュール計画ですね。アーティストのさまざまな条件を考慮しながら作成する必要があったので。
たとえば精神的な障害のある方の中には、練習時と少しでも状況が違うとパニックを起こしてしまう可能性がある方もいます。そうしたことは事前に考慮しないといけません。
山田:控室から会場への誘導も綿密な計画が必要でした。「この人はいつどのように誘導する」とか「この人は会場に近い部屋じゃないと」とか考えながら。こちらは経験がないですし、条件や要望は一人一人違いますからね。現場で向き合ってみないとわからないこともたくさんありました。
野村:アーティストの数って、100人ぐらいですよね!
田中:そうですね。同行者を含めると、さらに人数は増えていきますからね。毎日がジェットコースターのようでした。
他には、アーティストの宿泊についても、さまざまな条件に細やかに対応するため、いくつかのホテルに分かれて宿泊していただきました。例えば、アーティストの中にはアレルギーや宗教によって、特別な食事メニューが必要な方もいますから。そして特に問題だったのは、車椅子で入れるホテルの部屋がまだまだ足りないということですね。日本では、まだバリアフリーで段差なく入れる部屋が、1つのホテルに数部屋ぐらいしかない。
野村:たとえば日本のユニバーサルトイレの少なさは、私たちも実感しています。
●ソフト面:イベントの見せ方など
野村:では、ソフト面に関して伺います。
田中:今回、お客様からとくに好評を得ていたのは“手話パフォーマー”です。「エンターテインメントとしての手話」なんです。楽曲の歌詞の意味に加えて、リズムや音階まで、ダンスのような身振りと合わせて、手話で表現するんですよ。
田中:大変だったのは、ステージ左右の巨大スクリーンで流す手話の映像です。「この角度でここが見えないと、この情報が伝わらなくなる」といったことをパフォーマーの方にフィードバックしてもらいながら、何度も何度もリハーサルを繰り返しました。
山田:一瞬見切れるだけで、情報が途切れてしまうことになりますからね。普段の感覚でカメラのスイッチングをしてしまうと、演出的には格好いいかもしれないけど、充分楽しめなくなってしまうんです。
野村:これまでの演出の考え方が通用しないということですよね。新たに模索するポイントは多いですね。
今回は他にも、かつてないほど数多くのサポートを行っていましたが、鑑賞する側へのサポートはどんなものがありましたか。
田中:鑑賞サポートとしては、リアルタイム字幕や、音声ガイド、多言語タブレットなど、いろいろやりましたね。
野村:たとえば音声ガイドは、どういうガイダンスになるんですか?
田中:視覚障害者に対しては、歌などの音声以外の情報、「どういうセット」で、「どういう照明」で、「どういうダンスの動きか」といった視覚的な情報を音声で補足していくんです。
野村:どうやって制作したんですか?
田中:音声ガイドは、本番の約1、2週間前になるべく内容を固めて、台本をつくりました。それを、コンサート当日に、ナレーションの方がリアルタイムで実況中継するような形です。ただイベントではよくあることですが、直前に演出が変わることもあって「すみません!変更になります」とお願いしながら、調整していきました。
野村:「みんなのイベント・ガイドライン」はテキストをUni-Voice(ユニボイス)化(※)しているけど、このイベントはリアルタイムでステージの様子を音声ガイドしていたんですね!美術館や展覧会などの事前に録音されている音声ガイドとはずいぶん違います!実際やってみないとわからないことが多いですよね。参考になります。
※Uni-Voice(ユニボイス)
「Uni-Voiceコード」にスマホをかざすだけで、印刷物の内容を読み上げてくれるソリューション。特定非営利活動法人 日本視覚障がい情報普及支援協会(JAVIS)が開発した。Uni-Voiceの「一般向けの多言語対応スマホアプリ」はiOS/Android両方に対応しているが、「視覚障がい者専用スマホアプリ(ボイスオーバー/Siri対応)」は、iOS対応。Androidは未対応(2023年2月現在)。
https://www.uni-voice.co.jp/
みんなで経験を重ねて、新しいスタンダードを生み出していこう
野村:今回はダイバーシティをテーマにしたイベントでしたが、お二人が取り組まれたアクセシビリティ施策は、あらゆるイベントにとって重要になってきます。そこで、今後のイベント業界の課題を伺いたいと思います。やっぱり避けては通れないものとして、予算の問題があるかなと思いますが。
山田:そうですね。今回はそもそもが「誰もが参加しやすいフェスティバル環境を目指す」というコンセプトのイベントなので、アクセシビリティを確保するための予算はしっかり用意されていました。しかし、普段のイベントでは難しい部分もあると思います。
ですから、イベントの種類や大事にしたいポイント、これを伝えたい、こういう人に来てもらいたいという、そのイベントの性質に合わせて、ケアの内容を選んでいくことが重要なのではないでしょうか。
野村:たとえば、コンサートは「音の情報ガイダンス」にフォーカスするとか、街のイベントなら「アクセス」にフォーカスするとかですね。
山田:はい。そうやっていく中で、「これが当たり前」みたいな、“新しいスタンダード”が生まれてくるのだと思います。「コンサートに手話はつきものだよね」みたいな。
それと、障害のある方に対して、特定のケアを提供するかしないかに関しても、もっと検討していかないといけないと思いました。今回イベントの中では、「私にサポートは必要ないよ」というアーティストの方もいらっしゃったんですね。
野村:以前パラアスリートの方にお話を伺った際も、ケアの度合いが難しいとおっしゃっていました。ケアは必要だけど、過度になっても良くないと。たとえば「車椅子通ります!」と大きな声で叫ばれたりするのはいやだと。
田中:「誰かへのケアが、誰かへの障害になってしまう」というお話を聞いたこともあります。視覚障害者の方は杖で確認しながら歩くので、目印となる凸凹が必要。でも車椅子の方にとってその凸凹は、段差という障害になってしまうんです。
その際は、当事者同士で話し合いをした結果「何ミリであれば、お互いの障害にならない」という結論が出たようで、対話することの重要性を感じました。同じような事例は数多くあると思います。
野村:共生の難しさって、そういうところにあると思いますね。お互いの理解をどう深めていくか。解決するためには、やはり事例を重ねていくしかないと思います。
田中:そうだと思います。なかなか正解というものはわからないですけど、実際に当事者の方たちと会話しながら、より良い答えを見つけていきたいと思います。
山田:今回いろいろなアクセシビリティ施策を提案したわけですが、それぞれもっと深掘りして、改善できる部分がたくさんあると思いますしね。
野村:どんどん世の中の「当たり前」を変えていくことで、本当の共生社会が実現するのでしょうね。今、社会のニーズや当たり前が変化する世の中にどう対応していくか。一般の方や企業には、その課題が掲げられていますが、私たち電通グループはコミュニケーションの専門家として、率先して取り組んでいかないといけませんね。
私たちが制作している「みんなのイベント・ガイドライン」や、電通ライブのSDGsへの取り組みも、今回のイベントでの経験をもとに、どんどん更新していきたいですね。