事業グロース実践ウェビナー2022 by電通 People Driven MarketingNo.1
MMM導入の手引き。市場をモデル化すれば広告予算配分が最適化できる
2023/06/02
電通の「事業グロース実践ウェビナー」では、日々進化するビジネスの最新の知見を発信しています。本連載では、事業グロース実践ウェビナー2022 by 電通People Driven Marketingから、注目のセッションをピックアップ!登壇者に改めてお話を伺います。
今回のテーマは、今注目を浴びつつある「MMM」(マーケティング・ミックス・モデリング)。「統計技術」を用いて、さまざまなマーケティング施策の効果を可視化し、将来のメディア施策の予算配分を最適化するアプローチです。
今回は電通グループの知見を踏まえた、実践的MMM導入のアプローチの解説です。統計プロフェッショナルである田中悠祐氏、MMMにマーケティングのプロとして向き合っている福田博史氏、グローバルで豊富なMMM実績を持ち、現在はデータ活用のソリューションカンパニーである電通クロスブレインで代表取締役を務める川邊忠利氏という、電通グループのプロフェッショナル3人にお話を伺いました。
<目次>
▼統計の力で未来予測する「MMM」は、マーケティングをどう変える?
▼なぜMMMなのか?今の時代にMMM導入が必要な三つの理由
▼さっそく導入!の前に、MMMには“苦手なこと”もある。それをまず知ろう
▼“時系列分析”するMMM、どのような「型」が優れているのか?
▼「最適配分」は一つのはずなのに、上位40位までを導出する意図とは?
▼大事なのは、議論の「土台」となる確かな施策方針を出せること
統計の力で未来予測する「MMM」は、マーケティングをどう変える?
──MMM導入をこれから検討する企業のマーケティング担当者に向けて、基本的な概念を改めて整理していただけますでしょうか?
福田:正式にはマーケティング・ミックス・モデリング(Marketing Mix Modeling)、略して「MMM」と呼びます。さまざまな過去データを基に、高度な統計技術を使うことで、「未来の結果」を予測するアプローチのことです。私はマーケターなので、マーケターの視点であえて“超訳”すると、MMMは最適な予算配分を割り出す“計算機”です。
──過去データの統計に基づく未来予測の方法なんですね。ビジネスにおいては、どんな「過去データ」から、どんな「未来予測」を行うのでしょうか?
福田:MMM導入の目的は、広告費をはじめとしたマーケティング活動予算の最適配分です。まず準備すべきデータセットとして、過去の「マーケティング施策」や「マーケティング活動以外のさまざまな外部要因」といった時系列データを整理します。この時系列の過去データセットが非常に大事です。
そのデータから、各施策や外部要因が、売り上げやCV(コンバージョン)数といった「目的変数」に対してどう影響しているのかという「効果」を分解し、「貢献度」を可視化していきます。
例えば、同じ金額当たりのCVへの費用対効果(ROI評価)の比較が可能になるので、オンオフ統合でさまざまな施策を横比較できます。
こうしてこの費用対効果を統計的に導出することで、どのマーケティング施策にどの程度の予算をかければ目的変数が最大化できるかという「最適配分」を導出できるわけです。
例えば予算別に獲得できる来期の目的変数予測数(KGI)も予測し、次年度の活動計画など社内チームで議論していく。あくまでも推定なので、絶対にこうなるとはいえませんが、その際の客観的な物差しとして役立ちます。これがMMM導入ニーズを後押しするマーケティング環境の背景になっていると思っています。
──過去データは「マーケティング施策」と「さまざまな外部要因」とのことですが、どういった数字が使われるのでしょうか?
福田:まずマーケティング施策は、テレビCM広告、デジタル広告、OOH広告、新聞広告などなど、さまざまな広告に投下した金額データを用います。そして外部要因としては、例えば日経平均株価のような特定の市場環境を表す指数や、景気動向などの指数です。こちらは必要に応じてインプットします。こうしたマーケティング施策を「説明変数」といいます。
例えばコロナ禍の期間などは、新規のコロナ感染者数の推移などを外部要因データとして組み込んだMMM事例がありました。競合企業の広告出稿量(GRP投下量)などを外部要因に組み込んで分析するケースもあります。ここはまさにクライアントと議論して決めていく部分になると思います。
──「売り上げ」「CV数」といった目的変数の部分は、企業によって異なると思いますが、個別にカスタマイズできるのでしょうか。
福田:もちろんです。「来店客数」「売上金額」「ウェブでの会員申し込み数」など、クライアントの事業に合わせて設定します。この目的変数を設定する際に重要なのが、「時系列データとして継続的に取得され続けることができるデータ」であるかの確認です。例えば週別、月別で、ちゃんと継続的に取得できるデータなのか。目的変数が継続的に取得できなければ、説明変数の効果も測定できませんから、データセットの設計時にしっかり議論することが大事です。
川邊:MMMの基本的な形は、目的変数である「売り上げ」に対して、各マーケティング施策がどれぐらい貢献しているのかという「直接効果」の分析です。しかし、クライアントによっては、例えばマーケティング施策が「検索数」に影響を与えていて、この「検索数」が売り上げに大きなインパクトを与えているというケースもあります。
そのような場合は、「検索数」を中間変数として設定し、その中間変数に対するマーケティング施策の貢献を「間接効果」としてモデルの中に組み込んで評価を行います。
福田:まとめると、用意したデータセットをアルゴリズムで時系列に分析し、予算の最適配分を行うというのがMMMの一般的なステップになります。
なぜMMMなのか?今の時代にMMM導入が必要な三つの理由
──ちなみに、MMMといっても一つではなく、さまざまな型があるということでしょうか。
田中:そうです。この場合、型というのは計算の仕組みである「アルゴリズム」になりますが、本当に多くのアルゴリズムを用いたMMMがあります。共通するのは「過去データに基づいて未来予測をする」ということです。
一般的なアルゴリズムは「重回帰分析」や「構造型」といった手法を採用しています。電通では、特に時系列データの分析に適した「状態空間モデル」のアルゴリズムを採用した「Fast-MMM」というものを開発・提供しています。
川邊:また、必ずしもMMMですべてを完結させるわけではなく、MMMを絡めたいろんなマーケティングスキームがあります。例えばアメリカでは、MMMでテレビやデジタルなどのメディア間の予算配分を決定するなどの「トップダウン」のアプローチと、アトリビューション分析によるデジタル広告の細かなメニュー間の予算配分といった「ボトムアップ」のアプローチ、両者を組み合わせて活用されるケースが多いです。
──そもそも、MMMというキーワードが今注目されているマーケティング環境の背景には何があるのでしょうか?
川邊:三つありまして、一つは個人情報保護の機運が高まったことです。サードパーティークッキーに頼った従来のようなROI計算が難しくなってきたので、それに代わるものとして、統計的に施策の分析ができるMMMが注目を集めています。
二つ目は、施策の説明責任が強く求められるようになったことです。コロナ禍や原材料費高騰など、未来が不透明な中、大きな予算を投下するには、社内で説得力を持つような根拠となる数字が必要になります。
三つ目は、施策の「全体最適化」へのニーズです。今、企業と生活者との接点が増え、多チャネル化するビジネス環境の中で、各チャネルに別々のツールを使っていて、いわば個別最適化ばかりが進んでいます。そこで、マーケティング施策の「全体最適化」に課題を持っている企業が多いのではないでしょうか。
田中:特に二つ目のお話は大きいですね。マーケットの状況が大きく変わってきている中で、さまざまな「外部要因」をモデルの中に加味できる柔軟性も、統計をベースにしたアプローチであるMMMの強みです。
──グローバルの潮流としても、MMM導入は進んでいるのでしょうか。
川邊:はい。グローバルではMMMは標準的なソリューションになっています。MMMを共通の物差しにしつつ、社内のさまざまなセクションがマーケティング施策を一緒に考えていく。そういう土台の部分になりつつあるのかなと思います。
実はMMMという考え方自体はかなり古くからありまして、私もアメリカを中心に、多くのクライアントと共にMMMに取り組んできました。ただ、近年の大きな変化として、Googleが「Lightweight MMM」というオープンソースのパッケージを公開するなど、いわば「MMMの民主化」が起こっています。企業がMMMを実施するためのハードルが下がっているんですね。
田中:必ずしも企業に専門のサイエンティストがいなくても良い、そういう状況もあってMMMの導入が進んでいる面はあるでしょう。
さっそく導入!の前に、MMMには“苦手なこと”もある。それをまず知ろう
──今やいろんな企業で「MMMを導入しよう!」といわれていますが、MMMが一種の「万能薬」のように捉えられている印象もあります。実際にはどうなのでしょうか?
福田:MMMのメリット、デメリットはしっかり把握しておく必要があるでしょう。メリットとしては、「外的要因の影響度など、さまざまな変数を加味できる」という柔軟性。そして、客観的なデータを基に、社内のステークホルダーに説明したり、議論していく羅針盤にできること。
川邊:加えて、すでに存在する過去データを基にモデルを作るので、テストマーケティング設計をする必要がないんですね。つまり初期コストがかからないのも、大きなメリットです。
田中:例えば一般的なABテストだと、AのエリアかBのエリアのどちらかのみを出稿し、効果を検証するということを行いますが、これだと出稿していない方は機会損失になると思います。その点、MMMでは統計的な手法を使うので、この機会損失を減らすことができます。
ただ、トレードオフとして、ABテストと比べるとエビデンスレベルが下がる面はあります。MMMとABテストのどちらが良いのかというよりも、ビジネスとして何を重視するのか、ケースに応じて検討する必要があります。
川邊:また、未来予測のシミュレーション結果として、十分に「確からしい回答」を得られるという、再現性の高さもメリットですね。
福田:再現性が高い上に、過去データさえあればすぐにシミュレーションできる。例えば予算が仮に2億、2.5億、3億円の場合で、「最適配分」というのを、統計に基づいてクイックに算出できる。どのくらいの精度を求めるのかにもよりますが、このスピード感は、マーケティング方針を決めていく上で大きな武器になりますね。
──逆に、MMMが苦手なのは、どのようなところでしょうか?
田中:福田も触れていましたが、統計的なアプローチをする以上は、当然一定以上の「過去データ」の蓄積が前提となります。となると、新規施策や新規メニューをMMMに組み込んでほしいというクライアントからの要望があっても、すぐには反映できないんですね。どうしてもある程度の期間出稿されてからでないと、分析するためのデータが足りない。
それに、クライアントに合わせたモデリングをするのに、どうしても分析や検証のための時間が必要です。そういう理由から「来週までに予算を出したい」といった依頼にはしっかりとはご対応できない可能性が高いです。
そして、やはり最低限の「統計リテラシー」はあった方がいいです。導出された結果に対して、それが施策の影響で得られたものなのか、統計手法の前提条件によるものなのかを判断し、結果を解釈していかなければなりませんから。
川邊:そういう意味では、社外の統計のプロフェッショナル人材と一緒に環境の構築をしていくということも、必要になってくると思います。
“時系列分析”するMMM、どのような「型」が優れているのか?
──ここからは専門的ながら、田中さんが開発された「Fast-MMM」のアルゴリズムについて伺います。一般的なMMMは、「重回帰分析」のアルゴリズムをベースに、季節要因などの外部要素も考慮したモデルだそうですね。Fast-MMMは重回帰分析ではないのですか?
田中:Fast-MMMは、重回帰のみではなく、「状態空間モデル」をベースにした、いわばハイブリッド型のMMMです。このモデルは時系列分析がしっかりできるというのが特徴です。どういうことかというと、重回帰分析というものは、一つ一つの情報(行)が独立しているデータを使用するのが、分析をする前提条件になるんです。
福田:ここは私も当初はよく分かりませんでしたので、少しでも理解できるよう“超訳”させていただきます。例えば減量やダイエットの活動をイメージしてください。
「減量Kg」を目的変数にし、毎日の「摂取カロリー」「消費カロリー」「ジョギングした距離(Km)」などの説明変数で分析するとします。これらの変数が重回帰分析だと毎日リセットされてしまい、今日、明日、明後日という連続したダイエットの活動データとして分析されにくいのです。ただ実際には今日の成果は明日へと継続的につながりますよね。
こうした「継続は力なり」の状態を、重回帰分析だと表現しにくい。そう考えていただければと思います。
田中:そこで、時系列モデルを高度に表現できる「状態空間モデル」を入れた、ハイブリッドな統計手法を用いています。図の上の表、AさんBさんCさんDさんEさんというのは、お互い関係ないので重回帰分析を使って良いのですが、下の表はAさんの連続データなので、これを「独立でないデータ」といいますが、このときは単純に重回帰分析を使ってはいけません。
福田:MMMは計算機だと最初に説明しましたが、計算にはルールがあるということを考えていただくと分かりやすいと思います。ここでいうルールとは、「割り算は足し算より先に計算する」という算数のルールです。ルールを無視して足し算を先に計算しても“計算自体”はできてしまいますが結果は間違いになる、これと近いと思っています。
田中:時系列的な要素、例えばトレンド/季節要因の周期性と、施策要素の「分解」にも長(た)けているモデルです。これにより、マーケティング施策の効果を過大評価したり過小評価したりすることなく、正しく効果を測定できるんです。
「最適配分」は一つのはずなのに、上位40位までを導出する意図とは?
──田中さんが開発されたFast-MMMですが、過去データ(広告施策や外部トレンド要因)をデータセットとして用意し、目的変数である「CV数」が最大となる予算配分を出力することができるというものですね。ダッシュボードの画面を見ると、最適予算配分を一つ導出するのではなく、上位40位まで表示できるようになっています。この意図はなんでしょうか?
田中:これはあくまでも「統計的にはこの予算配分が最も費用対効果が高いはず」というものですが、実際のマーケティングではさまざまな事情でその通りには実践できなかったりします。デジタル広告なら1インプレッションを何円単位で買えますが、テレビCMを1円単位で買ったりはできません。また、「この施策は絶対にこの予算で実施したい」というクライアントの「意思」も重要です。
よって、複数の組み合わせパターンのシミュレーションの中で、メディアバイイング実務上の事情を考慮し、最適な組み合わせの選択肢を複数用意しているのです。
福田:人間がマーケティングをやっていく上では、クライアントごとにさまざまなメディア事情や、経営判断的な意思決定がありますからね。さまざまな事情を踏まえて、条件に合うベストな配分の議論ができるようにしています。
田中:そのような事情を踏まえた、いわば実務的な予算最適配分を導出するため、このFast-MMMでは「同一予算内での組み合わせ探索」といったことが可能です。このように「実務的な使い勝手」を重視しているのが、Fast-MMMの一つの大きな特徴です。
──なるほど、高度なだけでなく、実際のマーケティング実務担当者のニーズを踏まえて開発されてきたMMMなのですね。
田中:はい、Fast-MMMのコンセプトは「最新のアルゴリズムをベーシックスキルに」です。プロのサイエンティストでないさまざまなマーケターが、高度なアルゴリズムを活用して、あくまでも「実務で使えるか?」ということに重きを置いています。
大事なのは、議論の「土台」となる確かな施策方針を出せること
──MMMの真価は、単に計算機が「正解」を示してくれるというものではなく、再現性の高いシミュレーションを提示してもらい、そこにマーケティング上の「事情」や「意思」を加味して、社内で議論ができるというところにあるんですね。
福田:はい。あくまでも仮説を組み込み、検証し、皆で議論していくためのツールと考えています。決して、何でもできる万能なツールではありません。
期待値はどうしても上がってしまうのがMMMですが、この期待値コントロールは本当に大事だと思っています。
川邊:MMMをやっただけでは、施策の実行までダイレクトに行けるものではないんですね。MMMで予算のシミュレーションをしたら、それをどうやってチューニングしていくのか。そこにはプランナーやクリエイターも含めた、過去の知見やインサイトも重要になります。決してMMMは万能ではないので、「こういうデータがあるけど、実際の施策はどうしようか」という、関係者間で議論するための土台として考えていただくのがいいのかなと思います。
──最後に、MMMに興味を持った企業の方に向けてメッセージをいただけますか?実際にMMMを今から始めたい場合、例えば電通のFast-MMMを導入するといったことが考えられると思います。一方で「MMM単体」ではなく、全体設計が大事というお話もありましたが。
田中:私としては、MMMを一つのきっかけに自社の売り上げやCV数の推移と、広告の出稿データをためるということを行うだけでも価値はあると思います。これからデータに対しての制限は増えていくと思われるので、なるべくファーストパーティーデータを拡充していくべきだと思います。そのような意味からも自社の出稿データと売上などのKGIのデータを時系列で集めるということに対して、MMMが一つの契機になればと思います。
川邊:電通グループには多様な人材がいますが、例えば私の電通クロスブレインは、グローバルでも豊富な実績を持つデータ人材がそろっています。MMM単体でのご相談はもちろんのこと、クライアントの要望に応じて、MMMを含めたデータマーケティングの仕組みづくりをゼロから伴走可能です。
福田:今まさにMMM導入を検討している方も、すでにMMMを導入したけどうまく運用できていないという方も、ぜひ電通グループにご相談いただければと思います。