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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.28

関西電力が後世に伝える黒部川の産業遺産

2023/07/10

連載タイトル

企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について考察したい。

富山県の黒部川水系の発電施設群は、国際記念物遺跡会議(イコモス)によって「日本の20世紀遺産20選」に選ばれた産業遺産である。その重要度は、20選中、「上野恩賜公園と文化施設群」「国立代々木屋内総合競技場」「立山砂防施設群」に続いて4番目とされている。そうした歴史的、学術的価値を伝えるのが関西電力によって運営されている黒部川電気記念館である。本稿では、近畿経済の発展を電力でささえてきた関西電力が、人類の産業遺産として注目を集める発電施設の歴史と意義を後世に伝えるため、どのような取り組みを行っているのかを探っていく。

取材と文:粟飯原広基(電通PRコンサルティング)

関西電力が運営する黒部川電気記念館。北陸新幹線の黒部宇奈月(うなづき)温泉駅から、富山地方鉄道の新黒部駅で乗り換え20分ほどもすると北アルプスの山々に囲まれる。列車が黒部川に沿って少しずつ上って行くと終着駅の宇奈月温泉に到着する。1分ほど歩くと黒部峡谷鉄道(黒部峡谷トロッコ電車)の起点、宇奈月駅の正面に3階建ての山小屋風の建物が現れる。その1階部分にあるのが同記念館だ。

1階の全フロアが黒部川電気記念館(筆者撮影)
1階の全フロアが黒部川電気記念館(筆者撮影)

富山県黒部市にある黒部川電気記念館は、黒部川の電源開発の歴史や黒部峡谷の自然と水力発電所を紹介する1987年に開館した無料のPR施設である。1996年4月と2012年3月の2度にわたり全面改修が行われたほか、2022年12月から展示スペースの一部改修も進め、2023年3月31日にリニューアルオープンした。

設備を管轄するのは大阪市にある関西電力本店の広報室、日々の運営は富山県にある北陸支社が担当する。北陸支社では、イベントの企画、メディア対応、黒部峡谷鉄道や宇奈月温泉など、地域と連携したさまざまな対応を行う。1階展示室427、延べ床面積1519平方メートル、14点の展示物の運営は現地のスタッフ数名で対応している。

関西電力はこの記念館以外に、福井県で稼働している原子力発電所の近くに3カ所、京都府舞鶴市で稼働している火力発電所の近くに1カ所のPR施設を有している。

日本の電気事業者

2016年に電力小売市場が全面自由化されるまで、日本の電気事業者は、一般電気事業者、卸電気事業者、卸供給事業者、特定規模電気事業者、特定電気事業者にわけられていた。

一般電気事業者とは、一般の消費者を対象に発電から、送電、配電までを一貫して行っている事業者である。日本には大手10社があり、関西電力はそのうちの一社で本店のある大阪府と京都府、兵庫県(一部を除く)、奈良県、滋賀県、和歌山県、さらに三重県、岐阜県、福井県の一部に電力を供給してきた。

今回は、関西電力北陸支社コミュニケーション統括グループの松本義宏さんと吉崎豊さんのお二人に富山市内の事務所から記念館までお越しいただき、詳しいお話を伺った。

左から吉崎豊さん、松本義宏さん(筆者撮影)。二人は関西電力の北陸エリアにある水力発電設備に関する広報活動全般を担っている。
左から吉崎豊さん、松本義宏さん(筆者撮影)。二人は関西電力の北陸エリアにある水力発電設備に関する広報活動全般を担っている。

北陸支社では関西電力の北陸エリアにある水力発電設備に関する広報活動全般を担っている。黒部川を始め同じ富山県を流れる神通川(じんづうがわ)や庄川(しょうがわ)、福井県の九頭竜川(くずりゅうがわ)の4水系に38カ所の水力発電所を保有し、認可最大出力合計約192万キロワット(同社の一般水力発電の約6割)、年間約70億キロワットアワーを発電している。近年、再生可能エネルギーへの関心が高まる中、非常に短い時間で発電が可能な水力発電は純国産エネルギーとしても重要なポジションにある。

12の発電所を有する黒部川

「なぜ黒部川電気記念館は、あの“くろよん”(黒部ダム・黒部川第四発電所)で有名な黒部ダムの近くにないのか?」。筆者は当初、そんな単純な疑問を持った。恥ずかしながら黒部ダムそのものが発電所だと思っていたからだ。まず認識しておく必要があるのだが、黒部ダムだけでなく黒部川水系全体では古くから電源開発が進められ、発電設備が点在している。

この電源開発の起点となったところが宇奈月だ。関西電力は、黒部川に4つのダムと12の水力発電所を所有している。各発電所は無人で、大阪市にある総合水力制御所から遠隔制御され、発電した電気は主に関西方面に送られている。ちなみに最大規模の黒部川第四発電所は、黒部ダムの約10キロメートル下流にあり、発電所を含む全ての設備が地下にある。

館内に掲示されている黒部川水系の発電設備概要図(筆者撮影)
館内に掲示されている黒部川水系の発電設備概要図(筆者撮影)

今回のリニューアルは、前回の改修から約10年が経過したことによる老朽化対策であるとともに「ゼロカーボン」について来館者に楽しく学んでもらえるよう一部の展示スペースを改修したものである。関西電力では今年、くろよんが竣工から60周年を迎える節目の年にもあたり、来年2024年には工事用ルートである黒部ルートが一般開放・旅行商品化され「黒部宇奈月キャニオンルート」として開通するタイミングである。また、今年2023年に宇奈月温泉が開湯100年を迎えた。同館のリニューアルをきっかけに来館する多くの方々に、「黒部宇奈月キャニオンルート」や、水力発電の魅力などを提供することで、地域観光振興へ協力できるものと期待しているという。

ジオラマと映像で学ぶ水力発電の仕組み

黒部川電気記念館は、誰もが見て触れて体験しながら学べる「わくわく探求ゾーン」と、少々専門的でライブラリー的な役割の「ますます物知りゾーン」の二つのゾーンで展開する。外国人来館者のために英語、中国語、韓国語にも対応している。ターゲット層はあくまでも観光客が中心ではあるが、観光資源としてだけではなく、学術的な価値、日本の産業遺産の歴史を伝えていくという意義もあるため、アカデミア、関西電力グループ企業の社員、地元の小中学校など、さまざまなステークホルダーを意識して運営されている。

新たに設置された展示物は「わくわく探求ゾーン」の中の3種類。「ブリーフィングステーション」は館内の展示内容を大スクリーンで伝える。「ダムダムクイズシアター」では水力発電にまつわる情報をクイズ形式で学ぶことができる。「黒部峡谷ジオラマシアター」は、峡谷の四季折々の自然や電源開発の歴史、水力発電の仕組みをジオラマと迫力のある映像で紹介している。

写真左「ブリーフィングステーション」、中央奥「黒部峡谷ジオラマシアター」、右「ダムダムクイズシアター」(筆者撮影)
写真左「ブリーフィングステーション」、中央奥「黒部峡谷ジオラマシアター」、右「ダムダムクイズシアター」(筆者撮影)
クイズに全問正解すると黒部川にある5つのダムの模型(1/300)※が一斉に放水。(筆者撮影)※関西電力所有4つと国国土交通省所有1つ
クイズに全問正解すると黒部川にある5つのダムの模型(1/300)※が一斉に放水。(筆者撮影)※関西電力所有4つと国国土交通省所有1つ

以前から人気だった「トロッコ電車の旅」コーナーでは、シートに座るとマルチ映像がつくり出す迫力のパノラマ映像が目の前に広がり、天候や季節に関係なく乗車気分が味わえる。また黒部川の電源開発の歩みを貴重な映像や写真とともに紹介するコーナーでは、世紀の大工事として語り継がれている「くろよん」(黒部ダム・黒部川第四発電所)の建設工事の様子を当時の映像を基にリアルに解説してくれる。

特に最大の難工事だったといわれる大町トンネル(現関電トンネル)工事の展示では、ボタンを押すことで映像が再生されるため当時の人の手による掘削作業の様子を知ることができる。

最大の難工事だった大町トンネル工事の説明展示
最大の難工事だった大町トンネル工事の説明展示

これまでの来館者は、宇奈月温泉や黒部峡谷を観光する中で施設を見つけてやってきた人が多かったという。トロッコ電車の利用者は年間60万~70万人いる。来年からは「黒部宇奈月キャニオンルート」の開通でさらに多くの観光客が訪れるであろう。

地域社会との共存を大切にしている黒部川電気記念館では、黒部峡谷の玄関口という好立地を生かし、幅広い世代の方に来てもらいたいと願っているという。リニューアルオープンに際し、久米一郎関西電力北陸支社長(当時)は「より多くの人に来ていただき、エネルギーに対する理解を深めてもらうとともに、地域の観光振興の一助になればいい」と語っている。トロッコ電車を利用する観光客の目に留まるように、最近、館の正面に“のぼり”を設置した。

グッズ販売コーナーも設置

インフォメーション横には、トロッコ電車や黒部峡谷のグッズの販売コーナーが設置されている。一番人気は黒部峡谷トロッコ電車のチョロQ。このほかオリジナルタオルや文具等を購入することができる。

黒部峡谷鉄道のグッズ販売コーナー(筆者撮影)
黒部峡谷鉄道のグッズ販売コーナー(筆者撮影)

黒部峡谷の自然環境、電源開発の歴史、黒部ダム等の主だった施設について簡単に記しておく。

黒部川電源開発の歴史

黒部川流域の水力電源開発は大正時代から始まった。「日本の屋根」といわれる3000メートル級の高い山々に挟まれた黒部峡谷は人々を寄せ付けない地形だが、国内有数の多雨多雪地帯で急峻(きゅうしゅん)な河川があるため、水力発電に極めて有利な条件を備えていた。

1917(大正6)年、タカジアスターゼの発見者として知られる高峰譲吉博士が黒部の水力発電の可能性にいち早く注目し調査を始める。1923(大正12)年には宇奈月―猫又間の軌道の開削に着手、また日電歩道も開削され調査が進められた。

黒部峡谷最初の発電所、柳河原発電所は着工から3年後の1927(昭和2)年に運転を開始した。トロッコ電車は工事用の資材を運搬するために利用されていた。1937(昭和12)年には欅平(けやきだいら)まで開通。「安全を保証しません」と書かれた当時のキップは、断崖絶壁を走る電車の危険さを物語っている。
1936(昭和11)年には宇奈月の下流にある愛本発電所が運転開始、黒部川第二、第三発電所と黒部川をさかのぼって発電所が建設されていった。

“世紀の大工事”といわれた「くろよん」の建設工事は1956(昭和31)年7月に着工した。当時は戦後経済復興の本格化に伴い電力を急激に必要とした時代で、関西地方は深刻な電力不足にあった。まだ火力発電より水力発電が主流の時代。電力業界の再編成で発足したばかりの関西電力は社運を懸けてこの難工事に挑んだ。厳しい自然条件の中、当時の最新の技術を駆使して工事は進められ、1963(昭和38)年6月、7年の歳月と513億円(当時)の工費、延べ1千万人もの人手をかけて完成した。これにより、関西地域の電力事情は大幅に改善したという。より具体的なファクトは、以下のようなものだ。

黒部ダム:高さ日本一の186メートルを誇り、堤頂長が492メートル、総貯水容量は約2億立方メートルで6月末から10月中旬まで行われる放水によって虹がかかり美しさに色を添える。

黒部川第四発電所:黒部ダムの下流、約10キロメートルにある。国立公園の景観保持と冬季の雪害を避けるため、発電所・開閉所が全部地下に設置された。ダム水路式で落差が545.5メートルあり、最大33万7千キロワットの出力を誇る。

大町トンネル(現関電トンネル):関西電力が管理している。長野県大町市と富山県立山町を結ぶ全長5.4キロメートルの道路トンネル。工事の途中、破砕帯に遭遇し掘削が進まなくなり「くろよん」建設工事の中で特に困難を極めた。

黒部峡谷トロッコ電車

黒部川電気記念館のある宇奈月駅から欅平駅まで黒部川に沿って約20キロメートル、標高差375メートルの日本一深いV字峡谷を片道約80分かけてのんびりと走るトロッコ電車。日本電力が大正時代から昭和初期にかけてつくり、昭和26年には関西電力に引き継がれ、現在は関西電力のグループ企業となった黒部峡谷鉄道が運営している。

トロッコ電車が走る黒部峡谷(筆者撮影)
トロッコ電車が走る黒部峡谷(筆者撮影)

地元自治体との連携

日本一深いV字峡谷・黒部峡谷の欅平から上流の黒部ダムまでの約18キロメートルにわたる新ルート「黒部宇奈月キャニオンルート」が来年2024年に開通する。黒部川の電源開発に伴い、日本電力や関西電力が工事用輸送ルートとして整備する必要があった。

関西電力は、2018年に富山県と締結した「黒部ルートの一般開放・旅行商品化に関する協定」により、安全対策工事を実施している。“秘境”と呼ばれる黒部奥山の雄大な自然と、人類の英知を結集した電源開発の歴史を体験できる希少性の高いスポットだ。昭和初期から活躍してきた非日常的な乗り物を乗り継げば、驚きに満ちた旅の体験が待っている。これにより、「黒部峡谷」と世界的な山岳景観を誇り観光人気が高い「立山黒部アルペンルート」を結ぶ新たな観光ルートが形成されることになる。

最後に……

関西電力グループは、持続可能な社会の実現に向け、ゼロカーボンエネルギーのリーディングカンパニーとして、「みんなでアクション すすめ、ゼロカーボン!」をスローガンに事業活動に伴うCO₂排出量を2050年までに全体としてゼロとする目標を立てている。その中でも化石燃料を必要とせずCO₂を排出しない水力発電の役割は極めて重要だ。

現代人にとって電気のない生活は考えられない。日本でトップクラスの発電量を誇る黒部川水系の発電設備は半世紀以上前につくられたにもかかわらず今も現役で活躍している。発電効率を上げるための新しい技術を導入しながらも、過酷な自然環境の中で休みなく、多くの人たちによって点検・整備作業が行われていることも忘れてはならない。黒部川電気記念館は、黒部峡谷を訪れる多くの人たちに人間の英知を結集した電源開発の歴史と現状について語り続けていくことだろう。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

水力、エネルギー、暮らしと言われて真っ先に思い浮かぶのが、農村の「水車」だ。日本の国土の67%は森林。その森林の間を縫うように、多数の河川が流れている。人が手を加えなければ、国の宝とも言うべきその水は、海へと流れ出てしまう。時には、氾濫も起こす。

蛇口をひねれば、水が出る。トイレはもちろん、水洗だ。現代では当たり前のことを実現するために、先人たちがどれだけの努力をしてきたのだろう?と思うと、頭が下がる。

水力発電は、その最たるもののひとつと言えよう。「水車」を回して粉をひく、といったのどかなイメージのものではない。電力を得るためには、とてつもない規模の工事と設備と管理が必要だ。水そのものも国の宝だが、同じく国の宝である森林などの生態系も守っていかなければならない。

水のイメージ写真

これほどまでの文明を築いてきた人類だが、水、風、森、雲、太陽など、あらゆる自然をいまだにコントロールできてはいない。だからこその、終わりなき挑戦だ。サステナブルな未来へ向かって、先人たちの努力を胸に。

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