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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.29

「JALスカイミュージアム」旅以外での最大のコンタクト・ポイント

2023/07/14

シリーズタイトル

企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について考察したい。

「JALスカイミュージアム」は、見学希望日の1カ月前の予約開始から1~2分で満員になるという、予約が難しい企業ミュージアムである。本稿では、JALと社会の関係性を更新する“コンタクト・ポイント”ともいえる同社のミュージアムを紹介し、世代や国籍を超えたエンターテインメントの側面のみならず、社会貢献活動としてどのように社会にインパクトを生み出しているのかを深掘りしていく。

取材と文:石井裕太(電通PRコンサルティング)

予約困難な人気ミュージアム

JALスカイミュージアムは2013年7月22日、羽田空港 新整備場地区に設立された。同館は日本航空(以下、JAL)の創業間もない1950年代半ばから、社会貢献活動の一環として実施されていた「JAL機体整備工場見学」を進化させたものである。航空業界の仕事や「日本の空の歴史」に触れ、格納庫で航空機を間近で見られる体験型ミュージアムとして好評を博している。設立からの累計来館者数は60万人以上、年間最多来館者数約14万人(2018年)という数字からも、その人気ぶりがうかがえる。

さらに、2021年1月から施設の改修を行い、情報量を数倍に増やす「デジタル化」をコンセプトに、何度足を運んでも楽しめる施設へとリニューアルした。構想1年、工事に約半年、コロナ禍での受け入れ中断を経て2022年5月に再オープンし、世界のエアラインミュージアムとしてトップクラスの規模、屈指の充実度を誇る施設となった。入館料は無料。見学希望日の1カ月前の同日午前9時30分に予約受け付けが始まり、開始1~2分で満員となるという「予約の取れないミュージアム」だ。

一般的な見学コースは、ミュージアム内(60分)と格納庫内(50分)の見学がセットになっている。見学は1日3回実施され、1回につき40人が参加できる(2023年5月現在)。今回は、日本航空のESG推進部 社会貢献グループ グループ長 吉田俊也氏にご案内いただきながら、同館の役割や見どころを伺った。戦後初の国内民間航空会社として「日本の空の歴史」を伝える社会的使命を帯び、航空機ファンや就職を目指す学生、子どもたちに航空業界の魅力を伝えたいというJALの思いが詰まったミュージアムを、紹介したい。

 今回案内していただいたESG推進部 社会貢献グループ グループ長 吉田俊也氏(筆者撮影)
今回案内していただいたESG推進部 社会貢献グループ グループ長 吉田俊也氏(筆者撮影)

ターゲットは世界中の全ての人。多目的に活用できる空間へ

平日は50~70代のシニア層、休日は親子連れが多く来館するJALスカイミュージアム。リニューアル前は10代・20代カップルの来館が少なかったが、展示のデジタル化を進め、大人も楽しめる空間へと変化させたことで世代の偏りは少なくなっているそうだ。羽田空港に隣接しているというアクセスの良さもあり、日本への旅行の前後に立ち寄る海外からの観光客が来館者全体の約1割を占めている(2023年4月)。

「世界中でも、これほど多くのお客さまをお迎えしている航空ミュージアムはないのではと思っています。引き続き受け入れ態勢を整え、ソーシャルメディアなどでの発信も強化して、世界中からお客さまをお迎えしたいです。また、リニューアルを機に空間の多目的活用が可能となり、社員研修や採用説明会といった社内での利用はもちろん、他業種とのコラボイベントや講演会、記者会見などにも対応しています。広報部からの依頼で、テレビ番組の撮影で使われることも増えましたし、今後はスポーツのパブリックビューイング、コンサートなども開催していけたらなと思っています」(吉田氏)

さらに、施設をリニューアルするにあたり、障がいのある方々と共に展示方法の問題点について話し合い、改修に反映させた結果、障がいの有無に関係なく、より多くの人が五感で楽しめるインクルーシブな空間となった。

空の旅を支える「人」への敬意、JALフィロソフィが息づく展示

エントランスからミュージアムスペースへと続くエレベーターの扉が開くと、滑走路を思わせる「スカイランウェイ」が眼前に現れる。

スカイランウェイ(写真提供: ©aircord inc.)スカイランウェイ(写真提供:©aircord inc.)

こちらには、JALで働くスタッフの仕事内容が分かる「お仕事紹介」ブースがあり、航空機のコックピットや、客室の雰囲気を楽しめる模型なども展示されている。多言語化も進み、ネット予約は日本語と英語に対応、展示の説明は日本語と英語を併記し、QRコードを読み取ることで中国語(簡体字)や韓国語にも対応できる。

大型デジタルサイネージが並ぶランウェイでは、現役社員が出演する「お仕事紹介ムービー」が見られる。ほぼ等身大の社員が自らの言葉で仕事について語るムービーは、「現場の方に話を聞きたい」という来館者の要望をヒントに制作したものである。この「お仕事紹介」ブースは、入り口に近い方から整備士、グランドスタッフ、グランドハンドリング、客室乗務員、運航乗務員の順に並んでいる。

「安心な空の旅をご提供するには、まず“整備士”から始まるバトンを“運航乗務員”まで確実につなぐ必要があること、社員一人一人が、JALフィロソフィの項目の一つ『最高のバトンタッチ』を意識し、より良いサービスを提供しようと努めていることが言外に伝わったら、という思いで、展示内容を決めました」(吉田氏)。JALは2010年に経営破たんを経験しているが、その後の復活の支えとなった「JALフィロソフィ」が展示そのものに息づいているのだ。

変化を続ける五感刺激型の展示で、満たされる好奇心

「スカイランウェイ」は、航空機の大きなタイヤや荷物を収容するコンテナなど、五感で楽しめる実物展示も充実している。航空無線の再現音声が流れ、運航乗務員の緊迫感が味わえるコックピット(モックアップ)に入ったり、機内に実際に設置されていた座席「JAL SKY SUITE」や「JAL SKY PREMIUM」に座ってみたりと、大人も思わず興奮する非日常が味わえる。

コックピット(筆者撮影)
コックピット(筆者撮影)

五感という観点で特筆すべきは、「機内食体験コース」だ。「見学に加え、航空機を見ながら機内食を食べたい」という来館者のニーズを受け、グループ会社の協力を得て実現。滑走路を望むラウンジで機内食を食べてから堪能する見学コースは、まさに五感で味わう旅だ。来館者の意見を基に見学プログラムを柔軟に変化させることをいとわないのも同館の特徴だ。

さらに、展示の案内役はJALを退職した元社員の方々。多彩な職種の経験者が、勤務当時のリアルな話を交えながら案内することで、展示がより立体的に感じられる。退職した方々が力を十分に発揮できる場が創出されるという、企業ミュージアムならではの効果を実感した。

「日本の空の歴史」の語り部としての使命。アーカイブズゾーン

「スカイランウェイ」に続くのは、「航空史ではなく、航空文化史を伝える」をコンセプトに、JALと日本の空の歴史に触れられるアーカイブズゾーンだ。年代別のデジタル年表や、客室乗務員の歴代制服展示、現物史料展示、モデルプレーン展示を楽しめる。中でも注目は、デジタル年表と現物史料展示だ。

「『日本の空の歴史』を語れるのはJALだけだという自負の下、アーカイブの構築には相当な手間と時間をかけました。特に、航空機に乗ること、見ること自体が非日常であった1950年代から60年代の航空機や空の旅を追体験できる場所はここだけです。実は全展示の中で、『デジタル年表』での滞在時間が最も長いんです。お客さまご自身の関心を深掘りしやすいと好評で、苦労した分、高い評価を頂いたときは喜びもひとしおでした」(吉田氏)

デジタル年表や数々のアーカイブ(写真提供:日本航空)
デジタル年表や数々のアーカイブ(写真提供:日本航空)

展示物の中には、世界的映画監督 黒澤明氏の機体デザイン原画なども含まれている。その他にも、JALの未来に向けた取り組みを紹介するフューチャーゾーン、皇室フライトや特別フライトの展示があり、見学時間60分では足りないほど充実した内容だ。ミュージアム内はあえて順路を設けず、見学者の興味に合わせて自由に見学ができる。

フューチャーゾーン(筆者撮影)
フューチャーゾーン(筆者撮影)

現役の航空機、リアルな仕事風景。圧倒的な迫力を持つ格納庫見学コースのハイライトは、やはり格納庫だ。格納庫の扉が開いた瞬間、来館者は思わず息をのみ、そして感嘆の声を上げる。

JAL格納庫(写真提供:日本航空)
JAL格納庫(写真提供:日本航空)

24時間・365日、航空機のメンテナンスやチェックが行われている格納庫。広大な空間で航空機の整備に励む整備士の姿と、現役の航空機が並ぶダイナミックな光景にただただ圧倒される。離陸していく航空機も間近で見られ、目を奪われる。加えて、ガイドの丁寧な説明があるため、見学後には航空機がより身近に感じられる。格納庫には空調設備がなく、夏場・冬場は過酷な環境なため、24時間体制で乗客の安全を守る整備士の方々への感謝の念が湧いてくる。

「整備士のように、普段接する機会がないスタッフも、安全な空の旅を支えていることを実感してくださる来館者さまは数多くいらっしゃいます。一方、整備士も、来館者のまなざしのおかげで仕事へ向かう意識・仕事への誇りが自然と高まっており、よい相互作用が生まれていると感じます」(吉田氏)

旅以外では最大。オーディエンスとJALとのコンタクトポイント

JALスカイミュージアムは、航空機での旅を除くと、JALとの最大のコンタクトポイントであり、社内外のあらゆるステークホルダーを含むパブリック(社会)とのより良い関係が自発的に創発される最強のPR装置と言えるのではないだろうか。研修で来館する社員、採用説明会に参加する学生、世界中の航空ファンやインフルエンサー、ドラマの聖地巡礼をする若者、共同記者会見を行うパートナー企業、行政や自治体の見学者、地元の小中高生や全国の修学旅行生……幅広いオーディエンスの「JALへの親しみ」を高め、さまざまな「関係・つながり」をつくるために、同ミュージアムは大きな役割を果たしていると言えそうだ。

パーパスを体現した「みんなの心はずむミュージアム」

JALスカイミュージアムは生き物だ。ミュージアムの見学ルートは自由、コンテンツのデジタル化により資料のアップデートが定期的に行われ、ガイドの解説内容にもそれぞれ個性があり、何度来ても楽しめる。今回の見学中にも、吉田氏からは「フューチャーゾーンでは静止画だけでなく映像も楽しめる場にしていきたい」と、ミュージアムをさらに進化させるアイデアが語られた。また次回訪れる機会が得られたなら、新たな発見があることだろう。

見学中に何度も子どものような歓声を上げた筆者は、JALが掲げるパーパスを思い出した。「多くの人々やさまざまな物が自由に行き交う、心はずむ社会・未来を実現し、世界で一番選ばれ、愛されるエアライングループを目指します」。JALスカイミュージアムは、世界で一番選ばれ、愛されるために進化を続けるJALのパーパスを体現した「自由で、心はずむ場所」なのだ。

格納庫見学風景(写真提供:日本航空)
格納庫見学風景(写真提供:日本航空)

【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

「空を飛ぶ」ということには、誰もが憧れる。人の体には、そうした能力がないからだ。鳥のように空を飛べたら、どんなに気持ちがいいだろう……と、子どもの頃から妄想していたはずだ。なので、フィクションのヒーローやヒロインは、たいてい空を飛ぶ。マントや道具、魔法や超能力を駆使して。

JALは、日本のために空を飛ぶ、という。もちろん、お客さま第一、ではあるが、この国の社会、経済、生活、未来をその「翼」で担っている。担いつづけている。

鶴丸、つまり「日の丸」を背負って飛ぶということの責任は、重大だ。だからこそ、その先には、みんなの希望が必ず待っていると思う。

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