loading...

GLOBAL INSIGHT 世界を読み解くNo.1

アジア太平洋地域を読み解く dentsu APAC ロブ・ギルビーCEO インタビュー

2023/08/15

世界145以上の国で事業を展開する電通グループ(dentsu)。今年発足した新経営体制「グループ・マネジメント・チーム」の下、Japan、 Americas、APAC、EMEAの4事業地域を柱としています。連載では、海外の各事業地域で指揮を執るトップマネジメントにインタビュー。各事業地域のリーダーたちが、新たなビジネスチャンスを通じてどのように事業を発展させながら、課題を解決し、真正面から立ち向かっているのか。各事業地域のトレンドとともにお届けします。

第1回は、シンガポールを拠点とするdentsu APACのロブ・ギルビーCEOにAPAC(アジア太平洋)地域のトレンドについて聞きました。

※インタビューは2023年4月21日にオンラインで行いました。

 

ロブ・ギルビー(Rob Gilby)
ロブ・ギルビー(Rob Gilby) dentsu APAC CEO。電通グループ(dentsu)のグループ経営会議「グループ・エグゼクティブ・マネジメント」のチームメンバー。1995年以降、香港、東京、シンガポールと、さまざまな文化圏でキャリアを積む。これまでにプライスウォーターハウスクーパース、ターナー、ウォルト・ディズニー・カンパニー、ニールセンなどで要職を歴任。2022年9月、電通グループ(dentsu)のAPAC(アジア太平洋)地域担当CEOに着任。趣味は音楽と日本酒。イギリス・ワイト島 出身。

 

世界で最も多様性に富んだ地域

――はじめに、現在の担務について教えてください。

私はdentsu APACのCEOを務めており、シンガポールを拠点にアジア太平洋地域で1万人を超える同僚たちと一緒に仕事をしています。電通においてAPAC(Asia-Pacific)地域とは、日本を除くアジア太平洋全マーケットを指します。2030年までに、最も重要な意思決定圏になると専門家が予測する、非常に大規模で変化に富んだ地域です。

――APAC地域のマーケットの特徴はどのようなものですか?

APAC地域は、今申し上げた通り、世界で最も多様性に富んだ地域だと言えるでしょう。文化、バックグラウンド、そして行動において多様性に富んでいます。この地域は中国、南アジア、東南アジア、オーストラリアとニュージーランド(ANZ)、そして北アジアの主に5つのクラスターに分けられます。

中国本土と香港、グレーターベイエリアを含む中国は、大きなマーケットですが、たくさんのサブマーケットが存在します。北京と天津がある東北部、上海がある東部、広州と香港がある南部、重慶のある西南部などで、巨大であると同時にユニークなマーケットです。

中国のマーケティングのトレンドは、データドリブン・マーケティングを中心に構築されていることです。アリババ、テンセント、バイトダンスやバイドゥなどのエコシステム(※)によって、中国におけるソーシャル、コマース、コンテンツのプラットフォームはますます重要度を増しており、ほとんどの商取引がここで行われています。中国ではデジタル決済が圧倒的に多く、今後数か月から数年の間に、この地域、ひいては世界をけん引する可能性のある潜在的なマーケティングトレンドを見極めるのに役立つ、非常にイノベーティブなマーケットだと言えるでしょう。

※元々は生態系に関する用語。ビジネスでは、「企業同士が互いに協力・連携して、共存共栄していく仕組み」といった意味で使われる。

南アジアは、インドを中心とするもう一つのクラスターです。この7年間で、インドは急速なデジタル・トランスフォーメーション遂げています。この変革の一環として4Gが開始され、6カ月で4G加入者は1億人に達しました。現在の4G加入者はすでに6億人を超え、eコマースプラットフォーム、デジタルストリーミング、デジタル決済が爆発的に普及し、それに伴い中小企業のマーケットも飛躍的な成長を遂げています。22年10月には5Gが開始され、インドは今、デジタル・トランスフォーメーションで新たなフェーズに入りました。今後さらなる爆発的な成長が期待され、エクスペリエンス・トランスフォーメーションやビジネス・トランスフォーメーションの分野において、電通はインドの成長軌道に重要な役割を果たすことができると考えています。

東南アジアは、インドネシア、タイ、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナムの6つの主要国から構成され、6億5000万人の人口を抱え、中間層や富裕層が台頭し、ソーシャルメディアの利用率が世界一高く、デジタルプラットフォームの導入が急増している複雑なクラスターとなっています。ここ数年はデジタルコンテンツやデジタルメディアサービス、eコマースも急成長しています。また、GrabやGojekのようなスーパーアプリの出現が見られ、配車サービスからフードデリバリー、決済サービスまで、エンド・ツー・エンドのカスタマー・エコシステムを提供し、データドリブン・マーケティングやクリエイティブといった面に良い影響を与えると考えています。

オーストラリアとニュージーランドもまた、APACのクラスターの一つです。ニュージーランドは他国と比べると規模こそ小さいものの、色濃い文化を持ち、魅力的なクリエイティブを展開している、非常に成功しているマーケットです。オーストラリアは成熟したマーケットであり、どちらかというと西ヨーロッパのマーケットに近い特徴があります。競争が激しいので、常にイノベーションを起こしていくことが必要になります。そういう意味では可能性を秘めたマーケットと言えるでしょう。

北アジアは台湾と韓国からなるdentsu APACとして、最も成功しているマーケットの一つです。台湾では、私たちはクライアントのニーズに沿った強力でイノベーティブなマーケット提案を行っています。このエリアで市場競争力を獲得するには、地理的・文化的に近い日本との連携も欠かせません。


日本の強みは“built-in trust”

――dentsu APACのクライアントについて教えてください。

私たちのクライアントは大きく3つのカテゴリーに分けられます。日本のクライアント、グローバルクライアント、そしてローカルクライアントです。dentsu APACの特徴は、他のグローバルエージェンシーやグローバルホールディングスカンパニーに比べ、日本のクライアントの存在感が際立っている点にあると言えます。

――日本のクライアントの話が出ましたが、日本のブランドや日本のマーケティングの強さは何だと思いますか?

日本のブランドには、グローバルにおいて強い競争力を発揮する点がいくつかあります。その一つが製品のクオリティ。これは日本の商習慣の中に当たり前に組み込まれているものだと思うのですが、日本のブランドの製品の品質追求が際立っていることで、消費者の製品への信頼が高くなっているのです。つまり、日本ブランドには“built-in trust”――「信頼」がもれなくついてくるのです。ある日本のクライアントとミーティングをした際に、そのクライアントはサプライチェーンの問題を抱えており、お客さまが代金を支払ってから商品が届くまで、かなり待たされる状況でした。しかし、そのブランドに対するロイアリティと信頼があるので、お客さまは待つことを厭わなかった。これこそが、私が言わんとしている事なのです。

ところで、 dentsuブランドについて言えば、私たちがグローバルに活躍するためには、“Uniquely dentsu, distinctively local”――すなわち、電通らしさを持ちながら、地域に根付いていることが欠かせないと私は考えています。電通インドではなく「インドのdentsu」、電通中国ではなく「中国のdentsu」でなくてはならないのです。クライアントやパートナーから見て、地域のコミュニティに根付いているように感じられると同時に、私たちはすべての地域において、一貫してdentsuらしいエクスペリエンスやサービスを提供しつづけなくてはならないのです。

成長の鍵は、DX、コマース、エンターテインメント

――dentsu APACのビジネスを成長させる機会はどこにあると考えていますか?

簡潔に言うならば、everywhere――あらゆるところにチャンスはあります。APACは、1人当たりのGDPの伸びを見ても、新しいテクノロジーの導入という点においても、世界で最も成長率の高い地域の一つであることがわかります。

では、成長の機会はどこにあるか?一つは、デジタル・トランスフォーメーションだと考えます。クライアントと同じ目線で、お客さまとのコンタクトポイントをサイロ(各コンタクトポイントが孤立して連携されていない状態)としてとらえるのではなく、横断的にとらえ、そこから新たな価値を生み出すことができると考えています。

それから、「コマース」と「エンターテインメント」にも期待しています。

コマースは、店舗での物理的なリテール(小売り)、eコマース、さらに中国ではライブコマースやソーシャルコマースを含む巨大で、拡大を続けているカテゴリーです。コマースからは、消費者のトランザクション、買う瞬間の心理、購買を後押しするものなど、ボトム・ファネル(ファネルの底の部分)にあたるデータ・インサイトを得ることができます。また、多くのマーケットで、リテール・メディアは最新のメディアの一つとして重要になりつつあります。

エンターテインメントは、スポーツやゲームを含みます。この分野は電通(dentsu Japan)が強いので、日本のチームからすでにいろいろと学んでいますし、今後もそのモデルをグローバルに展開する方法を模索していきたいと考えています。台湾、中国、インドなど、多くのアジアのマーケットが、日本のエンターテインメント・モデルに興味を持っています。


――電通(dentsu Japan)や世界のネットワークとどのようにコラボレーションしていきたいですか?

まずは、「クライアント」に関する領域です。クライアントに優れたサービスを提供する方法を改善する機会は常にあると思っています。

もう一つは、電通(dentsu Japan)の「人材」です。APAC地域には日本人駐在員の素晴らしいネットワークがあり、彼らとAPACマーケットとの間に、より強力な知識と才能の共有ネットワークを育成したいと考えています。なぜなら、彼らには、貴重な知識、優れた視点、豊富な経験や人脈が備わっているからです。

そして、「イノベーション」。dentsu APACのリーダーシップ・チームを連れて東京を訪問した際、メディアバイイング、AI、コンテンツサービスなど、電通(dentsu Japan)が開発したさまざまなイノベーションの説明を受けました。それを機に課題解決に向けたコネクションをつくることができましたし、ゆくゆくは、私たちと電通(dentsu Japan)との間に「Japan corridor(日本回廊)」を構築し、相互共有を促進していきたいと考えています。

そして、最後のコラボレーションの領域は「文化」です。私たちには、幸運にもジーン・リンというチーフ・カルチャー・オフィサーがいます。ジーンは、日本文化、アジア文化、ヨーロッパ文化、アメリカ文化について本当によく理解しています。彼女は、世界を見渡せる素晴らしいマインドと経験を持ち合わせており、日本、中国、ヨーロッパやアメリカのコンテキストにも対応できる柔軟性を持った、シンプルで効果的なフレームワークを構築しました。このフレームワークを活用して、私たちは異なる文化の利点を学び、共有することができると思っています。

日本のチームが海外の異文化について学び、世界中のマーケットのチームが日本やAPACの文化について学ぶことで、文化的なつながりが生まれます。そうしてお互いを深く理解することができれば、本当の意味でのグローバルなdentsuになれると思います。

 

Twitter