欧州・中東・アフリカ地域を読み解く dentsu EMEA ジュリオ・マレゴリCEO インタビュー
2023/08/29
世界145以上の国で事業を展開する電通グループ(dentsu)。今年発足した新経営体制「グループ・マネジメント・チーム」の下、Japan、 Americas、APAC、EMEAの4事業地域を柱としています。連載では、海外の各事業地域で指揮を執るトップマネジメントにインタビュー。各事業地域のリーダーたちが、新たなビジネスチャンスを通じてどのように事業を発展させながら、課題を解決し、真正面から立ち向かっているのか。各事業地域のトレンドとともにお届けします。
第2回は、イタリアのミラノを拠点とするdentsu EMEAのジュリオ・マレゴリCEOにEMEA(欧州・中東・アフリカ)地域のトレンドについて聞きました。
※インタビューは2023年5月10日にオンラインで行いました。
多様で複雑な40以上のマーケット
――はじめに、現在の担務について教えてください。
現在は、dentsu EMEAのCEOとして、同地域における総合的な成長戦略と事業遂行を監督しています。2010年、当時のイージス・メディアにイタリア事業の社長CEOとして入社し、13年に南ヨーロッパの責任者となりました。そして、17年からはEMEA地域のCEOを務めています。
――EMEA地域において、伸びているマーケットを教えてください。
EMEAは40以上の多様な地域をカバーしており、非常に複雑なマーケットです。地域全体では、広告費は24年に1.9~2.6%の成長が見込まれています。最も成長率が高いマーケットはイギリスとフランスです。ドイツの広告市場における投資と成長に関しては、広告費は回復傾向にあり、23年はプラス成長が予測されています。
欧州は現在、その地理的な近さからウクライナ情勢の影響を他の地域よりも強く受けています。ほぼすべての市場でインフレ率が大幅に上昇したことは言うまでもなく、エネルギー供給や原材料・素材調達への影響を考えると、この地域へのインパクトは絶大です。こうした動きの結果、国内総生産(GDP)の成長率にも影響が及んでいます。
――アフリカについてはどうでしょう?
アフリカは広大で、非常に多くの人口を抱える地域です。しかし、ビジネスの面では比較的規模が小さく、まだメディア中心のマーケットです。そして、経済状況は各国によって異なります。dentsu EMEAのビジネスとしては、南アフリカを含むサハラ以南のアフリカ地域は順調に伸びています。
――EMEA地域の消費者をどのように見ていますか?
マクロ経済レベルでは、22年の出来事は消費者個人の財政状況に顕著でかつ直接的な影響を与えました。ロシアとウクライナの戦争は、エネルギー価格の高騰をもたらし、多くの消費者にとって、全面的なコスト増となったのです。たとえば、家庭における電気・ガスなどのエネルギー代が2倍になった国もあるほどです。
日本ではインフレはあまり問題にはなっていないようですが、欧州は常にインフレと向き合ってきました。例えば、欧州で2番目に大きなマーケットであるイギリスは、dentsu EMEAにとっては最大のマーケットになりますが、3月のインフレ率は10.1%(※編集注 5月は8.7%)と高いインフレ率を記録し続けています。インフレの影響、マクロ経済の不確実性や政治的背景が、消費者のさらなる不安をあおり、個人消費を圧迫しているのです。
この業界では、消費者のメディア消費パターンも国や地域によって異なります。例えば、北欧では広告費の大半がデジタルに向けられていますが、スペイン、イタリア、フランスなどのように、広告投資額の半分がテレビを主要メディアとするオフライン・チャンネルに向けられている国もあります。
トレンドはDX、そして生成AIへ
――EMEA地域で特筆すべきマーケティング・トレンドはありますか?
不確かな時代は、表現と創造性のための最高の機会を生み出し、デジタルトランスフォーメーションを加速させます。私たちの業界でクライアントの新たなチャレンジをサポートするのに、これほどまでにエキサイティングな時代はありません。
世の中の多くがそうであるように、私たちも生成AIやチャットボットを、消費者、クライアント、そして業界全体に大きな影響を与える最もエキサイティングなテクノロジーの一つとして注目しています。AI、機械学習(マシンラーニング)や自然言語処理(人間が使っている言語をコンピュータに処理させるための技術やソフトウェア)を搭載したチャットボットは、ユーザーの問いかけにまるで人間のように応対できるのです。
さらに、ブランドは会話型コマースをより重視する傾向にあり、プロセスの自動化によるパーソナライゼーション、24時間365日対応、利便性、スピードや拡張性という利点がもたらされています。消費者一人ひとりに合わせたショッピング体験を提供することで、ブランドは顧客エンゲージメントとロイヤルティを高めることになり、結果的には売上増につながります。
近い将来、AIチャットボットと会話型コマースの融合が、消費者のリサーチ方法に大きな変化をもたらし、最終的には消費者のパーチェス・ジャーニー(購買にまつわる一連の行動)全体にインパクトを与えるかもしれません。
――そうしたトレンドに対応しているクライアントをどのように見ていらっしゃいますか?
クライアントの業種によって異なります。たとえば、通信業界とファストムービングコンシューマーグッズ(商品回転率が高い日用消費財)は全く違います。購買がオンラインで便利に行えるビジネスは、eコマースへの傾倒が急速に進み、AIを含む新しいテクノロジーの利用が加速化しています。
また、すべてのクライアントに共通するトレンドとして、「データからベスト・インサイトを引き出し、メディアとクリエイティブの両面で、究極にパーソナライズされたコミュニケーションの提供を目指している」ということが挙げられます。クライアントがこのような新しいトレンドを取り入れ、競合他社に先んじ、新たなビジネスチャンスをつかむことで優位に立つことができるようにサポートすることが、dentsu EMEAの役目だと思っています。
――そうしたトレンドやクライアントの動向に対応するうえで、大切なことは何ですか?
私たちはEMEA地域のクライアントと強固な関係を築いてきました。EMEAは40以上のマーケットによって構成されている地域なので、ローカルレベルにおいては日々たくさんのことが起きています。私たちの役割は、信頼できるパートナーとして、企業やブランドが消費者とのコミュニケーションやインタラクションの未来の方法をナビゲートする際に、新しいテクノロジーの知識と安全な導入を促すことなのです。そして、すべての行動と意思決定の中核に、client centricity(クライアント中心主義)を据えることに全力で取り組んでいます。私たちの知識、アイデア―ソリューションをクライアントに提供し、これらのトレンドを通じて新たなチャンスを生かすサポートをすることが、私たちの仕事なのです。
――dentsu EMEAにとって、この地域でポテンシャルの高いビジネスは何だと考えていますか?
私たちは、メディア、クリエイティブ、CXM(Customer Experience Management)の3つの事業を手掛けています。中でもCXM事業は、躍進を遂げています。dentsu EMEAにおける昨年のCXM事業の成長率は2桁を達成し、今年も好調を維持し勢いを増しています。これは当社にとって重要な分野であり、組織的な投資だけでなく、M&Aによる投資も継続して行っています。たとえば、最近ではスペインのオメガ(Omega)というエージェンシーを買収し、当社のCXM事業はスペイン最大のCRMエージェンシーの一つとなりました。
また、dentsu EMEAにとってコアビジネスであるメディア事業に触れないわけにはいきません。メディアはCXMに比べると成長率の低いマーケットではありますが、このマーケットにおけるdentsu EMEAの新規クライアント獲得数は域内トップクラスであり、22年にはEMEAのNew Business Leagueの1位を獲得しています。
最後に、dentsu EMEAのクリエイティブ事業は、22年に市場トレンドの2倍のオーガニックグロース(企業がその内部資源によって成長すること)を達成し、この地域における電通のクリエイティブ能力とサービスの強さを示しました。
East to West Clientsのポテンシャル
――EMEA地域における日本のブランドやマーケティングには、どのような印象をお持ちですか?
EMEA地域全体で多くの日本企業と仕事をしています。日本のブランドやマーケティングのどこが魅力的なのかと言えば、テクノロジーと融合したイノベーションやクリエイティビティのレベルの高さでしょう。そして、日本発祥で、日本に拠点を置くdentsuだからこそ、日本のクライアントがEMEA地域のマーケットで効果的な活動を行うサポートができるのです。
ですから私たちとしては、この地域における日本のクライアントとdentsu EMEAの関係をさらに深め、発展させる方向に持っていけたら、と考えています。私たちが「East to West Clients」と呼ぶ日本のクライアントとの関係性で言えば、非常に良いスタートが切れているので、これをベースにさらに加速させることができれば、と考えています。
余談になりますが、私は日本のブランドの大ファンです。たとえば、私はイタリア人ですが、自宅のガレージには日本のクラシックカーが置いてあります。色はもちろん大好きな「赤」。そこはイタリア人なので(笑)。本当に美しいクルマです。そのクルマからは、著しいイノベーションと特徴的なクリエイティビティ、最先端のテクノロジーが見てとれます。
――最後に、日本のマーケティングがEMEA地域で進化するためのベストな方法を教えてください。
私たちが日本のイノベーションとクリエイティビティの伝統に学び、インスパイアされるように、EMEAにおける私たちの先進的で多様なメディア観やデータやテクノロジーに関する深い専門知識も日本にとって大いに役立つと思っています。
東洋と西洋のdentsuのケーパビリティ(能力)を融合させることで、私たちのサービスをさらに充実させることができ、クライアントと消費者が幅広いケーパビリティと経験を必要としている時代に、より良いサポートを提供することができると考えています。