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GLOBAL INSIGHT 世界を読み解くNo.3

米州地域を読み解く dentsu Americas マイケル・コマシンスキCEOインタビュー

2024/03/21

世界145以上の国・地域で事業を展開する電通グループ(dentsu)。昨年発足した新経営体制「グループ・マネジメント・チーム」の下、Japan、Americas、EMEA、APACの4事業地域を柱としています。連載では、海外の各事業地域で指揮を執るトップマネジメントにインタビュー。それぞれの地域で、それぞれの課題と向き合いながら、どのようにビジネスを展開しているのか。海外の各事業地域のトレンドとともにお届けします。

第3回は、ニューヨークを拠点とするdentsu Americasのマイケル・コマシンスキCEOに米州地域のトレンドについて聞きました。

 
※インタビューは2023年12月7日にオンラインで行いました

 

マイケル・コマシンスキ(Michael Komasinski)
マイケル・コマシンスキ(Michael Komasinski) dentsu Americas CEO、(株)電通グループ グローバル・プレジデント - データ&テクノロジー。電通グループ(dentsu)の経営会議「グループ・エグゼクティブ・マネジメント」のメンバー。2015年、米国のマークル社にデジタルメディアグループのCOOとして入社。その後ロンドンに渡り、マークル社のEMEA地域の社長を務める。23年に米国に戻り、dentsu Americas CEOに就任

 

米国市場の特徴は、パーソナルデータの利用可能性

──はじめに、現在の担務について教えてください。

dentsu Americas CEO兼(株)電通グループ グローバル・プレジデント - データ&テクノロジーを務めています。2015年にカスタマー・エクスペリエンス・マネジメント・サービスを手掛けるマークル社(※)に入社し、翌年マークル社がdentsu傘下となったことで、dentsuの一員になりました。23年にdentsu Americas CEOに就任し、米州地域を担当しています。

※マークル社(Merkle Group Inc.):米国独立系で最大級のデータマーケティング会社。データとテクノロジーの活用によって、一人一人に最適化された顧客体験を実現するサービス領域をリード。50以上の国と地域でグローバルにビジネスを展開している

 

──北米・中米・南米からなる米州地域の中心である米国市場の特徴について教えてください。

最も大きな特徴は、パーソナルデータの利用可能性です。他の国々とは大きく異なり、米国のプライバシー法はオプトアウト方式(編集注:ユーザーが情報を受け取る際や自らに関する情報を利用される際などに、許諾しない意思を示す行為)と呼ばれるものが一般的です。この場合、利用者は意図的にオプトアウトする必要があるのですが、ほとんどの人はそれをしないのです。一方、ヨーロッパはGDPR(一般データ保護規則)によって規制されており、オプトイン(編集注:ユーザーが情報を受け取る際や自らに関する情報を利用される際などに、許諾する意思を示す行為)の原則が適用されます。これによって、収集可能なデータや行うことができるマーケティング施策の種類が大きく変わってきます。

もう一つの特徴はビジネスのペースの速さです。アメリカは非常にイノベーティブな国であり、大規模なベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティ(未公開株式)産業が充実しているため、とにかくペースが速いのです。技術の変化や革新のペースも比較的速いと言えるでしょう。また、大手グローバルクライアントの60~70%が米国に拠点を置いており、クライアントのダイナミズムが際立っている、非常にエキサイティングなマーケットです。他のマーケットが良いとか悪いとかいうことではなく、異なっているということです。EMEA(欧州・中東・アフリカ)地域で長く働いたことで、そのような違いも理解できるようになりました。

──カナダやブラジルなど、米国以外のマーケットトレンドについて教えてください。

その国に特有なものとは言えないかもしれませんが、いくつかの興味深いマクロトレンドがあります。一つは、最近よく話題になるトレンドなのですが、顧客は自分が選んだブランドともっとシンプルな関係を持ちたいと思っている、ということです。私たちの生活は、デジタルによって選択肢が増え、ブランドとの直接的な関わりが増えたため、より忙しく、より騒然としたものになっています。そのため、多くの人が、例えば銀行、自動車会社、お気に入りのファッションブランドなどで、取り引きするブランドの数を絞って、関係をよりシンプルにしたいと考えています。たくさんのブランドがあっても、自身が関わりを持てるキャパシティは限られます。したがって、クライアント側から見れば、課題はそうしたブランドの一つに選ばれることであり、人々が一緒にいたい、あるいは就職の観点から一緒に働きたい、と思えるような体験を提供することが必要となります。

これが、私がカスタマー・エクスペリエンス・トランスフォーメーション領域の重要性を確信している理由です。それはマークル社だけでなく、dentsu全体にとっても大きな顧客トレンドだと信じています。日々の生活は雑然としています。だからこそ、ブランドは顧客が取り入れやすく、生活の一部となりやすいものとして際立つ必要があるのです。

米国市場のスケールこそが課題

──米州地域でビジネスをすることの難しさがあれば教えてください。

米州地域でビジネスをする場合は、主に米国市場を動かすことになり、とにかく規模が違います。一つのマーケットだと思われるかもしれませんが、その規模はとてつもなく大きいのです。そこには数億人もの人が存在し、何千億ドルというお金が動いています。つまり、スケールこそが課題なのです。全体の数字だけを見れば、一見単純明快なマーケットに見えるかもしれませんが、実際にビジネスをしてみるとわかるのですが、内実はとても複雑です。

──米州地域でのdentsu Americasのクライアントを教えてください。また、クライアントのニーズに対して、どのような戦略的アプローチを取っていますか?

世界的な巨大IT企業をはじめ、米国を代表する日用品メーカー、自動車メーカー、カード会社、銀行、ホテルなど幅広い業種にわたる多くの企業、そして、世界的なブランドである日本企業が私たちのクライアントです。

クライアントのニーズに対応するためのポイントはいくつかあります。一つは、デジタルアイデンティティ(編集注:名前、年齢、趣味嗜好〈しこう〉など、個人に関する電子化されたさまざまな属性情報の集合のこと)をはじめとするデータの整備に引き続き投資を行い、革新を続けることです。パーソナライズされたインタラクションの提供は、その人がどんな人なのかを知らなければうまくいきません。それは基本です。そのために、「Merkury」(※)のようなプラットフォームを持つことが、クライアントへの提案にとって不可欠なのです。

※マークル社独自のエンタープライズプラットフォーム。顧客企業のファーストパーティデータおよび個人ベースのサードパーティデータを活用したメディアとテクノロジープラットフォームの接続を実現する

 

二つ目に、M&Aでの投資やマークル社の能力を補充するための投資です。それによって、人々がブランドを体験するあらゆるコンタクトポイントにおいてサービスの提供が可能となります。

三つ目は、組織を一体として機能させ、当社グループのネットワーク内にあふれるイノベーション、クリエイティビティ、才能を解き放つ「one dentsu」戦略です。グループの力を結集して、クライアントのビジネスを包括的にとらえ、いかに信頼に足るビジネスパートナーになりうるかを常に考えています。そのマインドセットが何よりも大切だと思っています。

日本企業はカテゴリーリーダー、戦略的な議論を

──dentsu Americasのクライアントである日本企業に共通点や他国の企業との違いはありますか?

あまりそう思ったことはありません。どのクライアントにも同じことが言えるのですが、覚えておかなくてはならないのは、彼らは決して一つのクライアントではないということです。私たちは仕事の中で、クライアント本社の幹部や役員たちと会話をします。一方、各リージョンのリーダーたちの中には、時に大きな影響力を持ち、独自の決断を下す人もいます。それが本社の意向に沿うこともあれば、沿わないこともあります。私たちはその場に応じて対応する必要があるのです。しかし、私はいつもそれを非常に興味深いと思っています。例えば、製品や地域によって異なる力学が存在します。ですから、私たちはクライアントをよく知る必要があります。大抵の場合、想像していたのとは異なることが多いのですが、それは私たちにとってチャンスだったりもするのです。

──1990年以降、日本企業のパワーが低下しているといわれています。復活のために何が必要だと考えますか?

その意見には完全には同意できません。時間をかけて成功するクライアントもいれば、そうでないクライアントもいるので、日本のクライアントに問題があるというわけではないと思うのです。概して、日本の企業には大きな成功をおさめ、影響力のあるブランドが多く存在しています。パワーが低下しているとすれば、日本企業だからというよりも、それぞれの業種のトレンドであり、英国、フランス、スペインのクライアントであっても同じことが言えると思うのです。一方で、それぞれの業種でイノベーションに取り組み、常に先を見ている企業は、長期的に成功しています。

例えば、自動車業界ではしばしば「EVこそが解決策である」と言われています。しかし、果たして消費者は本当にそんなに早くEVに移行するでしょうか。重要なのは、EVへの移行に対して戦略的な視点を持つことです。そして、日本の自動車メーカーは、疑う余地なく、戦略的かつ世界的な議論をするリードするカテゴリーリーダーなのです。自動車業界だけではありません。さまざまな業種において、日本企業は議論を主導するリーダー立場にあるのです。

──最後に、今後に向けての抱負をお願いします。

24年は「One dentsu戦略」の効果が発揮される年になるでしょう。最高水準のケーパビリティを持って、消費者とのエンゲージメントを世界中でシームレスに行う私たちのビジネスモデルは、非常にパワフルです。これまで以上にクライアントにとって最高のパートナーになれるよう、今後も力を尽くしてきいきたいと思います。

 

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