カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2023No.2
グランプリ受賞「MY JAPAN RAILWAY」 デジタル版スタンプで鉄道にもう一度出会う
2023/10/23
「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月19日から23日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、クリエイターの目にどう映ったのか。受賞者、審査員、プレゼンター、さまざまな立場でカンヌに関わったクリエイターたちが、それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。
第2回は、インダストリー・クラフト部門グランプリを受賞した「MY JAPAN RAILWAY」の制作チームを迎えての座談会。デジタルなのにぬくもりのあるスタンプが話題に。緻密なデザインとその背景にある骨太なコンセプトとは?制作の舞台裏について聞きました。
(座談会は9月12日に行われました)
JRグループ/鉄道開業150年キャンペーン「MY JAPAN RAILWAY」
JRグループ6社による共同キャンペーン。鉄道開業150年を機に、今一度移動の喜びや鉄道への愛着を増幅させることを目的に、ユーザーとの関係を深めるブランド体験でありながら、鉄道利用を促進する仕組みを目指した。該当する駅の近くに行くとスマホ内サイトでスタンプが押せるデジタル版スタンプは、昔ながらの駅スタンプのように押し方によってかすれ具合が変わり、押した日時や何番目に押したかも記録される。
愛着を感じさせるアナログ的なデザイン
──まずはグランプリ受賞、おめでとうございます。JRグループ6社による鉄道開業150年キャンペーン「MY JAPAN RAILWAY」がインダストリー・クラフト部門で最高の評価を得たわけですが、今回の受賞をどのように受け止めていますか?
八木:まずは鉄道オタクの梅沢さんに聞いてみたいですね。
梅沢:はい(笑)。日本の鉄道は、駅舎も列車も車窓も魅力的な要素がありすぎて本当にすごいなと思っていたので、駅という文化や、日本各地の有名なもの、もしくは知る人ぞ知る隠れた魅力などを世界に届けることができて、一鉄道ファンとしてとてもうれしいです。
福岡:今回は「日本をリデザインする」ということをテーマにしていたので、日本の魅力を海外に届ける機会になった、ということにも喜びを感じています。さらには日本のことを海外の多くの人に知っていただけたことに喜びを感じました。
八木:デジタルの駅スタンプをとにかくたくさん作らなければならなかったので、モチベーションを保つのが難しい局面もありましたが、スタンプをデザインしているのではなく、「日本のインフラをもう一回デザインするんだ」という気持ちで、この仕事を楽しむことができました。そのうえ、グランプリまでいただくことができてうれしいです。
──では、キャンペーンの具体的な内容について伺います。デジタル版スタンプラリーとは、どのような仕組みなのでしょうか?
梅沢:JRグループ6社の各駅にGPSを設置していて、スマホの位置情報をオンにした状態で駅の範囲内に入ると、オリジナルのアプリ内でその駅のデジタル版スタンプが押せるようになっています。駅スタンプの他に特急スタンプや新幹線スタンプなどもあって、例えば西九州新幹線の「かもめ」だったら、西九州新幹線の対象駅のスタンプを2つ獲得したら「かもめ」のスタンプがもらえます。
八木:今は駅ではないけれど、昔は駅だったところにもピンが立っていて、記念のスタンプがもらえたり。
福岡:お仕事スタンプというのもあります。駅で働く人へのリスペクトを込めて、例えば、自動改札普及以前に切符にハサミを入れていた駅員さんをデザインモチーフにしていたり。
──今までに何個くらいのスタンプをデザインしたのですか?
加藤:去年の時点で約600で、今年約900に増えました。
八木:あとどれくらいで全駅完成しそう?
加藤:たぶん10年くらいじゃないですか(笑)。
──アートディレクターの加藤さんをはじめ、デザイナー陣が一つ一つスタンプをデザインしているのですね。
加藤:はい。10人以上のデザイナーが関わっています。デザインコンセプトとしては、駅というパブリックなものを自分のものにできたら楽しいのではないか、というところから出発して、そのためにはどうしたらいいかと考えた時に、自分の中に保有するためには、「愛着」みたいなものが必要ではないかと思いました。
まずはデザインに先立って、デザイナーが自分の担当の駅を一つ一つリサーチして、「この駅はこういう歴史があったんだ」「こういう文化が根付いているんだ」ということを知識として頭の中に入れていきました。
実際にデザインしていく時には、リサーチで得た情報からモチーフを決めて作っていくわけですが、パソコン上では何でもできてしまうので、スタンプとしては無味乾燥なものになりがちです。そこで、スタンプ独特のかすれ具合だったり、アナログ的な部分でスタンプへの愛着を設計していきました。
八木:スタンプを押した時に「あ、かすれちゃった!」とか「濃くなっちゃった」とか、気持ちが動く瞬間というのは、スタンプが自分のものになる瞬間でもあるんです。自分の一部になるといってもいいかもしれない。かすれているようにデザインするなど、ディテールにこだわる狙いは、そこにあります。
福岡:一人一人が自分のスマホの中に駅を記録していく。そうすることで、各駅の思い出が記録される。そしてそれは日本そのものを収集することにつながる。一人一人の日本、つまり「MY JAPAN」は違うので、「MY JAPAN RAILWAY」というタイトルになっています。
鉄道の価値をもう一回意識してみる
──デジタル版スタンプというアイデアは、どのように生まれたのですか?
八木:鉄道開業150年を迎えた2022年が、ちょうどコロナ禍の時期にあたってしまったんです。人が多く集まるイベントも、リアルなスタンプラリーも、難しい環境にありました。でも、デジタル版スタンプだったら人と接触するリスクを減らして、自分の中だけで完結できる。デジタル版スタンプでいくと決めて、どういうイメージにしようかと考えて、デジタルだけどあったかい、というイメージに行き着いたんです。
地方の駅に行くと自由に書き込みできるノートが置いてあったりしますよね。駅を通じて人と人がつながっている感じがする。そういうことをデジタルでできたらいいなと思いました。「優しいデジタル」と言ってもいいかもしれない。若い人の中にLINEをつないだまま寝落ちしてしまう人がいるけれど、つながっている安心感みたいなことは、今の時代に求められているのかなと思いました。
──今回のキャンペーンを企画するにあたり、鉄道の存在意義についてみなさんで徹底的に議論したそうですね。
八木:150年前に鉄道が開業した時は、みんなすごく感動したんだろうなと想像します。当時は歩くか馬に乗るくらいしか移動手段がなかったわけですから。今はもうほとんど無意識に改札で「ピッ」とやって、当たり前のように鉄道を利用しているから、移動手段としての鉄道の価値を感じにくくなってしまっている。
でも、誰かに会いに行きたいとか、何かを届けたいとか、そういった願望や欲望は人間の中にずっと昔からあるわけで、今は当たり前になってしまっている移動の価値をもう一回意識してみるとことで、幸せな気持ちになれるのではないかと思いました。
加藤:日本の鉄道は全国につながっていて、どこへでも行ける。それって、すごいことですよね。世界と比べても、こんなに鉄道が張り巡らされて、街と街、人と人とがつながっている国はない。それは本当に素晴らしいことなんだよ、ということを伝えたかったんです。
八木:そういう鉄道の素晴らしさって、なかなか気づかない。東京にいると、近郊の駅しか普段は意識していないけれど、実はその延長線上にたくさんの駅がつながっている。そんなことを想像しながら、スタンプのデザインを始めたことを思い出しました。
──デジタル技術を用いたアプリとアナログ的な良さを再現したスタンプデザインの組み合わせが絶妙ですね。カンヌでもその辺りが評価されたのでしょうか?
八木:そうですね。今年のカンヌは、全体的にハイテクなもの、はやりのものというよりは、正直にブランドに寄り添ったものが多かった印象です。
このデジタル版スタンプも、それほどの技術は使ってはいないんです。スタンプはグラフィックデザインだし、スマホアプリも今どき珍しくない。本当にシンプルな構造なんです。
ただ、鉄道という社会インフラを提供する企業がやるべきこと、未来にどうなっていたいかということを、説明的にではなく、アナログとデジタルの掛け算により感覚的・感情的に訴えているところを評価されたのかなと受け止めています。
梅沢:JRグループのお客さまは、0歳から100歳以上まで幅広いですよね。だから、このデジタル版スタンプも特定の世代を狙ったわけではなく、幅広い年代の方に参加していただくことを目指しました。その結果、みなさんに愛されるものになったと思います。
いろんな人たちの思いが集約されたスタンプ
──今回はJRグループ6社の共同キャンペーンですが、一つ一つのデザインは6社それぞれに提案されたんですか?
梅沢:はい。九州の駅はJR九州さんに、四国の駅はJR四国さんにというように、それぞれに提案しました。
加藤:かなり綿密にリサーチして「これだ!」とモチーフを決めて提案したのですが、JRさんの方にも一駅一駅に思い入れがあるので、「このモチーフはちがうんじゃないか」となって、何度かやりとりすることはありましたね。
梅沢:JRさんの駅への思い入れはもちろんですが、駅周辺の自治体や施設のみなさんの気持ちや意向もJRさんが丁寧にすくい取ってくださって。だから、本当にいろんな人たちの思いが集約されたスタンプになっています。
──デジタル版スタンプに対して、世の中からどんな反応がありましたか?
八木:SNS上での駅に関する投稿が増えたと感じています。普通はそんなに発信しないですよね、駅のことを。でも、デジタル版スタンプをきっかけに、駅というものを題材にして話してくれる。それも、鉄道マニアだけではなく、それ以外の人も。キャンペーン開始から1年近くたちますが、今後も裾野を広げていきたいと思っています。
加藤:自分の体験でもあるのですが、このアプリがあると、どこかに行ったときに「もう一つ先の駅に行けばスタンプがある」と思って、一歩足を伸ばしてみようとするというのは、あると思います。
福岡:すでに何度か訪れたことがある駅でも、スタンプを見て、「あれ?ここって◯◯が有名なんだ」とか、その土地の今まで知らなかったことを知ることができるのも、やっていておもしろいんです。
梅沢:私の周りの鉄道好きな友人は、スタンプ自体が鉄道利用の目的になっていて、四国のスタンプを取りに四国を一周したりしています。キャンペーン事務局には「スタンプを全部集めるために日本一周しました」なんて声も寄せられています。
八木:野球のルールを知ると野球がおもしろくなるように、デジタル版スタンプの仕組みを知ってもらって、楽しんでいただけたらいいなと思っています。鉄道マニアの人は、下調べして、どの駅にどんなスタンプがあって、あの駅では駅弁を買って、というように楽しんでるわけですよね、そうした時間は、とても豊かな時間だと思うんです。
梅沢:「撮り鉄」「乗り鉄」とかありますが、「スタンプ鉄」というのがあってもいいんじゃないかな。新しい文化ができそうな予感があります(笑)。
──最後に、このチームで仕事ができたことをどう思いますか?
福岡:とても大変でしたけれど、毎週1回2時間、みんなで会って、ざっくばらんに話をして、直接いろんなやりとりをしていたこと自体が楽しかったなと思っています。この仕事の場合、オンラインのやりとりだけですと、分担して、どこか「作業」になってしまったところも多いかもしれません。視野が狭くならず、広く深く物事を考えられたのは、このチームと進め方のおかげだったなと思います。
それと、「私はコピーライターだからコピーのことだけ考えていればいい」といったドライなスタンスではなく、みんながクリエイティブのプロフェッショナルとして、職種を超えて意見やアイデアを出し合えたのがとても良かったです。
梅沢:毎週1回2時間のクリエイティブの会議に、BP(ビジネスプロデュース)局員という立場の私も参加させていただいて、とても貴重な経験をさせていただきました。駅の資料やデザインの素案をみんなで眺めて、ああでもない、こうでもないと言いながら、前に進んでいく。時には意見が食い違うこともありましたけど、対話を重ねることで、作っているものがどんどん良くなっていくのを体感しました。クライアントのことを一番わかっているのはBP局員だという自負もありますし、勇気を持ってBP局員として積極的に打ち合わせに入っていくことの大切さを学べた気がします。そして、結果、カンヌも取れたので一生忘れない仕事です。
八木:そうだ、この仕事を始める時、忘れない仕事にしようって言ってたんだった。今後みんないろんな仕事でどんどん忙しくなって、終わった仕事のことは忘れてしまうかもしれないけれど、この仕事はみんなの記憶に残る仕事になったんじゃないかな。
加藤:チーム全員でプロジェクトを作り上げた、一生忘れられない仕事になりました!
八木: 僕らの仕事って、エベレストを登るようなものだから。途中、苦しい。でも、頂上まで登ったら、すごくきれいな景色が見える。だから、とにかく「ここを頑張れば、いい景色が見えるんだ」と言い続けるしかない。
加藤:いい景色が見えましたよね。
梅沢:途中、酸素なかったですが(笑)
一同:なかった、なかった(笑)。
「MY JAPAN RAILWAY」スタッフリスト
ECD:高崎卓馬(zero)
CD:八木義博(zero)
AD:加藤寛之(1CRプランニング局)
AD:石川菜々絵(5CRプランニング局)
AD:山本明日果(5CRプランニング局)
CW:福岡万里子(1CRプランニング局)
CW:杉岡美奈(1CRプランニング局)
BP:池上直人(19ビジネスプロデュース局)
BP:梅沢真実(19ビジネスプロデュース局)
BP:前田淳(19ビジネスプロデュース局)