カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2023No.1
カンヌ史上初! ミュージカル仕立てのセミナー
2023/10/16
「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月19日から23日までフランス・カンヌで開催されました。世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、クリエイターの目にどう映ったのか。受賞者、審査員、プレゼンター、さまざまな立場でカンヌに関わったクリエイターたちが、それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。
第1回は、映画監督・クリエーティブディレクターとして活躍する長久允さん。MCを務めた前代未聞のミュージカル仕立てのセミナーが、現地で喝采を浴びました。なぜミュージカル仕立てにしたのか?その意外なきっかけとは?
クリエイティブに最も大切なのは「Voice」
──今回のセミナーのテーマは「Voice of Creativity」でした。
長久:クリエイティブに最も大切なことは、送り手たちが持つ個々の「Voice」である、と私は常々考えています。Voiceとは哲学や、思想、使命、メッセージなどを意味します。マーケティングや最新のテクノロジーももちろん大事ですが、Voiceがなければただのマネーゲームに取り込まれてしまいますから。
今回のセミナーでは、AIがクリエイティブ領域にも入ってきている一方で、それをつかさどる私たちが持ちうるヒューマニティの重要性について講演しました。
──そのセミナーは、前代未聞のミュージカル仕立てでした。
長久:カンヌ史上初めて、「ミュージカル」という手法を使ったセミナーにしました。ダンサー/パフォーマーのアオイヤマダさんがVoicyというVoiceを具現化したキャラクターを演じ、歌って踊り、私と音楽家の白戸秀明さんが後ろで楽器演奏&コーラスをしました。
構成的には、冒頭で1曲、続いて15分ほどのVoiceについてのインタビュー映像を流し、その後に2曲歌って30分でした。
インタビュー映像内では、A24制作ドラマ「Sunny」が来年公開予定のショーランナーKatie Robbinsさん、NFTアートやAIを使った作品で有名なアーティストの草野絵美さん、そして私の3人がそれぞれVoiceについて感じていることや仕事について語っています。
ミュージカル仕立てにした意外な理由
──そもそも、なぜミュージカル仕立てにしようと思い立ったのですか?
長久:きっかけはネガティブな事情からです。セミナーのスピーカーを引き受けたものの、私はほとんど英語を話せないので……。どうしたものかと考えをめぐらせていたところ、「そうだ、英語の歌詞なら覚えられる!」とひらめきました。
早速、クリエイティブにはVoiceが大切だというメッセージを英語の歌詞にして、メインとなる曲を作りました。歌詞の一部を紹介すると、
Web3! GPT-4! That’s what they all say. Uh-huuuh(ウェブ3だ!GPT-4だ!と誰もが言う)
We all care about trends and markets!(誰もがトレンドやマーケットを気にしてる!)
But there’s much more that we are about! (でも、もっと大切なものがあるんだ!)
(中略)
Each of us has a distinctive voice (みんながそれぞれVoiceを持っている)
That’s the voice I want to hear (聞きたいのはVoiceなんだ)
※日本語訳は編集部による
ミュージカル仕立てにしたことで、結果的に今回のテーマである「Voice」=「声」とコンセプトが合致しましたし、楽しい人肌感の強いアナログ的なミュージカルにすることで、「エンターテインメントにはヒューマニティーが不可欠である」というメッセージを込めることもできました。
──来場者の反応はいかがでしたか?
長久:現場は大盛り上がりでした。内心、ホッとしました。アオイさんは本当にパフォーマーとして天才なので、会場を客席まで使って一体にしてくれました。私自身は、生演奏やダンスもあったので緊張しましたが、楽しくできました。今後、別の広告祭やイベントで、もし機会があれば、またやってみたいです。
ミュージカル仕立てという表現形式が注目されがちですが、そこで訴えているメッセージについても大きな反響がありました。今年はAI元年として、かなりAIを使用した広告企画やそのテーマを扱うセミナーが多かった中、AIと真逆に位置する「Voice」=「Humanity」の必要性を発信したことで、今回のカンヌの中でもひときわ重要なセミナーだったと多くの人に評価していただけました。
カンヌの未来の始まり
──長久さんの目に、今年のカンヌはどう映りましたか?
長久:カンヌが変わりゆく姿を感じました。広告のアウトプットを評価する役割から進化していく最中であることを感じています。今は、新たなビジネスを創出するネットワーキングの場として機能しています。そして、この先は、社会課題に対して世界中のクリエイターやクライアントたちでアイデアを出し合って、それを形にしていくベースキャンプになっていくと良いのではと思います。カンヌという場で話し合われたアイデアが、それぞれの国でさらに具現化され、社会を良くしていく。そのようなものに変化していく未来の始まりを感じています。
──セミナー以外でも、今回、長久さんが手掛けたケリング(GUCCI)「Kaguya by Gucci」がフィルムクラフト部門でブロンズを受賞しました。
長久:ありがとうございます!映画監督として活動していることもあってフィルムクラフトには自信があったので、受賞を期待して現地に行っていました!ブロンズの受賞、とてもうれしいです。正直、もうちょっとだけ評価されたかったところですが、その理由も理解できます。私が作るものはテクノロジーやギミックを避ける傾向にあるので、シネマトグラフィーだけで突破できる広告賞ではないと改めて感じました。評価されたいからというわけではないですが、やはりカンヌの現地で感じる世界中のフィルムクラフトの強い刺激を経て、これからはテクノロジーにも好奇心を発揮して、映像を作っていく挑戦もしていきたいと思っています。
──最後に、広告クリエイティブに携わる全ての人たちに向けてメッセージをお願いします。
長久:特に広告作業にこそ、作り手も、企業の担当者も、一人ひとりの「Voice」が重要だと感じています。
あなたが、社会をどう良くしたいのか?
あなたが、この表現で何を受け手や社会に伝えたいのか?
逆を言えば、映像をはじめとする広告コミュニケーションは、強烈すぎるからこそ、そこに無責任でいてはならないということです。ということで、みなさん忙しいと思いますが、「Voice」を忘れずに、今日もいろいろと作って生きていきましょう。