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「骨髄ドナー不足」を解決するのは社会か、企業か、行政か?
~「#つなげプロジェクトオレンジ」9月16日始動~

2023/11/01

「骨髄ドナー不足」と聞いてあなたはそれを自分ゴト化できるだろうか。正直、自身には遠い出来事に感じる人が大半であろう。かくいう自分も知り合いの家族に、骨髄移植を受けなければならなくなった子どもがいることを知り、押っ取り刀でドナー登録してみたものの、すぐにその対象年齢を外れてしまったという苦い経験がある。このようにドナー登録者が増えること自体は良いことなのだろうが、もっと多くの人や企業が意識を持ち、社会を変えていくタイミングでもあるのだと思う。

骨髄移植を待つ患者と提供者をつなぐ公益財団法人日本骨髄バンクは、 2023年9月16日(土) の「世界骨髄バンクドナーデー(World Marrow Donor Day:以下、WMDD)」を契機に、「#つなげプロジェクトオレンジ」キャンペーン(https://www.jmdp.or.jp/tsunage-projectorange/)を新しく開始した。このキャンペーンは「骨髄ドナー不足」をはじめとしたさまざまな課題を多くの人に知ってもらい、応援する気持ちを持つ全ての人の「絆のネットワーク」をつなげていくために始まったもので、複数年にわたり継続される予定だという。

同日にはキックオフイベントが行われ、日本骨髄バンクをはじめ、この課題に取り組む企業やメディアが登壇し、それぞれにできること、やるべきことを論じた。本稿では、このイベントのレポートを通して、骨髄バンクにある課題の本質と、その解決に向け企業やメディアの参画の仕方について考えていきたい。

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赤はドナー、黄色が患者、両者をつなぐ骨髄バンクや両者を支える関係者をはじめとする全ての人々の「絆のネットワーク」を、赤と黄色を掛け合わせたオレンジで表現。また自身が赤のドナーになれない方も、何かの役割を果たせる中間的存在として協力してもらえれば、というメッセージにも。
 

高齢化の波はここにも。喫緊の課題は不足する「若年層のドナー登録者」

2023年で32年目を迎える日本骨髄バンクは、白血病をはじめとする血液疾患のため「骨髄移植」などの造血幹細胞移植が必要な患者と、それを提供するドナーをつなぐ公的事業を営む公益財団法人だ。患者を救うため広く造血幹細胞のドナーを募り、患者との橋渡しを行っている。

しかし現在、若い世代のドナー不足に直面している。最新データによるドナー登録者数は54万7708人と決して少なくはなく、一方の患者登録数は1622人なのでその母数を見ると不足していないように思われがちだ。しかし、重要なのは白血球の型のマッチングである。その適合率は兄弟であれば4分の1、しかし他人となると数万分の1と極端にその数値は下がる。すなわちまだまだドナー登録者の母数を増やしていく必要があるのだが、それに先だつ喫緊の課題が現在の登録ドナーの高齢化問題だ。

骨髄バンクのドナー登録の年齢上限は54歳、55歳になるとドナーを卒業することになる。これに対し、現在登録中のドナーの構成比は40代以上が6割という状況だ(22年12月末時点)。つまり、ここ10年で22万人が55歳を迎えてドナーを卒業してしまうという危機的状況なのだ。これに対して、若い世代の登録が増えていればいいのだが、調査*では骨髄バンクの活動内容も含めて知っていると回答したのは18~29歳で14.2%、30~39歳で23.3%と全体平均の25.1%を下回っており、まだまだその認知度は低いのが現実だ(※)

※「移植医療に関する世論調査(平成29年8月調査)」(内閣府)
https://survey.gov-online.go.jp/h29/h29-ishoku/zh/z11.html
 

さらにドナー適合者として選出されたとしても、実際には健康上の理由と併せて、それ以外の理由で提供に至らないケースも多い。適合通知を受け取りながらも提供を辞退した方のうち、健康上の理由以外で辞退した方の理由の割合が下記グラフで「都合つかず(40%)」「連絡とれず (32%)」が上位を占める。移植前の事前の検査があり、骨髄液等の採取には3〜4泊の入院も必要で、退院後の検査通院もある。その意思はあっても、勤める会社や通う学校でサポート制度を持つところは現状では少なく、泣く泣く移植機会を諦めるドナーも多いという。ドナー登録者数を増やすことも大事だが、併せて実際の提供段階でそれをサポートするような社会的制度の整備も同じく重要なのだ。

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終了理由の割合(2022年度)日本骨髄バンク調べ

今回開催された「#つなげプロジェクトオレンジ」のキックオフイベントでは、過去製作されてきた啓発ポスターなども紹介された。余談ではあるが、白血病で亡くなった女優の故夏目雅子さんを起用した2001年当時のポスターには、その移植待ちの患者数が1600人と記されており、先に紹介した現在の移植待ち患者数とほぼ変わらない状態だという。いまだ足踏み状態ともいえる状況を患者数ゼロにする目標のハードルの高さを今一度突きつけられた気がした。

ドナー登録者数の先に、ドナーサポートの環境整備が急務

社会的なサポート制度の整備は企業や大学などの組織がこれまでのルールを変えねばならず、そのハードルは高い。その実現のためには意思を持った存在のリードが不可欠であり、例えば企業経営者、あるいは大学の理事長などが率先して声を上げる必要があろう。ただし、これらの取り組みの初期において、ある程度の手間が掛かろうとも、その先の社会からのポジティブな評価を考えれば決して損はないはずだ。これら活動を中心的に推進していくべき関連行政もこの振る舞いに対して歓迎および感謝の意を示すことだろう。企業は一市民としてコミュニティにおける新たな役割を果たすことがいままさに求められているのだ。

実際に、企業に対してこのような社会活動への積極的な参画を望む声は拡大している。ソーシャルグッドと呼ばれる、社会に良き活動への人々の共感は、特に若い世代で強く、リクルーティングをはじめ、若い世代と接点を持ちたい企業にも良い機会となるはずだ。

ドナー登録の啓発に重きを置いてきた日本骨髄バンクも、現在では企業や自治体、大学における「ドナー休暇制度」や、収入などをサポートする「ドナー助成制度」などの周辺条件の整備を併せて強化している。今回立ち上がった「#つなげプロジェクトオレンジ」は、このような企業や人のさまざまな応援を、WMDDをきっかけに一つの大きなムーブメントとして可視化していこうという骨髄バンクの改めての決意であり、宣言でもあるのだ。

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世界の先行キャンペーンでは、団体と個々人が共創・創発

実は海外のWMDDではすでにかなり大掛かりなキャンペーンが展開されている。例えば、9月の第3土曜日に設定されたWMDDにナイアガラの滝をオレンジ色にイルミネーションして啓発したり、漫画家であるアンガス・キャメロンによる、ドナーを献身的ヤングヒーローとして表現したバーチャルコミックブックを制作し公開するなど、幅広い。ちなみにこのバーチャルコミックはフロリダのポップカルチャーが集うコンベンションでも活用され、ドナー登録への勧誘も行った。また、ソーシャルメディアキャンペーンでは実際のドナー提供者やドナー登録した大学生などそれぞれが工夫を凝らしたコンテンツを投稿、10万超のインプレッションと16万8000のポテンシャルリーチを達成しており、若い世代との接点として効果を上げている。その成果が評価され、南アフリカ地域の卓越したコミュニケーション事例を表彰する賞であるThe Loeries Awardsのグランプリを受賞している。

ソーシャルメディアの活用により、世界中で行われている活動は広く共有され、それぞれの活動の熱さがその他の地域のチームのやる気にも跳ね返ってきているようだ。同じ目的に向け、世界中の意思ある人々が、WMDDの24時間をフル活用する。その盛り上がりは時間の経過とともに地球を一周していくわけだ。以前とは異なり、その活動内容を画一的なものに統一せず、各エリアの独特なやり方をWMDD本部も推奨しているという。メッセージの受け手がそれぞれそれをどう受け止め、自身の行動に結びつけていくのか、ここにも各者のアイデアが発揮されるはずだ。これまでの慣習を超越した新たな取り組みがここで生まれ、若年層含めて賛同者を増やしていくハッカソン的なプロセスは、WMDDプロジェクトのイマっぽい設定といえそうだ。

日本でも、今回のキックオフを起点に若年層との接点を紡ぐソーシャルメディアキャンペーンを行うという(https://twitter.com/JMDP1789)。すでにこの活動を知り、サポート手段を探る企業などからこれらのビジュアルを使ったグッズ展開への問い合わせもあるらしい。もし賛同の想いがあるのならば、先んじて具体的行動を取ることで当該活動をリードするポジションをアピールできる良きメッセージ機会にもなるだろう。

社会課題に対する企業の取り組み、メディアのスタンス

キックオフイベントでは企業やメディアからの登壇者もその思いを語った。「社会とつながる企業活動って?〜「意義」でつながる時代の仕事論〜」と題したセッションでは、タリーズコーヒージャパンの知久和男氏とビーコンコミュニケーションズの川見航太氏がその現状の取り組みを語った。

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タリーズコーヒージャパンの知久和男氏(中央)とビーコンコミュニケーションズの川見航太氏(右)

コーヒーショップのタリーズはその出店戦略に特長があり、広尾の日本赤十字社医療センターへの出店を皮切りに2004年から病院内への積極出店をしているという。病院内でも患者の人たちに街中にいるようなリラックス空間を提供できないかと考えてのことらしい。2020年からは骨髄バンクのパンフレットを店舗で配布するようになり今日まで関係が継続している。このような取り組みも実はそのきっかけは個人の呼びかけによることが多いとし、その意思の強さが結局は会社を動かし、スタンスを定着させるのだと語った。

「#つなげプロジェクトオレンジ」のコピーなどを制作したビーコンコミュニケーションズの川見氏は、企業が社会課題に取り組む姿勢は、人がその企業の商品を選ぶときにも影響し、採用活動にも響いてくるとし、これからの企業はお金を稼いでいるだけでは人々に受け入れられないとした。その意味で、今回の「#つなげプロジェクトオレンジ」のような社会に対する投げかけに企業は注目し、自社が関わる意味合いを積極的に見つけてほしいと語った。またこのような啓発活動をタリーズのようなカフェが先導できるなら理想的であり、それぞれが自社の専門性を生かしてこれらに取り組む輪を作る機会づくりが重要とした。ちなみにこのような異なるセクターの組織が協業するチーミングは、欧米で先行している「コレクティブ・インパクト」と呼ばれる多様な組織のコミットメントに近いだろう。(コレクティブ・インパクトについては、別記事もあるのでぜひご参照いただきたい。https://dentsu-ho.com/articles/8624

またメディアの立場としてこれらの活動にどのようなスタンスを取るべきなのか、「伝えるメディアから、つなげるメディアへ。〜SNS時代、個人の思いとメディアの役割〜」と題して、元NHK河瀬大作氏のモデレートの下、テレビ東京報道局 WBSキャスター/デジタル副編集長豊島晋作氏、朝日新聞withnews編集長の水野梓氏が登壇した。

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河瀬大作氏(左)、豊島晋作氏(中央)、水野梓氏(右)

ここで語られたのは、メディアは常に客観的立場として物事を語らねばならないという大方針の中、どこまで個人的な意見を発信できるかということ。自身も骨髄ドナー提供をした経験者で、その時のプロセスをニュースで扱うよう自ら進言し、採用された豊島氏はその立場の難しさを語りつつ、とはいえ人々に届けるべき情報をテレビの責任としてこれからもしっかり伝えていくとした。

同様の問題に対し水野氏は、組織としてのメディアの立場もありつつ、一人の人間としてこの人が言うのだから聞いてみようと思われるよう伝えていきたいとした。モデレーターの河瀬氏は、「メディアの役割も日々変わっている。これからは伝えることから、つなげる立場も意識しながら振る舞うのが大切なのではないか」と締めくくった。

メディアの客観性は確かに守らなければならないとりでである一方、伝える個々人は普通の人間であり、そこの葛藤が伝えられ、また苦悩している立場を知る良き場となった。とはいえ今後、メディアというフィールドに立ちながらも、その上で個人の意見を発信できる環境に変化していくのではないだろうか。欧米のメディアでもニュースアンカー(司会)と呼ばれる存在は常に自身の意見を明らかにするのが通常。日本のニュースでもそういった発言は増えてきているように感じる。個人の意見を発信することに慎重になることもあると思うが、今回のキャンペーンなどに対して、それを推奨する姿勢を誰が否定するというのだろう。また同様のゴールを求める団体が複数存在しようとも、同じ課題に向き合う立場ならば少々の主義・主張の違いは収めつつ、まさに協働して一気に課題解決に向かえるのではと思うのは私だけではないだろう。

スポーツ界でもサポートの声が続々 試合観戦に「ピースドナーシート」提供

キックオフイベントが行われた9月16日同日、広島東洋カープ対阪神タイガース戦が行われる広島県のMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島では骨髄バンクについて知ってもらうため「ピースドナーシート」が設置され、25歳以下の20人が招待された。試合前には別途設置されたブースで骨髄バンクの現状や課題が説明され、元患者らも参加しドナー登録を呼びかけた。成人T細胞白血病と診断され今年6月に亡くなった広島カープOBの北別府学さんは、骨髄移植手術を受け病気と闘ったというつながりもある。このアイデアは昨年、日本骨髄バンクが高校生や大学生の参加協力を仰ぎ実施した「社会を変えるアイデアフェス~想像力が、いのちを救う。~」から生まれたものだ。(https://www.youtube.com/watch?v=mEFJjuUBii4

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2022年9月に行われた「社会を変えるアイデアフェス~想像力が、いのちを救う。~」。日本骨髄バンクが開催したイベントで、高校生や大学生が「骨髄ドナー不足の課題」をテーマにアイデアを出しあった。このアイデアフェスで生まれたいくつかのアイデアは、ポスターなどにされ啓発活動に使われた。また、これらのアイデアを実践につなげるため、各所への働き掛けが継続しているという。

最初にこの「ピースドナーシート」を採用したのが2023年4月のVリーグ・ファイナルステージ男子の決勝戦。会場である代々木体育館でシートの設置と啓発のための勉強会、募金活動などが行われた。

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そしてアイデア発案者である東広島市にある黒瀬高校の生徒たちの望みがかない、ついに彼らの地元、広島カープの試合でもこれが実現した。当日参加した20人は「#つなげプロジェクトオレンジ」にちなんだオレンジカラーのタオルを掲げて応援を重ねた。

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その他、ラグビー界でも東京サントリーサンゴリアス木村貴大選手がオレンジのリストバンドを試合中に装着して臨むなど、スポーツ界からの支援の声も増えてきている。木村選手は知人を通じて知り合った「特発性再生不良性貧血」という血液の難病を患うラグビーファンの5歳の田中けんちくんと出会い、この行動を起こそうと決めたという。「#つなげプロジェクトオレンジ」のキックオフイベントにも参加し、その啓発の大切さを改めて語った。

日本骨髄バンク広報チームの鈴木慶太主査は「若い方との接点にスポーツは、非常に大きな力になると考えています。病気によってスポーツができなくなった患者さんを、そのスポーツのファンが応援する気持ちがひとつになれば、社会を変えていくことができるはず。このようなサポートの実例を重ねて、同様の支援に興味を持っていただける企業や団体の方々と協働が広がることを期待したいです」と語った。

今後、「#つなげプロジェクトオレンジ」は、ソーシャルメディアキャンペーンと並行して、これらの具体的活動の仲間を募りながら、広く展開していきたいとしており、どういう企業が参画していくのかも注視していきたい。

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