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今こそ見直そうPRの本質/そのミライNo.6

PRとパブリックポリシー。「パブリックアフェアーズ」と「ブランドアクティビズム」の可能性

2023/12/11

PRとパブリックポリシー

法律、制度、規制など、社会にはさまざまなルールがあります。

しかし、時間の流れとともに社会情勢にそぐわない状況が生まれたり、利害関係者にとって不公平を招くこともあります。一方で、ルールがないために既成事実が先行し、新たなルール策定が必要になる場合もあります。

ここでいう「ルール」とは、国レベル、自治体レベルの法律や条例といったハードローだけではありません。法律の解釈や、民間の業界団体が自主的に定めたガイドラインなどのソフトローも含みます。

本稿では法律、規制、基準など、ルール制定・改定・廃止に関わる意思決定のプロセスを「政治」と定義し、PRがどのように合意形成に貢献できるのかを論じていきます。

国家や自治体の政治をつかさどるのは行政、政府ですが、ルールメーキングの担い手は政府、自治体だけではなく、企業やブランド、業界団体、NPOなどにも及びます。これらのルールメーキングのプロセスを、「パブリックアフェアーズ」と「ブランドアクティビズム」の視点から見ていきます。

●パブリックポリシー
公共政策。一民間企業や業界だけでは解決できない構造的な社会課題について、国際機関や政府、自治体などの政策部門が主導して解決を図る、その施策や方針のことを意味します。
 
●パブリックアフェアーズ
企業などの組織や、その所属する業界が、時代に合ったビジネス環境に改善するためルールの制定・改定・廃止を目指して活動することを意味します。政府や自治体にもパブリックアフェアーズの機能はありますが、本稿では主に企業やブランドにおけるパブリックアフェアーズについて述べます。

●ブランドアクティビズム
企業やブランドが、自らの政治的立場を明らかにしたり、社会課題を解決するため、ルールの変更を促す活動を行うことを意味します。
<目次>
「アドボカシー活動」を通したパブリックアフェアーズとは?

もう企業は「ブランドアクティビズム」を避けて通れない

企業やブランドは「社会課題の解決」を担うことが期待されている

「アドボカシー活動」を通したパブリックアフェアーズとは?

2023年は、注目度の高い法改正・ルール変更が報じられる年でした。

たとえば、デジタルマネーによる賃金の支払いが解禁となったり、自動運転に対応するために道路交通法が改正されるなど、テクノロジーの発展を受けて、ルールも後追いするように制定されていきます。

また、古くから未来像に描かれ続けてきた「空飛ぶクルマ」が、ドローン(無人航空機)の開発を通じたマルチコプター技術により、いよいよ現実的なものになってきました。ただし、一個人がドローンを自家用車のように使える社会に至るためには、まだいくつものルールや規制が必要となります。

さらに、2022年末から急速に利用が広がっている生成AI「ChatGPT」。これもレトロフューチャーで描かれ続けた「人間のように話すアンドロイド」の実現を予感させるものですが、個人情報保護法やGDPR、知的財産権、人権侵害の可能性など、幅広い分野で法的リスクの議論が巻き起こっています。

こうした新たなテクノロジーの実用化に当たっては、開発企業が単独で法整備を目指すのは難しく、多くの利害関係者を巻き込みながら、「アドボカシー活動」を展開する必要があります。

アドボカシー(英:advocacy)とは「擁護」「支持」といった意味ですが、PR業界ではそのままカタカナで、「特定の政策実現のため意思決定者に影響を与える活動」として使われる言葉です。

例えば「ペイシェント・アドボカシー」といえば、製薬会社などが、現在の環境下で患者が受ける利益や被害を考慮し、よりよい環境へと是正するため、政策に働きかける活動です。時に新薬の承認や、ワクチンの公的補助といった、ヘルスケアの政策に大きな影響を与えます。

こういったアドボカシー活動を通して、企業・組織が、時代に合ったビジネス環境にすべくステークホルダーを含むパブリック、政策決定者などと対話をし、新たなルール策定にかかわり、新しいルールをつくったり、既存のルールを廃止・改定していく活動が「パブリックアフェアーズ」です。

パブリックアフェアーズはPR(パブリックリレーションズ)の重要な領域の一つで、メディアリレーションズ、ガバメントリレーションズなど、各種のPR活動を包含するものです。

パブリックアフェアーズには、さまざまなアプローチ方法があります。パブリックにメディアなどを通して、「レギュレーション変更によってもたらされる利益」について認知・理解してもらうための情報発信をしたり、政策決定者・規制当局に対して、レギュレーション変更の働きかけや政策提言といったアドボカシー活動を行います。

経済産業省が行った「社会課題解決型の企業活動に関する意識調査」では、「ルール形成型 市場創出」に積極的に取り組んできた上位37社の年平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)は、約4%となっています。日本企業の平均0.8%と比較して、実に5倍程度の開きが見られます。

企業や組織が、パブリックに積極的に働きかけを行い、新しいルールが必要な背景や、現状の課題を訴えること。そうしたアドボカシー活動が、時代に合ったビジネス環境の構築や、本来生活者が享受すべきよりよい生活環境の広報につながり、結果としてビジネス拡大につながっているケースが多数あることがうかがえます。

まとめると、「法律制定の影響を受ける企業・団体やその周辺」を、アドボカシー活動などによって巻き込みつつ社会的ムーブメントをつくっていくことが、日本におけるパブリックアフェアーズのポイントといえるでしょう。

なお、一企業で上記のようなパブリックアフェアーズを行うこともありますが、経済団体、業界団体など、複数組織が団結して立法・法律の改定・廃止を働きかけることも同様にあります。

もう企業は「ブランドアクティビズム」を避けて通れない

日本企業はこれまで、特定の政治的なイシューに対して自らの立場を明らかにせず「コメントを差し控えさせていただきます」といったニュートラルなスタンスでリスクを回避する傾向がありました。

しかしながら、グローバルにビジネスを展開する企業の場合、たとえ日本国内であっても「ノーコメント」が通用しない時代になりました。

社会現象や社会課題、社会的に注目される事件・事故に対して、自社のブランドロイヤルティの低下につながる場合や、掲げたパーパスとのギャップがあるときには、会社として異を唱えるメッセージを発信したり、キャンペーン活動を展開するなど、積極的な関与が求められる時代になってきているのです。これをブランドアクティビズムといいます。

近代マーケティングの第一人者で経営学者のフィリップ・コトラー博士は、「The Marketing Journal」(2019年12月)のインタビューで、以下のように述べています。

「ブランドアクティビズムはCommon Good(公共の利益)を推進するために、何らかの社会的責任を取りたいと企業が宣言することである」

「何もしないことのリスクは、立ち上がることによって起きるリスクを上回る」

今後、ブランドアクティビズムを通し、政治を動かすムーブメントをつくるケースも増えていくことが想定されます。

以下のナイキの例は、既存のルールを変えようと、ブランドが積極的に動いたケースです。

同性婚合法化を支持するキャンペーン「Swoosh Vote」

オーストラリアでは、2004年にハワード政権が「結婚とは男性と女性の間で行われるもの」という「Marriage Act」を制定して以来、同性婚が禁止されていました。そのため、2017年時点では、英語圏の国で同性婚が認められていない唯一の国となっていたのです。

2017年、オーストラリアで「同性婚」の是非を国民に問う郵便投票が行われました。ナイキは、「競技場の中であろうが外であろうが、人は平等でなくてはならない」という信念を持っており、このタイミングでおなじみのロゴ「Swoosh(スウッシュ)」を投票のチェックマークに見立てたビジュアルで、同性婚支持のキャンペーンを展開しました。

大型店舗の入り口の壁から、レシートの紙、紙のショッピングバッグに至るまで印刷された「Swoosh」マークは、“賛成”投票のシンボルに変化しました。インフルエンサーには、このキャンペーンの限定商品であるシューズがデザインされ送られたのです(写真左)。

同性婚合法化を支持するキャンペーン「Swoosh Vote」

シンプルなアイデアでしたが、ブランドロゴから伝わる強いメッセージが、見た人の心を一瞬で揺さぶりました。

ナイキ以外のブランドによるキャンペーン展開も重なり、数々の働きかけが世論の波を増幅し、2017年9月から2カ月間にわたり行われた国民投票では、全人口の79.5%に当たる1270万人が投票に参加。賛成62%、反対38%で「賛成多数」という結果に結び付きました。そしてついに、同年12月に正式に同性婚が合法化されたのです。

Nike「Nike Australian Marriage Equality Swoosh Vote」|Cannes Lions 2018
https://www.youtube.com/watch?v=Y2bB-wo7tIY


企業やブランドは「社会課題の解決」を担うことが期待されている

ここまで、企業やブランドがそれぞれの立場で、ビジネス環境の改善や社会課題の解決のため、ルールメーキングに働きかける話をしてきました。最後に、今後の社会の展望を考えます。

パブリックアフェアーズは、「ビジネスを推進するための重要な活動」として認識されるようになってきていますが、今後はさらにブランドアクティビズムが全世界的に求められるようになると予想されます。

ここで、2022年3月に南カリフォルニア大学アネンバーグ・センター・フォー・パブリックリレーションズが発表した「グローバル・コミュニケーション・リポート」を見てみましょう。

このグローバル調査は1600人のPR実務家、メディア、教員、学生を対象として実施されました。回答者の過半数はアメリカ人ですが、複数の国にまたがって行われたこの調査で、今後企業やブランドが社会課題の解決を担っていくことが予想されているのです。

アンケートに回答したPR実務家の85%が、「今後5年間で特定のコーズ(※1)に対するアドボカシー活動を行う企業が増える」と予想しています。

※1:コーズマーケティング(英語:Cause marketing)
/またはコーズリレーティッドマーケティング(英語: Cause-related marketing)

特定の商品の購入行動と、社会貢献を結びつけた販促キャンペーン。単なるCSRではなく、企業のマーケティングとひもづいていることが特徴。日本では、1960年にスタートしたベルマーク運動が、コーズマーケティングの先駆けとされている。

 

そしてPR実務家の83%が「企業は重要な課題に対応する力強いプラットフォームを持っている」と回答。同じく75%が「企業はそれら課題を解決するリソースを持っている」と答えています。

また、82%が「企業は従業員や顧客のウェルビーイングに責任があり、団結力のある、調和の取れた社会を維持することに本来的な関心を持っている」と回答しています。

なお、未来の話だけでなく現時点についても、47%が「積極的に社会課題に取り組むことはブランドレピュテーションの向上に寄与した」と回答、43%が「従業員の士気を高めた」と回答しています。

さらに32%が「就職希望者を集めることに貢献した」、31%が「新しい顧客を獲得するのに役立った」と回答しています。

これまで、社会貢献活動は、企業の本業に“アドオン”として行われることが多かったのが事実です。しかし今や、調査結果からも明らかであるように、レピュテーションを向上することが顧客を増やすことにも貢献します。企業にとって、社会貢献活動を“経営戦略の一部”として認識し、より積極的に取り組む意味も強まるでしょう。

また、コーポレートコミュニケーション視点でも、顧客および従業員とのエンゲージメント強化や、リクルーティングにも効果を発揮するのは間違いありません。

「企業が一社会市民として、人々の生活環境を改善するためのルールづくりをする」ことへの社会の期待は高く、今後は社会課題や政治に対しても、積極的に発言していくスタンスが求められているといえます。

企業やブランドが、人権問題などに対しその政治的立場を明らかにし、臆することなく課題解決に対してプロアクティブに働きかけ、取り組むことで、社会の共感を獲得していく時代となるでしょう。

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