PRとマーケティング。Z世代、α世代へのアプローチから考える
2023/10/10
パブリックリレーションズ(PR)の本質を多面的な視点から考察する本連載。今回は「マーケティングとPR」についてお話しします。
といっても、これを一からひもとくことは、領域が広過ぎてブリタニカ百科事典もかくやというボリュームになってしまいます。
そこで本稿では、今、近い将来に消費をけん引する層としてマーケティングにおいても注目されている「Z世代」「α世代」に焦点を当てながら、「モノを売る」という目的においてPRが果たす役割について考えていきたいと思います。そこに、マーケティングとPRの普遍的な関わりを見いだすことができるでしょう。
本稿は、電通PRコンサルティングの高須満理子が担当します。
<目次>
▼エモくてチルい?Z世代の価値観と消費行動
▼“レトロ”に新鮮味。“古着”に社会的意義。Z世代マーケティングの鍵とは?
▼コミュニティの細分化でPRも変化する?
▼Z世代に続く、「α世代」にPRはどう向き合う?
▼マーケティングとPR――変わるミライ/変わらぬミライ
エモくてチルい?Z世代の価値観と消費行動
「Z世代」は、1990年代の半ばから2010年代の初頭に生まれた世代のことです。生まれたときからすでにインターネットやデジタルデバイスが存在しており、デジタルネーティブ、スマホネーティブであるのが大きな特徴です。
Z世代・ミレニアル世代に詳しいウェブメディア「AMP」の堀部祐太朗編集長は以下のように解説します。
「一つ前の世代とされるミレニアル世代も、ある程度デジタルデバイスやソーシャルメディアへの感度は高いのですが、Z世代ではこうしたプラットフォーム上のコミュニケーションで培われた、『エモい』(※1)、『チルい』(※2)といった“感受性に訴える価値”が、より重要になっています」
※1 エモい……emotionalから転じた語。心が揺さぶられる、趣がある、といった意。
※2 チルい……chill outから転じた語。くつろげる、まったりする、といった意。
こうした要素を反映しやすいのが「Instagram」や「TikTok」といったソーシャルメディアです。特にZ世代の間で「TikTok」の支持率が高いことはご存じの通りです。
「TikTok」は音楽に合わせて動画を撮影・加工し、ハッシュタグを付けて共有できるソーシャルメディアです。写真や動画を選ぶだけで、「自分だけ」の「エモい」「チルい」オリジナルコンテンツが作れる点が、Z世代から支持されています。
自分の興味に合った動画が次々と表示されるため、短時間でストレスなく大量の情報に接触することができます。手軽に効率よく最新のトレンドを知るツールとして、いわゆる「タイパ」(時間効率)を重視する彼らの価値観にもマッチしています。
また、ソーシャルメディアの利用が当たり前のZ世代は、これらのメディアを通して社会問題について考えたり、自らの考えを発信したりします。ソーシャルメディアを通して多様な価値観を持つことに寛容ともいえ、考え方の主語が「自分」だけでなく「私たち(社会)」となっています。
そのためSDGsに代表されるような社会・環境問題にも敏感で、「若年層ほど企業のESG活動に対して敏感である」という調査結果も出ています(出典:企業広報戦略研究所「2022年度ESG/SDGsに関する意識調査)。
そして彼らはただモノを購入したり、自分が楽しんだりするだけでなく、そこに社会的・文化的価値を求める消費行動=「イミ消費」が伴っていることにこだわりを持ちます。
“レトロ”に新鮮味。“古着”に社会的意義。Z世代マーケティングの鍵とは?
このように、Z世代にはそれまでの世代とは違う価値観や情報の消費が見られますが、彼らのインサイトを突いたマーケティングとはどのようなものなのでしょうか。
ここ数年、Z世代を中心に、昭和・平成時代に流行したものを「エモい」と感じ、さまざまなものをソーシャルメディア上でシェアする、「レトロブーム」という現象があります。
レトロブームはこれまでにもありましたが、それらはその時代を知っている人々による懐古趣味でした。今起きているブームは、その時代を知らない若者たちがその担い手であることが特徴です。デジタルで育った世代であるが故に、アナログなものがかえって“新鮮”と捉えられるのです。
埼玉県の「西武園ゆうえんち」は2021年に、100億円を投じ「心あたたまる幸福感」をコンセプトに1960年代の「昭和レトロ」な世界観へとリニューアルしました。その結果、Z 世代を取り込み、来場者の大幅増につながったといいます。
また、古着市場が拡大していることも注目すべき現象です。レトロファッションの流行には、デザインだけでなく、サステナビリティの観点が影響していると考えられるからです。多くの若者がファストファッションの新品購入から古着へとシフトし、アパレル業界が抱えていた環境問題に意識が向いているのです。
古着だけではなく、高級ブランド、大手有名ブランドの新品であっても、廃材を利用して作られたファッションを販売することが増えています。環境への配慮が、Z世代にとっては重要視されるポイントになっているのです。
まとめると、Z世代向けのマーケティングでは、ソーシャルメディアでの情報の波及と、単なる消費以上の部分に価値を見いだす「イミ消費」をいかにうまく組み合わせられるかが重要だといえます。
コミュニティの細分化でPRも変化する?
もう一つ、Z世代を含めた消費性向の表出として興味深いのが「推す」という行動です。これは、80年代後半に現れた「オタク」の延長線上にある趣味嗜好(しこう)の在り方といえます。
クロス・マーケティングが2020年11月に実施した調査では、新型コロナ拡大後に「推し」始めたものがある人が、20代で回答者の4割を超えているという結果が出ています。
企業でも、さまざまな「推し」マーケティングが展開されています。大手音楽ソフト販売のタワーレコードは、「推し活」を応援する各種グッズを企画・販売するほか、店舗ごとに「推し」のアーティストを掲げて顧客とのコミュニケーションを図っています。
大手文具メーカーのパイロットは2021年に、「ドクターグリップ」シリーズの新製品として、アイドルやキャラクターのイメージカラー(通称「推し色」)をテーマにした文具を展開しました。
矢野経済研究所が2022年10月に発表した「『オタク』市場に関する調査(2022年)」(※3)によると、2022年度の市場規模は例えば「アイドル」分野で1650億円(ユーザー消費金額ベース)、「アニメ」分野で2800億円(制作事業者売上高ベース)と予測されています。「推し」はアイドルやアニメに限ったものではありませんが、いずれにせよオタク市場は大きなマーケットであることがうかがえます。
※3 出典:株式会社矢野経済研究所「『オタク』市場に関する調査(2022年)」(2022年10月26日発表)注:2022年度は予測値
「“オタク”は目立たずこっそりと楽しむものでしたが、“推し”はオープンなもので、ソーシャルメディアの自身のプロフィールに“推し”を書き、積極的に同士でつながろうとする傾向があります」
「今まではX(旧・Twitter)のようなプラットフォーマーがいて、その中でコミュニティをつくり上げてきましたが、今後はメディアも細分化していき、趣味嗜好を突き詰めていくようになるでしょう」
と前出の堀部氏は言います。
こうした状況を踏まえると、PRにおいても、テレビや新聞などを中心としたアーンドメディアを使ってコスパ良く「情報をどこで(どのメディアで)伝えるか」というだけでは不十分です。
それ以上に、ソーシャルメディアの活用をより重視し、さまざまなメディア・プラットフォームをミックスさせるとともに、その上で「何を伝えるか」というコンテンツづくり・ストーリーづくりが重要になってきています。
情報流通構造の設計をするだけでなく、生活者のニーズやインサイトから、「何を提供することが生活者や社会全体との合意形成につながるのか」、その視点を持たなくてはいけないのです。
そのための手法の一つとして私たち電通PRCが2020年頃から活用しているのが、「ソーシャルハンティング」と呼ぶ調査です。これは、ソーシャルメディア上から、企業や商品のコミュニケーションに役立つフィードを「捕獲」(ハンティング)するという意味から名付けた手法です。
声の多寡ではなく、たった1人の声だったとしても、その内容に着目し、「感情が発露している」、あるいは「トレンドの兆しを感じる」フィードを捉え、企業や商品のコミュニケーションに生かすアプローチです。X(旧・Twitter)上で発話している個々人の課題を、生活者の課題として設定しています。
無理に大きな社会課題を設定してプランニングするのではなく、その企業が取り組むべき最適なサイズのイシューを設定することで、生活者自身が自分ゴト化しやすいアプローチを組むことができ、結果的により多くの共感を得ることにつながります。
Z世代に続く、「α世代」にPRはどう向き合う?
さて、ここまでZ世代について見てきましたが、続く「α(アルファ)世代」(※4)では、Z世代に見られた消費性向がさらに加速すると考えられます。
※4 α世代=一般的な定義では、2023年に13歳以下の世代。
前出の堀部氏は、以下のように分析しています。
「最近では特定の管理者がいない、ブロックチェーン技術による双方向分散型デジタルネットワーク『Web3』が提唱されています。Web3においては、現在のように強力なプラットフォーマーの下に全ての人が集う『中央集権型』とは異なる形で、分散型のコミュニティが発達するという予測もあります。
α世代はZ世代と比べてソーシャルメディア疲れや、情報を自ら発信することのリスクも理解しており、不特定多数の人に発信するよりも、個人やコミュニティの中で発信していくことが中心となってくるでしょう。α世代をターゲットにしようとしても、所属するコミュニティが細分化されてくるため、ひとくくりにはできず、画一的なマーケティングも難しくなってくると思われます」
常にデジタルテクノロジーと触れながら成長するα世代は、オンライン上でさまざまな情報を共有し合いながら、さまざまな体験を積んでいきます。そんな彼らのコミュニティは細分化され、そして複雑化していくことが予想されます。
これまでのようなパブリシティでの認知獲得や、それによる行動変容を狙うようなやり方は、ますます通用しなくなっていくでしょう。
現在もPRの実務担当者は、ターゲットインサイトに基づいたストーリーやコンテクストづくりを日々行っています。しかしα世代が消費活動の主役となる時代には、今以上に世代のインサイトを捉え、情報の拡散されやすさ(特にデジタル領域)、新たな行動特性やコミュニティの特性を捉える能力を求められるでしょう。
そうした時代には、単に多様性を「認めている」というだけでは足りません。何よりも「理解している」ことが、α世代の共感・支持を集めることになるからです。
マーケティングとPR――変わるミライ/変わらぬミライ
さて、本シリーズの「PRとメディア」では、企業や商品のマーケティング・プロモーション活動の一機能としての 「パブリシティ」に触れました。
また、「PRと日本」では、ビジネスとしてのPRが、本邦では戦後に広告代理店により取り入れられたことをご紹介しました。
関連記事:PRと日本。「PR、誤解されがち問題」の源流とは?
関連記事:PRとメディア。その定義は「場」から「つながった人々」へ
かつてのマーケティング手法としてのPR(あえていえばパブリシティ)は、マスメディアを介することで、その圧倒的な情報波及力と、情報の“格付け機関”としての信頼性に依拠した手法でした。そこには「メディアリレーションズ」という、情報の担い手の理解を得る、というプロセスが必要でした。
それでは、「Z世代」「α世代」を対象としたマーケティングとPRはどうでしょう?生活者にとってのマスメディアの捉え方の違いや、情報に格付けする主体の違いこそあれ、従来のPRと相似したものに見えるのではないでしょうか。
IT(情報技術)革命は今後も進展し、人と情報の関係性も変化していくことでしょう(そこにはもちろんAIも重要な“メディア”として介在してくるでしょう!)。
情報流通の複雑化とともに、PR実務担当者の業務も、量と求められる質が増していきます。何をすべきか迷うことも増えてくるでしょう。その時、PRを理解する人には、立ち返るべき場所があることを思い出していただきたいと思います。
PRとは、人々の意見や関心事に寄り添いながら、メッセージ発信を繰り返す双方向コミュニケーションにより、信頼関係を築くことを目指す営みである、ということを。