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今こそ見直そうPRの本質/そのミライNo.4

PRとメディア。その定義は「場」から「つながった人々」へ

2023/06/26

PRとメディア

パブリックリレーションズ(PR)の業界で「メディア」というと、通常はニュースメディア(報道メディア)を意味します。つまり、職業としてニュースを伝える人や、それらの人が所属する組織を指します。

しかし英語のmediaはもともと「媒体」という意味であり、広義では、報道メディアだけでなく、情報伝達のためのさまざまなチャンネルを含みます。

例えば、オウンドメディア、ソーシャルメディア、広告メディアなども、“メディア”という言葉がついており、情報仲介する媒体の一種としてニュースメディアと並ぶ存在と捉えるべきなのです。

本稿では電通PRコンサルティングの井口理が、これらのさまざまな「メディア」とPRの関係性について、そのトレンドと今後の予測を試みます。

<目次>
情報の伝達のみならず、「リレー機能」を持つメディア

メディアは情報経路であり、また情報の「格付け機関」でもある

ニュースやソーシャルメディアだけじゃない、メディアの複合的活用が重要に

メディアごとにペルソナを使い分ける生活者

人と人とのつながり自体を「メディア」と捉える時代へ

情報の伝達のみならず、「リレー機能」を持つメディア

「メディア(media)」という言葉の語源は、ラテン語の「medium」の複数形です。mediumは、17世紀ごろには「中間」「介在」といった意味で主に用いられていました。つまり、現在の「メディア」という言葉は、情報媒体の集合体を意味しているとも捉えられます。

コミュニケーション業界では、情報を広く、多くの人々に届ける上で、その情報接触の効率性から、いわゆる「マスメディア」を重用してきました。マスメディアは「mass=一般大衆」に情報を届ける媒体として定義され、これまでは新聞や雑誌、テレビがその役割を長く担ってきました。

しかし、インターネットの出現により、ウェブサイトやブログ、さまざまなソーシャルメディアが台頭し、人々の情報入手経路も大きく変化したのはご存じの通りです。2021年には、インターネット広告費が4マスメディアの広告費合算を初めて上回りました。

ネット広告の増加と併せて、ソーシャルメディアを通じた各所からの情報発信も活発化してきました。人々が、多くの情報をオンライン上で消費する時代となったわけです。併せて企業やインフルエンサー、一般人も含めた情報発信主体者の群雄割拠が起こり、そこにはかつての王者であった新聞やテレビも一プレーヤーとして参戦し、しのぎを削る状態です。

情報流通の経路は複数存在し、それらをどう組み合わせ、コントロールしていくかが、われわれコミュニケーションに従事する者たちに課せられた大きな役割となりました。

ネットを通じた情報発信者には、新興のウェブメディアのみならず、新聞、雑誌、テレビ、ラジオといった従来の4マスメディアも含まれています。一時、「インターネットは4マスに続く第5のメディア」という捉え方をされたこともありましたが、実は4マスメディアを含めた全ての情報発信者を取り込む、“情報プラットフォーム”がインターネットなのです。

かつて許可制で情報発信者としての地位を手に入れた放送事業者は、いまやインターネット上で個人のインフルエンサーと、互いにフラットな立場でソーシャルメディアのフォロワーを競い合う状況になりました。各プレーヤーが入り乱れる、まさに下克上、戦国の時代と呼ぶべき争乱のフィールドが誕生したといえるでしょう。

そして、かつてはパブリッシャー(情報の作り手)とメディア(情報の流通経路)が一体であった環境は、「作り出されるコンテンツ」と「情報流通のプラットフォーム」に分割されました。一つのパブリッシャーが複数のプラットフォームで同じコンテンツを提供するという状況も、当たり前になりました。

また、インターネット上の各プラットフォームには、パブリッシャーと受け手をマッチングさせる、多様なアルゴリズムが機能するようになりました。情報がただ流れる場所だったプラットフォームは、各プラットフォームの振り分けルールに基づき、受け手の属性や興味関心に合わせて情報が取捨選択され、伝達される場へと変化していったのです。

こうしてオンラインメディアとしてのプラットフォーム/ソーシャルメディアは、まさに情報の「仲介者」としてのリレー機能を持つようになりました。

メディアは情報経路であり、また情報の「格付け機関」でもある

次に、「PR」視点からのメディア論を見ていきましょう。

マスメディアは、同時に多くの人々の目に触れる「公」の存在として、その客観性や信頼性においても評価されていました。また、「ザ・フォース・エステート(立法・行政・司法に加えた第4の権力)」という言葉があるように、「権力のチェック機構」としても位置づけられてきました。

広告は、企業やブランドの伝えたいことだけを生活者に伝えられますが、それはあくまでも企業視点、ブランド視点の情報でしかありません。そんなときに、信頼できる第三者による報道といった形式で伝えられた情報は、「マスメディアのお墨付き」として客観性をもって受け止められたわけです。

そしてそこにPR的な価値が見いだされ、PRの技法の一つでもある「パブリシティ」が重視される理由にもなっています。

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先進民主主義国においては、メインストリームのメディアで語られることはニュートラルなものと見なされており、その意見はある種の権威者、オピニオンリーダーからの発言として受け止められてきました。メディアの意見が大衆一般の見方、すなわち常識を形成し、主流派の意見として定着していったのです。

しかし現在は人々の価値基準も大きく変化しており、誰もが同じものを同じように評価する時代から、少数派であっても人それぞれの価値観を尊重しようという社会環境に移行してきました。メディアの多様化が進み、若年層を中心に、個人のインフルエンサーが発信する情報への受容が高まってきています。

インフルエンサーがその名の通り、コミュニケーション活動の目的である「人々の意識変化、態度変容」に大きな影響(インフルエンス)をもたらし始めると、情報入手経路であるメディアとしての依存度も、マスメディアからソーシャルメディアに比重が移ることとなりました。

もはや権威や常識におもねることなく、自身が信じることを大切にするという、多様な価値観の時代がこれにより促進される状況となったのです。

このように、ソーシャルメディアを中心とした情報発信は、いうなればプロアマ問わず参加できるマラソン大会のような状況です。「従来の、限られた事業者のみからの情報発信」と、「生活者自身からの情報発信」が、いわば同じ情報経路で混在し、人々のアテンションを奪い合っています。  

しかし、インターネット上の発信の多くには、「このメディアを通じて知る情報だからこそ」という情報価値は必ずしも担保されていません。

根拠なき匿名投稿や意図的なフェイクニュースにより、情報の真偽さえも怪しくなってしまった昨今、ここにきて以前のように「誰が発信した情報なのか」がさらに重要な価値を持つ状況に回帰しつつもあります。

このように、マスメディアとソーシャルメディアは、非常に複雑な関係性にあり、単純に分けられるものではありません。

ニュースやソーシャルメディアだけじゃない、メディアの複合的活用が重要に

PESOメディア

ここまでとは違う視点で各メディアを整理したものに、「PESO」があります。

  • Paid(広告)
  • Earned(記事/報道)
  • Shared(ソーシャルメディア)
  • Owned(ウェブサイトやソーシャルメディア上のチャンネルなど自社メディア)

の四つの頭文字をとったものです。

人々の情報入手先は広告だけではないし、ニュースだけでもありません。ソーシャルメディア上でのつぶやきや、自ら情報を深掘りしに行く先として企業のオフィシャルサイトなど、多様になっており、そして情報発信する側もこれらPESOを統合的に管理することが定着してきました。

PESOという分類法では、

  • 広告の情報到達
  • ニュースとしての信頼性付加や話題性の付与
  • ソーシャルメディアの投稿に対する共感の醸成
  • オフィシャルサイトでの企業側の責任ある発言

など、それぞれのメディアが担う役割があります。

さらに言えば、人々がこれらPESOメディアを巡回することによって、より理解を深めていく、共感を醸成するといった、「情報接触による意識変化、態度変容のステップの組み立て」がいま重要となっています。

どのような人々が、まずどのメディアからの情報に触れ、その他の必要とする情報をどこから補完するのか?

ターゲットのそういった「情報接触ジャーニー」をイメージしながら、適した情報を各所に配していくことも、デジタルツールを使いこなし、情報収集能力にたけた現代の人々へのアプローチとして、極めて重要なスキルと言えるでしょう。

メディアごとにペルソナを使い分ける生活者

以前、マスメディアはそこにひも付く読者、視聴者の関心を映し出す存在であり、「そのメディアの情報価値を同じく評価する人々」との接点として有用でした。

雑誌の読者構成比などを見れば、性別、年齢、職業などの「デモグラフィック」でその特徴が説明されていたことを思い出します。しかし、すでに「デモグラフィック」や、象徴的ターゲットとしてイメージする「ペルソナ」といった生活者のくくりは、あまり実質的ではなくなりつつあるのかもしれません。

生活者はさまざまな属性を持ち合わせており、メディアごとに、またソーシャルメディアであれば複数のアカウントを持ち、アカウントごとにそのペルソナを使い分けています。ターゲットを画一的に捉え、一くくりで考えると、その相手を見誤りかねません。

以前のように「あるメディアの先には多くの同質の生活者がいる」と単純に考えていては、より高い指向性でニッチな部分でつながっている「クラスター」や「トライブ」といった固まりを捉えることは難しいのです。情報発信においては、彼らが共通して興味を持つコンテンツはなんなのかを把握し、的確な“関心どころ”を攻める必要があります。

これを一言で言い換えれば、「テーマ設定」が重要ということです。いま、人々はメディアにひも付くのではなく、提示された「テーマ」によって集まり、またそこにダイアローグ(対話)を求めています。

これまでのマスメディアのように、より多くの生活者になにかを伝えたいならば、「マステーマ」、すなわち多くの人がそれについて関心を持ち、議論に加われる、何か一言発言したくなる、そんな“お題”を用意する必要があります。

「マステーマ」とは?

マステーマは、メディアの属性によらず、さまざまなところで扱われます。新聞、テレビといったマスメディア上ではもちろんですが、ソーシャルメディアでも意見が飛び交い、YouTuberがそれに見解を述べるケースなどもあるでしょう。

いま多くの生活者に影響を与えているソーシャルメディアでは、生活者がマステーマに対して互いの意見を投稿し合い、影響を及ぼし合うインタラクティブなスタイルが主流です。そこには以前のマスメディアの意見を聞くだけとなっていた生活者が活発に意見し、それに対する賛否も発生してきます。

これまでのサイレントマジョリティと呼ばれてきた人々の声や思いがここに顕在化することで、世の中の流れが見えてくることもあるでしょう。このような環境下でマステーマに触れさせ、意見を吸い上げ、対話を紡ぎ出していく、そしてそれをどう収束させ、着地させるのか、がこれからのPRプロフェッショナルには求められるのではないでしょうか。

人と人とのつながり自体を「メディア」と捉える時代へ

いまやメディアそのものよりも、特定の「テーマ」や情報で、人と人がつながっていることが重要になりつつあります。将来的に、究極のメディアは、これらの人たちが集っているクラスターやトライブ、ひいてはコミュニティといった固まりそのものを指すようになるかもしれません。

オンライン・オフライン含め、情報発信のチャンネルやプラットフォームは、生まれては消え、栄枯盛衰のサイクルが繰り返されています。そしてそこにいた人々は、新たに生まれたプラットフォームやチャンネルに次々と移っていきます。

しかし、情報プラットフォームが変化しても、信頼のおける発信者、つまりパブリッシャーは、企業・個人を問わず、その存在は長続きすることでしょう。

先ほどマスメディアの情報の信頼度について触れましたが、個人インフルエンサーや生活者が発信・交換する情報においても、人の顔を見て、「この人の言うことなら」という信用が付加され、情報価値を高めることはあり得ます。

つまり、情報発信のチャンネルやプラットフォームといった“場”ではなく、情報を発信・交換する“信頼できる”母体である人々のことを「メディア」と呼ぶ時代も来るのではないでしょうか。

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