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今こそ見直そうPRの本質/そのミライNo.2

PRと日本。「PR、誤解されがち問題」の源流とは?

2023/04/28

PR、誤解されがち問題

パブリックリレーションズ(PR)の概念が変化し、業界賞にエントリーされる事例などを見ていると、他のカテゴリーとの境界線があいまいになりつつあります。

企業などの組織のPR担当者も、どこまでがPRの領域なのか迷うことが増えているのではないでしょうか?

本連載では、PRとメディア、PRとジャーナリズム、PRとマーケティングなど、多面的な視点から「PRの本質」を考察することで、読者の皆さんがそれぞれの立場で「より有効なPRの活用」をするための一助となることを目指します。

今回は電通PRコンサルティングで広報を担当する岡内礼奈が、「PRと日本」をテーマにお届けします。

<目次>
日本における「PR、誤解されがち問題」

国際PR協会によるPRの定義と、その目指すところとは?

PRと広報は同じもの?日本におけるPR導入の歴史をひもとく

PRの日本語訳が“誤解”の始まり?「広報」と「広聴」の機能

吉田秀雄は「ビジネスとしてのPR」をいち早く導入

ビジネス界でPRの存在感が増す中、アカデミアでのPR教育が急務に

ビジネス成長から社会課題解決まで。PRのポテンシャルを考える

日本における「PR、誤解されがち問題」

PR会社に身を置く者として、本来の定義とは異なる「PR」という言葉の使い方が一般化している問題に直面し、何ともいえないモヤモヤを感じることがあります。

その現象を「PR、誤解されがち問題」と名付けました。

例えば、「自己PR」という言葉。これは一方的に自身のセールスポイントを訴えるものといったイメージですが、そうであれば「自己アピール」と表現するのがより実態に近いのではないでしょうか。

また、テレビ番組やイベントにおいて商品やサービスを紹介する「PRタイム」、ソーシャルメディアでインフルエンサーが、対価を受け取って商品を宣伝する投稿につけられた「#PR」というタグ、新聞・雑誌・ウェブの記事体広告に表記されている「PR」も、「宣伝/広告」という意味合いのため、本来の意味とは異なります。

このように、特に日本においては、「PR=宣伝」のように誤解されかねない現象が定着していることを肌で感じています。

国際PR協会によるPRの定義と、その目指すところとは?

では、本来の「PR」(パブリックリレーションズ=Public Relations)とは何でしょうか。

その定義は時代や地域、さらには人によって異なりますが、国際PR協会の定義を引用すると下記の通りです。

PR(パブリックリレーションズ)とは、信頼のおける、倫理的なコミュニケーション手法を通し、組織と組織をとりまくパブリックとの間に、関係と利益を築くため、意思決定の管理を実践することである

平たくいえばPRとは、「社会と良好な関係性を構築するための合意形成のプロセス」です。

ニュースメディアでのパブリシティはもちろん、イベント、広告、オウンドメディアなどでの情報発信活動はその手段であって、PRそのものではありません。PRはこれらプラクティス(実践)の上位概念です。

そしてPRが目指すのは、「意識変化」「態度変容」などの成果であり、メディアでの露出がゴールではありません。

PRと広報は同じもの?日本におけるPR導入の歴史をひもとく

PRとともによく使われる言葉に「広報」がありますが、PRと広報の違いは何だろう?と疑問に思われる方も多いでしょう。

同じ意味なのか、はたまた異なる意味なのか、これを理解するため、PRが日本へ導入された歴史について触れることにします。

PRの概念と実務がセットで日本へ持ち込まれたのは、第2次世界大戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領政策下にあった時であるとされています。

ここで “セットで”と書いたのは、日本でも戦前から外務省や満州鉄道などが、PRをPRと認識しないままに、「実務としてのPR」を実践していたからです。

また、1937(昭和12)年に、外務省の福島慎太郎という人物がアメリカに派遣され、初めて「パブリックリレーションズカウンシル」というものを耳にしたと報告しており、実務が伴わない概念としてのPRが輸入されたという経緯もあります。

福島は、ジャパンタイムズ社長や共同通信社社長を歴任し、電通の取締役に就任しましたが、「電通報」に以下のように記しています。

私ははじめてアドバタイジング・エージェンシーのほかに、最近発達してきたものとしてパブリック・リレーション・カウンセルというものがあることを教えられた。

― 中略 ―

私は早速本省に電報で報告したところが、そこではたと困った。パブリック・リレーション・カウンセルをどう訳して良いか、適当な日本語が見つからない。今ではPRという重宝な言葉があるが、25年前のことだ。仕方がないからパブリック・リレーション・カウンセルと長たらしくかたかなで打電した。おそらく日本では、この言葉の使いはじめではなかろうか。外務省でも、おそらく電報ではわけがわからなかったのではないかと思う。
(電通報1139号、1961年9月13日発行)

PRの日本語訳が“誤解”の始まり?「広報」と「広聴」の機能

「パブリックリレーションズ」がどのようにして日本語にされたのかに関しては、剣持隆氏(執筆当時:名古屋文理大学教授)が「経済広報」に、その翻訳経緯を以下の通り寄稿しています。

GHQによって「都道府県にPRO(パブリック・リレーションズ・オフィス)を設置せよ」というサゼスチョンが出されたが、パブリックリレーションズの適訳がみつからなかった。

訳語の候補に出た用語は、公衆関係、情訪、公聴、広聴、弘報、広報、報道、情報、情報連絡、信愛建設など。関連した用語には宣伝、普及、連絡、公渉、啓発などがある。適訳が見つからず紆余曲折したが、広報という呼称に収斂(しゅうれん)していった。

その後間もなく、パブリック・リレーションズはPRと略され、さらにピーアールとカタカナになって日本語化し、一方的な情報発信と同じ意味になってしまって今日に至っている。(出典:経済広報センター「経済広報」コラム 2013年6月号より)

もちろん諸説ありますが、以上のエピソードを踏まえると、「広報」はPRの訳語として作られた言葉だといってよいでしょう。

広報は文字通りに解釈すると「広く報ずる」となり、情報発信のみと考えられがちです。そこに「広聴(広く聴く)」という相手の意見にも耳を傾けるという意味合いを追加することで、良好な関係性を築く双方向なコミュニケーション活動になり、本来の「PR」の意味により近づきます。

想像でしかありませんが、もし「広報」ではなく他の適切な日本語訳が充てられていたら……。PRが誤解されてしまう事態にはなっていなかった、かもしれません。

吉田秀雄は「ビジネスとしてのPR」をいち早く導入

海外の多くのPR会社は、ホールディングカンパニーの下に広告会社と並列関係で存在しています。

しかし日本では、PRがビジネスとして取り入れられた当初、大手広告会社がホールディングカンパニー兼オペレーティングカンパニーとなり、その子会社としてPR会社が存在するケースも見受けられました。

記録された文書では、電通はPRを早くからビジネスとして日本に取り入れた広告会社となります。

1946年、電通は6つの活動方針を立案しましたが、そのひとつが「広告、宣伝の構想、企画を拡大するパブリック・リレーションズ(PR)の導入とその普及」だったのです。この6つの活動方針は、翌年社長に就任した吉田秀雄が立案しました(「この人 吉田秀雄」文春文庫)。

翌年1947年、社長に就任した吉田秀雄はPRを積極的に経営方針に盛り込みます(吉田秀雄記念事業財団 「アド・スタディーズ」 シリーズ その4 「パブリック・リレーションズの導入」より抜粋)。

その後、1961年に子会社である電通PRセンター(現電通PRコンサルティング)が創業しました。その結果、広告とPRがセットで提案される機会が増え、統合マーケティングコミュニケーションが進んだというメリットもあったでしょう。

ビジネス界でPRの存在感が増す中、アカデミアでのPR教育が急務に

2007年には日本パブリックリレーションズ協会が主催する「PRプランナー資格認定制度」が導入されました。

同協会が隔年で実施するPR業実態調査では、PR業全体の売上高は年々増加傾向にあります(2020年度はコロナ禍で微減少)。2021年から「日経ビジネス」でPRの広告特集が始まり、2022年には「東洋経済」でPR特集が組まれるなど、ビジネス界でPRの存在感・注目度が増しています。

その一方で、学生の中でPRの正確な定義を認知・理解している人はそれほど多くはいないかもしれません。かくいう筆者も、PRという存在を知ったのは、大学時代の就職活動時でした。

京都産業大学経営学部の伊吹勇亮准教授は、日本のPR教育の発展に期待を込め自身の論文の中で次のように述べています。

日本の大学においては広報に関する学部や学科が(ごく一部の例外を除いて)存在しておらず、体系的な広報教育が行われていない点に課題がある。

仮に日本の広報界が専門職化を推進するのであれば、米国と同様の形で大学において体系的な広報教育を提供することが、その重点施策の1つとなることは疑いない。

(出典:「日本の大学における広報教育の現状―2019年調査の結果と考察―」)

以上のことから、PR先進国といわれる米国と比べると、日本においてはPR教育環境の整備が遅れており、取り組むべき課題の一つといえます。

PRは、企業だけではなく、国レベル、自治体レベルなどあらゆる組織が持つべき能力であり、企業の競争力、国力、自治体の繁栄には欠かせないものだからです。

今後PRの機能が本来の定義の下にフル活用されるために、またPRの実務家養成だけでなく経営層や政策立案者に理解を浸透させる意味においても、教育環境を整備することが有効と考えます。

ソーシャルメディアが普及し、誰もが容易にマルチディメンショナル(多面的)な情報発信ができるようになった今日、個人の投稿が一夜にして社会に大きな影響を与えるような事象も起こっています。企業や組織だけではなく、個人レベルにおいても、PRを意識することがますます重要になるでしょう。

ビジネス成長から社会課題解決まで。PRのポテンシャルを考える

これまで、PRが日本に導入された経緯や課題について語ってきました。最後に、PRの未来について考えてみたいと思います。

ここでは、国際PR協会が主催する「ゴールデン・ワールド・アワーズ・フォー・エクセレンス」のコミュニケーション・リサーチ部門トップ賞や、PRアワードグランプリ2018でグランプリを受賞した事例をご紹介します。

日本では、すでに共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を上回っているにもかかわらず、家事負担が女性に偏っています。

そこで大和ハウス工業では、女性に偏りがちな家事負担という問題を社会に広く報せるため、「家事」についてその定義から根本的に考える取り組みをしました。

同社では、料理、洗濯、掃除など名前のある家事以外に、

  • 裏返しに脱いだ衣類・丸まったままの靴下をひっくり返す作業
  • トイレットペーパーの補充・交換
  • シャンプー・洗剤・ハンドソープなどの補充・詰め替え

といった、細々した「名もなき家事」に着目。それを女性が主に担っているという事実を調査で明らかにし、世の中に提示しました。そして、夫婦間での家事総量に対する意識のギャップを見える化したのです。

調査から浮き彫りになったギャップをさまざまな施策を通じて発信した結果、共感と拡散を呼び起こし、男女間における家事負担の不平等な現状に一石を投じたことが評価されました。


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このようにPRは、企業のサステナブルなビジネス成長を導くだけではなく、社会の課題解決にも貢献できるポテンシャルを持っています。

PRが持つ本来の定義の通り、人々の意見や関心事に寄り添いながら(広聴)、メッセージ発信(広報)を繰り返すことで、一方的な情報の送受信ではなく、双方向のコミュニケーションが生まれ信頼関係を構築することができます。

これにより個人・企業・団体などからの共感・賛同を得て、アクションが巻き起こることで、社会課題解決にもコミットできる、これこそがPRの醍醐味です。

日本においてもPRのこういったポテンシャルが理解され、PRの実務家だけではなく、より幅広い層においてもリテラシーが高まるように、業界をあげての努力が必要だと考えます。

 
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