月刊CXNo.23
フォトグラファーは大学生?在学生視点で帝京大学の魅力を伝える「#帝京生のリアル」
2024/03/12
日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーが情報発信する連載が「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。
今回紹介するのは、帝京大学のプロモーション施策「#帝京生のリアル」です。クリエイティブに使われた写真は、すべて在学生が特別仕様のカメラで撮影したものなのだそう。なぜ、プロではなく学生が撮影した写真を使ったのか、なぜ手軽なスマートフォンではなくあえてカメラで撮影したのか。本プロジェクトに携わった案浦芙美氏に、企画の狙いやクリエイティブ制作の裏話を聞きました。
在学生が特別仕様のカメラで撮影!帝京生のリアルな毎日を案内広告に
月刊CX:「#帝京生のリアル」とはどのような施策だったのでしょうか?
案浦:在学生が特別仕様のカメラで撮影した写真を使用して、帝京大学の魅力を伝えるポスターや動画を制作したプロモーション施策です。
案浦:このアイデアを思いついたのは、一般的な大学の学校案内の資料を見たときに、使われている写真が画一的で整いすぎていると感じたことがきっかけでした。「大人が考える理想的な大学生活」に見えるというか、大学の個性を感じられないなと。
そこで、在学生に撮影してもらう案を思いついたのです。実際に帝京大学に通っている学生たちに撮影してもらうことで、飾らないリアルな情報を受験生に伝えられるのではないかと考えました。
月刊CX:なるほど。広告に使用する写真は、どのようにセレクトされたのですか?
案浦:メインでセレクトしていたのは、私とデザイナー、もう1人のアートディレクターの3人です。また、他のメンバーにも協力してもらい、複数人の視点でセレクトするようにしていました。
また、写真の現像はこちらで対応したので、在学生は自分たちがどのような写真を提出したのか見ていません。そこで、広告制作前にティザーサイトで、集まった写真を公開するなど、この施策を盛り上げるための工夫もしていました。
月刊CX:在学生の気持ちを高める施策も行われていたのですね。制作されたクリエイティブを見ていると、単体の写真ではなくコラージュされていることで、よりエモさが引き立っているように感じました。
案浦:ありがとうございます。広告クリエイティブはキービジュアルも含めて計16種類作成しているんです。
それらは駅内のOOHとして展開し、八王子キャンパスや大学近隣の商店街でも掲出しました。オープンキャンパスの案内などにも活用しています。
月刊CX:今回の施策では、動画も制作されているんですよね。
案浦:はい。動画については帝京大学がスポンサーをしているBS番組の広告とYouTube広告で配信しました。
それぞれのキャンパスライフ~学生の声篇~【帝京大学TVCM】
またデジタル広告に挑戦したのもポイントです。帝京大学はこれまでデジタル広告を積極的に行っていませんでした。ただ今回はターゲットが高校生ということもあり、「デジタルを活用しないともったいない」とクライアントに提案したんです。それで、YouTubeやTikTokのデジタル広告配信にもチャレンジすることになりました。
「やりたいことが見つからない学生を歓迎する」というメッセージに込めた思い
月刊CX:動画や広告の中にある「帝京大学はやりたいことが見つからない学生を歓迎します。」というメッセージが印象的だなと思いました。これはどういう意図で生まれたのですか?
案浦:「やりたいことをしよう」という言葉はよく聞きますよね。でも、やりたいことがまだ見つかっていない学生にとっては、その風潮が重荷になっている可能性もあるのかなと思っていて。そういった学生に対してメッセージを届けたいと思いました。
帝京大学には、さまざまな学部・学科があります。入学したときにやりたいことがある人はもちろん、やりたいことがない人も、学生生活を送るうちにやりたいことが見つかるはず。その可能性は、学生にとって救いになるのではないか、という思いからこの言葉が生まれました。
月刊CX:青い背景もインパクトがありますし、在学生たちの写真が枠になっているデザインも印象的だなと思いました。このデザインには、どのような思いが込められているのでしょうか?
案浦:青は帝京大学のスクールカラーですね。このデザインは、1人の生徒にフォーカスしてヒーローにするのではなく「学生みんなが主役」という帝京大学の特徴をクリエイティブで表現したいと考えてできたものです。
カメラは、参加するテンションを上げるための特別な装置
月刊CX:写真を撮影してもらう際、在学生の反応はどうでしたか?
案浦:こちらの予想以上に、積極的に参加してくれました。カメラを配布する際、2日間で配布終了の予定にしていたのですが、なんと1日で配り終えることができたんです!300台用意していたカメラをどれだけ受け取ってもらえるのか、不安な気持ちもあったのですが、すべて配布できたと聞いてホッとしましたね。
学内紙でもこの取り組みを特集していただいたんですよ。「最初はちょっと恥ずかしくて配布場所の前をスルーしたけれど、これをきっかけに何か思い出づくりができるかなと思ってカメラを受け取った」という在学生の声が紹介されていて、とてもうれしかったです。
ほかにも「自分たちの日常がエモいと知ってもらいたい」「3年間通っているけど、知らないことを探してみたい」といった声もありました。「写真を撮るのは面倒だな」と思われてしまうのではないかという不安もありましたが、杞憂(きゆう)でしたね。
月刊CX:Y2K(2000年代)の流行もあって、今回採用されたレンズ付きフィルムが若い世代に認知されていることも後押しになったのかもしれませんね。とはいえ、スマートフォンでの撮影に慣れているSNS世代に、あえてこのようなアナログなカメラで撮影してもらった意図が気になります。
案浦:こういった施策では、参加する側のテンションを上げる特別な装置が必要だと考えていて、今回の場合はそれがカメラでした。スマホで撮影してSNSに投稿するというキャンペーンはよく見かけますし、気軽にできていいと思います。ですが自分が学生の立場なら、投稿するモチベーションはそこまで上がらないような気がして。特別感を演出するために、あえてレンズ付きフィルムを採用しました。
月刊CX:現像するまでどのような写真が撮れているのかわからないドキドキ感も、在学生からするとイベントのように感じられて楽しかったのではないかと思いました。
案浦:そう感じてもらえているとうれしいですね。
私個人としては、レンズ付きフィルムって、撮影時の楽しさだけでなく、フィルムならではの独特の粒子感がある写真が出来上がるのも魅力だなと思うんです。実際に現像した写真を見たとき、スマホの高解像度の写真とは違う、生っぽさを表現できたと思いました。
笑顔で撮影できているのに光が足りずに全体的に暗かったり、フォーカスが甘かったり、ぶれていたり。通常の広告写真ではまっさきにNGになってしまうようなものも、レンズ付きフィルムならではの味が出ていて魅力的だと思ったので、今回の施策ではあえてセレクトしています。
学生、職員、地域の人を巻き込む施策の裏テーマは母校への愛を育むこと
月刊CX:写真はどのくらい集まったのですか?
案浦:1500枚以上集まりました!私は人数規模が少ない美大出身なので、総合大学ならではの日常に憧れがあり、現像された写真を見て「うらやましいな」という思いもありつつ(笑)。セレクトするのはとても楽しかったですね。
また撮影者によって視点が異なるという発見があったのも面白かったです。例えば食堂なら、食べている自分や友達、料理、食べ終わったお皿、サーブしているスタッフの写真など、いろいろな写真があって。サークルにまつわるものでも、道具にフォーカスしたものや試合中など、さまざまな写真がありました。撮影者が多いことで、多様な視点から学生生活のリアルを切り取れたと思います。
レンズ付きフィルムは撮影できる枚数に上限があるので、参加していただいた在学生の皆さんにとっても、何を撮影するかを選ぶ行為を通して日常の魅力を再発見するきっかけにつながったのではないかと思います。
月刊CX:友達と写っている写真が多い、自撮りが多いなど、何か傾向はありましたか?
案浦:自撮りよりも友達を撮った写真が多かったです。友達というのは、大学生活の象徴ですよね。コロナ禍で通学を制限されている時期もありましたし、学生からするとキャンパスライフへの考え方に変化があるのかなと思っていたのですが、「学校に通うこと」「友達に会うこと」そのものに価値を感じていることが写真から伝わってきました。
月刊CX:広告が掲載された後の反応についてもお話しいただきたいです。
案浦:受験生に向けたデジタル広告では、クリック率などで高い数字を出すことができました。
また今回の施策では受験生がメインターゲットでしたが、裏テーマには「学生、職員、地域の人の帝京大学への愛、思い入れを強くしたい」という思いもありました。在学生が楽しく4年間を過ごせることが重要なので、そこも意識しましたね。広告の掲載がスタートした後、「うちのサークルが広告に使われている!」とポスターを撮影してSNSでシェアする学生もいて、自分たちの写真が使われたことを喜んでくれているようでした。
月刊CX:なるほど。地域の人の反応はいかがでしたか?
案浦:商店街に、入学を祝うメッセージやオープンキャンパスのポスターを掲出してもらうようにお願いしに行ったところ、想像以上に快く受け入れてくださって「もっと大きいサイズはないの?」と聞かれることもありました。歓迎ムードがただよっていて、とてもうれしかったです。
月刊CX:大学以外の関係者とも良好なリレーションシップを築けているのですね。この取り組みは第2弾もあるのでしょうか?
案浦:次年度も継続することになっていて、すでに秋に第2弾のフォトプロジェクトをスタートしています。第1弾は在学生だけでしたが、第2弾では関係人口を増やして、職員、学内の新聞部などにも渡しています。どのような写真があがってくるのか、私も楽しみです。
CXクリエイティブは能動的なファンを作ること
月刊CX:今回のプロジェクトで生かすことができた、案浦さんの強みはどのようなところだと思いますか?
案浦:マス広告中心のアートディレクターの経験、電通デジタルの出向での経験の両方を生かせました。特に、電通デジタルでファネルごとにどのメディア・チャネルを使ってアプローチするのかを検討したり、特定の媒体にとどまらずアウトプットのフィールドを拡大したりした経験が役立ちました。学生と一緒にビジュアルを作る、学内に限らず地域にまで拡大するといった部分に生かせたと思います。
月刊CX:案浦さんにとって、CXクリエイティブとは?
案浦:普通の広告が認知だとすると、CXクリエイティブは「私はこれが好き」「推したい」という感情を引き起こして能動的なファンを作ること、というのが私の答えです。ファンを作るためのアプローチは多様で、プロジェクトごとの最適解を考えた結果がCXクリエイティブとなるのだと思います。
今回のプロジェクトでいうと、今までの学校案内は学校が「こう見られたい」というものを出していたのに対して、それは本当にリアルなのか?という疑問から、学生参加型のプロジェクトになりました。そして写真を通して帝京大学らしさを表現することができて、在学生や地域の人の愛校心につながったことが、CXクリエイティブだったと言えるのではないでしょうか。
月刊CX:これから新たに挑戦したいことはありますか?
案浦:広告にとどまらず、巻き込まれた人がポジティブなマインドになれるような渦を作りたいです。私は参加したくなるストーリーを生む仕事に興味があって、プロジェクトに参加した人にプラスの態度変容を起こすきっかけになれるのであれば、時間をかけた価値があったなと思えるんです。
最近は企業の広告やブランディングに限らず、2つの異なる課題を同時に解決するプロジェクトや、テクノロジーを応用して、これまで体験できなかったことが体験できるような商品の共同開発など、プロダクト開発に近い仕事もしています。広告の仕事とは違うので壁を感じる瞬間もあるのですが、やりがいを感じています。
私の職種はアートディレクターですが、ディレクションだけでなく、考えることもやっていきたいので、皆さんぜひ気軽にお誘いください!
(編集後記)
今回は、在学生が特別仕様のカメラで撮影した写真を活用した帝京大学のプロモーション施策「#帝京生のリアル」について紹介しました。
OOHで実物の広告を見て「にぎやかで楽しそうだな」と印象に残っていましたが、帝京大学に通う学生自身が撮影した写真だったというお話を聞いて「だからあれほどリアルだったんだな」と改めて感じました。
受験生へのアピールとしてはもちろん、在学生の愛校心にもつながった本施策は、まさに案浦さんの目指すCXクリエイティブが実現できた事例だったと言えるのではないでしょうか。
今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、ご興味がおありでしたらそちらも併せてご覧ください。
また、今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記お問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。