なぜか元気な会社のヒミツseason2No.34
世の中を「ぐるり」と回すエネルギー
2024/02/28
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第34回は、父の技術研究を引き継いだ過熱蒸煎機を武器に、かくれフードロスという社会課題に挑むASTRA FOOD PLANを紹介します。創業4年目の加納千裕社長に、さまざまな思いを語っていただきました。
サーキュラーエコノミー。もはや企業人には常識でもある言葉。しかし崇高すぎて実感できないし、なんとなく曖昧模糊(もこ)としている。食品の製造過程で出る端材を独自の技術で常温保存可能な粉にして、次の活用先に循環させて商品化する。経済を回しながら未来をつくる。その中心にある粉の名前が「ぐるりこ(※)」だと知った時、なんて分かりやすいんだと、マーケティングに携わる人間として正直、はっとさせられた。
ASTRA FOOD PLANは、先般開催された日本経済新聞社主催の第5回「スタ★アトピッチJapan」にてグランプリを受賞されました。詳しくは、こちら。
事前の情報収集をする中で、加納社長にまつわるさまざまなキーワードに触れた。「多彩かつ波瀾(はらん)万丈な経歴」「かくれフードロスへの着眼と解決への情熱」、中でも個人的に一番心にざわめきを起こしたのは、お父さまの約25年間にわたる技術研究を受け継いでの起業、だ。「父が食卓でしてくれた仕事の話から受けた影響は大きい」と加納社長は言う。
自分にも2人の娘がいるが、家で仕事の話をすることはほぼない。というか、しないようにしていた。父の仕事と子どもたちの夢はつながらないと思っていた。頭の中をいろんなことがぐるりぐるり。今日、家に帰ったら、娘たちと少しだけ話をしてみようと思う。
文責:三浦僚(電通九州)
※「ぐるりこ」は、ASTRA FOOD PLANの登録商標です。
いつも失敗しちゃう父が、憧れの存在でした
「父が仕事の話をするときは、常に人間の話なんですよね。取引先にどんな人がいて、どんなトラブルが起きたか、なぜかいつもドラマ仕立てです。いつも楽しそうだなと思っていました」事業の柱となる技術を25年かけて研究してきたお父さまとの思い出を、加納社長はこう語ってくれた。
同時に「でも、父はいつも失敗しちゃうんですよね」と笑いながら話す。「ぐるりこ」というかわいらしいネーミングの商品を生み出し、社会を、未来を変える企業として今、世界中から注目を集めるASTRA FOOD PLAN。
加納社長を前へ前へと突き動かすその熱量には、一人じゃできないことにはみんなで挑む、たとえ失敗してもみんなでバトンをつなぐ、そんなお父さまから受け継いだ強い信念が込められていた。なるほど、あらためて「ぐるりこ」って、深い言葉だと思った。
かくれフードロス。隠れているところが、課題なんです
フードロスという言葉は、よく耳にする。スーパーやコンビニなどで消費期限が過ぎた食材が捨てられてしまう、といった認識だ。でも、食べ残し以前の、「かくれフードロス」も問題なのだ、と加納社長は言う。「出来上がった食品そのものをどうするか、ということも大きな課題ですが、生産のプロセスにおけるロスをどうするか、ということがもっと大事なことだと思うんです」。実際、いわゆるフードロスの4倍もの量の「かくれフードロス」が食品の製造過程で生まれていることは、あまり知られていない。まさに、隠れている。
「大事なのは、プランだと思うんです。みんなで循環型の社会をつくるんだ、という仕組みですね。その思いさえ共有できれば、上も下もなく、取引先も含めてひとつのチームになれる。社名に『PLAN』の文字を入れたのも、そうした気持ちからなんです」
仕組み、かあ。なるほど、と思った。クライアントの課題を解決するプランニング部門に身をおいていると、解決のためのアイデアをだすことにやっきになってしまうことがある。みんなで幸せになる「仕組み」をつくりましょう、という提案ができていたのか、と自問すると、反省するところが多い。
ぐるりこ、に込めた思い
ASTRA FOOD PLANが中心に掲げているのは持続可能なビジネスモデルだ。ものすごく単純に言うなら、廃棄されている食材を、独自に開発した乾燥装置「過熱蒸煎機」でパウダー(粉)にして、再び世の中にぐるりと流通させる、ということだ。ぐるりの粉、で「ぐるりこ」だ。
慈善事業ではない。取引先にとっても、廃棄コストが削減できる。その先のお客さまの満足にもつながる。「循環させる仕組みをつくることで、ウィンウィンの状態をつくっていきたいんです」と、加納社長は言う。
そのためには、いきなり「こういう機械を買ってください」、といった営業をしていては、ダメだ。「過熱蒸煎機」で製造する「ぐるりこ」の販路開拓、風味の良さを生かした用途開発など、入り口と出口をつなぐ取り組みが必要だ。世の中を「ぐるり」とさせるには、どこへどのように力をかければいいのか。その第一歩が重要なのだ、と思った。「ぐるりこ、のネーミングにはビジョンを一言で言い表すだけでなく、小さなお子さんにでも覚えてもらえる、という意図が実はあるんです」
まずは、とにかくタマネギ。そこから、です
ASTRA FOOD PLANが今もっとも注力しているのが、タマネギだという。「吉野家さんとのプロジェクトなんですが、牛丼といえばタマネギですよね?想像してください。あのおいしい牛丼をつくるために、どれだけのタマネギの端材が無駄になっているか、ということを」
言われてみれば、もっともだ。自宅で料理する際にも、タマネギ、結構な部分を捨てている。あちこちを切って捨てて、ということを当たり前のようにしている。それが、あの大手チェーン店でも、と考えると、うわあ、ものすごいかくれフードロスじゃん!と気づかされる。
過熱蒸煎機のいいところは、香りを逃がさないというところなのだ、と加納社長は言う。これまで捨てられてきたものの味だけではなく、香りまでも粉末に閉じ込める。タマネギパウダーが、香りや風味を持ったまま、今度は「オニオンブレッド」に姿を変える。まさに、ぐるり。「タマネギだけじゃないんです。オリーブの葉とか、学校給食とか。いろんな食材、いろんな分野でお役に立てないか、と模索している途中です」
実験なくして、結果は生まれない
日々、たくさんの食材が持ち込まれ、これまた、たくさんの人々のアイデアが合わさって実験が行われる。試行錯誤の連続ですね、と話を向けると「そうですね。でも可能性はたくさんあると思っています。たとえばチョコレートの原料のカカオの外側の硬い殻。誰も食べようと思ったことがないと思いますが、細かく切ってみたらネバネバが出てきました。分析中ですが、きっと栄養がつまっているはず。おからもそうです。おからって、とても腐りやすいものなんです。でも、過熱蒸煎機なら、瞬時に乾燥して殺菌までできる。酸化も防げます」
なるほどなあ、そういうことなのか。感心しながらも、思う。どうしてそこまで頑張れるのだろう。何が加納社長を突き動かすのだろう。「実験なくして、結果は生まれませんからね。父の口癖で『やろう、とすることが大事。やろうと思った時点で、99%のことは達成できている。あとの1%は行動するだけだ』と言うんです。いまでもそんな父の言葉に背中を押されている気持ちです」最後は再び、憧れのお父さまの言葉。やっぱり、「ぐるりこ」って深い。
ASTRA FOOD PLANのHPは、こちら。
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第34回は、過熱蒸煎機というものを武器にかくれフードロスという社会課題に挑むASTRA FOOD PLANという会社を紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
取材の最後に、加納社長へこんな質問をしてみた。粉の魅力って、なんなのでしょうか?と。バカみたいな質問だ。でも、粉ものとか言われると不思議とワクワクする。化粧品の粉でも、金粉でもワクワクするではないか。なんだ?粉の魅力って。加納社長の答えは、いたって冷静だった。「常温で保存できる、ということだと思います」
なるほどなあ、と思った。パックして、冷凍しておけばいいではないか。常温で腐ったゴミは、透明な袋に押し込んで、ポイする。というのが、現代人のなんとなくの常識だ。その常識、間違っていませんか?ということを、ASTRA FOOD PLANという会社は、理屈ではなく行動で示している。常温で、保存できる。この言葉は、深い。梅干しでも、ぬか漬けでも、酒でも、米でも、常温で保存するための知恵だ。人類の英知といってもいい。
趣味はバイオリン、新潟と埼玉との2拠点生活では棚田づくりにも励むという加納社長。自然との調和、ハーモニーといったワードが思い浮かぶ。編集者のクセで、うまいことを言ってみたいという感情は否めないのだが、私たちが目指すサステナブルな社会というのは、そういうことではないだろうか?