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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.32

「くすりの楽しさ」で創薬の未来を変革する 第一三共のくすりミュージアム

2024/03/27

企業ミュージアム 連載タイトル

企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について考察したい。

東京都中央区の日本橋本町は大阪・道修町(どしょうまち)と並ぶ「くすりの街」である。第一三共がこの歴史ある地で運営する「Daiichi Sankyo くすりミュージアム」はくすりについて楽しみながら学ぶことができる施設だ。日本橋地域の活性化に貢献することを目的としながら、くすりの大切さや創薬の重要性についての情報を発信する同ミュージアム。その未来的でユニークな施設を通し、第一三共が企業市民として取り組む活動について考察していく。

取材と文:林 紅(電通PRコンサルティング)

「くすりの街」の体験型ミュージアム

Daiichi Sankyo くすりミュージアム 2階展示スペース(写真提供:第一三共)
Daiichi Sankyo くすりミュージアム 2階展示スペース(写真提供:第一三共)

江戸時代に城下町として栄え、近年では都市開発で高層ビルが続々と誕生した、東京・日本橋。伝統と近代性が融合するこの町の中で、中心地域の役割を担った本町エリアは、かつて徳川家康から薬種問屋街に指定された歴史を持つことから「くすりの街」としても知られ、今でも多くの製薬会社が本社を構える。

Daiichi Sankyo くすりミュージアム入り口(写真提供:第一三共)
Daiichi Sankyo くすりミュージアム入り口(写真提供:第一三共)

町のシンボルの一つである日本橋三越本店を背に、そびえ立つビル群を進んでいくと、突如としてポップなカプセルの絵が施されたガラス張りの入り口が現れる。第一三共が運営する「Daiichi Sankyo くすりミュージアム」だ。

第一三共は、三共と第一製薬とが2005年に経営統合して誕生した大手製薬会社である。グループでは、がん領域を中心とした医療用医薬品から、OTC医薬品(処方箋がなくても購入できる医薬品)まで、幅広いくすりを開発・製造・販売する。さかのぼると、三共が設立時に発売した消化酵素剤「タカヂアスターゼ」は、夏目漱石の小説「吾輩は猫である」に登場するほど長い歴史を持つ。2023年には、国内で初めて新型コロナウイルス感染症のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの製造販売を承認された。

Daiichi Sankyo くすりミュージアムは、2012年2月にオープンした無料の体験型施設で、「くすりと、もっと仲良くなれる」のコンセプトの下、新薬開発や薬剤の働きについて学べる場となっている。開館以来、当初の目標であった年間1万人を大きく上回る数の来館者を迎え入れ、2022年には10年で累計14万人に達した。本社ビル1階・2階部分に位置し、延べ面積は387.23平方メートル。2024年現在は、事前予約制となっており、4人のスタッフが常駐している。

デジタル技術と体験に特化した、くすりの情報発信基地

Daiichi Sankyo くすりミュージアムは、一般的な「資料館」や「博物館」とは大きく異なる。歴史的な資料や収集物の展示はなく、あるのは近未来的な空間に並ぶ、大型スクリーンやデジタルゲーム、コンピューターグラフィックス(CG)といったデジタルコンテンツ。ここは、企業ミュージアムとしては珍しく、“デジタル技術”と“体験”に特化したミュージアムなのだ。

また、同館が発信しているのは、自社の製品や歴史に関してではなく、「くすり」そのものについて。子どもから大人までを対象に、専門性が高く、一般の生活者にはあまりなじみのないくすりの楽しさを学び、大切さを理解する機会を提供している。

見て、聞いて、触って! 「くすりの世界」に没入せよ

2階受付と「カプセルエントリー」(写真提供:第一三共)
2階受付と「カプセルエントリー」(写真提供:第一三共)
ICチップ内蔵メダル(写真提供:第一三共)
ICチップ内蔵メダル(写真提供:第一三共)

館内は、「くすりとからだ」「くすりの種」「くすりのはたらき」など複数のエリアで構成され、さらにそれらが22の展示コーナーに分かれている。入館すると、まず受付で渡されるのが、ICチップ内蔵のメダル。これをカプセル型のモニター「カプセルエントリー」で登録し、館内の各所に設置されたスポットに置いて、押したり回転したり操作することで、さまざまなくすりの謎が解明できるという仕組みだ。

「くすりとからだ」の展示エリア(写真提供:第一三共)
「くすりとからだ」の展示エリア(写真提供:第一三共)

エントリーを終えた後は、いざ展示エリアへ。一歩足を踏み入れると、スペースシップのような空間が広がり、胸が高鳴る。この展示エリア「くすりとからだ」では、人体がどのように構成され、病気のときに体内で何が起きるのかを、バーチャル映像で学ぶことができる。「実はこのエリア、人間の消化管をイメージして作られています」と教えてくれたのは、館内を案内してくれた第一三共ビジネスアソシエ 総務推進部の薄井健氏。この通路が消化管であれば、来館者は消化管を通って体内を巡る「くすり」。くすりの世界への冒険が、コンテンツだけでなく、空間全体で演出されていることに気付く。

続いては、メインの展示スペースへ。白を基調とした空間に、くすりの模型や、材料となる植物や生物の標本、実験機材などが並んでおり、その様はまるでラボラトリーをほうふつとさせる。それぞれが独立した展示コーナーとなっていて、メダルを置くとゲームやクイズ、映像コンテンツなどを開始できる。

「くすりのうごき」の展示コーナー(写真提供:第一三共)
「くすりのうごき」の展示コーナー(写真提供:第一三共)

ここでひときわ存在感を放つのが、スケルトンの巨大人体模型だ。一見すると、白く光るプラスチック製の人体が横たわっているだけのようだが、これも「くすりのうごき」の展示。経口剤(口から飲むくすり)や注射剤、坐剤(ざざい)など、特定のくすりの種類を選ぶことで、消化管や内臓が人体模型に浮かび上がり、薬剤が体内をどのように巡っていくのか、服用から排せつまでの旅路を見ることができる。

展示エリア「くすりのはたらき」(写真提供:第一三共)
展示エリア「くすりのはたらき」(写真提供:第一三共)

さらに、ゲームコンテンツも充実している。例えば、円卓の展示「くすりのはたらき」では、特定の病気に対するくすりの効果を、対戦ゲーム形式で学ぶことができる。試しに「心臓発作」を選んでみると、原因となる血管内のコレステロールを正常値に保つために、余分なコレステロールをすくい上げて排除する、いわゆる「コレステロールすくい対戦」が始まった。他にも、最適な化合物を作る「ドラッグデザイン」を模した3Dパズルゲームや、くすりとして役立つ化合物を見つけ出す「スクリーニング」のゲームなど、創薬のプロセスについてもゲームを通じて体験できる。

これらの展示コーナーで特筆すべきは、来館者それぞれが、知りたい薬剤や病気について選択できることであろう。ゲームにせよクイズにせよ、いくつかのオプションから選ぶ工程が多くあるため、異なる選択をすると新たな知識や発見に行き着く。限られた空間の中でも、くすりの世界の深遠な広がりを体感し、リピーターも飽きることなく楽しめる仕掛けになっている。

組織横断的に制作する映像コンテンツ

「くすりシアター」(写真提供:第一三共)
「くすりシアター」(写真提供:第一三共)

同館には、映像コンテンツが数多くそろっているのも特長の一つだ。3画面の大型スクリーンを備えた「くすりシアター」では、「くすりの未来」や「くすりと日本橋」など複数の映像が上映されている。動画制作は時に、社内の専門部署の協力を得ることもあり、例えば2023年3月に上映開始となった新作動画「人々を感染症から守るワクチン」は、社内のワクチン開発を担当する部署と連携したという。

また、同館で学べるのは、くすりについてだけではない。くすりを作る人々にもスポットライトが当てられていて、社員へのインタビュー映像もその一つだ。研究員やMR(医薬情報担当者)など、実際の新薬開発のさまざまな工程に携わる社員が登場するが、仕事内容や創薬にかける思いを聞ける機会は、なかなかない。

先述の通り、館内には自社に関する歴史的展示物はほぼないが、社員らの専門知識や経験を生かして、組織横断的にコンテンツを制作することで、第一三共ならではのミュージアムとなっているわけだ。もちろん、こういった映像コンテンツは対外向けに発信しているものだが、「自分たちの仕事が外に発信されることで、社員の誇りにもつながる」と第一三共 調達管理部の臼井文浩氏は話す。同館が、インターナル広報として社員の意識向上や一体感の醸成にも寄与している様子がうかがえた。

くすりのパーセプションチェンジを実現

さて、ここまで展示エリアについて紹介してきたが、コンテンツのクオリティーやエンターテインメント性の高さだけをとっても、ここが入館無料の施設であることに感嘆する。くすりのミュージアムを運営する背景には、どういった目的や意義があるのだろうか。

取材に協力いただいた第一三共グループ社員の皆さま
取材に協力いただいた第一三共グループ社員の皆さま:(左から)第一三共ビジネスアソシエ 薄井健氏、第一三共 髙嶋朗氏、第一三共ビジネスアソシエ 岡部宗祐氏、大葉祐子氏、第一三共 臼井文浩氏(写真提供:第一三共)
 

取材にご協力いただいた第一三共グループ社員の方々に伺うと、開館に至った経緯としては、当時、中学校での「医薬品の教育」の義務化や、くすりの購入経路の多様化などを背景に、製薬企業に対しても、くすりに関する教育や情報開示への期待が社会的に高まっていた。それならばと、企業としての社会貢献活動の一環として、第一三共のみならず、広くくすりや製薬業界への理解・信頼の醸成に寄与すること、そして、日本橋地域の活性化にもつながる活動を目指して、同館が設立された。設計する際に着目したのは、「くすりの楽しさ」。楽しみながら、くすりの働きや創薬について学べる場とした。

ところで、「くすり」に対して、皆さんはどんな印象を抱いているだろうか。筆者が同館を訪れるまでは、くすりとは、飲み薬の場合は苦くてまずい、塗り薬なら、痛いかもしれない。言われるがまま服用するだけで、よく分からない。好きか嫌いかでいうと、嫌い。こういったネガティブな言葉が出てくるものであった。大半の人は、同様の感情を抱くのではないだろうか。

そう考えると、第一三共が同館を通じて実現しているのは、くすりのパーセプションチェンジだと実感する。ゲームや映像といったコンテンツ、そして空間全体の設計が巧みで、これらが面白いのはもちろんだが、そこから得られる知識──例えば、「くすりには、なぜいろいろな形があるのだろう?」「どうやって作られているのだろう?」と、一つずつ考えていき、分かってくると、楽しくて身近に感じられるのだ。

このパーセプションチェンジを、ミュージアムのロゴが的確に表現している。「薬」をよく見ることで、今まで気付かなかった「楽しさ」が見えてくるではないか。この気付きこそが、同館が提供している最大の価値であり、存在意義なのである。

Daiichi Sankyo くすりミュージアムロゴ(画像提供:第一三共)
Daiichi Sankyo くすりミュージアムロゴ(画像提供:第一三共)

全ての人に開かれた場とするユニークな仕掛け

くすりに親しみを持ってもらうための、同館のユニークなアプローチについても触れたい。オリジナルキャラクターの存在だ。

Daiichi Sankyo くすりミュージアム オリジナルキャラクター:(左から)「くすりーな」と「ジェームス」(画像提供:第一三共)
Daiichi Sankyo くすりミュージアム オリジナルキャラクター:(左から)「くすりーな」と「ジェームス」(画像提供:第一三共)
 

同館には、1000のくすりの謎を知る名探偵「ジェームス」と、ジェームスの見習い助手「くすりーな」という2体のキャラクターがいる。彼らは、館内の資料やウェブサイトで、くすりに関する情報を初心者や子ども向けに分かりやすく解説する。また、フォトスポットで撮影できたり、グッズも豊富に展開されていたりと遊び心にあふれている。

企業や製品のキャラクターはよくあるが、企業ミュージアムがオリジナルで設けるケースはかなり珍しい。しかし、難しく思われがちなトピックだからこそ、有効なアプローチのように思えた。つまり、初心者に寄り添うキャラクターによって、一般の来館者、特に子どもたちにとっても親しみやすく、間口を広げる役割を果たす。

全ての人に開かれた場とするこだわりは、この他にも随所に感じられる。例えば、外国人来館者にも配慮して、日本語以外に英語と中国語にも対応していたり、遠方の生活者にも情報発信できるよう、「オンラインミュージアム」を設けて、映像コンテンツの一部をウェブサイトで公開したりしている。くすりとは、誰もが関わるものだからこそ、ターゲットを線引きせず、インクルーシブにすることが重要であり、同館はそれをまさに体現していた。

創薬の未来にバトンをつなぐ

Daiichi Sankyo くすりミュージアムを訪れて、人生で初めて「くすり」に向き合ったような気がした。特に、創薬のプロセスの果てしなさと、そこに挑む製薬会社の覚悟は、計り知れないものであった。

くすりの開発の成功率は3万分の1といわれる。一般的に、開発期間は9~17年を要し、数千~数万人もの人々が携わる。これはあらゆる製品開発と比較してもトップクラスで、ロケットやスペースシャトル開発にも匹敵、もしくはそれ以上の時間と労力を要する。数万人がそれぞれの責任を果たし、バトンをつないで、やっと一粒のくすりが出来上がると聞くと、手元にあるくすりもものすごい発明品のように感じられる。

創薬が壮大なプロジェクトだからこそ、人材育成も極めて重要であることはいうまでもない。バトンをこの先の未来につなぐために、必要な人材を育てていく。製薬業界で恒常的に直面するこの人材面の課題に対して、くすりミュージアムは一つの答えであった。つまり、ここで体験した「くすりの楽しさ」は、子どもたちにとって薬学への興味の種となり、創薬の未来を担う人材育成の可能性を広げていく。それは、体験型ミュージアムだからこそ生み出せる、ソーシャル・イノベーションへの一歩ではないだろうか。同館を訪れ、たくさんの子どもたちの笑顔を見て、創薬の未来に希望を抱いた。


【編集後記】(ウェブ編集報編集部より)

日本橋といえば、東海道の起点、魚市場、呉服問屋……といったイメージだが、
「くすりの街」でもある、ということは初めて知った。

江戸時代を象徴するものは、なんだろう?と考えると、あの有名な日本橋の浮世絵が思い浮かぶ。日本人の心の原風景のひとつ、といっていいのではないか。
行き交う人々の活気、未来へつながっているかのような丸い橋。時空を超えて、
日本人として、なんだか頑張ろう、という気持ちになる。

現在の日本橋

くすりというものは、病を治癒するためだけのものではない。「なんだか頑張ろう」という気持ちも後押ししてくれるものだ。草かんむりに「楽」で、薬(くすり)。言い得て、妙だ。症状を和らげるだけでなく、心までを「楽」にしてくれる。第一三共という会社の、揺るぎない精神を表すものだと思う。

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