なぜか元気な会社のヒミツseason2No.36
コインランドリーを再発明する
2024/04/23
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第36回は、コインランドリーという産業にイノベーションを起こし続けているOKULAB(オクラボ)という会社を紹介します。
OKULABが展開するコインランドリー「バルコ ランドリープレイス(以下バルコ)」。昔ながらのコインランドリーのイメージを持つ人には、それは一見コインランドリーには見えないかもしれない。見た目だけではない。ユーザーの体験も、その仕組みもすべてがこれまでのコインランドリーとは全く違うものになっている。大げさではなくコインランドリーの再発明。その斬新な姿を、仕掛け人であるOKULAB社長の久保田氏に直接尋ねてみた。
文責:諸橋秀明(電通BXCC)
日常の生活に、イノベーションを
洗濯という日常生活に深く関わるサービスにもかかわらず、コインランドリー業界は昔ながらの「古い、汚い、小さい」という、一般的には敬遠したくなる店舗も少なくない。機器などのハード面の良さはあるのだから、顧客視点に立って、もっと入りやすい、使いやすい、居心地の良いお店をつくれば、これからの社会や日本の人口を考えると、マクロ視点で市場は大きく拡大しゲームチェンジできると感じた、と久保田社長は言う。「コインランドリー業界にはまだ市場をドライブする大きなプレーヤーはいないので、これはチャンスだと感じた」そうだ。
先の勤め先であったハイアールアジアは、機器メーカーとして大きな市場シェアを持っていたがエンドユーザーと接するお店自体をつくることはできない。であれば自ら起業して立ち上げようと思ったのだそう。
筆者自身もバルコの利用経験があるが、スマホで洗濯機の稼働状況を確認でき、キャッシュレスにも対応しているなど、洗濯が通信とつながることの利便性に大変驚いた記憶がある。さらに興味深かったのは、ユーザーの利便性のみならず、フランチャイズ経営の視点からもDXが非常に大きな役割を果たしていることだ。洗剤の補充スケジューリングや売上管理など、コスト削減・生産性向上に大きく貢献しているという。
ただ、洗濯と通信の融合だけがバルコの躍進の原動力とも思えない。もっと根幹に違う何かがある。そんなことを考えている中で、「私たちはユーザーにとことん寄り添っています」という久保田社長の言葉があった。それが答えだと思った。本稿ではそこを掘り下げていこうと思う。
バルコは、流れる時間が違う
バルコが他と大きく違うのは、そこで流れている時間だ。ユーザー体験というとマーケティング風だが、あえて時間と定義したいと思う。洗濯の洗い上がりを待つ時間のデザインが他と全く異なるのだ。
「洗濯という日常から切り離せない行為だからこそ、お客さまに楽しさを感じていただきたい」という久保田社長の思いは、清潔で開放感のある空間から始まり、おいしいコーヒー、看板の色使い、使用するフォント(文字のデザイン)、など細部までサービス精神が行き渡っている 。ユーザーに寄り添い選択されたあらゆるものが、バルコの時間の構成要素だ。そしてその最後のピースとしてフカフカに洗い上がった洗濯物との対面が待っている。そんな時間のデザインだ。
「代々木上原にあるバルコ旗艦店のカフェは、近くの幼稚園のママたちのお茶の場になっているんです。みなさんコインランドリーにいるという感覚がないみたいです(笑)」。薄暗く、雑然として雑多な旧来のイメージのコインランドリーでは起こり得ないエピソードがその時間デザインの成功を物語っている。
ラグジュアリーよりもパブリック
久保田社長のユーザーへの寄り添い方をさらに深掘っていきたい。「ラグジュアリーなもの、というよりも生活の匂いがする存在でありたい、と思っているんです。コインランドリーはとてもパブリックな存在だと思うんです」単なる小じゃれたランドリーをつくっているのではない。あくまで生活であり日常のインフラであることへの意識。ユーザーに寄り添わなければ出ない考え方だ。
「洗濯は生活になくてはならないもの。年齢性別にかかわらず、だれにとっても必要。コインランドリーに人が集まり、顔なじみの人との会釈や、使い方を教え合うといったかかわりが生まれる」その思いが町の役場庁舎内にランドリーがある、という北海道小清水町(こしみずちょう)の防災拠点型複合施設「ワタシノ」の出店にもつながっているそうだ。
「店舗内装やもろもろのデザインについても、50年後に見ても不自然でない。おしゃれすぎず、街に溶け込むことを意識しています。過剰にトレンドを追うと、飽きられてしまいますし、入りやすくてリラックスできる場所を提供することが、僕らの仕事ですから」そこに暮らす人のためにランドリーはどうあるべきか。何ができるか。バルコの根源には、どこまでいってもその問いがある。
心躍らせながらコインランドリーを再発明する集団
なぜこんなにもOKULABは革新的に事業を推進できているのか。お話の最後にバルコの“経営者”の視点も少し伺ってみた。すべての社員がOKULABの5つのバリュー「風を切って先頭を走ろう」「心躍らせるしごと」「すべてのことに理由がある」「フェアプレーが一番強い」「初心を忘れない」に賛同しているから、というのが答えだった。どんなに優秀な人材でもこのバリューへの共感がなければOKULABという船には乗れない。だからこそ強い組織が実現できている。
中でも久保田社長は「心躍らせるしごと」を日々意識しているそうだ。「みんなが心躍る仕事をしたいじゃないですか。でなければ相手を喜ばせ続けられない」心躍らせながらコインランドリーを再発明する集団がこの国にいる。……なんと、ワクワクすることか。
ビジネスはいつだって、誰かの日常の延長線上にある
筆者はこのインタビューの前に、バルコは洗濯という行為をある種の非日常的な行為に昇華している、と捉えていた。しかしお話を聞くにつれ、それは誤った解釈だなと反省した。生活と切っても切れない日常の代名詞とも言える洗濯だからこそ、ちょっと良いものにする。生活者に寄り添ってとにかく彼ら彼女らの日常をより良くする。この姿勢に学ぶことは多い。なぜなら、どんなビジネスも誰かの日常から切り離しては考えられないものなのだから。
OKULABのHPはこちら。
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第36回は、コインランドリーという昔からあってなじみのある業態に、新たな価値をもたらすOKULABという会社を紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
取材の最後に久保田社長に、こんな質問を投げかけた。炊事、掃除、洗濯。家事で面倒くさい三大作業のように思うのですが、炊事や掃除と洗濯は、どこが違うのでしょうか?と。返ってきた答えは、シンプルだった。「メンタルでしょうね」
炊事や掃除は、生きていく上で欠かせない行為。本能でやるもの、あるいは誰かのためにやるものだ。それに対して洗濯は、もちろん生きていく上で欠かせないものであるが、心や体をキレイにしたい、というメンタルな部分が大事なのだと久保田社長は言う。
なるほどなあ、と思った。洗濯を終えた、まっさらな衣服、フカフカのタオル、いい香りがふんわりとする。あの何ともいえない爽快感は万人が感じるはずだ。炊事とも掃除とも違う、洗濯ならではの体験。さあ、その時間や空間をさらにどう演出しようか、というところがOKULABの取り組みだ。