まちの幸せを追求する「都市の未来デザイン ユニット」No.7
便利なだけではない!大阪・梅田のまちの魅力を引き出す2つの側面とは?
2024/05/21
電通の「都市の未来デザイン ユニット」は、都市やくらしの未来像を描き、構想から実現までをさまざまな領域で支援する専門チームです(詳細はこちらから)。
本連載では、これからの都市・まちづくりに求められること、また幸福度の高い都市について、さまざまな角度から探ってきました。
今回クローズアップするのは、新たな商業施設やオフィスビルが次々と開業し、大きな変貌を遂げつつある大阪・梅田。2022年にまちの価値向上に向けた構想「梅田ビジョン」を発表し、その指針のもとグローバルな視点と地域性を生かした独自性のある都市開発を行う阪急阪神不動産 取締役谷口丹彦(たにぐち あきひこ)氏に電通一山卓治氏がインタビュー。梅田のまちづくりにおける新たな価値のつくり方やそのヒントについて語っていただきました。
<目次>
▼まちづくりの指針を共有するために「梅田ビジョン」を策定
▼スタートアップが集う新たなビジネス創造の場に!
▼梅田のまちの魅力を高めるコアとフリンジとは?
▼強みは、公共交通機関を軸にした都市開発やまちづくり
まちづくりの指針を共有するために「梅田ビジョン」を策定
一山:JR大阪駅の北側に位置する旧貨物駅跡地である「うめきたエリア」の再開発は、各方面から注目を集める大きなプロジェクトとなっています。まずは、うめきたエリアの再開発のきっかけや、御社が「梅田ビジョン」の策定にいたった経緯などをお聞かせください。
谷口:うめきたエリアとは、旧梅田貨物駅の跡地にあたる約24ヘクタールの広大な区域を指します。このエリアは、大阪駅(JR西日本)をはじめ大阪梅田駅(阪急電鉄、阪神本線)、梅田駅(Osaka Metro御堂筋線)など鉄道4社7駅の乗り入れがある西日本最大の交通結節点であり、こうしたポテンシャルを生かした都市開発の必要性が2002年頃から大阪府や大阪市の自治体などを中心に議論されはじめました。
一山:うめきたエリアは、まさに関西最大の一等地ですよね。
谷口:そうですね。梅田に残された最後の都市財産であり、関西の活性化につなげるための「虎の子」ともいわれていました。その後、産学官連携による「うめきた(大阪駅北地区)プロジェクト」が始動。2013年には先行開発区域にショップやホテル、オフィス棟を併設した「グランフロント大阪」を開業し、今現在もさまざまな工事が進められています。2024年の9月にはうめきた2期開発区域に「グラングリーン大阪」が先行まちびらきする予定となっています。
一山:では、「梅田ビジョン」はどのような経緯で策定されたのでしょうか?
谷口:梅田の再開発については、大阪府や大阪市の長期的な成長戦略などでも言及されており、これまでもこのエリアをどんなまちにしたら大阪や関西が活性化するのか産学官さまざまなところで語られてきました。それらを踏まえて、梅田ってこういう世界観で、まちをつくっていくべきなのではないかという方向性を、私たち阪急阪神ホールディングスグループ視点で整理したのが「梅田ビジョン」です。
一山:「梅田ビジョン」を発表するきっかけは何かあったのでしょうか?
谷口:この大阪梅田エリアは、当社グループの中でも最大の事業拠点です。ここ数年は、建て替えが終わって複合商業ビルとして生まれ変わった阪急百貨店・阪神百貨店そしてオフィスビルも稼働し、今後は現在工事が行われている「グラングリーン大阪」、阪急大阪梅田駅周辺の開発など多様な事業があります。これらの事業を一つ一つ進めていく中で必要なのが“ストーリー“です。
まちづくりや都市開発において、コンセプトともいうべきストーリーづくりはとても重要な要素ですが、そもそもこのストーリーは何にのっとってつくるべきなのか――。大阪梅田エリアの開発においても、その指針を明確にして、この事業に関わるステークホルダーで共有する必要があるとの考えから「梅田ビジョン」の策定に取り組むことになりました。
一山:なるほど。開発ごとにバラバラのストーリーにならないようにその指針を明確にしたということですね。阪急阪神ホールディングスグループの事業にかかわらず、すべてのステークホルダーに向けているというのも特徴的ですね。
スタートアップが集う新たなビジネス創造の場に!
一山:「梅田ビジョン」を発表して2年ほどが経過しました。現在開発が進んでいる「グラングリーン大阪」の先行まちびらきを間近に控え、さまざまな施策が仕掛けられていると思いますが、中でも谷口さんが期待していることは何でしょうか?
谷口:「梅田ビジョン」の基本方針の一つに「共創で新しい価値を生み出すまちづくり」というものがあります。これは「グラングリーン大阪」が新産業創造の場になることを目指して掲げているビジョンです。
関西には、たくさんの大学や研究機関、企業の研究所があり、そこには多数の知財やシーズが蓄積されています。「グラングリーン大阪」のまちづくりにおいても、こうした知財やシーズをアウトプットし、スタートアップから社会実装につなげていく仕組みや場の提供が求められていました。そこで誕生したのが情報や人、技術を集積させ、新しいビジネス(製品・サービス)が生まれるエコステムを構築し、イノベーションの創出を推進する「U-FINO(一般社団法人 うめきた未来イノベーション機構)」です。現在は、関西の企業とスタートアップ企業をマッチさせたり、人材育成を支援したり、さまざまなプログラムを提供しています。
人が集まる空間をつくり、新しい交流が生まれ、さまざまなビジネスが創出される。こうした循環のもと、うめきたエリアが世界から注目される新産業創出の場となっていけたらと思っています。
一山:大学や研究機関が多いのは、関西の強みの一つなので、こうした知財を生かすというのはとても大事な取り組みですね。
谷口:あとはやっぱり大阪といったら「食」ですよね。じつはマーケットが広いにもかかわらず、まだ体系化された産業になっていないのが「食」なんです。フランスなどのヨーロッパでは、フードビジネスをエコシステムと捉えてマーケットを拡大していこうとする動きが進んでいるのですが、日本はそこが弱い……。そこでフードビジネス活性化の一環として、食のクリエイターや人材を支援する取り組みなどを行っているのが「OSAKA FOOD LAB」です。
これは、大阪にいる個性豊かなシェフを集めて、何か面白いことができないかというところからスタートした取り組みですが、今では海外で活躍しているシェフを招致して交流するなど、シェフたちの新たなコミュニティとなっています。今後は、関西の大学、研究機関と連携しながら、地元のシェフたちと食料問題などの社会課題の解決に取り組むなどラボ的な動きも活発化させていけたらと思っています。
あと、大きな話題となりそうなのが、「グラングリーン大阪」の商業エリアに新しくオープンする「Time Out Market Osaka(タイムアウトマーケット大阪)」(2025年春頃オープン予定)です。「Time Out Market」(※1)とは、ポルトガルのリスボンで誕生した大規模なフードホールです。この「Time Out Market」の面白いところは、厳選された地元のレストランが集結し、そのまち一番のおいしいものを手軽に食べられるところ。観光客はここでお気に入りの味やレストランを見つけたら、次回遊びに来た時は本店に行ってみようという気持ちになると思いますし、地元の人にとっても自分たちの街の魅力再発見の場にもなるでしょう。観光客や地元の人たちが、一つ屋根の下で長いテーブルに座って食事することで新たな交流も生まれるかもしれません。
一山:シェフにとっても、自身のお店の味をより多くの人に知ってもらうチャンスになりますね。
谷口:そうですね。大阪には海外からもたくさんの観光客が訪れるので、そういう意味では世界に向けて発信するリエゾン的な役割を「Time Out Market」が担っていくかもしれません。ゆくゆくは「OSAKA FOOD LAB」で育ったシェフに「Time Out Market」の一区画に出店してもらうなど、コラボレーションもしていけたらと考えています。
私たちが目指しているのは、うめきたエリアや梅田というまち全体が壮大な実証実験をしているような「リビングラボ」となることです。「あんなことやってみたい!」「こんな製品・サービスがあったら面白そう」など、みなさんが頭の中で考えていることをいったん形にして見せる場所にしていけたら面白いなと思っています。
一山:まち全体が自己実現の場になるというのはすてきですね。また、梅田は国際交流拠点としての役割も期待されていると思います。今取り組んでいる海外との交流を促進する施策などあればお聞かせください。
谷口:まず梅田が世界から注目してもらうためにもインバウンドビジネスは外せない要素です。梅田は関西最大の交通結節点をもち、オフィス、商業、エンタメなどの都市機能が徒歩圏内にバランス良く集積されたまちです。国際会議や展示会に最適な施設やホテルなども充実しているほか、公園などを使ってまち全体をイベントの会場にすることも可能です。イベント終了後は、そのまま食やエンタメ、観光などを楽しんでもらうこともできます。
こうした強みを生かしながらMICE(※2)を実施する場所として梅田を選んでもらえるように、現在は誘致活動を積極的に行っているところです。
※1=Time Out Market
世界59カ国333都市で展開している地域密着型シティガイド「Time Out(タイムアウト)」の編集者が厳選した地元の食とカルチャーが体験できる大規模なフードホール。コンセプトは“The best of the city under one roof(その都市のベストをひとつ屋根の下に集める)”であり、地元で人気のレストランやバーが出店している。現在はリスボンのほか、米国のマイアミ、ニューヨーク、カナダのモントリオールなどにも進出している。
※2=MICE
MICEは、Meeting、Incentive travel/tour、Convention、ExhibitionまたはEventの4つの頭文字を合わせた造語で、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどを指す総称である。
梅田のまちの魅力を高めるコアとフリンジとは?
一山:谷口さんが考える梅田のまちの魅力や面白さってどこにあると思いますか?
谷口:梅田は、駅周辺に商業施設やオフィスなどが集積し、都市機能が充実した便利なまちである一方、徒歩圏内の地域には居住区や町工場などがあり、下町っぽさを感じさせる雰囲気が今なお残っているのが特徴です。これは東京の丸の内や渋谷などにはない光景です。
便利で快適な都会っぽさと、人情味のあるコミュニティ、どちらも手軽な距離にあるのが梅田の強みであり、面白いところです。
一山:この考えは、梅田のまちづくりにもコア(中心部)とフリンジ(周縁部)として生かされていますよね。
谷口:梅田のまちづくりにおいては、コアエリアは都市機能の集積を生かした交流を促進させる場所と位置づけ、フリンジエリアは、多様性や個性を生かした活動や交流の拠点になる場所だと考えています。とくにフリンジエリアにある中津・中崎、福島地区は、ビールの醸造にチャレンジしたり、ユニークな雑貨を集めて販売したり、さまざまなスモールビジネスに取り組んでいる人たちがたくさんいます。そういった熱量や活気もしっかり発信して、コアとフリンジを両方楽しんでもらうことも、まちの魅力につながると思っています。
一山:そういった2つの側面を楽しめるという部分でも、梅田はほかにはない唯一無二のまちづくりが実現しつつあるのですね。
谷口:さらに新たな価値創造につなげる施策として、現在、アートを軸にしたまちづくりにも力を入れています。
梅田は、繁華街や商業施設があり買い物をするまちという印象が強いのですが、最近はオフィスビルが増え、働く場所としての機能も充実してきています。通勤帰りに買い物をしたり、ごはんを食べたり、映画を観たりと、さまざまなことができるので非常に便利ですが、少々インパクトに欠けるという課題もあります。
一山:たしかに、大阪市内でも南側のエリアにはグリコ看板があったり、通天閣があったり大阪を象徴するものがありますね。
谷口:そういったランドマーク的なものが梅田には足りないんです。なので、梅田に付加価値をつけるコンテンツとして、商業施設や公共空間などを使って、まちの中にアートシーンをつくっていきたいと考えています。こうしたわれわれの働きかけに、御堂筋繋がりで高島屋さん、大丸さん、南海電鉄さんなども賛同してくださり、現在はまち全体でアートイベントなどの開催に向けて準備をしているところです。
また、東京に比べて関西はアート市場の規模が圧倒的に小さいという現状があります。梅田に象徴的なアートシーンをつくることで、ゆくゆくは関西のアート市場の活性化にもつなげていけたらと思っています。
強みは、公共交通機関を軸にした都市開発やまちづくり
一山:私たちが普段、まちづくりや都市開発に携わる方々とお話をしていると、東京では似たようなつくりのまちが増えていて、まちづくりや都市開発において閉塞感があるといった話をよく聞きます。大阪梅田をはじめ、これまでもユニークネスのある都市開発を展開されてきた阪急阪神不動産ならではのまちづくりのヒントや強みなどあれば教えてください。
谷口:阪急阪神不動産の独自性でいうと、気質的に「つねに新しいことをやり続ける」という社風があります。これは当社グループである阪急電鉄創業者の小林一三のベンチャースピリットが脈々と受け継がれているということもあると思いますが、阪急電鉄の成り立ちにも関係していると思っています。
当時の鉄道会社というのは、人を運ぶことを目的に通行量が多いところに線路を敷き鉄道を走らせることが一般的だと思うのですが、小林一三は将来の沿線となる地域の持つ要望性を見抜いて、大不況による鉄道敷設資金の不足で頓挫しそうになったのを乗り越えて阪急電鉄(前身は箕面有馬電気軌道)の事業を始めています。
当時から、需要のあるところに鉄道を引くというのではなく、需要はつくるから鉄道を引くというデベロッパー思考だったと思います。そのため開業時、敷設した宝塚駅沿線は通行量もあまりなく採算が取れるのか不安視されていたそうですが、周辺の土地を買収し、宝塚大劇場をはじめとする近隣の都市開発を行い増収につなげたことでも有名です。
つまり阪急阪神不動産をはじめ当社グループには、創業時からデベロッパーとしての気質が備わっており、公共交通機関を基盤とした都市開発や沿線開発を続けてきたという強みがあるのです。
一山:都市開発をするために、鉄道会社をつくったというのは面白いですね。
谷口:世界的に見ると、鉄道事業は鉄道会社や公的機関が行い、都市開発はデベロッパーが担当するというように、この2つの事業を一緒に行うという考えがあまりないそうなんです。
しかし近年は、Transit Oriented Development(公共交通指向型開発)という概念も浸透しはじめており、公共交通機関を軸にしたまちづくりは今後増えていくのではないかといわれています。さらに海外でもTransit Oriented Developmentに基づいた日本のまちづくりが注目されているそうです。
一山:阪急阪神モデルがこれから世界的に広がっていくかもしれませんね。近年はウェルビーイング(幸福感)や暮らしやすさを追求したまちづくりも増えていると思います。最後に、谷口さんが考える幸福度の高いまちとはどんなまちなのか、教えてください。
谷口:端的に言えば、笑顔があふれるまちだと思うのですが、そのためには、まちがインクルーシブであることが必要だと感じています。
例えば、車いすなどを使っている方は、電車に乗るときに事前に駅に電話をして、駅員さんにスロープ板を用意してもらっていますよね。この一連の流れをアプリなどのコミュニケーションツールでデジタル化する動きがありますが、ただお客さまは駅の改札を出たら目的が終わるわけではありません。梅田で言えば、そこから阪急百貨店に行ったり、うめきたの公園に行ったり、さまざまな目的があります。ハンディキャップのある方が目的地までストレスなく到着できるようなガイド機能をもつシステムなど、インクルーシブなまちをつくるために用意すべきサービスやシステムなどの機能はまだまだたくさんあると思いますので、そうした整備にも取り組んでいきたいと考えています。
健常の方もハンディキャップのある方もみんなが平等にまちを楽しめること、そして誰もがまちの機能やサービスを通じて自己実現を図れること。これが幸福度の高いまちであり、そんなまちづくりを、私たちも実現していけたらと思っています。
コーディネーター:
電通 関西第2ビジネスプロデュース局 ビジネスプロデューサー
久野 賢志
【編集後記】
今回は、梅田エリアのまちづくりに注目しました。このエリア開発の方向性については、これまでも産学官さまざまなところで語られてきました。それらも踏まえて、ステークホルダーで共有する必要があった世界観や指針。それらを阪急阪神ホールディングスグループがまとめたストーリーが、「梅田ビジョン」。
一方、今また世界から注目されているTransit Oriented Development。
その先駆者であった阪急阪神ホールディングスグループは、すでに当時から現在のデベロッパーの枠には収まっていませんでした。
まちを訪れる人それぞれが、それぞれの暮らしの中にまちの価値を実質的に取り込み、生き生きとしている姿。簡単なようで全くそうでないこの本質的なことに、しっかりと根気よく向き合い取り組むことの重要さと責任。インタビューを通じて終始、このようなメッセージを受け取りました。「人を基点としたまちづくり」。まさにわれわれユニットが大切だと考えることをさまざまな形で実践されていることに深く共感しました。
谷口さんは終始穏やかで、時折笑みを交えながら大変エネルギッシュで、情熱あふれるお話の数々を聞かせてくださいました。解像度高い話をされる目には、未来の梅田の光景がありありと映っているようでした。阪急阪神ホールディングスグループのまちづくりに、これからますます目が離せません。
【本件に関する問い合わせ先】
都市の未来デザイン ユニット
HP:https://www.dentsu.co.jp/labo/futuredesign_unit/index.html
Email:futuredesign-unit@dentsu.co.jp