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まちの幸せを追求する「都市の未来デザイン ユニット」No.8

ペット視点で考える、幸福度の高いまちづくりとは?

2024/08/08

電通の「都市の未来デザイン ユニット」は、都市やくらしの未来像を描き、構想から実現までをさまざまな領域で支援する専門チームです(詳細はこちらから)。

本連載では、これからの都市・まちづくりに求められること、また幸福度の高い都市について、さまざまな角度から探っています。

今回のテーマは、「ペット×まち」。犬や猫などペットの家族化が進む中で、幸福度の高いまちをどう作っていけばよいか?獣医師免許を持ち、ペット関連の事業のコンサルティングなどを行っている、電通のビジネス開発・ディレクター 上杉剛弘氏に、「都市の未来デザイン ユニット」リーダー 夏目守康氏が話を聞きました。この記事が公開される8月8日はちょうど「世界猫の日」です。この記事が、人とペットが幸せに暮らすまちづくりについて考えるきっかけになればと思います。

電通 上杉剛弘氏(左)と都市の未来デザイン ユニットの夏目守康氏
電通 上杉剛弘氏(左)と都市の未来デザイン ユニットの夏目守康氏
<目次>
ペット関連事業を拡大したい企業が増えている

ペットを飼うことは“非効率”だけど、生きる力になる

ペットが住人たちの「かすがい」に。「ペット×まち」の最新事情

ペットが苦手な人のことを考えることも重要

ペット関連事業を拡大したい企業が増えている

夏目:初めに、上杉さんは獣医学部を卒業して電通に入社したという珍しい経歴をお持ちですが、普段はどんな仕事をしていますか?

上杉:私は入社してから約20年、営業やプロモーション領域の仕事をしてきました。その後、獣医学の知見を生かしながら、脱GHG(メタン)など、畜産分野の新規事業のコンサルティングなどを行っています。

いろいろな企業とつながりがある電通は、昔から、広告に限らずペット関連の事業のご相談をいただくことがありました。特にここ5年ほどは、ご相談が大変増えています。ペット関連の事業を経営の柱の一つにしたいと考える企業はとても多いです。

夏目:どのようなご相談を受けることが多いですか?

上杉:国内では超少子高齢化で人口減少が進んでおり、ペットフード協会の調査によると、15歳以下の子ども人口よりもペット飼育頭数が上回っています。そのマーケットに注視している、食品メーカー、トイレタリー、旅行、住宅メーカーからなど、お問い合わせは多岐にわたります。

夏目:いろいろな企業がペットに関する事業に力を入れるのには、どのような背景がありますか?

上杉:大きく3つ理由が考えられます。1つはアジアを中心にペットを飼う方が増えていることです。ペットフード協会の調査によると日本は、犬や猫の飼育頭数は約1600万頭で、近年は猫が増えています。他の国では、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどで犬や猫の飼育頭数が増加しています。特に中国は顕著で、正確な統計はありませんが犬や猫の飼育頭数はすでに2億頭を超えているといわれています(※)。

※参考資料:http://ja.victorypharmgroup.com/news/pet-industry-in-china-statistics-facts/
 
上杉氏

ペット関連事業に力を入れる企業が増えている2つ目の理由は、ペットの家族化が進んでいることです。大切な家族の一員として迎え、できるだけ良いものを食べさせたい、良い時間を共に過ごしたいと思う方が増えています。

3つ目は、家族化が進むにつれて、プレミアムな商品やサービスの需要が高まっているためです。例えば、ペットフードでは、保存料無添加のものや、一週間以内に食べ切るような高級品があったり、健康状態を踏まえてオリジナルのフードを提供するサブスクリプションサービスも登場したりしています。フード以外では、保育園やしつけ合宿がありますし、知育玩具も充実してきています。

夏目:飼い犬や飼い猫ではなく、家族へと位置づけが変わり、関連商品の市場が広がっているんですね。

上杉:特に猫の変化が大きいです。日本は犬飼育文化で、昔から飼い猫は存在していましたが、飼っているというより「街猫」「地域猫」という存在で、現在のような「室内飼育猫」は多くありませんでした。猫を室内で飼育すること、家族としてより良い時間を過ごしてもらうことについて、もっと研究や事業化が進めば、いろいろな商品やサービスが生まれてくるかもしれません。

夏目:なるほど。日本だけでなく、アジアで犬や猫の飼育頭数が増えていることを考えると、さまざまな商品やサービスをつくり、アジアへビジネス展開しようと考える企業は多くなることが分かります。

ペットを飼うことは“非効率”だけど、生きる力になる

夏目:さきほど、「ペットの家族化」のお話がありましたが、ペットを飼うことは人間にどのような影響があると考えていますか?

上杉:これは私個人の考えですが、AI、デジタル、ロボットが発達するなど、世の中がどんどん効率化していますよね。人々はコスパやタイパを求めている。ところが、ペットを飼うことは、ある意味とても“非効率”なんです。動物は何を考えているか分かりにくいし、急に病気になることもあるし、命を育てることは本当に大変です。効率よく暮らすことを考えるなら、ペットを飼うことは真逆の行為といえるでしょう。

ですがその半面、ペットは、幸せにしたいと愛情を注ぐ存在であったり、癒やしの存在であったりします。頼られることなど、自分は一人ではないことを実感できる存在でもあります。

夏目:効率化が進んで世の中が便利になる中で、自分一人では得られないことを与えてくれるペットは、生きる力になると?

上杉:ペットは認知症対策にも効果的という報告もあります。東京都健康長寿医療センターの研究グループが、65歳以上の高齢者、1万人以上を調査したところ、犬を飼っている高齢者は飼っていない人と比べて認知症の発症リスクが4割低かったそうです。命あるものを常に気にかけてお世話をするということが、健康面にもメリットを与えているわけです。

夏目:動物と人が触れ合う機会を作って、病気を治療したり、人を癒やしたりするような取り組みがニュースになることもありますね。

上杉:病院を訪問、または常駐して、患者やその家族の心のケアをするセラピードッグやファシリティドッグの活動が行われています。他にも、馬と触れ合うことで心身の健康を取り戻すホースセラピーは国内外で注目されています。私の同僚にも御殿場で乗馬などを通して自閉スペクトラム症の子どもたちの症状を改善する取り組みを行っている人がいます。

人間は犬や猫に触れると癒やしのホルモンが出るという研究結果があるのですが、じつは犬や猫も癒やしのホルモンが出るという論文も発表されています。人と犬や猫が触れ合うことは双方に良い影響があるようです。

ペットが住人たちの「かすがい」に。「ペット×まち」の最新事情

夏目:ここから「ペット×まち」というテーマでお話を伺っていきたいのですが、注目している事例はありますか?

夏目氏

上杉:住居者がペットと暮らすことを前提にした賃貸住宅があって、賃料が高いのに人気があります。この住宅は、入居する際に、ペットの種類や日常のしつけ、飼い主のマナー意識などをヒアリングする入居審査があります。設備はペットの足洗い場があったり、防音がしっかりしていたりします。じつは、この住宅はペットを飼わない人にも人気があります。

夏目:なぜでしょうか?

上杉:特に都市部では、近所にどんな人が住んでいるか分からない「隣人リスク」があります。そんな中きちんと飼主審査を受けた人が住んでいるという安心感があるのではないでしょうか。また、ペットを連れている人には声を掛けやすく、近所の人たちとの会話が増えるのも人気の理由だと思います。

夏目:ペットが飼い主だけでなく、周囲の住人たちの「かすがい」になっているわけですね。

上杉:この賃貸住宅の例だけでなく、少子高齢化が進む中、人間は一人では生きられないし、頼る存在が必要です。そんな中、ペットが人間同士をつなぐきっかけ、潤滑油のような存在にもなってくるんじゃないでしょうか。

夏目:まちとペットの関係は、今後どんどん深まってくる、と。

上杉:ペットが家族化しているのであれば、「スマートペットシティ」、要はペットと暮らしやすいまちのニーズは今後高まってくるでしょう。

夏目:具体的にどんなことが考えられますか?

上杉:例えば、市役所や町役場、スーパーなどはペット同伴OKになったり。道路は、散歩する犬に車の排気ガスがかからないようにガードレールが地面に近いところに設置されるとか、ペットと一緒に歩く道があるとか。他にもドッグランの混雑具合がわかるようなシステムが整備されるなどが考えられます。

ペットと暮らしやすいまちの取り組みが進んでいる自治体もあります。長野県軽井沢町は、愛犬と一緒に旅行しやすい「ドッグツーリズム」を打ち出しています。犬と一緒に利用できる施設を示した地図を作ったり、カフェでのマナーを掲載した小冊子を配布したり、いろいろな取り組みを行っています。

夏目:旅といえば、国内外で、ペットといっしょに移動できる取り組みも進んでいますよね。海外では、犬用のファーストクラスを設けた飛行機があります。

上杉:国内では、スターフライヤーがケージに入れたペットと機内に搭乗できるサービスを行っています。他にも、オーナーと犬が一緒に移動する「ペット専用新幹線」の実証実験が行われたこともあります。

夏目:いろいろな取り組みが進んでいますね。

上杉:犬や猫は一般的な床材だと、高いところから飛び降りたり、滑ったりして股関節を痛めることもあります。建材メーカーなどは犬や猫のことを考えた建材を提供しているところがあります。そのようなことでいえば、温暖化で猛暑日が増える中、地面が近い犬の体感温度はかなり高くなりますし、犬にアスファルトを歩かせると肉球をやけどすることもあります。今後は、熱くなりにくいアスファルトの開発が進むかもしれませんね。

私がコンサルタントとしてお手伝いをしている企業でも、これまで行っていなかったペット視点に立った商品やサービスを検討する事例は、大変多いです。

夏目:ペットの視点が増えているというのは新しい動きですね。

上杉:犬や猫の同伴出勤OKの企業もあります。他にも、ペットの高齢化も進んでおり老犬ホームを運営している企業もあります。老犬や老猫ホームはこれから増えていきそうです。

ペットフードメーカーの米国マース社は、ペットと暮らしやすいまちを認定する制度「BETTER CITIES FOR PETS」制度を作っていて、米国で150都市以上が認定を受けています。

ペットが苦手な人のことを考えることも重要

夏目:ペットと住むという観点から、これからのまちづくりのヒントを教えてください。

上杉:ペットは言葉が話せず、考えていることが分かりにくいからこそ、ペットのためだと何をもって判断するかはすごく重要です。行政にしても、これほどペットが家族化していくことは想定していなかったと思います。

ただ、「ペット×まち」というテーマで考えなければいけないことの一つは、「世の中にはペットが苦手な人もいる」ということです。ペットを飼っている人と飼っていない人では知識の差も大きいです。ペットを飼う人と飼っていない人がどう共存していくかが大事ですね。

夏目:確かにそうですね。幸福度を増すためのパートナーとしてのペットという可能性はすごく大きいことがうかがえます。人と人をつなぐ潤滑油としての、要するにコミュニケーションにもペットという存在は寄与しそうです。ただ、それが限られた人にのみだと、まちがうまく機能していかないですよね。

とはいえ、都市のデザイン面でもペット目線はこれまであまり意識されたことがなく、今後、まだまだ成長していきそうですね。今後もペットと幸福度の高い都市について上杉さんと考えていきたいと思います。

上杉氏と夏目氏

【編集後記】

ペットは人と人のコミュニケーションをつないで人の関係を豊かにする存在でもある。まちで見かける日常の風景からも共感できるお話でした。一方、人間の側だけでなくペット自身の心身の健康という目線でも考えることの必要性にも触れられており、上杉さんの指摘はこれからとても重要になると感じました。「家族化」が進む一方で、ペットをモノとしてとらえかねない風潮がまだあることへの違和感についても上杉さんは語っていました。

ペット目線でまちや住まいを考える。ペットがこれからますます人にとって不可欠な存在になる一方で、苦手な人も含めて「共生」を考えること。さまざまな幸福のあり方を考えさせられる良い機会でした。

【本件に関する問い合わせ先】 
都市の未来デザイン ユニット
HP:https://www.dentsu.co.jp/labo/futuredesign_unit/index.html
Email:futuredesign-unit@dentsu.co.jp
 
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