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九州の“現場”から見出す、地域価値共創の糸口No.2

事業承継とリノベーション。ひとつのお店や事業所から、地域を創生する

2024/08/01

本連載では電通九州の代表取締役社長・鈴木亨氏が九州各地のそれぞれの“現場”で地域価値の共創を進めている先端的な企業や人物を訪ね、地域価値創造のポイントや想い、視点などについてインタビュー。地域価値の創出に取り組む事業者との共創の可能性を探るとともに、同じ状況の中で一歩を踏み出そうとする人々へのヒントを届けます。

今回のテーマは「事業承継」です。

<目次>

“形のない資産”を一緒に譲る。オープンネームが拓く「事業承継」の新たな道

M&A業界の革命~“顔”が見える事業承継とは

事業承継とは「開く、変える」こと

地域ぐるみの支援、事業会社との連携

“形のない資産”を一緒に譲る。オープンネームが拓く「事業承継」の新たな道

「事業承継」とは、ご存じのように、会社を後継者に引き継ぐことですが、その経営や資産だけでなく、地域を彩る景色や人々とのつながりなど、先代が培ってきた“形のない資産”も合わせて譲るという意味合いもあるようです。
 
この形のない資産は、まちのパン屋さんや本屋さんなど、各地の小規模な事業者にも色濃く存在します。こうしたお店は、記憶の中に懐かしい景色をつくります。

一方で事業承継業界のルールは、このような小規模事業者を含めて「売り手情報の非開示」(ノンネーム)が鉄則だそうです。これは風評被害を避けるためで、売り手が誰かは秘匿され、もちろんネットに上がるようなことはありません。

しかし「ノンネーム」は、小さなお店の承継機会をスポイルすることがあります。匿名のまま財務状況だけで判断されると、小規模事業者は魅力に乏しく見えてしまい、買い手はまず現れません。後継者がいなければ無形の財産は失われ、シャッター商店街化も進んでしまうのです。

そんな現状を変えるべく立ち上がったのが、宮崎市のスタートアップ、ライトライトです。同社の齋藤社長は、事業承継のマッチングプラットフォーム「リレイ」を立ち上げました。

リレイでは、売り手の情報は開示(オープンネーム)されています。売り手の“顔”を見せることによって、U・Iターンの促進という、通常のM&Aとは少し違う価値を生み出しています。さらに買い手が、事業をアップデートさせることで、ひとつのお店や事業所から、地域をリノベーションするというねらいがあります。

事業承継と地方創生について、鈴木氏が、ライトライトの代表取締役齋藤隆太氏にお話を伺います。また経済産業省九州経済産業局の村山保之新事業創造推進室室長をお招きし、国のスタートアップ支援プログラム「J-Startup」のことを教えて頂きました。

地方創生のひとつの解がここに。お楽しみください。

地域価値共創#2_メインカット
左から電通九州・鈴木社長、ライトライト・齋藤社長、経済産業省九州経済産業室局・村山室長

M&A業界の革命~“顔”が見える事業承継とは

鈴木:事業承継のプラットフォーム「リレイ」について教えてください。 

齋藤:リレイの大きな特徴は「オープンネーム」です。一般的に、事業の譲渡や廃業は、従業員、取引先、金融機関などの不安をあおることになり、風評被害が起きやすくなります。ゆえに事業承継業界では、売り手情報の非開示「ノンネーム」が鉄則で、秘密保持が厳格です。

一方で小規模な事業者……例えば家族経営で、負債もない、取引先も限られる事業者は、風評被害が起きにくいのです。本来ノンネームにする必要はないのですが、業界ルールに縛られています。

そして、この方法では小規模な事業者の魅力が見過ごされてしまうのです。数字だけをみられて「小さいし、赤字だし、なくなるのも仕方ない」みたいに。

鈴木:ノンネームだと数字に表れない価値が評価されない。

齋藤:はい。そこでオープンネームにして、ネットで「あの場所の」「あのお店」と分かるような人に情報を届ければ、「無くなるのは惜しい」「何とか工夫しよう」という人が現れるのではないか。そう考えました。

鈴木:事業承継の革命ですね。

齋藤:ゆえに業界からいろいろと反対がありました。中小企業庁からも開示はトラブルが起きるからダメだと。各都道府県には中企庁の「引継ぎ支援センター」というものがあり、いわば小規模事業者にとっても駆け込み寺です。そこですらノンネームですから。

鈴木:でも、齋藤さんには信念があったということでしょうか。

齋藤:そうですね。以前に「FAAVO」という“地域特化型のクラウドファンディング”を運営していました。いまは外にいる地元の人が、地元のチャレンジを支援する仕組みです。
この時の経験から都会に出て、初めて地元の良さに気が付き、貢献したい人がたくさんいることが分かっていました。

鈴木:地元貢献の受け皿ですね。

齋藤:それがあって、今度は事業承継によるU・Iターンを促進したいと思ったのです。都会で培ったスキルを活かして地元貢献をしようとしても、同じ給与が得られない。だったら、違う形として、地元事業を買ってもらい資産形成をしてもらう。ゆくゆくは後継者となってUターンをしてもらう、そんな流れをつくろうと考え「僕らはスタートアップでやってみよう」と。

鈴木:単にお金を渡すだけではなく、地元でスモールビジネスを営むというのは、地元貢献の新たな形ですね。

地域価値共創#2_齋藤社長ソロカット

齋藤:また事業承継には「新しいつながりをつくる」という効果もあります。例えばたまに帰省しても、昔の友達にしか会わないといった状況では、コミュニティが広がりません。それよりも普段生活している都会のコミュニティの方が広がりが大きく、重要度が逆転してしまいます。この逆転が都市部への一極集中の要因のひとつと考えています。

そこで都市にいながら、承継を通して、地元と新しいつながりを創る。そのコミュニティが、大きくなってきたら、地元に戻る人が増えてくるのでは、と考えました。

資産やコミュニティ形成の機会を提供して、「都会で暮らす地元出身者の気持ちやアクションを最大化する」これが戦略のコアです。

事業承継とは「開く、変える」こと

地域価値共創#2_店舗画像
写真左から宮崎県高原町のカフェ「vote(ヴォ―ト)」の建物、内観、週替わりのランチ。

鈴木:ひとつ事例を教えてください。

齋藤:宮崎県の高原町という人口8000人足らずの町に、唯一の本格的なパン屋さんがありました。しかし「後継者がいないので閉じます」と。そこで自治体を介して、リレイに掲載しました。 

するとU・Iターンに関する雑誌の取材があり、その雑誌をたまたま千葉で暮らす地元出身者、正確には、高原町の隣の市出身の方が立ち読みしたのです。

そこで「帰省したら、いつも行っているあの店が、まさかの閉店……」「ん?自分はもしかしたら、カフェをやりたかった気がする」と思い返したようで。ここからが早かった。リレイに応募し、千葉の自宅を引き払ってUターン。準備に奔走して、一年後に、ご本人の実家の倉庫のような建物の中に、「vote(ヴォ―ト)」というカフェを誕生させました。

鈴木:一見偶然のようですが、オープンネームが出合いをつくり、ドライブをかけたわけですね。

齋藤:はい。ノンネームではあり得なかった話です。こうした形の承継成立は、当初から思い描いた姿でした。これまではどこかの事業を承継しカフェ経営を始めるといっても、ノンネームの状態で情報を摂取し、かなり面倒なやりとりを経ないといけませんでした。それには結構な覚悟がいります。

一方で人は、口コミやSNSで触れた情報から、火が付くというパターンも多いと思います。こうした回路を事業承継の世界に取り入れたかったのです。

鈴木:経営というほど構えていなくても、チャンスがあったら「こだわったお店をやってみたい」という人はきっと多いわけで、オープンネームが機会を提供するのですね。


<vote>
宮崎県西諸県郡高原町大字広原1419-1
小さな町のカフェ。畑の隣、倉庫の中にテントを張ったユニークな構造。元々あったパン屋さんの技術・設備を承継して、カフェにリノベーション。
店名のヴォ―トは投票という意味だが、商品を購入することがお店への応援であり、投票と同じという考えから。安心・安全で、周囲の環境と調和し、新しい世界を開くものをという想いを込めているそう。
 
地域価値共創#2_「vote」画像
写真左から店舗の構造、季節の果物を使ったタルトやケーキ。

齋藤:このケースではもうひとつ大事な点があって、それが「事業のリノベ―ション」です。オーナーさんが引き継いだのは、パンを焼く機械、レシピ、ノウハウですが、店舗や商品は一新、業態もパン屋からカフェに変わりました。
ユニークなしつらえやメニューがSNSで拡散され、県外から人が訪れるお店になっています。

鈴木:「残したい」と「やりたい」の掛け算から、アイデアや創意工夫が生まれた。

齋藤:そうですね。オープンネームならではの面白さがあって、買い手が、新しい活用法や組み合わせなどの想像を広げることができるのです。ほかにも鯉料理のお店を金魚の輸出拠点に活用する、印刷所と文具がコラボするといった事例があります。

事業承継は、「そのまま引き継ぐもの」「譲り受けるもの」という思い込みがありますが、実はそうではなく、「生まれ変わる」ことです。まず情報開示をし、そして「変える」という意識を承継する側・される側の双方がもつ。「開く、変える」が大事だと言い続けています。

鈴木:例えば地方には、見晴らしやロケーションに優れた立地の食堂ってありますよね。「まず、ここにあるのがスゴイ」という、しかし当代で終わりそうな様相のお店などです。こうしたお店の事業リノベーションを促すことで、ひとつの点から地域を変える可能性もあるように思います。

齋藤:ええ。それに地方であるほど、ひとつの事業リノベーションが周囲にも大きなインパクトを与えます。例えば、何十年も新規開店がなかったような商店街に、事業承継によって新しいお店ができる、その近くで起業があるなどです。こうしたうねりが起きることで、新たな地域価値の創造につながります。

地域ぐるみの支援、事業会社との連携

鈴木:リレイに掲載されている事業者は、九州が多いのですか。

齋藤:本社がある宮崎が多いですが、次が北海道です。東日本だと、群馬県桐生市、茨城県ひたちなか市、東京都大島町、新潟県糸魚川市など、津々浦々です。

しかし同時掲載が180件くらいなので、桁を上げていくのが目標です。いま自治体との連携によって、売り手の掘り起こしを進めています。
事業承継は自治体にとっても「廃業を避ける、手当てをする」という意味合いから「創業や移住につなげる」というプラスの位置付けに変わっています。
 
村山:ライトライトさんは、九州経済産業局「J-Startup KYUSHU」※選定企業のひとつです。「J-Startup」とは、民間の目利きで選ばれた企業を官民で集中支援する、経済産業省のプログラムで、「J-Startup KYUSHU」はその地域版です。国としても、九州と日本の次代を切り拓く、そんな可能性をもつ企業として、地域の自治体や経済界と共にサポートしています。

齋藤:実際に選定企業になって、マーケット、知財、アクセラレーターのことなど、情報を頂いてすごく助かっています。

村山:自治体への営業に同行することもあります。地域への愛着と将来性を備えたスタートアップ支援を通じて、新たな市場や雇用を生み、地域を活性化することが私たちのミッションです。

地域価値共創#2_村山室長ソロカット

鈴木:それは心強い。


 
地域価値共創#2_ロゴ
J-Startup KYUSHUとは?
日本国内から、世界で戦い、勝てる企業を創出するために、経済産業省が立ち上げたスタートアップ支援プログラム。主にアーリー~ミドル期の企業を対象に、補助事業、マッチング事業、ファイナンス優遇措置、ブランディング支援等を行い、成長拡大を後押しする。全国版の「J-Startup」に加えて、東京に集中するヒト・モノ・カネを地域へ還流させるために、地方自治体、地域の経済団体と連携した「J-Startup地域版」を展開。J-Startup KYUSHUもそのひとつ。2023年11月現在、J-Startupは238社、J-Startup(地域名)は283社が選定されている。

鈴木:電通九州も「地域価値共創局」をつくり、自治体と連携協定を結んで、地域の資源を掘り起こし、新しい価値を創る活動をしています。これは単独でできることではないですし、課題に対するソリューション方法も数多く必要です。

スタートアップと連携して、互いに前に出たり後ろに下がったりしながら、成功モデルをつくりたいです。また全国の地域電通と知見をシェアして、その都度、有機的な座組をつくることも考えられます。

地域価値共創#2_鈴木社長ソロカット

齋藤:いままで売り手の掘り起こしに注力してきましたが、事業のグロースを支援することで、僕らもチャンスが広がると思っています。少しの変化によって、見違えることがあると思うので、こうしたサービスを提供したいです。

鈴木:輪の中心に齋藤さんがいて、いろいろな業種が集まって、サービスを広げる、そんなこともできると思います。ところで会社のメンバーは何名くらいですか。

齋藤:25~30人くらいで、全国にいてフルリモートです。これは、多様な働き方の実現と同時に、メンバーそれぞれが、自分の地域が好きだということです。

鈴木:地域にいながら、リレイを活用して、それぞれの地域の課題解決に貢献するという働き方ですね。やはり地元愛があってこそ、小さな課題に一つ一つ向き合える。当社も同じです。これが地域を元気にしていく素なのだと思います。

そして何より、オープンネームによって、若い世代はもちろん、シニア世代にも事業承継が新たな可能性を拓いていきますね。今日はありがとうございました。

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