loading...

電通報ビジネスにもっとアイデアを。

今、みんなで考えたいメンタルヘルスとの付き合い方No.1

今、身の回りで起きているメンタルヘルスの潮流とERGの取り組み

2024/11/28

m-1
イラスト:渡邊はるか

「何事にもやる気が湧かない」「眠れない」「眠りすぎてしまう」「気分が落ち込む」。腹痛、頭痛、吐き気など原因不明の身体症状が続いている……。

あなたは、このような経験をしたことはありますか。また、同僚からこのような経験について、相談を受けたことはありますか。こうした心身の不調は、仕事や家庭、プライベートなどさまざまなストレスが起因となり、誰にでも起こる可能性のある症状です。

2003年に実施された厚生労働省の調査によると、うつ病や双極性障害などの気分障害の生涯有病率は9.0%で、約11人に1人の割合です。20年以上たった現在では、さらに身近なものになってきているのではないでしょうか。また、診断名のつかない不調もたくさんあります。しかし、メンタルヘルスの不調は、何となく人に相談しづらく、つい我慢してしまうことが大きな課題となっています。

ストレス社会と言われる昨今、メンタルヘルスケアに取り組む企業も増えています。電通では、自社グループ内のメンタルヘルスの不調経験者やサポーター、大学などで心理学を学ぶ社員が自発的に集まり、2021年に有志の「電通メンタルヘルスラボ」がスタートしました。最近では、社内でもERG(従業員リソースグループ、社員による自発的なコミュニティ活動)のひとつに位置づけられ、活動の幅も広がっています。

本連載では、私たち電通メンタルヘルスラボのメンバーがラボ活動を通して学んだメンタルヘルスを取り巻く状況と、社内での取り組みについてご紹介。インクルーシブな社会や職場づくりに向けて、考えていただくきっかけを提供できれば幸いです。

<目次>
メンタルヘルスを取り巻く状況

▼ 企業活動とメンタルヘルスの関係性

ピアグループが気持ちを共有する場「メンタルヘルスカフェ」

電通メンタルヘルスラボが目指すこと

 

メンタルヘルスを取り巻く状況

2013年、厚生労働省により、うつ病などの精神疾患は、がん、脳卒中、心筋梗塞などの心血管疾患、糖尿病と並ぶ「広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病」として、「5大疾患」に加えられました。

直近では、コロナ禍で起こった生活や働き方の変化による心理的影響が、多くの場面で語られています。2020年に行われた米国のソフトウエア会社「オラクル」とリサーチ会社「ワークプレイスインテリジェンス」の共同調査では、日本を含む11カ国の労働者の78%が「コロナはメンタルヘルスにマイナスの影響がある」と回答しており、ストレスの増加やワークライフバランスの乱れ、孤立感、睡眠不足、家族関係の緊張などがその要因として報告されています。

他にも2022年に厚生労働省が行った「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルスの不調により連続1カ月以上の休業または退職をした労働者がいる事業所の割合は、300〜499人の事業所で65.3%、1000人以上の事業所では90.8%にまで上っています。
メンタルヘルスの不調により連続1カ月以上休業した労働者は常用労働者全体の0.6%おり、2023年の日本の雇用者が6076万人※1とすると、36万人を超えると考えられます。
さらに、全国健康保険協会(協会けんぽ)が2022年度に取りまとめた「健康保険現金給付受給者状況調査報告」によると、精神および行動の障害は、他の傷病や疾患と比べて、働く人に比較的長期間の休業を余儀なくさせる原因となっているそうです。

※1=独立行政法人労働政策研究・研修機構より

 

企業活動とメンタルヘルスの関係性

近年は、社員の心身の健康を維持増進し、その力を最大限発揮できる環境づくりに取り組む企業も増え、企業経営において、サステナビリティを重視する動きが活発化しています。制約を抱えている方にとっても、持続的に働ける環境を整備できれば、多様な働き方の実現につながります。それが結果として、企業の価値を高め、さらに労働者から選ばれる企業となる良好なサイクルが生まれるのではないでしょうか。

厚生労働省は、心の健康づくりには、下記の「4つのケア」を効果的に推進し、職場環境などの改善、メンタルヘルス不調への対応、休業者の職場復帰のための支援などが円滑に行われる必要があるとしています。

m-2

この「4つのケア」に倣い、電通での取り組みを一部ご紹介します。

例えば「セルフケア」では、ストレスチェックとそれにひもづく産業医面談などが該当します。「ライン※2によるケア」の例としては、月1回の上長との1on1があります。成長支援の場として定期的に行われており、キャリアの相談だけでなく、計画的な休暇の取り方、プライベートについても共有できる貴重な機会だと感じています。

「事業場内産業保健スタッフなどによるケア」では、新入社員研修や管理監督者研修などの開催、職場復帰における支援、長時間労働者に対する面接指導の実施、産業医に直接相談ができる健康相談窓口などが該当します。

他にも、社員が毎日ログインする社内ポータルのトップ画面一番上には「相談窓口」のアイコンが設置され、ケース別の社内外の相談先がまとめられています。

上記の制度に加えて、人事や総務部門と現場社員が主体となり実施している電通らしい取り組みも数多くあります。
その一例を紹介します。

・快活な1日をスタートするための朝ごはんの提供
・睡眠やフィットネス管理のためのスマートデバイス貸与
・チームのコミュニケーション促進のための社内カフェ利用券配布
・産業医と2年目社員による、「休憩」をテーマにした新人研修
・保健師による運動や食生活についてのグループ活動&アドバイス
・部署や立場の垣根を超えて雑談ができるコミュニティスペースの増設
・トップアスリートから学ぶ効率的な休息をテーマにしたイベント
・睡眠をテーマにしたイベント

これらは、経営の意志とともに、現場の声を投影した電通らしい「オーダーメードの支援制度」といえるのではないでしょうか。

※2=ラインとは部長や課長などの管理職のこと

ピアグループが気持ちを共有する場「メンタルヘルスカフェ」
 

専門家による従来の精神保健制度の貢献はこれまでも、これからも、大きいことは確かですが、従来の制度だけでなく、近年では、非専門家メンバーによる情報共有を軸にした「個別施策」(個々のメンバー同士・ERGによる環境づくりなど)に取り組む流れも起きています。

たとえば、近年よく耳にする「心理的安全性」は、職場における個々のメンバーが自分の意見を自由に表現できる、またはリスクを取ることが許容されていると感じる環境づくりです。

その代表的な取り組みとして、電通メンタルヘルスラボでは、2カ月に1回、昼休みに「メンタルヘルスカフェ」を開催しています。自社グループ内のメンタル不調経験のある社員同士(ピアグループ)が毎回10名程度集まり、自身の経験や感情を共有するカフェです。監修として臨床心理士・医学博士の沢哲司先生にも参加していただいています。

2022年以来オンラインで定期開催し、2024年11月で18回目を迎えました。
m-3

メンタルヘルスの不調は原因も、症状も、対処法も、人それぞれです。メンタルヘルスカフェでは、総論や解決策は話さず、1人の個人的なストーリーや感情に耳を傾け、追体験し、答えのないテーマを考える時間です。発言は強要されません。そのため、考え込んだり、話そうかためらって、発話が途切れたりすることもありますが、無理にしゃべらず自分と向き合う時間として、沈黙も大事にしています。

グランドルールとして秘密保持や社の公式窓口紹介などを設けて、安全な運営に努めています。参加者にとって、少しでも不安が和らいだり、新しい気づきを得たりする場になればと考えています。

これまでの参加者からは、
・「社内にこういう場があるというだけで、安心感を覚える」
・「これまで誰にも話したことのない本音をやっと吐き出せた」
・「内定後、『電通 メンタルヘルス』で検索したら、このラボやカフェのことが出てきて、これなら安心して入社できると思えた」
などの感想が寄せられています。

電通メンタルヘルスラボが目指すこと

m-4

電通メンタルヘルスラボでは、会社の中で、専門家ではない社員の声をもとに、オーダーメードの精神保健の文化・土壌をつくることを目指しています。
ただ、メンタルヘルスカフェと一口に言っても、実際に運営することは容易ではありません。

臨床心理士の先生に立ち会ってもらっているとはいえ、運営するラボメンバーにとっては、非専門領域の取り組みですし、健康情報というセンシティブな個人情報を共有する場になります。

運営側も、メンタルヘルスの不調にかかわる当事者です。そのため、参加していない社員から「不調者が傷をなめ合っているだけの場」と思われないかなど批判されることへの恐怖や、「誰も参加してくれなかったらどうしよう」という不安が毎回ついて回ります。参加者からも、いざ参加に踏み出すまでは「もし知っている人が参加していたら、うまく話せるか不安だった」、という声もあります。

しかし、メンタルヘルスの不調にかかわる当事者だからこそチャレンジできる課題なのかもしれない、とも感じています。

メンタルヘルスについて率直に話せる場をつくり、当事者の方の声に耳を傾け、それらを丁寧に発信することで、メンタルヘルスについてみんなで考える社会をつくることができるのではないか。ラボの活動を通してその可能性を感じ始めています。

今はまだ、だれにも打ち明けづらいメンタルヘルスの不調について、だれもが自分ゴトとして捉えられる世の中になるように。推しの話や今日のランチは何を食べようくらい気軽に、気楽に、メンタルヘルスの話題を持ち出せる時代が来るように――。

電通メンタルヘルスラボでは、「メンタル不調やそれに伴う制約があっても、自分らしく働く」ために、そして、メンタル不調への偏見を和らげるために、メンタルヘルスカフェのほかにも、自社グループ内の不調経験者と心療内科医との対談イベントや、当事者の声を元にしたマネジメント向けメンタルヘルス研修などを、企画・実施しています。

簡単に答えが見いだせる解決策はありませんが、地道に場をつくり続け、このような取り組みを社外にも広げていきたいと考えています。