採用課題は、経営課題。採用にもクリエイティビティを。No.15
学生アスリートの「半径5m就活」。企業はどうアプローチする?
2024/12/12
電通のコンサルティングチーム「採用ブランディングエキスパート」は、クライアント企業の採用ブランディングを支援する他、多様な学生の就職活動・キャリア形成にかかわる課題解決にも取り組んでいます。
今回は、「学生アスリート 就活まるわかり調査」の結果をもとに、学生アスリート(体育会運動部所属の大学生および大学院生)の就活やキャリア教育の課題とその解決方法を探ります。
普段から学生アスリートと接している立命館大学の伊坂忠夫教授(スポーツ健康科学部スポーツ健康学科)、キャリア教育支援を行っている古川雅広氏(株式会社リクー)、電通の長谷川和哉氏が鼎談しました。
Z世代と呼ばれる高校生や大学生が対象の新卒採用や、第二新卒など若手の社会人経験者採用に向けた企業の採用ブランディングを支援する電通のコンサルティングチーム。新卒採用ウェブサイト、インターンシップ、パンフレット、企業のSNS、各種広告メディアなど、就職活動における重要な接点を用いて、企業の採用課題に沿った施策の企画から実施までを一気通貫でサポートしている(リリースは、こちら)。
学生アスリートは、就活に割ける時間が少ない
長谷川:本日はよろしくお願いします。私が所属する「採用ブランディングエキスパート」は、企業側の採用課題に向き合う一方で、学生側の就活課題解決にも取り組んでいます。過去には地方学生の就活機会提供を目的としたインターンシップの実施や、理系学生の研究活動と就活の両立を支援するサービスの提供を行ってきました。
今回は体育会所属学生に焦点を当て、2024年夏に「学生アスリート 就活まるわかり調査」を行いました。調査にあたり、学生アスリートは「就活に割ける時間がない」「キャリアプランがイメージできない」といった課題があり、それらが学生にとって、「内定獲得=ゴール」として就活を捉えてしまうことにつながっているという仮説を立てました。長期的なキャリア視点が持てていない場合、企業とのミスマッチを起こす原因にもなり得ます。
長谷川:調査結果から、いろいろなことが分かりました(リリースは、こちら)。就活の悩み(下表)を見てみると、私たちが立てた仮説を裏付ける結果となっています。そもそも就活に時間をかけられないことが課題として浮き彫りになっていますが、この点について伊坂先生はどう感じていますか?
伊坂:学生アスリートは、部活動に熱心に取り組んでいて、学外でも新しいトレーニング法を学ぶなど、時間を費やすことがあります。他の学生と比べて、就活にかけられる時間が少ないのは事実です。
上級生になるほど自分が描くアスリート像や目標への達成意欲が強くなり、自主的にさまざまなことに取り組んでいきます。特に、就活の山場となる3年生後期から4年生の夏は、部活動の集大成に向けて注力することになります。すると、一般企業のコアなリクルートのタイミングと、どうしてもバッティングしてしまいます。
長谷川:古川さんは学生アスリートの就活についてどのような課題を感じますか?
古川:課題は二つあります。一つは、いま伊坂先生がおっしゃったように、部活動と就活がバッティングしてしまうという「時間」の問題です。部活動の主要なシーズンは春から夏にかけてというケースが多いです。就活は3年生の春から夏にかけて始める人が大半ですから、スケジュールを合わせるのが難しいですね。他の学生が就活開始時に学ぶ「就活の基礎的な知識や進め方」は、体育会学生が就活を開始する秋や冬にはそれらを学ぶ機会自体が限られてしまうのが現状です。
もう一つは「情報の入手経路」です。部内の人との強固なつながりがあることが部活の良さではありますが、一方でそのコミュニティの中で就活が完結しがちであることも事実です。部の先輩、OBOG、同期以外からの情報収集のハードルが高く、キャリアプランの視野が広がることなく、就活が終わってしまうケースが見受けられます。
長谷川:調査結果を見ても、「企業の認知」から「入社決定」に至る就活の各ステップで、学生アスリートにとって最も影響を及ぼした存在は、いずれも「部活動の先輩・同期」となっています。私たちは、この状況を「半径5m就活」というキーワードで表現したのですが、身近なところで情報を集めて就活を進める傾向が見て取れました。
伊坂:「半径5m就活 」は、まさに学生アスリートの就活を言い当てている言葉です。結びつきが強い先輩に「この会社いいよ」と言われたら信用して入社することも少なくありません。
古川:学生アスリートの就活が二の次になる理由は他にもあります。彼らは、部活の費用工面や組織運営のノウハウの習得など、部が活動を維持していくための課題も抱えているからです。これは主に国立大学で多く見られます。
学生アスリートのポテンシャルと企業のマッチングにおける課題
長谷川:学生アスリートに、自身の性格や特徴について答えてもらう調査も行いました。結果を見ると、「コミュニティ意識」(67.7%)、「競争心・向上心」(65.0%)、「勤勉さ・継続力」(49.5%)などが当てはまると回答した学生が多く見られます。彼らのポテンシャルについて、伊坂先生はどのように感じていますか?
伊坂:もちろん個人差はありますが、学生アスリートは、スケジュールをしっかり組んで物事に取り組むことに優れています。自分の技術、体力を伸ばすためにどうしたらいいか、真剣に考える姿勢もある。これらはどの企業でも大いに役立つ特性です。加えて、いまの学生アスリートは、学業にもきちんと取り組んでいる印象が強いですね。私たちの大学時代は部活動一本というケースが多かったことを考えると大きな違いを感じます。さらに、いまは部活動と並行して、別のサークルに所属する、研究関連や資格取得のセミナーに出席する、学費などのためにアルバイトをするなど、複数の課外活動に取り組む学生もいます。
長谷川:目標から逆算してスケジュールを立てながら、いろいろな経験を積んでいるのですね。
伊坂:いまの時代、「若者はタイパ重視」といわれますが、学生アスリートにとってはネガティブな意味でなく、限られた時間をできるだけ有効に使いたいという思いがあるのでしょう。ただ、無理をし過ぎていないか、少し心配ですが……。
学生アスリートの中には、ICTやAI をうまく取り入れて効率よくさまざまなことを行っている人も多くいます。本当に能力が高い。だからこそ、視野を広げて就活できると、いろいろな分野で貢献できる人財になっていくと思います。
長谷川:なるほど。視野を広げる事は確かに大切ですね。古川さんは就活支援業務でさまざまな企業と接していますが、企業側は学生アスリートをどのように捉えていますか?
古川:「目標達成への意欲がすごい」「上下関係をわきまえていて礼節がある」といった、いわゆる昔ながらのイメージで学生アスリートを採用したいというケースが少なくありません。企業側の学生アスリートに対する理解がアップデートされていないという課題は、採用後の配属先選定にも影響することがあります。実際はもっとパフォーマンスが発揮できる職種や部署があるにもかかわらずミスマッチが起きると、入社した学生アスリートの仕事に対するモチベーションが下がり離職につながる恐れもあります。企業側は学生アスリートの捉え方をアップデートして、個人の強みや属性を丁寧に見ていく必要があります。
長谷川:学生アスリートを一つの括りとして見るのではなく、一人一人の学生の本当の資質に目を向ける必要があるという事ですね。
伊坂:いまの学生アスリートは、トレーニング一つとっても、非常によく勉強して、理論的なことも学んでいます。トレーニングスケジュールを組むときは、AIを活用してトレーニング内容が本当に自分に合っているかを壁打ちします。そこから得たいろいろな情報をもとに、部内でグループディスカッションを行い、新たなトレーニング方法を生み出すこともあります。
長谷川:驚きました、日頃のトレーニングの中で効率的にPDCAサイクルを回すという考え方が自然と身についているということですよね。そういった現在の学生アスリートの実態はあまり深く理解されていない方も多いかもしれません。
古川:学生アスリートを理解するという点では、企業の規模や業種は関係ないと感じます。理解が進んでいる人間が社内にいるかどうかにかかっているのが現状です。
伊坂:一方で、学生側がミスマッチを起こしていることに気づかないこともあります。学生たちを見ていると、本人は「自分はこういう人間だから、この業界、企業に向いている」と思っていても、私から見たら違うのではないかと思うこともあります。学生の中には、大企業ばかり狙う人もいますし……。学生アスリートが自身のポテンシャルを正しく理解し、キャリアイメージを描くサポートは必要だと思います。
古川:就活を終えてから後悔する声もよく聞きます。「もっと自己分析した上で自分のキャリアを考えておけば良かった」「さまざまな業界をもっと見ておけば良かった」という声は非常に多い。ある学生は、部活に早く戻りたいという思いから、できる限り業界を絞り一社の内定をもらったらすぐに就活を終えました。彼は、就職後1年足らずで、会社や働き方が合わないという理由で転職してしまいました。就活時は悩みに感じなかったことが、就活後に課題として出てきてしまうことはよくあります。内定をゴールに設定してしまっているために、根本的なキャリアイメ―ジを描けていないということが理由の一つです。その傾向は、他の学生よりも学生アスリートの方が大きいと感じます。
長谷川:冒頭で紹介した調査結果を再掲しますが、この結果からも「自分が何に挑戦したいか、何に向いているか」が描けていないことが分かります。
長谷川:他にも、就活で十分に取り組めなかったプロセスでは、「業界・企業研究ができていない」が上位に入るなど、視野を広げて就活ができていないようです。志望業界を聴取した項目では一般学生と比較して、いわゆる就活の人気業界といわれる商社や不動産のスコアが非常に高く偏っていました。
伊坂:学生自身の思いやモチベーション、ポテンシャルが企業とマッチングすれば、もっと力を発揮できるのに、と感じます。
部活動のオフシーズンに学生と企業の接点を作る
長谷川:ここまで話してきた課題を踏まえて、学生アスリートと企業のマッチングに必要なことは何でしょうか?
伊坂:部内の縦の強いつながりと時間不足の問題を超える企業側のアプローチです。通常のリクルートのタイミングやアプローチ以外のことを考える必要があります。例えば、部活動がオフシーズンのときに、学生アスリートのことを知るための施策といったことです。部での活動だけでなく、学業と向き合う姿を見ることも大事です。
長谷川:学生に比較的時間があるタイミングで、学生と直接会話できるようなアプローチが必要という事ですね。
伊坂:私が代表理事を務める「大学スポーツコンソーシアムKANSAI(KCAA)」では、以前、電通さんにご協力いただきながら、キャリア教育ツールとなる大学生活の疑似体験カードゲーム「FUTURE QUEST」を作りました。
伊坂:これは、将来の目標に近づくために1年次から4年次までをどのように過ごしていけばいいか、グループで議論しながら、成長していく過程をロールプレーイングするものです。主に学生アスリートのキャリア教育の一環として、関西の大学が取り入れはじめています。
例えばこのゲームに企業が参加して、いまの学生の実態をつかむことも一つの方法です。キャリア教育における企業との直接の交流を通して、学生はいろいろな業界や仕事を知ることができます。
長谷川:このカードゲームは就活が本格化するよりも前の大学生生活の早いタイミングで行うと効果がありそうですね。
伊坂:他に、企業と学生のグループワークも有効でしょう。最近は「リバースメンタリング」を行う企業があります。例えば、新人社員がメンターとなって企業の役員と課題解決のためのグループワークをします。「アプリを作る」というテーマの場合、新人社員はAIを活用しながら手際よく作っていく。それを見て役員は、業務の新しいやり方や新入社員の活用の仕方が理解できます。いろいろな分野の学生アスリートと企業が「リバースメンタリング」を行うと、企業側が得るものも大きいでしょう。
採用担当以外の若手や中堅社員が参加すると、学生のことを知る新しい機会が生まれます。それがアスリート学生の「半径5m=部活動内の縦の強いつながり」を超えるようなアプローチになるかもしれません。
長谷川:実際に働いている企業の社員の方々とコミュニケーションを取ることで学生の視野が確実に広がりそうですね。古川さんは、学生アスリートが1年次、2年次のオフシーズンに、企業が早期アプローチすることは、キャリア教育に効果的だと考えますか?
古川:大変有効だと思います。部活動のオフシーズンを聴取した調査結果などを見ても、企業が学生にアプローチをする時期は、就活を意識するより少し前段階である2年次の1月から3月がキーモーメントです。企業は就活イベントの前の母集団形成の種まきの時期ですね。弊社では今年新たに学生アスリート向けのキャリア支援サービスをローンチしたのですが、この10月から2026年卒の学生アスリート向けのプログラムを展開しています。
長谷川:それはどのような内容ですか?
古川:オンラインでのキャリア・就活講義のほか、就活を熟知した同大学の先輩がメンターとなるキャリア面談や、体育会出身で活躍する社会人との座談会イベントなどを今年から来年にかけて予定しています。
このサービスは、「今と未来の自己実現」をコンセプトにしています。今は部活で未来がキャリアです。ただキャリア教育や就活だけを押し付けても、学生アスリートから敬遠される可能性があります。そこで、このサービスのローンチ期においては、サービスへの参加回数などに応じて活動費をサポートする形での部活の支援も行っています。
長谷川:学生アスリートがキャリアについて学ぶ機会や、企業と接点を持つ機会を作られているわけですね。今回お話を伺って、学生アスリートにはさまざまなポテンシャルがあることが感じ取れました。自身のパフォーマンス向上を高めるPDCAや部活組織の維持・運営など、部活動に熱心に打ち込む学生アスリートに対して、企業側のアプローチの仕方が問われています。多様なキャンパスライフを送る就活生のキャリア形成をサポートする「採用ブランディングエキスパート」としても、学生アスリートと企業がうまくマッチングできるよう、これからもサポートしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
【調査概要】
・対象エリア:日本全国
・対象者条件:体育会運動部に所属する大学生および大学院生
・有効回答数:303人
・調 査 手 法 :インターネット調査
・調 査 期 間 :2024年7月22日~8月5日
・調 査 機 関 :株式会社RECCOO(リクー)
・調 査 協 力 :一般社団法人 大学スポーツコンソーシアムKANSAI(KCAA)