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パーパスがもたらした発想がこれからのマーケティングを変えていく。No.2

「進化した顧客志向」。社会との接点にフロンティアがある

2024/12/23

「生活者ニーズはもう開拓しつくされている」  
「差別化しようとすると、“差別化のための差別化”に陥ってしまいそう」
「人々の心のツボがわからない」
「“お得感”はあっても、“ワクワク”感は提供できていない」

このようなことを感じたことはないでしょうか?従来のマーケティングの行き詰まりを打開するには、新しい視点や発想が必要となっています。

パーパス・ブランディング(※)の事例には、従来にはなかった新しい発想があることに気づかされます。それらの発想は、パーパスの有無にかかわらずマーケティングのさまざまな場面で広く応用できる可能性があると考えました。前編で私が仮説として提示した「進化した顧客志向」もその一つです。今回はその発想をひもときながら、日々の業務でも活用できそうな発想フレームの試案をご紹介します。

“社会”との接点にこそ、顧客志向のフロンティアがある

通常のマーケティング発想に“社会”の視点を組み込むことで、従来より一歩深く踏み込んだ形で顧客の幸せに役立つことができます。これを「進化した顧客志向」と名付けました。

“社会”の視点をマーケティングに組み入れること自体は、目新しいことではありません。企業の社会的責任や持続可能性の観点から、環境や人権などを考慮するサステナブル・マーケティングもその一例です。が、今回ご説明する「進化した顧客志向」はそれとは目的が異なります。顧客に提供する価値の最大化を目指していく、純粋にマーケティング観点からの発想となります。

“社会”の視点を顧客理解や課題発見のプロセスに入れると、それまで見落としていた顧客課題に気づいたり、視点の転換を行うことができます。 “社会”との接点にこそ、顧客志向のフロンティアがある、と言えるかもしれません。

ここからは①顧客理解、②課題発見、③価値創造のそれぞれについて、どのように発想を転換するのかをご説明します。

①顧客理解:“広角レンズ”で見る。
「消費者」から「この社会に生きる一人の人間」へ

ターゲット層や顧客を「“消費者”ではなく“生活者”として」捉える必要性は以前から指摘されています。消費意識・行動はその人の価値観やライフスタイルと切り離せないものだからです。そこにさらに“社会”の視点を入れ、「 “消費者”や“生活者”としてだけでなく、“この社会に生きる一人の人間”として」捉える、というのが「進化した顧客志向」の基本のスタンスです。

その人をとりまくコミュニティの特性や価値観、社会課題との関わりや社会的なテーマに関する思想・信条などを含め、一人ひとりを人間全体として理解していこうとする試みです。今までの生活者分析に加え、「広角レンズ」でも見るといったイメージです。

誰しも何らかの社会課題と隣あわせで悩みながら生きている。この視点はマーケティングにおいては消費意識・行動から遠いものとして切り捨てられてきました。しかし、顧客の暮らしの現実をプラスもマイナスも含めて全体として理解することに、次なる顧客価値創出やブランドの差別化、ワクワクする顧客体験のヒントがある、ということに、欧米の多くのパーパス・ブランディング事例は気づかせてくれます。

では日常のマーケティング業務の中で、どうしたらそのような顧客理解ができるでしょうか。まずは、今まで描いてきたペルソナのフレームを少し変えてみることも一案です。

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この図はあくまでも一例です。「広角レンズ型ペルソナ」は通常のペルソナで描く属性項目に加え、所属するコミュニティとの関わりや価値観、社会課題に対するスタンスや悩みまでを掘り下げて描くことを想定しています。「360°HUMANペルソナ」は、一人の対象者が複数の社会的立場を生きていることに思いをはせつつ、そこでどのような社会との接点があるかを洗い出すものです。もちろんここは想像ではなく、定性リサーチやインサイト発見につながる新たな手法を駆使し把握していくことが必要です。

②課題発見:残された“未幸”ゾーンに踏み込む。
「顧客満足」のペインポイントから「幸せ感」のペインポイントへ

商品の基本機能や本質的価値のレベルで劇的な差別化を行うことが難しくなってきている中、ブランド間の競争は、顧客体験をどれだけ良いものにできるかという点に今後シフトしていくかもしれません。しかしどのブランドにおいても、企業側があらかじめ思い描いているような幸せな顧客体験を実際に生み出せているとは限りません。

顧客体験を向上させるためには、何らかのイノベーションや付加価値が重要ですが、それだけでなく、今の顧客体験が十分幸せなものになっていない原因(幸せ感のペインポイント)を探り、それを取り除くという発想もあり得ると思います。これが「残された“未幸”ゾーンに踏み込む」という考え方です。

例えば、バスルームで使用するパーソナルケア商品の場合、商品の機能性に大満足していたとしても、鏡に映った自分の姿を目にする時、必ずしも幸せな気分にはなれない、ということがないでしょうか(私は大いにあります……)。もしくは、洗濯洗剤の商品機能に満足していたとしても、ワンオペで家事を担当しているために、その洗濯体験がただただ憂鬱(ゆううつ)感でいっぱい、ということなど。その他にもこんなことがあるかもしれません。若いアスリートが、あるスポーツ飲料ブランドを気に入っているものの、それを飲んで爽快感に満たされるどころか、周囲からの勝利へのプレッシャーで押しつぶされそうになりながら飲んでいたりする、など。これらが、ここで言う“未幸”ゾーンです。

ここでもし各ブランドが、顧客が当事者となる社会課題(先の例で言えば、社会の画一的な美意識のまん延、男女の家事分担に関するアンコンシャスバイアス、アスリートのメンタルケアの不足など)の解決に取り組むことで、顧客の「幸せ感」のペインポイントを取り除き、商品に最強の情緒ベネフィットを付与することができれば……これが、これからの究極の顧客志向になり得るかもしれません。実は上記の例えは全て実際のパーパス・ブランディング事例から借用しているもので、どの事例もマーケティング効果につながったといわれています。

その人を取り巻く“半径5メートルの社会課題”が、ブランドの顧客体験を左右する……そういったことは、この他にも日常に数多くあるのではないでしょうか。例えば、どんなにおいしいビールでも、実は幸せな気分で飲むことができていない……ということ、ありませんか?もちろん、これはあくまでも一例です。そういった領域については企業が何かできることではないと割り切ることもできますが、もしも、それをブランドの顧客体験を高めるために残された“未幸”ゾーンだと捉えるとしたら、その発想こそ「進化した顧客志向」です。従来なら社会貢献活動と捉えられてきたことと、顧客体験向上とは、今後表裏の関係になっていくのかもしれません。

一方、「企業は良い商品を作ってくれればそれでいい。それ以上のことは余計なお世話だ」という声も存在します。人の心と暮らしにより踏み込むことで、本当に“余計なお世話”になってしまわないように、人の気持ちを傷つけることが決してないように。このアプローチの具体的なアクションの企画と表現は、最上級の誠意と力量、そして表向きだけに終わらせない覚悟が必要とされます。

さて、日常のマーケティング業務ではどうしたらいいでしょう?まずは、カスタマージャーニーを考える際に、「満足度」ではなく、「幸せ度」の視点をもって考えてみるところから始めてみるのもいいかもしれません。 

③価値創造:“地続きの価値連鎖”を考える。
「顧客の心の中」から「社会へと地続きで広がる」ラダリングへ

顧客課題と社会課題は多くの場合、相互につながっている“地続き”の関係にあります。わかりやすい例で言うと、洗濯洗剤のすすぎ回数が減ったことが、節水という社会価値と、時短という顧客価値につながり、それが忙しい子育て世代の働きやすさという顧客と社会の両方にとっての価値につながるなど。この大きなフレームで現状を見つめることも「進化した顧客志向」につながります。付随して生み出される社会価値は、ある時、顧客にとっての「新たなおトク体験」につながる可能性もあるからです。「ふーん、社会課題解決にもつながるなんて、なんかうまくできてるわね」。もちろん、“地続きの価値連鎖”という発想は、ブランドの長期的な戦略を考える際にも有効です。

日常の業務では、顧客の心の中を探ることがメインとなる従来のラダリングではなく、この図にあるような「地続きラダリング」発想に挑戦してみるのも一案です。 

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マーケティングはこれからが、難しいけれど面白い

「マーケターの社会的存在意義は何だろう」

パーパスというテーマを追いかける中で、ふとこのようなことを考えることがあります。答えは人によってさまざまでしょうが、私はそれを「人々の課題を拾い上げ、そこに適切な解決策を(商品およびその他ブランドの諸活動によって)提供していくこと。そして、その活動が持続可能であるように、そこに経済合理性をつけていくこと」ではないかと考えました。中でもなか「人々の課題を拾い上げ」の部分が重要です。マーケターが持つ、人を理解し、課題を拾い上げようとする熱意と技量は、社会にとってかけがえのないものだと思います。

「進化した顧客志向」という考え方に仮に基づいて考える時、どのような課題を拾い上げるのか。全てはそのブランド(を担当するマーケティングチーム)が抱いている“人間観”と、そのブランドの“人間性(志と人格)”によると思います。そしてそれこそがそのブランドの個性です。

以上は私が考えた一つの仮説に過ぎません。みなさまの議論のきっかけを作れればと思います。

パーパスがもたらした発想が、これからのマーケティングを変えていく。
「ポスト・パーパス」の時代こそ、マーケティングは今までよりもより難しく、そして面白くなっていきそうです。

※ここで言うパーパス・ブランディングとは、パーパスを起点に共感を獲得し、社会・顧客との関係を強化していくブランディングの手法です。 企業ブランドのみならず、商品・サービスなどの事業ブランドの次元でも、採用されています。
社会意識が高いミレニアル世代やZ 世代を中心に、社会の視点から企業やブランドの存在意義を問う生活者が増え、パーパスの存在が商品やブランドの選択を左右し始めたことを背景に欧米を中心に広がりました。
 

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