DEIな企業風土の耕し方No.3
DEIな企業風土の耕し方。日本航空株式会社の場合
2025/04/23
人的資本経営、社員のダイバーシティ、インクルーシブな価値提供……。企業にとって、対お客さま、対社員、対株主、さまざまな視点でダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(以下、DEI)の取り組みの重要性は増す一方。ですが、日本ではいまだ多くの企業がDEIを風土・文化として浸透させきれていないのも事実です。そこで、本連載では、DEIの取り組みを精力的に行い、インクルーシブな企業風土を育てている企業の皆さまにお話を伺うことで、「DEIな企業風土の耕し方」のヒントを探っていきます。
第3弾は、長年DEIの活動に積極的に取り組まれている、“DEI老舗企業”ともいえる日本航空(以下、JAL)の上野さんに、JAL×DEIの現状や取り組みについてお話を伺います。
お話を伺った人: 上野桃子さん(日本航空株式会社 人財本部人財戦略部DEI推進グループ)
聞き手:川口真実、楫西一公、鈴木陽子、半澤絵里奈
※このインタビューは2024年10月に行われました。
JALが推進するDEIの取り組み
──JAL DEI推進グループのミッションを教えてください。
上野:JALが2030年までになりたい姿として、JAL Vision2030というものを掲げており、全社員一丸となって、その実現に向けて取り組んでいます。
この中期経営戦略では、JALグループの中でESG戦略が最上位の戦略として位置付けられており、ESG戦略の推進には「多様な価値観を尊重し、新たな価値創造に挑戦し、変革を起こしていく人財が必要」という考えがあります。そのための一つの取り組みとしてDEIを推進しています。
──社内外で多様なアクションを実施されていると思いますが、主な取り組みを教えてください。
上野:私が所属している人財本部人財戦略部DEI推進グループは、JALグループのDEI推進の旗振り役をしている組織です。主な役割は5つあります。
①ジェンダーギャップのないキャリア推進
②育児・介護と仕事との両立支援
③LGBTQへの理解促進
④障がいのある社員の活躍推進(特例子会社との連携)
⑤シニア社員の働き方
また、JALグループは150社以上あり、グループ全体に意識を醸成させるのはハードルが高いです。そのため、トップダウンとボトムアップを組み合わせることで社内の意識を変えていこうとしています。
上記5つの領域において、経営層をはじめとするトップからのメッセージを社内外に発信したり、ボトムアップの取り組みである組織横断プロジェクト「JAL DEIラボ」では、社員からの声を吸い上げて多様性を尊重する風土を醸成しています。JAL DEIラボは業務として兼務発令が出され、グループ各社も参加可能な手上げ制で成り立っています。
JAL DEIラボの施策で実現した具体的な事例として、「自律的キャリア研修」があります。JAL DEIラボの研究の結果「社員の自発的な挑戦への支援がキャリア意識の向上に大きく寄与する」ということがわかったため、そこから「自律的キャリア研修」という社内のインターンシップ制度がうまれました。
──JAL Vision2030や、JAL DEIラボなどに取り組む以前と後では、どのような変化を感じていますか?
上野:JAL DEIラボは2015年に始まりました。当時は女性活躍推進をメインに始まりましたが、2024年の今、社会・会社が本当に変わったなと感じています。
私は2008年に入社しましたが、当時は女性の総合職(業務企画職)も今ほどは多くはなく、育児と仕事を両立している社員も私の周りには少なかったです。今では少しずつDEIが当たり前になりつつあると感じます。個人的には、性別にかかわらず、仕事と育児が両立しやすくなったことが大きな変化だと思います。
──JAL DEIラボに参加した社員からはどのような声がありますか?
上野:JAL DEIラボでは、期ごとに、テーマを変えて、研究や社内への提言を行っています。社員からは「DEIを自分事化して考えられるようになった」という声がありました。
DEIの文化を組織、日本に根付かせるために
──組織にDEIの文化を根付かせるためには、どのようなステップやマインド、カルチャーが必要だと思いますか?
上野:とても難しい問いなのですが、やはりトップダウンとボトムアップの組み合わせが重要だと思います。社内には幅広い年齢層や、多様な人財がいるため、トップダウンのメッセージが届きやすい層もいれば、JAL DEIラボに参加している同僚からの話を聞いて変わる層もいます。加えて、DEIを推進するグループからの繰り返しの社内外発信が必要であり、地道に風土を醸成することが求められています。また、数字が独り歩きしてしまうのはよくないので、中期経営計画で公表している目標の数字の根拠や数値目標が必要な理由も含めて啓発しています。
──DEIの文化を根付かせるのは簡単にはいかないと考えているのですが、日本において企業がDEIな文化を育み、根付かせるためにどのようなことに気をつけるべきだと思いますか?
上野:JALの取り組みだけで日本全体を変えるのは難しいため、他の企業とコラボレーションして世の中にさらにインパクトを与えるということも意識しています。具体的には下記のような、さまざまな取り組みをすでに実施してきています。これからも他の企業とコラボして取り組むことで、世の中にインパクトを与える活動を続けていきたいと考えています。
- NTTとの取り組み
NTTが障害者活躍推進の一環で主催しているアートコンテストに協力。
「NTTアートコンテスト」についてはこちらから)
- 花王との取り組み
JALの中で、毎年6月にDiversity Dayを開催。
DEIに関して社員と考える研修イベントに、花王がゲストとして参加。
(当日のイベントの様子についてはこちらから)
──JALが目指すDEIの姿についてもお伺いしていきたいと思います。2024年4月から社長交代で、女性の鳥取三津子氏が社長に就任されましたね。外から見ると世の中に対してこれまで以上に力強く「DEI宣言」をした印象がありました。JALの中ではこの件はどのように考えられているのでしょうか。
上野:弊社では、多彩な能力を持つ人財が活躍できる仕組みを作っており、実力やキャリア、チャレンジしたいという気持ちに応じて、性別などにかかわらずチャンスがあると考えています。社会全体で見ると、役員や管理職には性別の偏りがあるため、女性が社長になったと世の中に取り上げられることが多いのですが、男性か女性か性別という属性ではなく、個に目を向けて、女性が社長になるのが当たり前のような世界が来るといいなと思います。
──DEIの推進がビジネスの成長につながることを実感できていない企業も多いと聞きます。ビジネスの中で多様性が強みになると実感したエピソードがあれば教えてください。
上野:JALの飛行機には多様なお客さまにご搭乗いただいています。DEIの取り組みの一環として、障害のある社員の声や意見を聞く機会を設けています。当事者視点から「どういったサービスが必要なのか」を検討していくことを大切にしています。
JALは「誰もが旅を通じて楽しめる社会」の実現を目指しており、障害のある方をはじめ移動にバリアを感じる方々の「バリア」をいかに取り除くかということは非常に重要だと考えています。
──DEI領域で、これから考えているチャレンジがあれば教えてください。
上野:DEIは目的ではなく手段であり、サステナブルな事業運営体制を構築するための会社のドライバーです。社員の誰もが活躍し、仕事を通して自己実現を果たしていくことができる。それが社員の高いエンゲージメントと幸せに、そして顧客への価値提供へもつながると考えています。そのため、多様性、自分らしさを生かせるような組織を目指しています。
多様な価値観をもつ社員のアイデアを発揮することができれば、航空だけに依存しないような事業を生み出すことができるかもしれません。人財が多様化することで事業の多角化につながる可能性を感じています。
まとめ:JALの事例から学ぶ、DEIな企業風土の耕し方

今回はJALの上野さんに話を伺い、DEIな企業風土の耕し方のヒントをいただきました。この記事を読んでくださったみなさんの組織でも、ヒントになる要素が見つかれば幸いです。