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NRF2025 ~ポスト・コロナ時代における、リテール・コマース領域のパラダイムシフトNo.2

“Possibilism(ポシビリズム)”
~AI時代のリテール・コマースの新たな可能性は、米国ではなくAPACから(前編)

2025/09/10

毎年1月に行われる全米小売業協会(NRF)主催の世界最大の流通小売分野における大型コンベンション「NRF Retail's Big Show」。第2回目となるAPAC 版が、6月3日から5日にシンガポールはマリーナベイ・サンズホテルにて開催されました。リテール・コマースの最先端トレンドは、今後どのようにシフトしていくのか?コロナ前の2020年から時系列で定点観測してきた、電通グループにおける流通小売業のBX/CX支援を行う木村仁昭がお送りします。

はじめに

昨年以上の規模感で大盛況に終わった、NRF APAC 2025(以下、APAC2025)。そのオープニングで強調されていたのは、リテール・コマース領域における APAC エリアの「ポシビリティ」や「ポテンシャル」でした。 米国では超大手グローバルブランドの動向に注目が集まりがちですが、“デジタル・データ・テクノロジー”という3点セットの力によって、

①世界市場にまだ認知されていないAPACのユニークでバラエティに富んだリテーラーたちなりの、DXやブランディングの在り方がアンチテーゼとして打ち出されたこと。

②その原動力となったのが、“デジタル・データ・テクノロジー”の3点セットにデフォルトで加わりつつある、AIという第4の力であること。

③逆説的ではありますが、これらの環境が整うことによって、「店員と顧客というミューチュアルなつながり」「店舗というフィジカルな空間」「その場限りでのリアルな体験」という、コロナ前は当たり前のように消費者が享受してきた顧客体験(CX)の価値が、相対的にグッと高まったこと。

これらのAPACならではの「リテール・コマース・アジェンダ」は、まさにAPACの多様な歴史・文化・社会・民族・宗教……観点に根差したところが大きいと言えるのではないでしょうか?もちろん、そこには日本も含まれます。今回のレポートでは、上記論点に沿って、

前編: NRF APAC 2025振り返り~AI時代のリテールコマースの可能性
後編: APAC域内の店舗視察~台湾/シンガポール/マレーシア

の2部構成で、内容詳細を皆さまにお届けします。

スピーチから見えてくるリテール・コマースの可能性

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APAC 2025 Day1(オープニング):KPMG社 イサベル・アレン氏

初日のオープニング講演で提起されたこの「ポシビリズム」という、聞き慣れない言葉は、古くはフランスの政治活動に端を発し、その後米国の社会経済学者:アルバート・ O・ハーシュマン(Albert O. Hirschman)により提唱された、「まだ見ぬ新たな社会へ、漸進的に向き合う」スタンスを指すそうです。もっと端的にお伝えすると、特に大きなパラダイムシフトが起こるタイミングや社会においては、官や経営のトップダウンよりも、民や現場からのボトムアップが引き出す未来への可能性を信じる方がベター、という考え方です。筆者は「AI浸透の現代」に、それらを重ねて見ています。

また、APAC 2025のテーマは、「Retail Unlimited」。オープニング講演では、APAC市場そのものが持つポテンシャルとして以下のようなデータを挙げていました。

●APACは35億人の人口で、世界人口の55%を占める。
●2030年には、世界の一般的な消費者層の2/3がこの地域に集中する見込み。
●東南アジアにおいては、EC市場が過去5年間、年平均20%以上で成長。
●韓国では、世界で初めてEC化率が50%超え。

さらに、スーパーアプリ、ライブコマース、SNS連動型購買など、APAC発のリテールトレンドが世界の市場や消費者行動に強い影響を与える存在となりつつあることが示されたことも、見逃せません。ここにAIがどのような影響を及ぼしていくのでしょうか?

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APAC 2025 Day1(オープニング):KPMG 社 イサベル・アレン氏

講演の中では、「今までにないほど人も物もサービスも、ネットやECを通じて、グローバルにつながっているにもかかわらず、ナショナリズムや保護貿易主義がまん延している世界」「消費者の刹那的な欲求期待に応える利便性は、エコノミカルにもサステナブルにもならないという社会構造」「リテーラーは従来以上にデータ集積を進めているにもかかわらず、消費者行動におけるキーとなる情報にたどり着けていない現状」「人の手を介した仕事が減っている一方で、必要な人材はより得難くなっている労働市場」……など、10領域に関する各種 の“paradox” を挙げつつ、それらの矛盾を解決していくのがAI 、特に今回会場内でよく聞かれた、高度な自律性と意思決定能力を持つAgentic AIの可能性である、と説明されていたことが印象的でした。

1月のNRFでNVIDIAの幹部が触れていた、ロレアル(L'Oréal)のデジタルマーケティングにおける多パターンバナー広告の自動生成、Walmartにおける在庫管理とサプライチェーンの可視化、ロウズ(Lowe's)におけるデジタルツイン活用の従業員向けOJTプログラムなどのAI活用実例も含めて、2025年までのリテール・コマース環境におけるテクノロジーの変革×EC環境の変化×チャネル構造の変遷を年表形式にまとめてみたのが以下です。そこからたった半年余りが経過しただけですが、この進化のスピードもまた速く、「I am AI」から、「Agentic AI is everywhere」とも言える状況が昨今は到来している、と言っても過言ではないでしょう。

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リテール・コマース環境におけるトランスフォーメーション(20~21世紀)

3日間の会期中、各日ともにAPACのリテールDXやBXをけん引する、強いリーダーシップを持った経営層が登壇しましたが、そこで印象に残ったセッションを以下に紹介したいと思います。

Day1:LOTTE
LOTTEは、日本だとお菓子メーカーとしてなじみの方がある企業かもしれませんが、グローバルでは、韓国発・APACの先進的リテーラーとしてその名をはせています。APAC 2024の前回レポートでも取り上げてきましたが、彼らのリテールDXに対するアプローチはOcadoを活用した都市型先進的なネットスーパーにとどまりません。傘下に抱える幅ある業態の中でも、「旅マエ・ナカ・アト」という購買モーメントの高まる特別な瞬間を捉えるDuty Free ShopはCX観点でも着目に値すると言えます。

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Day1:韓国・LOTTE×シンガポール・FairPrice Group、Opening Keynote CEO対談

Day2:Royal Selangor
ロイヤルセランゴール(Royal Selangor)は、1885年創業で今年140周年を迎えるマレーシア王室御用達のピューター(錫(スズ)工芸品)メーカーです。越境EC需要の高まりの中で、こちらも前回お伝えしたタイのシルクブランド:Jim Thompsonと同様、旅行や出張の土産品というグローバル・ブランディングからの脱却を志向。既存のブランド価値を守りながらも、コンテンツ IPを活用した商品化を通じて拠点であるマレーシアでのローカル・マーケティングに注力していた点が印象的でした。

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マレーシア・クアラルンプールにある、Royal Selangorの旗艦店

Day3:GOLDEN  ABC
GOLDEN ABCは、1986年に創業のフィリピン・ファッション小売業界をけん引する大手アパレル企業として、配下にPenshoppe/Oxygen/MEMO ……といったオリジナルブランドを持ちます。家族経営発ながら、「アジアで最も尊敬されるファッションブランドになる」というビジョンを掲げ、AI やその他の新興テクノロジーを取り込む進取の気性に富む企業です。しかし、Alice Liu CEOは最後にこう述べていました。「Growth isn't just about entering new markets, it's about staying rooted in who we are even  as we continue to evolve (企業にとってのグロースは単に新領域へ参入するということだけでなく、“進化し続けながら”自社にとっての原点にこだわり続けることです)」この言葉は国や業種関係なく、グロースを目指すあらゆる企業にとって、重要な言葉かもしれません。

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Day3:フィリピンのアパレルコングロマリット、GOLDEN ABCのOpening PV

いずれの企業にも言えることは、いい意味での創業家リーダーシップが健全に発揮された上で、4点セット(データ・デジタル・テクノロジー、そして AI )を活用しながらもそれに依存することなく、各社の原点(それぞれの国固有の文化、社会、民族、宗教……)とそこへのリスペクトという軸足をブラさずに、ビジネス・ピボットしている点ではないでしょうか?  

参考:Story, Memory, History ~ Brand, Store, People, ポスト・コロナとその先にあるもの 


注目のブース展示

会場内で目立ったブース展示には、冒頭お伝えしたようなAI時代の新たなCX追求ニーズを反映してか、インストア向けのハードソリューションやテクノロジーが強調されていたように感じられました。

VUSION (電子棚札)
imageAI を活用した予測機能を持つ機能進化した電子棚札により、売り上げ最大化と粗利率向上を図り、中韓勢のコスト競争と差別化を図っている。

Amazon (3D AI ホログラフィックディスプレー)  
imageアパレルECにおけるImmersive Commerceを店舗に逆応用。VR/AR/3DといったSpatial Computing技術により、購入前試着にスピードとスムーズさを提供することで顧客⇆店員のやり取りを円滑にし、ペインポイントを解消する。

SONY (エッジコンピューティング処理搭載のAIカメラ)
imageイメージング&センシングを得意とするソニーセミコンダクタソリューションズと、マイクロソフトのクラウドを活用した共創ソリューションは、AI写真判定により顧客像を捕捉、in-store顧客動態データを基に、店内導線改善やROIを高めるゾーニングなどの示唆出しも。

FairPrice (レジカート — Store of Tomorrow —)
imageAppの二次元コードでアンロックし、内蔵重量センサーとスキャナーでカート内商品認識が可能。不正登録はライトセンサー警告が発動する。タッチパネル決済が可能で購入情報はアプリに自動反映される。

電通グループの挑戦

今回は電通グループとしても2回目の海外コンベンションの出展となりましたが、昨年同様に電通 APACや国内電通グループ各社と連携しながら、ブースデザインはTag社が再び取り仕切り、グループ一体となって推進したソリューション展示となりました。

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昨年同様大盛況となったdentsuブースでは、AI判定モデル実装の購買証明ソリューション「SCAN DA CAN 」 がアジア初上陸

電通グループのブースコンセプトは、昨年の「Infite Commerce」から「Commerce×Culture」へと進化しました。APACとくくられたマーケット定義は最近でこその言葉ですが、それだけでは語り切れない文化的な多様性こそがAPACのポシビリティであり、ポスト・コロナの・AI時代におけるリテール・コマースのグローバルスタンダートとなりえるとするならば、会場の中でわれわれがその一翼を少しは担えたのかもしれません。

ポシビリティから、ポテンシャルへ。後編では、今回赴いたシンガポール・マレーシアに昨年11月の台湾も併せて、グローバルな消費社会におけるAPACという巨大なマーケットが持つ多様性のポテンシャルを、リテール店舗視察・フィールドワークの観点から、推し量ってみたいと思います。

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