2025年2月に発表された「電通未来曼荼羅2025」。「人口・世帯」「社会・経済」「科学・技術」「まち・自然」の4カテゴリーの中で全72のトレンドテーマを取り上げています。
今回は、電通未来曼荼羅2025の共同編集長を務める電通の吉田健太郎氏、加形拓也氏、電通デジタルの高橋朱実氏、電通コンサルティングの山本創氏で座談会を開催。電通未来曼荼羅2025をもとに、「身体」「学び」「つながり」「豊かさ」の4テーマの今と未来について語り合いました。未来を考える上で、電通未来曼荼羅はどのように活用できるのかを探っていきます!
未来曼荼羅のポーズで撮影。(左から)電通 加形拓也氏、吉田健太郎氏、電通デジタル 高橋朱実氏、電通コンサルティング 山本創氏電通グループ6社の英知が集結した「電通未来曼荼羅」
山本:「電通未来曼荼羅」は、国内電通グループが2010年に提供を開始した「共創型仮説量産ツール」です。編集メンバーには、電通グループ6社(電通、電通デジタル、電通総研、電通東日本、電通マクロミルインサイト、電通コンサルティング)から約30人強が集まっています。本日は4人のメンバーが集まりました。まずは皆さんのバックグラウンドと、皆さんが未来を考える上で大切にしていることをお聞きしたいと思います。
はじめに私から。私は飲料メーカーのマーケティング部からキャリアをスタートしました。その後IT企業のマーケティング部や他のコンサルティング会社でも働きましたが、それらの会社よりも長く電通コンサルティングに在籍しています。メーカー時代には「お客さまがこれからどのようなインサイトを持つのか」を考え、コンサルティングの現場では「次の成長戦略や新しいビジネスの在り方をどう描くか」を検討してきました。いずれも、未来を見据えながら価値をつくるという点で共通していると思います。
私は、「未来とは創るもの」という考えを大前提にしています。「将来を予測したい」と依頼をいただくこともありますが、予測するだけではなく、クライアントと共に「望む未来をどう実現するか」を考えることを大切にしています。

高橋:私はこれまでデジタルマーケティングの領域でキャリアを歩んできており、電通デジタルには所属して9年目になります。プロジェクトマネージャーとして市場調査から要件整理、プロダクト化まで幅広く経験してきました。
私が未来を考える上で大切にしていることは、「過去と未来の両方を見つめ、本質を捉えること」です。これには学生時代の経験が影響しています。美術大学で映像を専攻していたのですが、どちらかというと過去から学ぶことに強みを持つ領域で、世の潮流とは離れたところにいました。しかし、20代前半に映像テクノロジーの進化で業界構造ががらりと変わる瞬間を目の当たりにし、「テクノロジーによって変わる価値観もあるが、残るものもある」と強く感じました。この経験から、過去と未来の両方の視点で「何が変わり、何が残るのか」を考えるようにしています。

加形:私は電通に入社以来、さまざまな業界で企業の商品やサービス開発を支援してきました。今年からは、日本企業の海外展開や海外企業のプロジェクトにも携わり、グローバルな視点で開発をサポートしています。私自身は、「地域や町」への関心が高く、都市工学を学び直したり、地方自治体の職員として活動したこともあります。
未来を考える上で重視しているのは、フロンティアの人々の存在です。これまでの経験で、彼らの心持ちや暮らし方から7〜8年後に新しい商品やサービスが生まれていることを実感しています。そうした地域や町に暮らす人々に日常的に目を向け、会話をすることで未来を形づくるヒントを探っています。
吉田:僕は子どもの頃からデジタルやガジェットが大好きで、大学卒業後は通信会社に入社しました。その中で、デジタルは合理化や効率化のツールとして扱われることが多く、価値創造には結びついていないと感じる瞬間があったんです。「社会全体に関わるデジタルの価値をつくりたい」と考え、電通へ転職しました。
入社後は通信分野を担当し、生活者調査を通じて「技術や環境の変化に応じて人の行動がどう変わるか」を長期的に観測してきましたが、ここ数年は人が主体的に技術を選び取る行動に変わりつつあります。こうした変化を目の当たりにし、これまでとは違う価値創造の考え方が必要なのではと考えるようになりました。
僕も山本さんと同じで、「未来は予測するものではなく、創るもの」だと思っています。この考えのもと、電通未来事業創研チームを立ち上げ、「未来思考コンセプト―ポストSDGsのビジョンを描く 」という書籍も出版しました。
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山本:ありがとうございます。皆さんのバックグラウンドを聞くだけでも、未来へのアプローチにさまざまな角度があることがわかりますよね。僕はこれこそが、電通未来曼荼羅の大きな特徴だと思っています。
例えば、吉田さん、加形さんが所属する電通はクリエイティブな発想に強みがあり、事実の積み上げにとどまらず、そこに時には奇抜なアイデアも加えながら未来を広げていく力をお持ちです。高橋さんが所属する電通デジタルは、デジタルという視点から次の社会にどんな価値が求められるかを見据えています。一方、私たち電通コンサルティングは、構想を描くだけでなく実現に向けた道筋をファクトベースで特定することを得意としています。残りの電通グループの3社にもそれぞれの強みがありますよね。多様なバックグラウンドと強みを持つ人たちが集まり、事実を基盤に未来を構想する。電通未来曼荼羅は2010年のサービス開始以来、話し合いを重ね、秘伝のスープをつぎ足すようにつくられてきました。
老化や死の捉え方はどう変わる?
山本:ここからは「電通未来曼荼羅2025」をもとにしたフリートークを実施したいと思います。電通未来曼荼羅を通じてわれわれが成し遂げたいのは、クライアントの皆さんとのディスカッションを通して、未来への仮説を生み出すことです。そのイメージを僕たち4人のディスカッションを通して感じ取っていただきたいと思っています。本日は電通未来曼荼羅2025から、一人一つ気になるテーマを持ち寄ってもらいましたが、誰からスタートしましょうか。
高橋:それでは、私が着火剤になります。私が選んだテーマは「身体」です。今後身体に関する概念、例えば健康や美容、死などとの向き合い方は大きく変わるのではないかと考えていて。電通未来曼荼羅2025の50番にあるロンジェビティ(長寿)産業の台頭や、老化を抑えるとされるサプリなど、技術と研究が進んで不老不死への試みが現実味を帯びてきています。
電通未来曼荼羅2025より一部抜粋富裕層が高額を投じて若さや健康を買う時代が来た時、人間が向き合う老化とは何だろう……と。われわれのような仕事だからかもしれませんが、これまで価値とされてきた“知性”や“思考”がAIによって効率化され代替可能となった時、「身体の強さ・若さ」が新たな競争軸になるのではないかと感じています。
山本:身体へのアプローチは大きく二方向に大別できそうですよね。サプリの利用など、内部からその衰えを制御するものと、パワードスーツのように外側から身体能力を補強・拡張するものです。特に後者の方向性は、「どこまでが人間の身体なのか?」という問いを生み出します。身体の定義が拡張されれば、死への考え方もおそらく変わりますよね。
吉田:もし「死を選べる」時代になるなら、生き方は根本的に変わります。寿命が延びる選択肢があり得る一方で、もし死が“選択肢”になれば、人生を逆算して設計するようになります。自死を尊重しているわけでは決してなくて、肉体的な不自由さや老化との向き合い方が変わっていく中で、死に対する議論も今後活発化していくと考えています。
山本:安楽死への議論は海外で出てきていますよね。
高橋:最新医療で若さや健康が保証されていく潮流がある一方で、若い世代の終活や老後の資産形成の意識の高さに対するニュースも見かけます。健康や生死の選択肢が増えることで「自分の意思でどう終えるか」を計画する人が増えていくかもしれません。
加形:最近、「自分が一生で何を残したいか」を明確に語り、SNSのプロフィール欄に記載している人が増えているように感じます。以前、ある方が、「自分の知見やノウハウを公開しておけば、 “ミーム”として、自分が死んだ後もそれが遺(のこ)っていく」とお話しされていました。
今はSNSやテキストがAIによって解析され、死後もその人らしさを再現できる可能性が現実的になっています。結果的に、「肉体の死は単なる一区切りに過ぎないのでは」と実務的に考える人が増えてきたら、企業のサービスの売り方も変わってくるのではないでしょうか。これまでのように、例えば保険や家など、「20年後のことはわからないから、安心を買う」という訴求では通用しなくなってくるかもしれません。
山本:「残すこと」の民主化が進み、子どもを持たなくても思想や人格を次世代に遺せる時代が来ると思うと、少子化はますます止まらないかもしれないですね。死への向き合い方が計画性を帯びる一方で、不老不死へ投資し、死への恐怖に向き合い続けていく。相反する気持ちの溝はどんどん深まっていきそうだなと話を聞いていて思いました。
「学び」は教養が重視される時代へ
山本:続いて、吉田さんの「学び」をテーマにディスカッションしたいと思います。
吉田:電通未来曼荼羅2025の9番に「AIによる個別最適化と教育環境の変化」とありますが、学びは、AIの浸透が大きなポイントになると思っています。最近ある大学の先生との会話で「これからは教育から教養に価値がシフトしていく」と聞いて、すごく共感しました。今の学歴社会を支えているのは知識を中心とした勉強の偏差値ですが、実は半分くらいは「教養度」なんですよね。
電通未来曼荼羅2025より一部抜粋暗記のみでなく、社会の仕組みや言葉の意味を理解できるだけの教養があるから、人間らしいコミュニケーションや、生産的なコミュニティが成り立つ。これからは“教養偏差値”が大事になるんじゃないかと僕は思っています。AIが知識的な部分を担っていく中で、人間は何を学ぶべきか、どうすれば人間らしくいられるのかという議論がすごく増えていくんじゃないかと。
高橋:本当にそう思います。子どもへの幼児教育を全方位そろえようと思うと、スポーツ、芸術、STEAM、英語、プログラミングとキリがないんです。最終的にAI時代に負けない力はグリット(やり抜く力)だなんて話もあって。一方で、偏差値の存在もまだ根強くありますし、親としては今後の学びは不安迷いだらけです(笑)。
吉田:だからこその教養だと思いますよ。「優しい子になりなさい」「世の中の人のためになることをしなさい」というのがこれからの学びの本質になるのではと思います。
山本:最後はそういうところに行き着きそうですよね。うちの子はちょうど中学受験の真っ盛りなのですが、学校説明会に行くと高校生の頃からキャリアを考えさせるという話がすごく増えていて。
でもテクノロジーの進化がこれだけ速い中で、高校生で立てたキャリアプランが将来どれだけ意味を持つのか……。むしろ大事なのは「誰かのためになることをやりたい」という気持ちや、深く何かを探究する姿勢の方だと思います。そういう土台をどう育むかがこれからの価値になると思いますね。倫理や道徳をきちんと学ばせる学校の方が、長い目では生きてくるんじゃないかと最近よく感じます。
加形:私は最近、ミネルバ大学のリーダーシッププログラムを4カ月間みっちり受けたんです。日本だと学級委員をやっているとか、勉強ができる人がリーダーシップを持っていると考えがちですよね。そうではなくて、講義内容は非常にロジカルで、コーチングやストーリーテリングを駆使したリーダーシップ、つまり、なぜこの人についていきたくなるのかを分解して学ぶんです。
皆さんのお話をお聞きしていても、これからは知識だけではなく、心を動かす力や人を導く力を重視する動きになるのだと思います。ただ、日本の教育はそこまでいけていないし、アメリカでも限られた人しか学べません。結局そこに大きな格差が生まれていきそうですよね。
山本:教養が重視されるようになると、体験格差がますます問題になりそうですよね。
加形:そうなんです。逆に不公平な時代になっている気がします。
吉田:だからこそ、学びをテイクでなくギブに変える必要があると思います。今までは知識は対価を得ないと渡さないという文化でしたが、これからは先にギブして、その後に得られるものでビジネスを成立させる。リーダーシップや教養を持つ人が、自分の知識や体験を分け与えていくこと。それが格差を埋め、人間らしい学びを広げる時代につながっていくと思っています。
山本:後半では「つながり」と「豊かさ」について議論します。