Dentsu Design TalkNo.52
法人の生き方(前編)
2015/07/03
熱烈なファンを抱え、また「過剰品質」と言われるほどの品質の高さで知られるアウトドア用品ブランドの「スノーピーク」。新潟県三条市の本社は、広大なキャンプ場の中にあり、そこに寝泊まりして出社する社員もいるなど、その独自性で注目を集める。同社の山井太社長は、自身も年間60日近くをテント泊で過ごすキャンパーであり、同社の「顔」としてもよく知られている。
そして、電通の国見昭仁氏は、同社の中に「未来創造室」という新部署を設置し、新事業展開のパートナーとして、山井社長と同社のブランド強化に取り組んできた。
いま、スノーピークは新たに「人生に、野遊びを。」という言葉を掲げ、都会の人にも自然を楽しんでもらう事業展開を構想中だという。両者の対話から、ブランドのつくり方、そして拡張のヒントを2回にわたってお届けする。
企画プロデュース:電通イベント&スペース・デザイン局 金原亜紀
企業は決算書だけで判断するな
国見:以前、50代のある社長からこんな質問をされたことがありました。「今の50代ってどんな考え方を持っているんだろうね?」。30代の宣伝部長からは「30代の男性って、今どうなの?」と聞かれました。聞いている本人も同世代なのだから、僕よりも本人が分かりそうなものなのに、と不思議でした。でも、人というのは法人として考え始めた途端、個人としての感覚を忘れてしまうもの。本当はどちらも「人と人」なのだから、シンプルに考えれば、戦略はじめ、色々なことがクリアに見えてくる。スノーピークでそれができているのは、法人としての人格が、山井さんという個人の人格そのものだからです。スノーピークはお父さまが立ち上げられた会社で、山井さんは新卒で外資の営業をされていたそうですね。
山井:ええ。スイス系ブランドの輸入販売会社で企画営業をしていました。入社した時、総務部長から「新入社員を1人育成するのに1億円かかる」と聞きました。ならば辞めるのはそのくらい売り上げをつくってからにしようと決めて、実際には辞めるまでに新規開拓で約10億円を売り上げました。
国見:自分への経費分はお返しして辞めるというのは山井さんらしい。僕は新卒で銀行に入ったのですが、「決算書だけでものを見るな」とよく言われました。会社に行って社員の表情を見ろ、社内は整理整頓されているか、企業の成長はそういうところで変わってくるんだ、と。今も、それらはすごく大事な要素だと思っています。熱いものづくりは、熱い人間がいないとできませんからね。山井さんは情に厚い方です。実は、山井さんはこれまで僕の前で泣いた回数が一番多い男なんですよ。
山井:ははは!
国見:山井さんはよく雲隠れもされるらしいですね?
山井:「探さないでください」とFacebookに書き残して、いなくなります。3~4日キャンプで釣りをしながら事業のビジョンを考えるんですよ。
国見:山井さんが年間60日テントで過ごすというのは、有名な話です。
山井:社長の仕事は、事業計画をつくるところまで。あとは、役員や部長以下社員が実行していけばいいと僕は思っています。会社の未来をつくるようなクリエーティブな仕事をするときは、自分が一番クリエーティブになれる場所に身を置かなければいけない。
経営の90%はロマンでできている
国見:スノーピークの大きな特徴は、社長も社員も自分が本当に欲しいと思う商品をつくって、市場も一緒につくってきたことだと思います。その先駆けが90年代に広がったオートキャンプブームではないでしょうか。あのブームは、どうやってつくったんですか。
山井:80年代中盤に、四駆の新車登録台数比が10%まで増えました。それなのに、四駆でキャンプをしている人をほとんど見かけなかった。でも、車は時代の気分を反映するものです。アウトドアをしたい人は確実に増えているはず、だから四駆に積んですぐキャンプができるような商品を提案すれば当たるに決まっている、と思いました。誰かが気づく前に一日も早くやらなければと焦って、急いで1年で100アイテム近く開発しました。つまり、時代の潜在ニーズをとらえたということなんですが、もっとざっくばらんに言ってしまえば、自分がオートキャンプをやりたかったし、自分が欲しいアイテムなら他人も欲しいはずだと考えたんです。それをロジックで裏付けすれば、四駆の登録台数が10%になったから、ということです。
国見:最近ではキャンプ場の定番になった、「焚火台」を初めてつくったのもスノーピークですね。
山井:焚火台は、課題解決型の商品です。焚火禁止のキャンプ場が広がったときに、何とか焚火をしたいと思って、地表にダメージを与えないで焚火が出きる商品を考えたんです。
国見:ほかにも、フレーム・脚・ユニットの組み合わせで自由に屋外にグリルテーブルがつくれる「アイアングリルテーブル」など、スタイル自体から新しい市場をつくりだしていくスノーピークのやり方には学ぶところが多いです。スノーピークでは、ユーザーの声はどうやって聞いているんですか? スノーピークユーザーが集うキャンプイベント「スノーピークウェイ」では、山井さんを筆頭に社員の方々が参加していますね。
山井:スノーピークウェイは、会社の売り上げが一番低迷していた頃に、ユーザーの声を直接聞いてみようと始めたものです。雑誌の「ビーパル」に広告を1ページ打って、参加者を募集しました。ところが、集まったのはたった30組。ショックでした。しかも、その全員が同じことを言ったんです。「スノーピークのテントは高い」「どこに行っても売っていない」と。それで翌年から流通大改革をしました。問屋取引をやめ、取引先を1000店舗から特約店250店舗に縮小し、そのかわりに品ぞろえを充実させました。テントは8万円から5万9800円に値下げしました。1年後、そういう形で参加してくださった方々にお返しをしました。
国見:お客さんに「高いよ!」と直接言われるのと、「高いと感じた人が60%」とデータで出てくるのではメッセージ性が全然違う。結果、企業の動きも変わってくるわけですね。スノーピークは、山井さんが中心となって、ユーザーの「情」を直接受け止めることで、急成長しているのだと思います。山井さんにとって、「経営」とはどういうことですか?
山井:カッコよく言えば、ロマンで物事を考えてロマンチストとして実行した結果、いい商品と売り上げという結果が出る、ということですね。
国見:夢と現実を意識的に行き来するのが社長だと思いますが、山井さんもそういう感覚がありますか?
山井:僕は90%ぐらいロマンの領域にいて、残りの10%が結果を出すための責任感というバランスだと思います。
国見:色々な会社のトップに聞いてきましたが、ロマンが5割を超えると回答したトップは少ない。けれど、ロマンが多くないと絶対にイノベーションは起こりません。続けてお聞きします。スノーピークは焚火台しかり、次々と固定概念にチャレンジする商品を出し続けています。なぜスノーピークはそれをやり続けられるんでしょう?
山井:たぶん、僕を含めうちの社員たちにチャレンジしている感覚は、あまりないと思います。他社がつくっているもののまねは絶対に嫌なので、結果的に今までにないものが生まれてくるんです。
※後編は7/4(土)公開予定
こちらアドタイでも対談を読めます!