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電通がオムニチャネルについて考える。No.3

流通アナリストに聞く オムニチャネル実現のための5ヵ条(後編)

2015/08/14

あらゆる接点でシームレスにものを買える——そんな意味で使われる「オムニチャネル」の重要性が日本でも聞かれるようになり久しいですが、具体的な課題も出てきています。前回に続き、電通で企業のオムニチャネル施策に取り組む丸山裕史氏、上原拓真氏、渡邉弘毅氏が企業の課題を携えて、国内外の小売・流通業に詳しいメリルリンチ日本証券の青木英彦さんにお話を伺います。

オムニチャネル実現のための5ヵ条(後編)

3.ノウハウをデジタル化・システム化する

丸山:3つ目の課題は、ノウハウの共有です。流通・小売の現状を伺うほどつくづく難しいと感じるのが、明文化できないノウハウが多いことです。商売人のこだわりや誇りといった“商人魂”が、売り上げを左右することもよくあるので、オムニチャネルにもそれらを生かせたら…と思うんです。

青木:私も以前、お店をつくる人はすごい、と実感したことがあります。創業間もないベンチャーEコマースのお手伝いをした際、実店舗から利益確保の仕方を学ぼうと、スーパーを視察させてもらいました。商品単品のレベルで何がいくつ売れたら経費を賄うだけの売上高と粗利益を確保できるのか、という計算はなかなか机上で組み立てられなかったのですが、実店舗は見事に顧客ニーズに合った品ぞろえになっていて、かつ最終的に利益が出ている。まさにアートとサイエンスの折り合いがついた、奇跡だと思いました。

丸山:つい買いたくなる店づくりって、あるんですよね。そこにある“商人魂”を、皆が使える形に落とし込むことはできるのでしょうか?

青木:実店舗をハンドリングする人の知見をすべてデジタル化・システム化するのは難しいでしょうが、それが可能な部分、不可能な部分を分けることはできると思います。実店舗の限界と、そこをネットやオムニチャネル化すること自体でどう突破できるのか、実店舗の経験者と現代の買い物の形態に慣れた人たちが話し合えば、けっこういろいろなアイデアが出るのではないでしょうか。

問題は、実店舗をゼロからつくってきた人たちが、だんだん年代的にいなくなっていることですね。この人たちの知見は、ネットを交えたオムニチャネルをゼロから構築していく手がかりになると思うので、まず地道なヒアリングから始めるというところでしょうか。

上原:デジタル化という部分では、先ほど(※前編)Amazonの事例で「相当のプロ人材を引き抜いている」というお話がありました。現場での動きが重要になるだけに、IT部門の内製化も課題になってくるのでしょうか?

青木:そうですね。オムニチャネルは経営の根幹にかかわることなので、核となるITの仕組みは内製する必要があると思います。

先ほどの、専門事業者から優秀な人材をヘッドハントする方法は、すごく多いです。欧米では経営者すら、専門職としてどんどん会社の立て直しにヘッドハントされていきますから、そうやって会社を移るのは珍しくないんです。

日本だとそれは文化的に難しいところもありますが、もうひとつの手段として、外部企業のサポートを受けながら、現場に精通したスタッフにITの本質を教え込む、という方法があります。オムニチャネルは現場のことをよく知っていないとできませんから、例えば店舗での接客を経験した人を本部に迎え、IT人材として育てる方法で成果を挙げている企業もあると思います。

外部から来た人には、スキルは万全でも、丸山さんの言われるような“商人魂”が根付いていませんよね。開発要件に落とし込めない“商人魂”は間違いなく大事だと私も思うので、これをどう一般化させるかは、ITの仕組みづくりにおいて考えるべき大きなポイントになると思います。

4.お客様の争奪戦を終わらせる

渡邉:先ほどから度々挙がっているチャネルコンフリクトですが、大企業やグループ会社が多い企業ほど、チャネルやグループ企業間で顧客IDを共有することには抵抗が出てきます。ターゲットや商材が違っていて買い回りが期待できるならいいのですが、より低価格商品を扱う会社や部門に顧客を紹介するような状態になると、難しいですよね。

青木:そうですね。会社対会社の利害の調整に加えて、その中で働いている人の評価の問題も考える必要が出てくると思います。商品の販売も顧客IDの獲得も、「この人が売り上げた」という実績がないと評価につながらず、モチベーションに結びつきません。

ひとつ参考例を挙げると、イギリスのジョン・ルイスという百貨店が近年オムニチャネル化をしたんですが、彼らは最初、実店舗と同じ商品をネットで安く販売したんです。ネットの方がコストがかからないから、と。

当然、ネットへ顧客が流れました。そこで、店の利益を確保するため、ネットの価格を上げたんです。すると今度は、全体の売り上げが他社へ流れてしまいました。

ここで彼らは「そもそも店に足を運んでくれる顧客こそが大事だ」と原点回帰し、店舗で接客を受けて購入してくれた人にもネットの低価格を享受してもらおうという試みをしました。来店客への決済時サービスとして、このまま商品を持ち帰る場合には店頭価格を請求しますが、店舗にある端末で注文すればネット価格で自宅にお届けしますよ、と案内し始めたんです。さらに、ここでネットの売り上げが立てば店舗で接客した人の実績にできるよう、スタッフの評価基準も変えたんです。結果的に来店客への手厚いサービスが実現し、店もネットも回復しました。

丸山:なるほど。これは、経営判断として実行したからうまくいったのですよね。

青木:そうですね。新しいチャネルをつくってシームレスに、といってもコスト構造が違うので、価格の問題が出てきますし、誰がどう貢献したのかもあいまいになりがちです。そこは細かく調整せざるを得ません。

逆に、90年代後半から00年代にかけて、米書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルや、玩具店のトイザらスなどは軒並みうまくいきませんでした。実店舗が培ってきた顧客接点は資産だと考えられず、店があることがリスクになってしまった。店のコスト構造の限界が制約にもなってしまうので、どう解決するかは考える必要があります。

上原:するとこれから、流通の方々は実店舗をどう位置づけていくのでしょうか?

青木:今がかなり、転換点だと思いますね。「メーンは店/ネットで補完」から、「店で見てネットで買う」状態になり、今や食品まで「Eコマースが当たり前」になってきました。だから流通の方々はまさに、どの商品を店で扱うべきかの見極めを迫られています。極端な例ですが、飲みたいときにすぐ買えるコンビニのコーヒーはEコマースには置き換わりませんから、そうした優位性を見ることが大事です。

アメリカの百貨店・メイシーズの社長は、同社のオムニチャネルがうまくいっているのは店舗競争力があるからだ、と言っています。むしろ、そもそも店舗の競争力があるのか、ないならそこを引き上げることが根本的に必要なのではないかと思います。

上原:なるほど。ある流通企業では全国一律の品ぞろえではなく、生鮮食品を中心に地元の商品を充実させて、エリアごとに実店舗の競争力を高めていくと発表されていました。

青木:特に食品などを扱う実店舗は、地域の生活に密着していますから、そのような方針でまずは個店の強みを磨くというのはひとつの戦略ですね。

5.全チャネルの意識を統一する

丸山:店とネットの考え方は、少し新聞メディアのビジネスモデルにも通じる気がしました。紙媒体の一覧性や発見があるところは店に似ていますが、デジタルでの記事展開も当たり前になっています。

青木:そこで問われるのは、記事の質、コンテンツです。いいものなら紙でもネットでも読みたいと思いますから、流通において商品力が問われるのと同じですね。

丸山:最後のテーマですが、オムニチャネルの定義として最初に掲げた「シームレス」を実現するには、やはりこれが欠かせないのだろうと、青木さんのお話を伺ってきて実感しています。

チャネル間の意識を統一し、かつ本部と現場でも統一する必要があると思います。よく、本部が決定した新しいサービスが、現場ではうまく機能せずに顧客のクレームになってしまった…といったケースも耳にします。

青木:現場でのオペレーションを加味していないと、そうなりがちですよね。また、新しいアプリなどでは本社と現場でITリテラシーに差があるとうまくいかず、せっかく開発しても利用を促進できない例もあると思います。

丸山:まさに先日、知人がある海外の遊園地で導入されたウエアラブルの決済アプリを使ったら、園内のどのスタッフに聞いても使い方が分かっていて驚いたと言っていました。これは、本社が現場のITリテラシーを理解した上で、きちんとスタッフが使えるようにトレーニングをしたから実現したんだと思います。チャネル間、また本社と現場との齟齬をなくして、顧客に一貫した体験をしっかり提供できることが、とても大事なのだと感じました。

青木:その点でも、最初にお話ししたフィロソフィー、つまり「当社はこう考えるからオムニチャネルが大事なんだ」という共通理念が必要です。

トップが現場の業務をよく理解していないと、現場にムリが生じ、顧客の不利益につながります。オムニチャネルだけの話ではありませんが、実際のオペレーションを視野に入れた意思決定が欠かせません。

突き詰めると、PDCAが回っているかどうかが大きいですね。新しい取り組みなので、最初から正解は得られない。まずは店舗とネットが協力することによる効果の仮説を立て、試してみて、その結果を受けて課題を見いだし、次へつなげる。このPDCAサイクルが、現場、プロジェクト、経営の3つのレイヤーでそれぞれ回っている状態にできないと、どこかで行き詰まります。

PlanとDoは、やりやすいのですが、Checkと次へのActionが抜けていることが多いですね。

渡邉:どうすれば、その3レイヤーでPDCAをうまく回せるのでしょうか?

青木:現場とプロジェクトレベルに関しては、やはり上の立場の人が「やってみろ」と背中を押す必要があります。失敗しても、そこから学べばいい。そういうカルチャーにしていくのも経営者の仕事ですが、ことオムニチャネル化はビジネスモデルを変えていく新しい取り組みなので、試行錯誤しながら成果を積み上げることを促す組織風土を醸成することが大事だと思います。

オムニチャネルに向き合うことで、経営課題が見えてくる

丸山:ここまで多々解説いただいて、オムニチャネル化の推進はビジネスのあり方そのものを捉え直すことに帰結するんだなと。それが大きな学びでした。僕らの仕事は企業のコミュニケーションや顧客との関係づくりのお手伝いが中心で、オムニチャネルに関して企業の根幹に働きかけるのは難しい部分もありますが、その実現に有効な戦術を見いだして、企業の課題解決に生かせたらと思いました。

青木:最初にお話しした、在庫や顧客IDなどの「実務上の問題」は、ルールを決めれば解決のしようがあります。より重要なのは、新しい事業モデルをつくる意識の有無、トップの実務理解といった「根本的な問題」の方です。これを外部から変えていくのは確かに難しいですが、経営者に「オムニチャネル化は経営全般の変革にかかわることなのだ」と気付いてもらうことは、電通の大きな役割のひとつではないでしょうか。

オムニチャネルを実現しようとすると、根本的な変革を迫られます。チャレンジすることでさまざまな経営課題が見えてくるので、その発見もメリットだ、というくらいの度量の大きさが必要だと思います。これに取り組む企業には、たとえば5年後に「オムニチャネル化に取り組んだことで、経営全般の改革がどんどん進んだ」と語れるくらいになっていただきたいですね。