Dentsu Design TalkNo.57
Decoded Fashion!~ファッションとテクノロジーの新しい関係~(前編)
2015/10/02
ファッション業界とIT業界のトップが集まり、ファッションの未来を共に考えるイベント「Decoded Fashion Tokyo Summit 2015」(デコーデッドファッション)が今年7月、東京で初開催された。デジタルテクノロジーの進展はファッション業界にビジネスの変革、ビジネスプロセスの効率化から、新規顧客開拓、新しい素材開発や表現まであらゆるフェーズで抜本的な変化をもたらすと考えられている。今回は、コンデナスト・ジャパンの雑誌『WIRED』編集長の若林恵氏、三越伊勢丹ホールディングスで新たな事業開発に取り組む北川竜也氏、ファッション・ビューティー分野に特化したブランディングエージェンシー「SIMONE」を率いるムラカミカイエ氏を招き、電通の京井良彦氏が「ファッション×テクノロジー」が向かう未来について聞いた。その模様を前編と後編に分けてお届けする。
日本のファッションビジネスは
60年更新されていない!?
京井:今日は、ファッションとテクノロジーの融合をテーマにディスカッションできればと思います。タイトルの「デコーデッドファッション」は、元CBS報道プロデューサーのリズ・バセラー氏が2012年にニューヨークで創設した、ファッションとテクノロジーの融合を目指すカンファレンスイベントです。今年7月「ファッション・イン・ザ・デジタルワールド」というテーマで日本に初上陸しました。コンデナスト・ジャパンが主催で電通もお手伝いさせていただいています。今日お越しいただいた3人は、いずれもこのイベントに登壇されたスピーカーの方々です。
北川:三越伊勢丹ホールディングスで、秘書室特命担当という怪しい役職を(笑)頂いています。元はアメリカのNGOで国連関連のプロジェクトを担当し、帰国後コンサルを経て、Eコマースで日本の希少な品を世界に販売するビジネスをしてきました。
そこでつくづく感じたのは、ITは仕組みにすぎず、そこに載せるリアルコンテンツこそが肝心だということ。全国の展示会で商品の情報を集め、死ぬ気でコンテンツを開拓してきました。その中で三越伊勢丹の大西(洋)社長に会い、百貨店にはインターネット業界の人間垂涎のリアルコンテンツが山盛りあることに衝撃を受けて、2013年、思い切って大企業にジョインしたんです。デジタルを使った新規事業創出を担当し、この春からは新設の特命担当として、縦割りの組織の壁を超えた新たな価値をつくるミッションに取り組んでいます。
若林:デジタルテクノロジーは、北川さんがおっしゃったように、縦割りのセグメントを横串で刺すような特質を持っています。『WIRED』も、デジタルテクノロジーを軸に、あらゆるテーマが扱えるメディアです。
デジタルは既存の業界のピラミッド構造をガラガラと崩していて、ファッション業界も例外ではありません。デコーデッドファッションは、WIREDでファッションの特集をしたことがきっかけで、日本で開催することになったイベントです。
ムラカミ:ISSEY MIYAKEのデザイナーとしてキャリアをスタートし、9年間在籍する中で、広告やファッションショーの演出なども手がけてきました。SIMONEは、ファッションとテクノロジーの組み合わせについての新しい可能性を追求したいと設立した会社です。
今ではウェブや広告だけではなく、プロダクトの開発やメディアの開発まで、ブランドをつくる全てのプロセスをワンストップでディレクションしています。ファッション、ラグジュアリー、ビューティーの3つの分野に絞ってブランディングを行っています。
京井:デコーデッドファッションの前半のトークでは、ミレニアル世代(1980年から2000年代生まれまでのデジタルネイティブ世代)のインサイトがテーマになっていましたね。
ムラカミ:実はこのときミレニアルの話はほとんどしていなくて。ミレニアルの話題は確かにグローバルで大きなテーマになっていますが、リズから「日本は周回遅れだ」と指摘された通り、日本ではそれ以前に考えないといけないことがある。
中途半端なキャンペーンや販促に力を入れるよりも、当たり前に“ブランドをそのDNAに準じた本来あるべきところに置く”ことが大切。そこをきちんとさえすれば、ミレニアルとの情報感度の差はそれほど大きなことではないんです。
若林:ミレニアルをコミュニケーションのトレンドの話だと考えると、見誤ると思います。マスメディアからソーシャルへの変化は、単なるコミュニケーション戦略の変化ではなく、業態自体のあり方の変更を迫る大きな変化です。例えば売るためにプロダクトにストーリーをつけていくのではなく、開発の段階からストーリーを持っていなければいけなくなってくる、というようにコミュニケーションの起点が変わってくる。そのある種の象徴がミレニアルをどう取り込むかという問いになっているのだと思います。アパレルや百貨店の人たちから相談を受けていると、基本的に「人に物を売りつけよう」という話しか出ないと感じます。
でも、店頭に人を呼んで財布の口を開けさせようというその発想自体が、もう無理じゃないか?と思うわけです。さらに彼らに「お客さんが買った後にそのモノがどうなっているか、知っているの?」と聞くと、「いや、全然」と答える。でも人と服の関係って、そこから膨大な時間が発生するわけですよね。例えばアップルなんかもそうですし、おそらくほとんどのIT企業は、お客さんを「コンシューマー」ではなく「ユーザー」と捉えています。ユーザーとはつまり、常にエンゲージしている状態を指すわけで、そういう観点が必要になってくる。
ムラカミ:ファッションビジネスの裏側って、構造的に60年くらい変わっていません。利益配分も、コスト構造もです。デジタルの進化によって、このビジネスを支えてきた全てが変わらざるを得ないことは明らかで、例えばテクノロジーの導入によって、Eコマース売り上げが伸張したり、店舗オペレーション費が下がったら、そこで浮いたリアルな店舗開発費用や人件費をプロダクションに回せば、同じプライスで他社よりもクオリティーが高い商品をつくれます。
まず考えるべきはそういったビジネス構造の変革の話で、その先にコミュニケーションの話があるのだと思います。
北川:いやあ、いきなりド核心ですね(笑)。デジタルは経営改革そのものです。単にEコマースが伸びているからどうしようという話ではない。例えば、売り上げの50%以上をEコマースが占めるようになったら、店頭にいる人数がものすごく減って、3000億円の売り上げのうち、営業利益は2000億円くらいになるかもしれない。2013年に入社した当初よく「ソーシャルメディアは何を使ったらいいのか?」と聞かれたんですが、乗り物だって静岡に行きたいのかサンフランシスコに行きたいかで、最適な選択肢は変わる。
同じように、目的によって使うべきメディアだって変わります。自分たちがどういう経営をしてどういう利益構造をつくり、どういう会社になるべきかから、問い直す必要があります。大手アパレルの友人によく言うのは、メーカーはサービス産業にならなければ生き残れないのではないかということ。服というものを介して人の暮らしにコミットしていくことを考えて、そこに接点ができたところに、もしかしたら商品を送り込めるかもしれないね、と。そのくらいの考え方をしていかないといけないと思います。
ソーシャルメディアで変わる
ファッションの価値
京井:ファッションって、第一印象をつくるという観点で重要なコミュニケーションツールだと思うんです。それが、ソーシャルメディアが浸透すると、会う前にどんな人か知られていることになる。そうなると、もうファッションにはそこまで気を使わなくなるかもしれない。僕がまさにそうです(笑)。ソーシャルメディアはファッションにどう影響していくんでしょう?
ムラカミ:人がファッションに求めるのは、ひとつは機能が満たされていること。あとは必要な情報価値を持っているか、大きくその2つでしょう。白いプラダのTシャツを着ていれば、その人は3万円のTシャツが着られる社会的立場の人だと伝わります。
でも、ソーシャルメディアに載せる写真では、500円のTシャツでもぱっと見では変わらない。そういう単純な価値崩壊が起こっている中で、本質的なファッションの価値って何なんだということが、あちこちで考え直されているのが今だと思います。
若林:マーケティングの観点で、1人の個人が分割不可能な最小単位だったのって、20世紀までだったと思うんです。その頃は自分のアイデンティティーを服で体現して、人々の中で存在を確立させることが大きな命題だった。ところがネットの時代になって、個人は一貫性を問われなくなりました。Amazonの買い物履歴に一貫性なんてない。個人の中に多様性があることが認められたんです。WIREDでは、ウェブサイトで記事をカテゴリー分けすることをやめました。
なぜなら、アップルの記事は「ビジネス」「テクノロジー」「カルチャー」のどこにでも入る、というようにカテゴライズが失効してきたから。僕らがすべきなのは、その記事に興味がある人が次に何を興味を示すかを考えることです。iPhoneの記事を読んでいたからスマートフォンに興味があるとは限らない。iPhone好きの人はギャラクシーには興味がないけど、自転車には興味があるかもしれない。その裏にあるコンテクストを捕まえたいんです。
ある人にその話をしたら「若林くん、それはね、風を感じるということなんだよ」と(笑)。iPhoneと自転車には同じ風が吹いている。マーケットはめちゃくちゃ複雑です。しかも、「気持ちのいい風が好きな人」という人がいるわけじゃない。気持ちいい風を感じたい瞬間が人にはある、というところに向けてコンテンツを届けていかなければいけない。個人ではなく、時間をターゲットにするということです。そこでは、風を感じるストーリーみたいなことがすごく重要になります。
ムラカミ:本来、ファッションってそういうものです。言葉で説明できないようなフィーリングを、素材だったり、デザインだったり、複合的なファクターが混在した一つの作品としてつくり上げるのがファッションの魅力です。さらに、その服の背景ではどんな音楽が鳴っているのか、どんな空間にあるのかという複雑な要因で成り立つカルチャーだからこそ面白いんです。
けれど、ミレニアル以降という話でいえば、今はそれがどんどん情報化=タグ化している。
例えば、一つのスニーカーに「カニエ・ウェスト」「ナイキ」「白い」「ハイソール」と次々とタグがついていき、その数が多いほど評価が高くなる。検索機能から生まれた、すごくフィジカルな評価軸だと思います。そのことを意識してものをつくらなければならないし、けれどリアルな感覚もやっぱり大事。その両方を行ったり来たりして考えていかないといけません。
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企画プロデュース:電通イベント&スペース・デザイン局 金原亜紀