Dentsu Design TalkNo.65
アートを、注文する。
~企業とアートの関係を革新するプロデュース~(前編)
2016/02/05
彫刻家の名和晃平さんは、彫刻作品のみならず、様々なテクスチャーの素材開発、3Dプリントなど新しいテクノロジーでのエンジニアリング、建築などの空間設計のディレクションや個々のアートワークなど、表現領域を拡張してきた。近年、日本でも「コミッションワーク(委託制作)」と呼ばれる、企業とアートの新しい協働が生まれ始めているが、名和さんはその分野でも活躍している。これまで、アートは企業(ビジネス)と常に反発し、時には連携し、刺激や影響を受け合ってきた。今回は、コミッションワークのプロデュースを行う編集者の後藤繁雄さん、安川電機100周年の仕事を通して、名和さんと共にアート作品制作を企画した電通の阿部光史さんと3人で、未来のアートコラボレーションを語り合う。その前編をお届けする。
アーティストの売り出し方が
ドラスティックに変わってきた
阿部:2015年に100周年を迎えた安川電機さんから、100周年記念の新社屋のパブリックスペースにモニュメントを作りたいとお話がありました。それを後藤繁雄さんに相談し、名和晃平さんを紹介していただいたのがこのトークショーのきっかけです。今日のテーマは「アートを注文する」で、企業とアートの関係を革新するプロデュースについて、話を進めていけたらと思います。
後藤:90年代終わりぐらいから、コンテンポラリーアートやコレクターの顔ぶれが変わりました。グローバル化が進み、コンテンポラリーアート市場が活性化してきたからです。コンテンポラリーアート市場はグローバルで7兆円近い規模と言われています。アーティストをプロモーションする方法も、これまでの画商が作品を売るビジネスから、ライセンシービジネスや、企業と組み合わせてコンテンツ開発をするなど、大きく変わってきました。しかし、国内には、そうした動きに対応できるコマーシャルギャラリーが開発されていません。そこで、アーティストが企業とジョイントすることでお互いがWin&Winになるような新しい仕組み作りにずっと取り組んでいます。芸能プロダクションならぬ、芸術プロダクションみたいなことをやっているわけです。
安川電機は世界的に有名な産業ロボットの会社です。100周年を迎えたこの企業には、これから100年の間日本の顔になるようなアーティストを選出しなければいけない。そう考え、名和さんをキャスティングしました。名和さんが面白いのは、自分でプロダクションを持っているところです。昔のアーティストは海外の強いギャラリーに移籍することで海外進出したものですが、新しいアーティストは名和さんのように自分でプロダクションをつくり、海外のギャラリーと組んでプロモートしています。アーティストとギャラリーの関係は進化しているのです。今日はこれから名和さんに自身の作品をプレゼンテーションしてもらいます。
名和:彫刻家としての自分の作品をまず見ていただきます。2015年3月に東京のスカイ・ザ・バスハウスで物理的な力を目に見える形にした個展「FORCE」を開催しました。僕は、ひとつの彫刻的概念を、彫刻、ペインティング、ドローイング、映像、舞台など、いろんなメディアに置き換えていきます。例えばこの「Moment(モーメント)」は、振り子運動でドローイングを描くシリーズ。重力を視覚化したペインティング作品「Direction(ダイレクション)」のシリーズも展示しました。また、床に黒いシリコーンオイルのプールを作り、そのオイルを6メートル高の天井に循環させて、そこから糸のようにつながったままオイルが流れ続ける新作「Force(フォース)」も発表しました。天井から落ちてくるシリコーンオイルは、黒い雨にも見えますし、情報がシャワーのように常に流れ続けているようにも感じられます。
また、「PixCell(ピクセル)」」シリーズは、インターネットで収集したオブジェを大小のクリスタルガラスの球体で被覆した作品です。球体はレンズです。いま地球上にレンズを持ったメディアは無数にあります。レンズは視覚メディアの象徴で、PixCell(映像の細胞)は、世界中のレンズがオブジェに接して塊ができているイメージを表現しています。オブジェはレンズを通してしか見えない存在になっている。極めて現代的なものではないかということで、このフォーマットを作り続けています。
現代美術は、空間に対してどう存在するが大事だと考えています。空間にどういうバランスでアートワークが配置されていて、光や人が入った時にどういう感じになるのか、注意深く探りながら作品を作っていきます。彫刻一つひとつが作品だと思っている方が多いけど、彫刻は単なるオブジェクトではありません。実際は物質体験だったり、思考の体験だったり、「彫刻=体験」なんです。
最新作はベルギーのコレオグラファー(振付師)のDamien Jalet(ダミアン・ジャレ)と共同制作した舞台「Vessel(ベッセル)」で、舞台のコンセプトからステージデザイン、空間の演出まで担当しました。舞台上で激しく動くと個体になり、止まると液体化してずっと沈んでいく、そんな特殊な素材を使用した実験的な舞台になっています。
安川電機のエントランスに
登場した「ミューズ」とは?
名和:安川電機のエントランスには、「PixCell」シリーズのフォーマットで制作した高さ5メートルの「PixCell - Double Muse(ピクセルダブルミューズ)」を制作しました。
阿部:ダブルミューズのテーマを教えてもらえますか。
名和:安川電機の工場を見学させてもらったら、ロボットアームが自分と同じ型のロボットアームを作っていたんです。まるで自己増殖しているようで、SFの世界そのものでした。安川電機の自己増殖プラントが世界各地に増えていったら、世の中はロボットだらけになる。そうなったときに、人間と機械の関係や、人間の身体と感性の関係はどうなっていくのか。それが知りたくて、この作品を作りました。
阿部:プレゼンテーションの時に、オキュラスリフトを使ってシミュレーションをしていたのが強烈に印象に残っています。まだ存在していない建物の中に入って周りを見ることができる。安川電機の津田純嗣社長も、「ほう!なるほど!」と、面白がっておられましたね。
名和:オキュラスは現実にかなり近い状態でパースペクティブを確認できます。建築の模型もいまはオキュラスで見られるようにしています。
阿部:ほかにも企業からの依頼で制作したコミッションワークの事例を紹介してもらえますか。
名和:これは韓国の天安(チョナン)にある百貨店前のスカルプチャーガーデンに設置された「Manifold(マニフォールド)」という彫刻作品です。特殊な触感デバイスを使って造形した3Dデータを元に、アルミ鋳造パーツを切削し、約3年ぐらいかけてつくりました。中心からエネルギーが多次元的に発生しているように見えます。
auのコミッションワークでは、iidaの深澤直人さんデザインの携帯電話が半透明の球体ピクセルに飲み込まれているアートモデルを作りました。
僕のスタジオ「SANDWICH(サンドイッチ)」には、プロジェクトマネジメント、アートプロダクション、建築、グラフィックなどのチームがあって、今80個ぐらいのプロジェクトが動いています。国内外のアーティストや若い作家、美大生、いろんな世代が集まって、30〜40人が毎日活動しています。
次は建築チームの仕事を紹介します。世田谷区の個人住宅「KYODO HOUSE」です。古材を集め、「Direction」シリーズのコンセプトを基軸に作りました。レリアンの広尾の新しいファッションブランド「NEMIKA(ネミカ)」では、内装の設計から家具まで手掛けています。
9月には、広島市の神勝寺の境内にアートパビリオンがオープンする予定です。幅約50メートルの屋根が船のような形で浮いていて、その下は庭になっています。船の中には広い海原が広がっているイメージで水面があり、緩やかな波が寄せてきます。そこに反射させた光を見るインスタレーションを作ろうとしています。このプロジェクトでは、アートワークも建築もすべて一緒にコンセプトから考え、設計まで行っています。
こちらアドタイでも対談を読めます!
企画プロデュース:電通イベント&スペース・デザイン局 金原亜紀